2005年 10月 31日

名づけに関して

投稿者 by namep at 02:53 / カテゴリ: / 107 コメント / 0 TrackBack

子供に名前を付ける時、それは子供の人生に対して、最大限に親という特権を行使している瞬間だ!と私は思います。子自身が改名しない限り、一生涯抱えて生きていく財産となり得るモノ、生まれた瞬間から与えてもらうモノ、が名前です。繰り返し繰り返し呼び続けられて自分という自覚が芽生える頃にはすっかり自分の大切な呼び名として定着している、その「子の名前」を、あなたはどのくらい真剣に考えて付けてあげましたか?

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近頃は「平成名前」などと呼ばれる、謎の名前が横行していると私は思いますね・・・アトム君とか・・・ピアノちゃんとか・・・・・・(-_-) 呼び方(響き)というのは確かに好みによるのでしょうが、漢字や苗字とのバランスなどを考え、生まれた顔つきを見て、更には姓名判断を調べて参考にして付けているのかなぁ?と一抹の不安を覚えます。犬猫の名前ではないんだし、その子の人生を左右しかねない1つの財産として、親は真剣に悩んで考えて付けるべきだぞ!と、私は心から思います。

姓名判断にも色々あって、流派や画数の数え方などが種々雑多・・・響きを重視したり画数一辺倒だったりと忙しいのですが、最近ではネットで無料・瞬時に判断!みたいなサイトもあり、参考にしたい程度であればサッと調べることが出来て便利な世の中なのですから・・・余りにヒドイ!というような画数を与えてしまわないよう、チラと覗く・・・位は、せめて親の権利を行使する前の義務として、是非ともして欲しいと思います。


ちなみに、私には「セミプロ姓名判断士」の親友が京都に居たため、色々と相談してきました。大学時代の親友なので、正直に画数の悪いところやいいところを述べてくれる上、彼女自身が個人的に感じる、全体的な名前への響きに対するイメージなども聞けるので(←非常に保守派だけに助かるのです♪)、大変助かっています。「理論派の味方」ですね。(笑)

あとは、「実践派の味方」が居てくれて(^_^)、元・幼稚園の先生であるイトコです。今まで担当してきた幼稚園の子供たち(おそらく数百名)の名前を覚えているため、「あ~、その名前でちょーっと難しい子が居たなぁ」とか「その名前の女の子ではシッカリした子が多かったかも?!」などと、彼女の記憶のページから「その名前が持つ性格への影響」を伝えてくれる、心強い存在でした。

後は私の個人的に収集してきた名前に関するデータや記憶が影響を与えます。「親自身が持つその名への主観」ですね。かつての同級生や知り合いなどで「この名前の悪ガキが居たな」とか「マザコンのヒョロイ子だったな」とか・・・(苦笑) 「この名前自体は好きだけど気の強い女の子がいたんだ」とか「なんか地味な感じがするんだよね」とか?(^_^;)

やっぱり「苗字とのバランス(響きや画数や文字数など総合的に)」もあり、呼び名として「響きが好きか?」もあり、更には「他人から見てオカシイと思わないか?」「学校で漢字が読んでもらえるか?」「性別を間違われるんじゃないか?」「妙なあだ名を付けられないか?」など・・・心配する要素もたくさん出てきます。でも、基本は姓名判断でガッチリと締めておけば、そこでわざわざ悪い運勢を選ばない限り、「これで行こう!」と決められるはずです。(^-^)


私たちの場合、bianの名前は呼び名(響き)をVulcanが決めて、漢字を2人で半分ずつ決めました(笑)。私は姓名判断に非常にこだわっていたため、総画数を悪くしたりは絶対にしたくない!とかなり画数重視で、画数から好きな漢字を選んだため、人名として読めるのか?という漢字が無理矢理当てはめられた感があり、「読めない!」と笑われます。でも見た目に、使ってる漢字二つが非常にバランスが良いので「きれいな漢字のバランスで、素敵な名前ね」とよく感心されます。呼び名はいたって普通の名前なのに漢字がユニークで驚かれる、ということが多いですね。(^_^)b

hikaruは妊娠8ヶ月くらいの頃、響きが私の提案で決まりました。漢字は家計図から引っ張って2人で考えたのですが、二つとも人名漢字外であることが出産の直前に判明し(←漢和辞典を見てても、人名に使えるかを調べてないし!>_<)、慌てて使える漢字の中から響きに合わせて選び出した!という当てはめ式でした。(すまん!笑) しかし二つ目の漢字は「それって読めるの?」という感想がbianと一緒で、要するに画数重視なところは2人共一緒なのです。(本当は読めるんだけどね~)


