2007年 4月 22日

第6回・アン公☆

投稿者 by namep at 23:48 / カテゴリ: / 98 コメント / 0 TrackBack

4月1日は絶好のアンデルセン公園日和でしたよ!!
「さくら祭り」という、中学生以下は入園無料の春祭りの日だったので、熱気球は飛ぶわバンドは来るわ園内でミュージカルは見れるわで、家族連れで大賑わいでした。(前回とは打って変わって★)

ところで、私達の目的は、熱気球でした。

駅のチラシで「アン公、さくら祭りなんだ~」と何気に取って見たら、兼ねてから皆が乗ってみたい!と騒いでいる念願の熱気球が飛ぶじゃぁないですかっ!!(>_<)
「これはど~~したっても行かねば!乗らねば!」と親が6時起き、子供は7時起きで飛び出す計画を立て、9時開園のアン公目指してエンヤコラ☆
しかし京成電車を乗り継いで三咲駅に着いたのが8時50分。運悪くバスは出た直後で9時20分まで来ないし・・・ダイヤも見ずに一服しているVulに「行っちゃったトコだわ・・・20分まで待つ?」と聞くと、「それは無駄だな。タクシー乗るぞ」と即断でタクシーへ。たとえ千円払ってでも熱気球~っ♪(爆)

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ところが。

9時に着いてみれば門の前にはすでに長蛇の列!!こりゃ無理かな・・・全員が熱気球目的だとしたら、先着100名だからなぁ・・・とやや悲観的な雰囲気に・・・(@ε@;)
でも!もしかしたら乗れるかもしれないし!と気を取り直して、とりあえず200番目位に並んで「パスを見せたらbianと私が広場まで走ろうね!」と決め、Vulがhikaruとtamaと荷物を持って後から歩いてくる役に決定。(熱く乗りたがっているのは私とbianだから?)

そして門を通過した瞬間から、bianの必死でパタパタと付いてくる足音を後ろに聞きながら、人並みを縫って息を切らせて300mほどを走り、軽く50人以上は並んでいると思われる熱気球の列に到着・・・・・・bianもぜぃぜぃ言いながら「・・・きっと・・・乗れるよね・・・?!」と達成感を感じている様子。(微妙だけど・・・^_^;)

しかし、後から到着したVulが前からの頭数を数えて「微妙だなぁ。多分ギリギリで乗れると思うんだけど、絶対乗れる!って場所じゃないよね」と・・・(そーだよねーっ!-_-;)
不安げなbianとhikaruをなだめつつ、とりあえず大人しく並んで待つことに。

すぐ隣に見えている熱気球は、最初は地面にペシャンコだったけど、9時半頃から徐々に準備が始まり、10時開始の直前にはゴゥゴゥとボンベで熱風を入れられてムクムク立ち上がって「おお~っ、すげーっ!」と周囲から思わずため息が漏れるような雄姿を見せてくれます。私達も「すごい!絶対乗りた~い!!」と騒いで待っていました。

途中で係員が「もしかしたらこの辺りから乗れないかもしれませ~ん」「これ以上後ろの方は、恐らく無理だと思いま~す」と脅し始めていたけれど、午前に50組、午後に50組の整理券を一気に配るみたいだからもう少し待ってね・・・と前に進み始めている列に並んでいました。

そして1組目が乗り始めたのを見ながら、運命の瞬間がやってきました。


「すみません、ここまでです・・・」


私達のひとつ前の親子で、残念ながら切られました。


ガーン!!!(T○T)

夫婦と小学校低学年位の男の子の3人で並んでいた目の前の親子も「えーっ!!・・・乗れると思ったのに・・・」とあからさまにガッカリしていて、私達も「そそそそんな~っ!まじぇ?!」という感じ。しかも更に後ろの10人位も「キャンセル待ちとかないの?!」としつこく食い下がるほど突然に切られてしまい、すごすごと後ろ髪を引かれる思いで列を離れました。

ところが我が家には感情の塊のようなbian姫が・・・・・・(0__0;)

もちろんhikaruも「俺・・・気球乗りたかった~っ!」とすぐに泣き始めたけど、「残念だったね~、父ちゃんと母ちゃんだって乗れると思ったんだけど・・・・・・じゃぁ・・・今日はゴルフしよっか!」と言うと、「え?ゴルフ?!するする~っ♪気球はまた今度、きっとどっかで乗れるよね♪」とケロッとしてました。(いいね~その前向きな心!大好きだよ☆*^_^*)

