2005年 11月 25日

物品の購入

投稿者 by namep at 02:10 / カテゴリ: / 32 コメント / 0 TrackBack

子供が生まれてからというもの、私の物欲というのは非常に減退していて、「必要なものがあれば買うけど、ただ単に欲しいだけのものは買わない」という主義に徹しています。以前は物欲の塊のような人間で、欲しい!と思えば値段も気にせずに手に入れるような買い方をしていました。(笑) だからエーライ変わり様だな~と自分でも感心しています。(^_^;)

ところでエリストに引っ越す際に、やはり「必要なもの」というのはいくつか出てくるわけで、それらにどのくらいの金額が投資できるのか、などを少しずつ検討する作業に入っています。(だって年末から一月くらいは赤子のことばかりでフラフラになりそうだし?) そのためには、今使っている家具がどこまで使いまわせるのか、どこに何を置いてどのくらいのスペースが占有されてしまうのか、を把握したいな~と図面に家具の配置をしてみました。

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すると、大半は「とりあえず暮らせる」というところまで使いまわせることが判明して、「必要なもの」というのはほんの少しであることが判って安心しました。「家が広くなるので必然的に照明器具が2個」「TVや玩具を乗せているラックをキッチンに回すからTVボード」くらいですね。(今の時点で暮らせているから当たり前といえば当たり前なんだけど)。あとは「ベランダの一部の柵の部分に巻きつける網」(←何か落とされたら怖いから)とか、「イザとなると布団も干せる室内干し用ステンレス竿」とか?(生活感バリバリやで!^_^;)

更には「今壊れてるから捨てたいVulのPC用の椅子」「安物を買ったせいでたわんでいるから使えない本棚」とか・・・結婚した時点で適当に買っている安物が6年目にしてボロが出ているために買い替えを余儀なくされているようなモノ達がゴミとして処分されてしまうようです・・・ゴメンナサイ★(苦笑)

しかしどうやらVulと話していると、私は「使えるものはそのまま使って平気だな~ぁ」なんだけど、Vulは「新居でコレを使うのはカッコ悪いからやめようぜ」という感じで「捨てて、買おう」という発言が目立ちます。もちろん夢の新居なので、ボロいモノが余計にボロく見えるであろうことは少々想像もできますが、それを言うならソファも座卓も食器棚も「20年モノ!」というもらい物だし、洗濯機も掃除機も「そろそろ壊れそうでヤバい!」という代物です。(笑) 

キッチングッズや収納グッズだって、「賃貸で暮らしている間にこだわっていても、もし買った家でサイズが変われば使えなくなるってのも馬鹿馬鹿しいし~」と、私は極力インテリアにお金を掛けずに暮らしてきたので、壊れていたり安物だったり適当だったりボロかったりします。(爆)

それを、「この際!」と全部捨てて買い換えてしまいたい気持ちは判るけど(ものすごいきっかけだし?)それをやっていては、ものすごいゴミを出してしまうし、ものすごいお金を使ってしまいます・・・(T_T) 

だから、私としては「とりあえずはこれで暮らせるから」というレベルで引っ越しを済ませ、きっと1年後には収支バランスが見えてきて、「じゃぁこれは買おうかな」と優先順位を決めておいた1番から、徐々に買い足していったり交換していったりすればイイんじゃないかな~と考えてしまうのです。
だから、「ソファはオンボロだけどカバーを新調すれば見た目はキレイになるよ」「食器棚は目に付かない納戸で使うから」「座卓は傷をマジックで塗って目立たなくして子供の遊ぶ机にするかな」とか・・・手を変え品を変え、使えるモノなら使い続けたいし、引っ越してから5年くらいでベランダタイル敷きからシアターシステムまで揃った”理想的なお家”が作れたらイイかな~とのんびり捉えているのです。(^-^)

その「徐々に揃える」「出来上がっていくお家」というのが、楽しみになるのではないかと私は思うのですが、やはり「入居と同時に理想の我が家が完璧に仕上がっている方がイイ!」という意気込みで引っ越す人の方が圧倒的に多いのかしら・・・(笑) 大体私はまたもや自力で引っ越ししようとしてるんですけど・・・業者が嫌いなのではなく、近いし箱は手に入るルートがあるし、必要ないからなんですがね・・・・・・(^_^;)

2005年 11月 25日

LOHASって流行なの?(笑)

投稿者 by namep at 01:41 / カテゴリ: / 53 コメント / 0 TrackBack

最近やたらと目にする言葉がLOHASであり、直訳されたり意味を説明されると余計に判らなくなるようなライフスタイルを指すのですが・・・コレって流行するものなのかな?とやや不安になっております。(-_-)

よく聞くのは、LOHASという頭文字の説明であり、「Lifestyles Of Health And Sustainability」という英語で、直訳されると、「健康的で持続可能な生活スタイル」とされてしまうのです。しかし元々は10年近く前にアメリカのマーケティング用語として造られたもので、「エゴとエコをほどよく融合した暮らしをする人々のこと、またはそのライフスタイル、価値観や判断基準を指す」のだと私は理解しています。

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しかし根本的に日本的な価値観だと私は感じてしまうのですが、そうでもないのでしょうか?自然と調和した暮らし、健康に配慮した食生活、自分の周りとの持続的な共存状態・・・と考えると、LOHASだとかマクロビオテック(←野菜と豆を中心とした食生活のこと)だとかいう、いかにも流行らせようとしてるような言葉が先走るよりももっと基本的に、「昔から日本人が主眼においてきた生き方そのものなんじゃないのかなぁ?」って私は感じているのです。