他にも、bianにもhikaruにも、こだわってた点がいくつかあります。

まずは「線対称の漢字」にこだわっています。漢字が線対称だと「物質的に困ることは無い人生が送れる」と聞いたことがあるためです。
それと避けているのは、「一文字」「ひらがな」「”ん”で終わる」「濁点の響き(特に女の子)」。

この話をすると、「俺、一文字だけどダメなんかな?」とか「私、濁点入ってるし・・・ひらがな名前や~ん」とか「”ん”で終わってるのって何かイカンのん?」とか散々言われてしまい、「別にそれで最悪になるわけじゃないんだから気にしないで~(笑)」と言いつつ、私自身は「これらの条件に当てはまる名前は付けない」と心に決めています。(ってVulが2つ当てはまるんだっ!^_^;)

あとはなるべく参考にする程度ですが・・・「月・水・花に関する響きや漢字を使う」「母音のバランスに偏りがある」「イニシャルが家族と一緒になる」「外国の人が呼びにくい」「行き過ぎた親の期待を押し付けるような響きや漢字」なども避けるように心がけています。

これだけ配慮してつけている名前を「気に入らない!なんでこんな名前付けたの?!イヤだから改名してやるーっ!」などと、もしや将来言われたら・・・非常に落ち込むと思います・・・・・・(もう想像しただけで半泣き★)


さて、たっつぁん(=第三子。近頃は女であることが判明したので「タマちゃん」と愛称を変更していますが・・・つい言ってしまう!^_^;)は何にしようか?とそろそろ8ヶ月に入って時間も過ぎたので、さっき漢和辞典を出してきた母なのでした♪

「先に響きを決めて、それに見合う漢字を画数重視で選ぶ」というスタイルは既に我が家の定番になってきているようなので、今回も「これは?どう?」とまずは響きだけでVulと相談中です。生まれるまでに2ヶ月も考えて付けられる名前なんだし・・・やはり子供には素晴らしい財産として、死ぬまで大切にして欲しいですよね!(*^o^*) 

そのためには、やはり「これだけ考え抜いたんだよ!」と成長した子供に物語れるくらいの親のストーリーが必要でしょう!だって、「あなたは3人目だったから、三郎よ」みたいな理由を5秒くらいで述べられたら・・・? 子供として、人間として、やっぱり嬉しくはないでしょう?(^_^;)

2005年 10月 30日

家族が増えるということ

投稿者 by namep at 02:55 / カテゴリ: / 29 コメント / 0 TrackBack

先日、大阪在住の親友・Ayuki氏が無事にお子さんを産みました。陣痛始まったかも~というメールを携帯にもらってから、我がことのようにドキドキしていたのですが、「やっと生まれたよ~」とメールをもらったのは最初のメールから30時間後くらいでした★長丁場やったね~お疲れさ~んとメールを送って、「あぁ、私もあと2ヶ月くらいでふやふやの新生児とご対面かな~」とワクワクがうつってました。

今週の私は、bianに「違うおかーさんが良かった」とか「子供が1人のおうちが良かった」とか毎日のように言われ続け、「私が厳し過ぎるのか?!」と自分の育児能力に自信を失くしたり、「bianがワガママ姫なのは個性じゃなく甘やかし過ぎなのか?!」と逆に考えて悩んだりと、精神的にどっぷりと沈んだ日々を過ごしていたので、明るいニュースにかなり救われました。