そしてbianは・・・係りの人の申し訳無さそうな言葉にも耳を貸さず、「だってbianは気球に乗りたいんだよーっ!絶対乗れるって思って母ちゃんと走ったんだも~~~ん!!乗りたい乗りたい乗りた~~い!!!」と号泣して絶叫して・・・・・・そりゃぁ・・・乗れなかったみんなが残念だったんだけど・・・仕方ないよ、といっても難しいかもしれませんが・・・・・・悔しいのは判る。(v__v)

見兼ねた受付の女の人が「ごめんね~、今度さいたまでも上がるから良かったら乗りに来てね」と気球会社のカード(名刺?)をくれました。bianは一瞬「え?コレで乗れるの?!」と切符かと思って泣き止んだけど、「えーっと、ごめん。今日は乗れないんだ~」と言われてしまい、また号泣してVulに八つ当たりしてました・・・・・・(汗)


とゆことで。

大人でもかなり悔しい幕引きでしたが、「絶対に今度は乗ってやる~っ!」という意地に昇華させて、「この体験をバネに、いつか、絶対、熱気球!」を、本気で目指したいと思います。(^_^)b


しかし本当に良い天気で暑い位だったし、桜がとてもとても美しく満開で、またほどよ~い風にチラチラと吹雪いていたので、「いや~春だね~。やっぱり日本人の心は桜だね~」と大人はまったり眺めていたり、ビールを飲んでたりして・・・朝一番から来たから早く帰るつもりが、結局閉園の17時まで遊んでいましたよ★(^_^;)

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しばらくは機嫌の悪かったbianやhikaruも、Vulがその後とても献身的にゴルフに付き合ってくれ、汽車も乗せてくれ、30分の手漕ぎボートに乗せてくれて、

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特別に贅沢な美味しいランチを食べさせてくれた後、久しぶりにビールを4口飲んだだけで気持ち悪くなって芝生にシートを敷いてひっくり返っていた私とtamaとを置いて、3人で親指姫のミュージカルを一緒に見てくれて、紙工作で王冠も一緒に作ってくれた上にアイスまで食べさせてくれたので、

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帰りにはとてもご機嫌でしたよ♪(^_^)v

2007年 4月 22日

第五回・アン公☆(遅ればせながら・・・)

投稿者 by namep at 23:27 / カテゴリ: / 28 コメント / 0 TrackBack

2月4日というクソ寒い日(失礼!)にも、アンデルセン公園に行きましたよ・・・12月も1月も他に出歩きばかりで行っていなかったし~と、またもや自転車漕いで京成の検見川駅まで、三咲からバスで★
今回はとても乗り継ぎも良くラクで早くて近く感じて・・・ビックリ!!津田沼から松戸方面へ入る新京成への乗り入れが開始したらしく、知らなかったけれどたまたま行きも帰りも直通電車だったので「スゴイ!速い!」と驚きでした!(@_@;)

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ところで今回は、hikaruが前回に味を占めたため、「俺は3回バイク乗るんだ~」と宣言していたのに、残念ながらその辺一帯が改装工事中で遊べなくなっていました。もちろん、hikaru、号泣☆(T△T)
でも今日は真冬で寒いからアスレチックという気分でもないし、空いてるんだから色々と他の乗り物で遊ぶか~と気を取り直して・・・まぁ笑えるほど小銭使って、次々と乗りましたよ。(=_=;)

まずは泣き止ませるために(?!)目の前に居たライオンに乗せ、

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それから常々やりたいと言われていたミニパターゴルフを廻り、

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そしていつも混んでいるのに5人待ち位だったからポニーに乗せ、

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割といつも乗せる汽車もhikaruは2回乗せて、bianはその間にもう一度パターゴルフ・・・(汗)

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さらには足漕ぎ自転車(車仕様)にも5人で乗りました。
私とtamaっちはいつも3人を見送っていたので、乗ったのは初めて♪Vulは重そうだったけど頑張って5人乗り車を漕いで進めてくれました!(^-^)

1つ1つは100円や200円とはいえ、「3歳と5歳の2人共」「2回乗った」というのが積み重なって結構な出費になった気がするけど・・・・・・(滝汗)、「真冬で空いている」というメリットを最大限に活かした一日になりました。
特に子供等にはゴルフがウケたらしく、帰りのバスでも「次来た時もやりたいね!」と喜んでいたので良かったです。