「もったいない」という言葉も妙な方面から世界的に認識されているように、日本人が本来持っている、モノを大切にする精神、自然を神様として大切にする心から始まり、相手を思いやる気持ちや年代を超えた温かい心の交流など、アメリカナイズする以前の日本に当たり前にあった生き方のことだと思えて仕方ありません。それが今や新しい生き方であるかのようにカッコイイ横文字と共に流行の最先端みたいに扱われると、ちょっと「・・・は?どーしたん?そんな騒いじゃって・・・」って興ざめな感じがしちゃっています。

でも、たとえ流行であっても、「ブーム」(一時的に持てはやされ、やがて冷めたら消え失せる)ではなく、「トレンド」(徐々に浸透してゆき、長く続く主流となる)となってくれるのであれば、結果オーライだと思うので、別に流行してることに対して批判はしないし「LOHASな生活」(←この言葉使いからしてちょっと違和感アリですが・・・)をしてくれる人が増えてくれるのであれば、私は嬉しいのです~♪(^-^)

私の基本的な暮らし方や価値観はまさにLOHASなので、いわゆる「最近ありがちな人」ってことになるのでしょうが(笑)、悪い生き方ではないと思えるため自分で出来る限り真剣に取り組んでいるし、子供にも是非染み込ませる必要がある価値観だと思っているため毎日行動で示しています。

ま、要するに、「自身の健康を大切にするし、地球環境も大切にするけど、無理したり苦痛に感じたりしてたら続かないから・・・自分たちの出来る範囲で、地球や自然を感じつつ、守るものは守り残したいものを未来に残せるような、”生き方”や”買い方”を選ぶ」ってことです。

私にとっては当たり前なんだけどね~(笑)

2005年 11月 17日

出来事の報告

投稿者 by namep at 22:42 / カテゴリ: / 23 コメント / 0 TrackBack

子供が「今日あったこと」を、当事者以外に語ることが出来るようになる、ということは素晴らしい会話力を手に入れたと思ってイイと私は感じています。おそらく2000近い単語数を持ち、動詞の時制を一致させ、場面と状況を説明し、そのときに自分が何を感じたのか?までを他人に判らしめる・・・もうヘタしたら大人でも難しいことをやってのけるのですから。(^_^)

最近4歳になったbianは、「今日ね、母ちゃんとイズミヤに行った時にね、小さいバスに乗って行ったんだけど~、運転手さんの腕時計の丸いガラスにね、おひさまの光が反射して天井にチラチラ~って映ってたのがちっちゃいオバケみたいでさ~、bianとhikaruは夢中で目で追いかけてたんだよ!」などとご飯時にVulに話していたりします。

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bianは1歳半からとても口が達者な人なので、今では副詞や擬音語・擬態語、動詞などもほぼ完璧な喋り方をしますが、状況が判っている私が傍で聞いていてVulが判りにくいかな~と思ったところだけ少し補完してあげれば、Vulにも当時の状況が思い描けるだろうというレベルまで説明できます。形容詞の使い方もウマいし、反対語や単語などもとても正確だと思います。(受動態が最後の難関!)


そういう4歳の姉を持つhikaruは、近頃「そのとき俺は何をしたか」ということを同時に話していたりします。例えば「公園で○●ちゃんと遊んだ時に~」とbianが話し始めたら、hikaruは「おれ、三輪車、乗った」「おれ、公園、行った。階段、ゴロンゴロン、落ちた。頭、ゴッチン、した」とか一緒に話しています。もう三者間通話!(笑) しかしbianの言葉をよく聞いているお陰で喋りが上手になってきたhikaruが、bianの話でいつのことか、何の話かがスグ判るというのもスゴイことだと思っています。

ところで、私は平日の昼間にいつもそういう状況で暮らしているので、こっちと話している間にもあっちの話を聞いてる、bianと受け答えしてる途中でもhikaruに相槌を打つ、といったことが可能ですが、Vulは普段慣れていないので片方が無視されてしまうことが多く、「ちょっと聞いてる?!」とbianが怒るor拗ねるか、hikaruが独り言をブツブツ言ってるみたいになってて面白いです。(^-^) 要するに慣れが必要なのですね。


さらに付け加えると、私は怒ったり脅したりしないように気をつけて話しているのですが、語順が入れ違うことが多くて反省することしきりです。「今日は楽しかったね~、○○君と遊んだしさ、△■にも行けたしさ。bianがとっとこ歩いてくれて助かったよ、楽しかった一日をホントありがとう」という語順は、少し入れ違いが多くて、正しい日本語文じゃないな~と言ってから反省するのです。英語的な話し方なのかな・・・結果が先というか、強調したいことは重ねて言うとか?(苦笑) そうすると、bianも私に語順がめちゃくちゃな喋り方をするのです。

そしてVulはよくbianに怒ったり脅したりするのですが、bianもVulに対して甘えたり拗ねたりすると同時に怒ったり脅したりするのです。私にはそんなことしな~いと傍目には思うのですが、「Vulはbianにそうして欲しいから、bianに対して怒ったり脅したりしてるんだろうなぁ」と私は思うから、黙ってみています。
(だって「えー?!」とか言って、うっとおしそうにしてるけどイヤなら「ヤメロ!」とか怒鳴って拒絶しそうなモノを特にはしないから・・・甘えの一部として喜んで受け入れているのかな?と見ることにした~)

言葉は鏡として子供から自分へ返ってくるのですね。bianが今日の出来事を報告している口調も、私がVulに一日の出来事を報告しているときとスゴい似てるかも?!と感じるときがあるので、もう少し美しい日本語で話せるように努力邁進したい所存でございます。(^_^;)