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私は例えbianが1人っ子でも4歳になったらこうしてもらってると思うし~、とさまざまな場面で自立を促しているのですが、bianにとっては「じゃぁ、なんでhikaruはしなくてもイイわけ?私だけがなんで?」と不平等感を感じるだけの要求だったようです。「だって4歳と1歳じゃん!1人で出来ることも全然違うんだし、hikaruだから許してbianだから許さないんじゃない」と説明しても「そんなのズルイ、一緒がイイ!」と一刀両断した上で怖い顔でにらまれたりするので、非常に手を焼いて過ごしていました。

要するに「私は愛されてない、hikaruだけが甘やかされてる」という論理でbianに毎日ブツブツと責められ続け、私も「まぁそういう部分もあるかもしれないな~」と思い悩んだりしながらグルグルしていたのです。確かにbian1人なら、hikaruのトイレに付き合っている間に待たせることも無いし、hikaruが遊んで食べない時に私が食べさせてる間はbianの方を見れないことも無いワケで・・・「私が100%!という状況じゃないんだもん!」と不満を言うbianの気持ちもわからなくもないけれど・・・hikaruが居てくれるお陰でbianが楽しい時間もたくさんあるんだよ?と言って判る年でもないので、微妙に困らされていました。(^_^;)


家族が増えるということは、大人にとっては「色々と悩むこともあるし疲れることもあるけど、総じて嬉しいこともたくさん増える」ということであって、私は「子供は幸せの使者だ」と思って接しているのですが、子供1人1人にとっては、「なんで親の愛情や目線が分割されちゃうの?一人っ子なら100%なのに~ぃ」と思う時期もあるのでしょう。特に第一子は100%だった記憶があるだけに、「第二子さえ生まれなければあのままだったのに!」という思いも芽生えてしまうのかも・・・と、bianに「弟も妹も要らなかったー!」と泣かれたシーンが、幾度となく悲しい気持ちと共に思い起こされていたのです。

でも、兄弟姉妹は子供にとって財産であることは間違いの無い真実だと思うので、こんなことではへこたれているわけにはいきません!(>_<) これが2~3年置きに繰り返されるのかもしれないんだし、子供の言うことを真に受けすぎよ!という意見も聞こえるような気がします。
でも私には「ばかばかしい、イイから黙って食べなさい」と突き放す気持ちも無かったし、「あなたのためにも弟や妹は必要だったのよ~」と恩を売る気もさらさら無かったし・・・bianの悲しい気持ちを受け止めてあげること、そして対策を練ることしか出来ませんでした。

だから、bianが「でも大人は交換できないしな~」とブツブツ呟いている時も、「そうだね、親は替えられないんだよね~。でも、もし交換できるとしたら、誰の子になりたい?誰のお家に行きたいのかなぁ?エセ父ちゃんとユキさん(=Vul弟夫婦)のお家なら子供が居ないからbianが一人っ子になれるけど、どう?」と明るく受けてみたら、「うーん・・・でもエセ父ちゃんのお家は遠いしなぁ。bianはユミちゃんママがいいなぁ」と階下に住むお友達のママを選んでいました。(確かにユミちゃんママはbianの一番好きなママだ~でもユミちゃんはどーなるんだ?笑)

私には「具体的に違うママを選ばれてしまったこと」はややショックだったけど、しかし「遠いからなぁ」と悩むということは、「基本的にココへ帰ってくるという前提で考えてる」ということは判って、少し嬉しかった一瞬でした。やはり4歳児にとっては「実父母とは二度と会えない養子縁組」などは想定外なのでしょう・・・ふぅ。(^_^;)

最初に「このウチはイヤだ」という内容で泣きながら言われた時はかなりショックで、更に2~3日も追い討ちを掛けられ続けていたのでネガティヴに陥っていったのですが、こうして少し立ち直ってきて時間が経ってみれば、「こういう悩みも2人居るから?腹の子を含めて3人居るからこその、こんな悩みを味わえるのも家族が多いからこその幸せ、なのかな?」と捉えられるようになってきました。(母ちゃんと3人の自転車に乗りたいんだよーと言われても乗せてあげられないのは「今はニンプーだから」だし★)