で、毎度のtamaっちはというと・・・すべり台や木馬で十分楽しそうだったわ~(苦笑)

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2007年 4月 15日

ココのところ

投稿者 by namep at 23:43 / カテゴリ: / 23 コメント / 0 TrackBack

春休み中も楽しく遊び暮らしていましたが、bianの幼稚園が新学期スタートして、折角tamaっちが遊べるようになり、家庭内でドタバタしていた2週間の生活がまた変化している今日この頃です。

しかし、tamaっちはトイレが好きで掃除ブラシをジャブジャブ→床に撒く・・・を繰り返したり、私が風呂場で洗濯を干しているとカランから水を出したり切り替えて水シャワーを浴びてビビってたりと、水遊びが好きな上、細かいことでも姉と兄の真似が出来ることを得意げにやっていたりするので、「それなら一気にトイレトレーニングに突入よ!」と強引にオムツ外しの訓練に入ってしまいました。ちょうど最近「出来れば大人しく家の中で遊んでくれるといいなぁ」と思ってコモり気味なので・・・(-_-;)

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今は1歳4ヶ月で、やっと「たーたぇん!(=母ちゃんもそれ以外も全部同じ)」と人を呼ぶようになったか、「さ・か・な!」と教えると「だ・だ・だ!」と復唱するか、「あ~ぁ!でぃ~だった!(あ~ぁ、落ちちゃった!とか?)」と完了形を意味する言葉を発するかどうか・・・というレベルなので、「母ちゃん、しっこ」とか「出た~」とか言うのも難しいかな~と思いつつ、思い切って尻丸出しにするか、トレーニングパンツを履かすか、布パンツか・・・で、あまり努力も期待もせずに、家の中に居る間だけは頑張ってみています。

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そして、ちょっと予想外の展開がありました。

5歳と3歳の2人が、遊ぶ一方で全く片付けなくなって久しい我が家ですが、「tamaっちが今日からシッコでジャージャーにしますよ~、玩具とか絵本とか大事なものは片付けて下さ~い」とアナウンスしておいたけれど「はーい」というだけで状況は変わらずだったのが、一度tamaっちがジャーッとシッコをして床がビシャビシャになり、私が「出たな~。フローリングだからマシだね~」と言いながら雑巾で拭き取っていると、子等は”こんなんなるんだ・・・”と見て初めて悟ったらしく、慌てて片付け始めました♪(^-^)

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4月14日の時点で5~6回、「室内しっこまみれ」をやりましたが、どうやらtamaっちにとって、「コレは自分が出してるらしい」とか「ジャージャーになると母ちゃんが雑巾持ってやってくる→出たら呼べばいい」とか、「シッコは姉ちゃんも兄ちゃんもトイレでしてるんだ」とか、判ってきているようです。トイレで立ちションの真似してたり、座らせたら喜んでたり、ジャーッと出たらその場でスグに「たーてゃ~ん」と呼んでくれたりして、割と被害の小さいまま訓練が進んでいます。夏休みまでに取れると助かるなぁ♪(^-^)


そしてトレーニング中だとなるべく無駄に外出しない方向で過ごすので、暇つぶしにタンスジャンプをさせてあげることにしたら、tamaっちが「私もーっ!」と要求するので、一緒に乗せてあげたら嬉しそうでした。

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hikaruが忍者みたいに映ってて面白い写真が撮れました★
しかし、2人共しつこく楽しそうに飛んでたなぁ・・・(^o^)
tamaっちもhikaruの1歳の時みたいに思い切って飛び降りるタイプかな?と思いきや、慎重にお尻から降りようとしてバナナみたいになって、困って「たーてゃ~ん!」とヘルプを出していました。(笑)

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話は変わって。
4月9日はVulの誕生日だったので、昼間からうどんを作りケーキを焼いて、傍目には地味だったけど「家族の手作りパーティ」を開きました。

15時から子供と一緒にスポンジ作りを始めて、オーブンで焼きながらホームベーカリーにうどんの生地をセットし、粉あわせが終わったら生地をこねて冷蔵庫で2時間寝かして。
その間に焼きあがったスポンジを網の上で冷まして、ちょっと休憩してからトッピング用のクリームやイチゴやブルーベリーの用意をし、冷めたらものすごい喜んで見てるhikaruと生クリームの搾り出しまで使ったトッピングをして、乗るお皿が無かったからお盆に乗せて(笑)、冷蔵庫で冷やしておいて。