しかし、久しぶりにここまで!と自分で驚くほど精神的に落ち込んでたのに、たった5日ほどでかなり立ち直れたのは、中学生の娘+bianと同学年の息子を持つめばえ教室のお友達I氏と、近所の公園でよく会う複数のママ友や親族に、夜の携帯メールや子供が遊んでいる間など隙を見ては「聞いて~こないださ~」と泣きついてたくさん話を聞いてもらい、「えーっ!それはショックだね~!」「いつも元気なNamePさんも、やっぱり色々大変で悩んでるんだね~」「そういう時もあるよね。いつでも言って~いつでも聞くから~」と親切に言ってもらえたからこそ!と心から感激したし、話を聞いてくれる人が周りに居てくれるって幸せだな~♪と実感して、本当に感謝しています。

そして、冒頭のAyuki氏の愛娘出産☆
「そーだよねー!生まれたときはあーんなになーんにも出来ない存在だったのに・・・随分と色々考えたり主張したり出来るようになったってことだよね!」とbianの成長に感謝する方へ気持ちを切り替えることが出来たことが、復活へのかなり大きなファクターになりました。いいタイミングで産んでくれてありがとう!(笑)


やはり家族(子供)が増えるということは、幸せもたくさん、苦労もたくさん、だと思います。でも自分がしたくてする苦労をガッシリ受け止めることで、その先により多くの幸せが待っていると思えば、ちっとも苦痛ではありません。報われる努力とでも言えば判り易いかな・・・無償の愛を与え続けることで、人生最大の財産である子供が、人間として素晴らしく成長してくれて、更なる幸せをもたらしてくれる・・・非常に長いスパンで捉える必要はあるけれど、「今の私の日々の小さな努力の積み重ねは、遠い未来で必ず大きく報われる」と信じているからこそ、親として辛抱したり我慢したりしながら、忍耐強く頑張れるのです。


その過程で自ずと親の人間力が成長し、子供を大きく育てているつもりが自分も人間として大きくしてもらえているんだ、と感じることが出来るようになれば、それはとても素晴らしい人生だ!と言えるのではないでしょうか。

2005年 10月 21日

「いいの、いいの」ってどっち?

投稿者 by namep at 02:18 / カテゴリ: / 85 コメント / 0 TrackBack

「○○ちゃんは、そんなことしなくていいのよ」って、あなたの愛するお子さんに対して言ったこと、ありませんか?

「それは、いいのよ~」・・・して良いこと?悪いこと?
「食べなくていいの」「しなくていいの」・・・はどっち?
「押していいの」「そのままでいいの」・・・は?どう聞こえますか?

悪徳業者の勧誘電話に対して「結構です」と答えると「買ってもイイと返事した」と受け取られて、高い商品を送りつけられて代金を請求された!というトラブルが続出した時期がありましたね。ご存知ですか?日本語の「いい」というのは「要らない」と「良い」の二つに取られるので、勘違いの元になります。

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私は子供に「いいの、いいの」と言って危ないモノを取り上げたり、パッと見で危ないことをさせなかったりは、しません。(・_・) 「しても良い」のか「しない方が良い」のか非常に判りにくくなる言葉かけなので、使わないように心がけている言葉、第二位!なのです。
(余談ですが、各種勧誘の電話を断る時は、「要りません」「必要ないです」とキッパリ言いま~す!^_^)

「絶対止めて欲しいこと」=「人に危害を加えること・自分が大怪我をすること」を止める時には、「それはしないで!」「危ないからやめてーっ!」ととにかく恐ろしげな顔と大声で叫びます。

「それはやめたほうがいいんじゃない?」「やめてくれると嬉しいなぁ」「ケガするかもしれないけど・・・構わないなら、どうぞ」と不安げな顔で子ども自身に止めるか続けるかを考えて選ばせる、が、「なるべくやめて欲しいこと」=「やや危ないこと・恐ろしいこと・ケガすること・すっごい汚れること」の止め方です。

対して、「どうぞやってください」という喜ばしい時にだけ、「それでイイんじゃない?」「かーちゃんはイイと思うよ」「多分大丈夫じゃないかなぁ?よっぽど運が悪いと落ちて頭とかブツけるかもしれないけど・・・痛いのはかーちゃんじゃないからbianがそれでイイならイイんじゃない?(ニヤリ)」「イイね~、そうしてくれるとすっごい嬉しい!」という風に「いい」という言葉を使います。
「良い」という言葉を発音しにくいから「イイ」になった、という語感ですね。(^-^)


具体的な例えで言うと・・・ドライバーで何かを開けたり、修理してりしてる時。
子供はドライバーセットを持って「一緒にやりたい!」「自分が直す!」とか言ってきます。(ありがち~!笑)

私は「そう?じゃぁ一緒にやってくれる?ドライバーを使うときはね・・・」と一緒に直そうとして手取り足取り教えます。が、何やらうまくいかないし難しい!と知ると、自然と子供の方から「難しくて出来ないから、やっぱりかーちゃんがやって。bianは傍で見とくね!」と引き下がります。「そう?じゃぁ全部やっちゃうね~」と白々しく1人でとっとと仕上げると、双方気分が良く修理が進みます。喋りながら修理して「出来た!直って嬉しいね♪」と喜びを共感できます。

これを「bianはイイから!ドライバーは危ないからそこで見とけばイイよ」と言ったら・・・?
「私にも出来るもん!貸してよーっ!」とムキになられて、ドライバーを振り回されて余計に危なくなりそうですね!
「ダメダメ、これ大事なんだよ、触らない方がイイよ」「だって私もやりたいんだもん!」と取り合いになったりして、険悪な雰囲気の中を「やりたいのにーっ!」と子供だけが泣いて終わった・・・そんなこと、ありませんか?(^_^;)


疎外感。

これって大人でも、好きな人は居ないと思います。「あなたはココに居ないほうがイイ」「あなたはコレをしなくてイイ」「あなたはコレに関わらなくてイイ」と言われて、喜んだり充足感を得たり?・・・まずしないでしょう?(^_^) じゃぁ、子供にも言わない言葉にしておきましょう。同じように嬉しくない言葉なのですから。

本当に子供が危ないから止めて欲しい時は、ハッキリ判る言葉で、そう言えば良いのです。
「これ、火がボーボーで熱いから、すっごい危ないんだよ!ヤケドしちゃうからさ!離れて見てるだけなら危なくないよ!」
「ドライバーって手に刺さると痛いんだよ?ちょっと刺してみる?あとね、この機械の間違った所に当たると、もしかしたら機械が壊れちゃうかもしれないんだよ・・・そうなったら、父ちゃんすっごい困るんだ~」
など、子供が判る範囲の言葉を使い、しかも顔も声も悲しく困った調子にすれば、「そっか、困るし悲しいならやめとこ~」と思ってくれます。

もしくは、危な過ぎないことなら、ちょっとやらせて子供が諦めるまで待つか、それなりに出来るまで根気良く手伝うか、も場合によってはアリですね!だって出来たら万々歳じゃないですか!!(←私の場合は大半がコレですよ♪bianは先日、お裁縫を手伝ってくれました。結果は「針山を縫うな!」と大笑いでしたが★)

どうしても危ないことなのに一緒にやりたがる場合(←私の場合は高い所に身を乗り出しての外側の窓拭き等)、「だって落ちたら骨が折れるかもしれないよ?血がたくさん出るかもしれないんだよ?やってみて死んじゃったらどうする?それがイヤで怖いと思うなら止めて欲しい。かーちゃんは怪我して痛いbianと痛いのを替わってあげられないし、血がたくさん出て死んで欲しくてbianを育ててるんじゃないから・・・お願いだからそこで見てて欲しいんだ!」と真剣に話せば、必ず判ってくれます。半分脅しのようでもありますが、落ちたらそのくらいのケガをすることは子供には予測できないことなので仕方ありません。

その結果、「大丈夫?」と不安げにずっと見守ってくれてたり、「頑張って~」と応援してくれてたりして、頼もしくも「今、かーちゃんは危ないことをしているんだ」という理解まで深めてくれるのです。

どうですか?