その頃にはうどんの寝かせが終わってるから「今日はきつねうどんだぞ~♪」とbianを喜ばせつつ、油揚げを解凍して青葱を切って、トロロ昆布を出しておいてだし汁を作って、4人分を「伸ばして→切って→20分茹でる」の作業に入り・・・(hikaruはメンボウという道具の名前を最近やっと覚えてくれて、かなり得意になって各所で使いまくり!)。
早く帰って来たVulに「写真撮るから着替えないで~」と忠告しつつ、bianとhikaruにビデオの撮影を頼み、珍しく平日の晩御飯のテーブルにみんなが揃った写真を撮ったり、hikaruが張り切って出してくれた三脚を使って5人でケーキを前にして映ってみたり♪(^-^)

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とまぁ、なんとも幸せな誕生日を迎えられたVulは、その4日後には無事に転職先も決まり(実に4ヶ月掛かった!お疲れ様でした~)、更に色々とお祝いが続くのでした。


そういうわけで、平日の昼間はもちろんですが、夜も飲み会に行ったり知人に会ったりしているため、帰りが遅くて子供達はVulに会えません。朝に30分会えれば良い方で、子供等が寝坊すると会えないこともあります。(bianはバスに乗るために7時半には起こされるから、ほぼ毎日会えるけど・・・Vulが早く出る時は玄関見送りのみ!という日もアリ★)
週末も講演を聞きに行ったり知人と約束したりしてくることが増えたので、「土日は必ず居る」という人ではなくなってきました・・・ヘタしたら土日でも夕方からフラリと出掛けてしまい、私が3人とも風呂に入れてたりします。

私も子供3人とずーっと一緒なので、精神的にちょっと余裕を無くしかけてイライラして、5歳児3歳児に「自分の出来ることはやってくれーっ!」と八つ当たりしそうになるけれど、tamaっちの「相変わらずやってくれるぜ・・・!」ということを見ると、ふと気が緩んで、「ま、いっか。そういう時もあるさ♪」って思えたりしています。忙しい中で子供が思い通りにならない!とイライラすることがバカバカしくなってくるような・・・hikaruとは違った意味で癒してもらっています・・・(^_^;)

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なので家の中は毎日とっ散らかってても平気なように、来客予定を次々と入れてしまわないように努力して、週2日はスケジュールを白いままにして暮らすようにしているのです。(3月まで忙しすぎたけど、それは自分が作ってる予定だったからね・・・「空ける」が目標ってオカシイかな?苦笑)

毎日元気に張り切って幼稚園に行ってくれて、本当にありがとうbianさん!年長になってから、あからさまに張り切っているので、先生も「疲れが出ないようにしてくださいね(笑)」と言っています。でも滅多に病気もせずに強く逞しく姉として頑張ってくれてる君に、私は毎日甘えています。

なかなか甘えさせてもらえないけれど、めげずに頑張ってるhikaru君、いつも優しくtamaっちを見守ってくれて、本当にありがとう!「しっこしてる~」と報告してくれたり、「バギーの下に挟まってるーっ!」と焦って走ってきてくれたりして、何かと家の中でもお役立ちです。来年から君が幼稚園に言ってしまうと母ちゃんは寂しいわ・・・今の内に1年間で色々な場所に連れて行ってあげたいし、まだまだ体験して欲しいこともたくさんあります。家庭で中心になりきれない分、同学年の中ではリーダー格になれると期待しています。

そして毎日色々やってくれてありがとう、tamaっち★君のその「何をしても何を言われても平気面で、意志の強い眼差し」が大好きです。きっと今はとてもその棚に入ってみたかったんだよね・・・・・・(それで?その後一体どーすんだ?という気もするけれど・・・満足げに出たり入ったりしてるから良しとしますよ・・・=_=)

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子供達が健康であること、そしてもちろん私が健康であること・・・が大前提として確実にあるがために、毎日が楽しく有意義に遊んで暮らせるのだなぁと感謝しきりです。強く逞しく、賢く根気良く、将来が楽しみな子供達がグングン成長する毎日をすぐ傍で見つめられる私は幸せ者です。

2007年 4月 04日

ふと感じたこと

投稿者 by namep at 03:46 / カテゴリ: / 14 コメント / 0 TrackBack

先日、ふと感じて、考えて、更に「ちょっとブログに投稿してみようかな」と思った些細なことなのですが、「私は生まれた時からとても運が良い、と思っています」という話題です。(VulcanのBlogにも似たような内容があったのだけど!)

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私は「小さい頃から強運の持ち主だった」と心から信じています。

一般的に見て少し外見が良く若い両親の元に生まれ、特に親が不仲で離婚ということもなく、姉と妹に囲まれた次女で、市立小学校から市立中学と県立高校までの12年間、何不自由なくといっても良い位に恵まれた環境を与えられ、それが当たり前だと思って暮らしていました。

推薦や立候補したら必ず当選するので常に学級委員や生徒会に所属していて、何かにつけ学年を代表することが多くても、「まぁ、そんなもんかな~」と思い淡々とこなしていました。判りやすく例にとると小学校の90周年事業でくす玉を割ったり、秋の運動会でアナウンス係になったり、中学の卒業式では答辞をしたり、高校3年の春に文化祭を仕切ったりといった感じでしょうか・・・?小学校の音楽会では毎年ピアノを弾き、ガリガリと必死で勉強しなかったけど中学3年の神戸市全体模試で女子8位という成績を見ても「まぁ普通かな~」と感じてたような子供でした。

小学校時代の友達からは「何でも出来て羨ましいな~」「どうやったらそんなに上手に出来るようになるの?」などと言われても、「さぁねぇ・・・別に一生懸命に練習したワケじゃないんだけど」とクールな返答をしていたし、中学では年齢的に妬まれてちょっとしたイジメ的扱いを受けても「低レベルで笑っちゃうよね」と孤独を楽しんでいたり・・・でもちょっと悩んでいた頃に話した母親も母親で、「そんな馬鹿に付き合うことないわよ!あんたはあんたの感覚で生きていれば認められるんだから。先生はあんたを優秀だと評価してるでしょ?」と友達を相手にするな的指導を受け、「なるほどね」と思ったので、いつも大人相手に生きていました。(だからあまり友達とグルーピーにツルんだり、ものすごい仲良し!という相手もいなかったかな~?^_^;)

高校は当時は珍しく私服ということも手伝ってかなり自由な雰囲気だったので、なにかと親に監視されてがんじがらめに拘束されていた15年間から少し開放され、仲良くなったお友達とツルんだり休日に遊んだりしても一応母親からは許されていたし、2年の秋には初めての彼氏が出来てデートしてみたりしていました。(生徒会を優先する余りに呆れられ、半年で別れを告げられてしまったけど★)

3年の12月には京都の私立大学に準指定校推薦で通り、受験することもなくスルスルと4年制大学で勉強させてもらえることになりました。卒業するまでにコッソリ運転免許証を取りに行き、AT限定だったので1回も落ちることもなく卒業式前に免許を取得していました。下宿も人づてに格安で親切な部屋を教えてもらい、経済的に豊かで大らかな大家さんの元で自由に暮らし始めました。京都での最初のアルバイト先も親戚に紹介してもらい、ラクで時給の良いバイトを4年間続けていました。自分で見つけたバイト先も色々あったけど卒業まで続けた「お気に入り3つ」のバイト先は今考えても大切な場所で、長く付き合えるお友達が出来たり、不思議な縁が続いていたりします。

問題だった高い授業料はといえば、無利息の第一種育英会奨学金に通り、4年で200万以上の借金を20年掛けてボチボチ返していけば良いというプランを未だにコツコツと返済しています(笑)。20歳の時に震災に遭ったけど、それまでの2年間は親が毎月5万円を仕送りしてくれていたし、父親が持たせてくれたポケベルやPHSは払ってもらっていたし、バイトでは年間160万くらいを稼ぎ・・・なかなか良い暮らしをしていたと思います。学内では数は少なくても味のある友達に恵まれたし、18年間暮らしていた親元では精神的にも経済的にも出来なかった「やりたいこと」はほとんど叶えられたし、「暮らすこと・生きること」の経済的な意味での生活感を勉強できて、非常に有意義な4年間だったと今でも強く感じています。

大学に入学する直前の18歳の春に、「推薦で決まったしね~」と高校受験時に通っていた近所の学習塾で事務のアルバイトを始めた際、夫Vulと出会いました。京都で憧れの1人暮らし♪と自由奔放な学生生活を楽しむ中で地道に中距離~遠距離恋愛を続け、22歳で無事に経済学部を卒業してから、素敵な出会いから惚れ込んだ大阪のアパレル会社に営業職で入社したけれど、2年で東京に住んでいたVulと結婚するために涙を呑んで退社することにしました。
その時も「よかったら関東支店で働いてよ」と言ってもらえて、正社員から立場を変えて千葉の倉庫で伝票発行事務の仕事を頂き、気に入った会社で働き続けることが出来ることを喜んでいました。そこでも楽しい人間関係を味わったし、2年半勤めた後にVulの転職した会社へ私も転職して辞めてしまった後も子連れで遊びに行ったら大歓迎されるくらいに、仲良くお付き合いさせていただいています。

結婚に関しても、とても素晴らしい方々と出会えたことを心から感謝しているし、Vulとも付き合って14年を超えたけど特に不仲になることも余りなく、今では3人の子供に恵まれて素敵なお家を手に入れて、幸せな家庭を築けていることが「素晴らしいことだなぁ、私ってツイてるよね」と思える次第です。


しかし私は、どこかで、しかし確実に、大きく変わっています。


傍目にかなり大人びて高飛車で傲慢な小学生~高校生時代の顔と、大学生時代の写真を見ると、別人の様な顔の違いがあるし、更に結婚した後3年目に出産してからどんどん変貌しているので、5歳と20歳と32歳の私の顔が同一人物だとは思えないくらいです。(整形してないからね!!笑)

ということで。

ちょっと長くなりましたが・・・私はきっと強運の星の元に生まれているけれど、自分で運を逃さない生き方が出来ているからこそ、今の私は幸せであるわけで・・・。それはきっと、直感的に、五感で、インスピレーションで、フィーリングで、いつも楽しく豊かに幸せに生きようと決めているからこそ、日々の小さな選択を誤らないことで今の人生が歩めているんだなぁと感じた次第なのです。
更にいうと、それに気が付いているかどうか・・・私も2年ほど前に知ったのですが、「頭で判っているだけでなく体が動いているかどうか」が、運命の分かれ目なのだということに自分で気が付いていないと、幸運は少し停滞したと思います。

夢とは与えられるものではなく、自ら掴み取って叶えていくもので、運もまた然り、だと思っている今日この頃です。

その時々に付き合う人間同士も、お互いに気を影響しあっているので、多分小さい頃から己の直感だけで長く付き合う人を選んで生きています。私は損得勘定で人を選んだことって無いんだけど、いろんな人が世の中にはいるし・・・判りやすく言うと価値観の相違かな?
例えば相手の年齢とか学歴とかお家柄とかって全~く気にしたことなし★生まれた土地とか今やっている仕事とか家族のことなどは知りたいけど・・・もし相手が卒業した学校のことや今の高い年収を自慢してくれても、あまり覚えてないくらい、私にとっては「どうでもいい情報」です。(一生懸命に高い学歴を追い求めて生きてきた方、ゴメンナサイ!)

あとは宗教的な情報も私にとっては「割とこだわらない付帯情報」かな・・・仲良くしてる人が創価学会に所属してると知っても、天理教の講師の人だと知っても、ネットワークビジネスにハマっていても、これまでと変わらずお付き合いし続けていこうと思えます。

私にとって大事な情報は、「目の輝き」「全体的な顔立ち」「肌つや」かもしれません。私の経験則ですが、気持ちが前向きな人は目が綺麗だし、心根が素直で優しい人は柔らかい顔立ちをしているし、心と体のバランスが取れている人は肌つやが良いです。無意識に、私はそういう人を選んで付き合っている気がします。(^_^)

やはり人間同士というのは外見とわずかな言葉からしか交流が出来ないので、外見から80%の情報を汲み取るように出来ているそうです。きっと私は直感的観察力で目を見て話しながら心の内を読み、言葉の使い方や話題で物事の考え方を知ることが出来るのでしょう。
お陰様で32年間生きてきて、細く長く付き合っている人が徐々に増えてきているし、年賀状だけでなく「久しぶり~っ♪」と顔を見せ合って同じ空気を吸ってみると、やっぱりどの人もそれぞれが良い意味で成長していて変化していることを感じ、波長が激しく刺激しあって楽しいので「また会おうね!」と手を振りながら別れられる人達ばかりです。

人に恵まれることは、生きるうえでとても重要な要素だと思っている私は、人と関わることが好きで、知っている人同士を繋げることがどうやら向いているみたいです。今時分多いらしい人間関係に悩む人は不幸かなと思うと、私は幸せで、やっぱり運が良い人間だな、と心から感謝しています。