ただ単に「やらせてもらえなかった~」と子供にとって不愉快な記憶に終わるのか、「そんなリスクを犯してまで窓を拭いて掃除して・・・かーちゃんってすごーい!」と尊敬してもらえるのか・・・終わったら「お疲れ様!」と言って貰えるのか・・・あなたはどちらを選びますか?

「子供はいいのいいの、あっち行ってなさい」と親の方から疎外しておいて、10年経って成長した子供が「なんにも話してくれないのよ~」と嘆く親・・・なんだかおかしな理論ですよね?子供が小さい内から着実に親という自分を味方として良き理解者として接してくれて、どんどん成長してもずーっとそのままなら・・・・・・こんなに嬉しいことは無いと思いませんか?(^-^)b

子どもに育ててもらうというのは、こういう「超ロングスパンで物事を捉える考え方を身に付けさせてもらえること」ですね~、私にとって。(*^_^*)大人だけで生きていたら、来年のこともロクに考えずに毎日せこせこと働いているだけのような気がします。
ただ1人でも子供が居る!というだけで、来年は幼稚園がどうなるか、3年後は小学校だ、10年したら中学生だ、20年したら結婚するのかも?と夢が膨らみ、そこを着地点とした親子の人生設計を組む必要に駆られます。夢を持つことは人生の生きがいを持つことと同意義だと感じます。

その時にお金がどうとか家がどうとかいう物質的な豊かさを求める計画も大事ですが、私は精神的な豊かさを中心に考えているので、この時期に親子が何歳で~どういう親子関係だと理想だな~とかいう夢を抱いています。生き方として多少現実的ではないのかもしれませんが、人間はソフトな面が一番人生に対して豊かさを作り出すことを知ってしまったので、親子関係を夢見て日々1歳や3歳の子供に対して親権に話して聞いているのです。(^_^)b

2005年 10月 21日

「ちゃんと」って、なに?

投稿者 by namep at 01:25 / カテゴリ: / 102 コメント / 0 TrackBack

最近のbianは「なぜ?なに?ちゃん」です。
まもなく4歳になろうとしているので、人生の内で最も激しく「○○って何?」「△□ってどうして●○になっちゃうの?」という疑問が毎日飽きずに沸いてきます。そして「何でも知ってるはずの親」に素直に聞きます。(色々聞いてくるから面白いぞー!笑)

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hikaruが近頃「謎のhikaru語」を話すので、それを反復しては「それってどういう意味?」とhikaruに聞いています。
「ちった!」「ちった、って何?」「ちった!」「ちった、って何?」と30回以上繰り返していた様には大笑いしてしまったし、子供は繰り返しが好きだな~と心底感心しました。繰り返しに強い内は脳の学習能力が高いそうですよ?(大人はすぐ飽きるし、繰り返すとウルサがる!もうダメなのか~?!T△T)

ところで。

私も普段から割りと「なぜなにちゃん」なのですが(31歳でも?)、先日ミスドで不思議なおかーさんを見かけました。bianより少し小さい女の子に対して、「脅し」と「曖昧な怒り語」でしか声をかけていないのです。聞いていて気分が悪くなったのですが・・・羅列してみます。(=_=)

「ちゃんと座ってなさいって言ってるでしょ?」「ママの言うこと聞けないの?もう何も買ってあげないよ」「もうパパと2人でどっか行っちゃって欲しいわ!」「ほらぁ、靴が落ちたじゃない!だから言ったのに・・・さっさと自分で拾って!」「ちゃんと座って食べてってさっきも言ったでしょ?ママの言うこと聞けないならもうドーナツ買ってあげないよ?!」「また落とした!ちゃんと気をつけて食べてよ!」「もーっ、そっちに行かないで、ちゃんとここに座ってなさいってば!迷惑なのよ、○○ちゃんがウロウロすると!」

・・・・・・はぁ。

思い出すだけで疲れる~!(>_<)


私と同じように2人の子供を連れていて、2人とも年齢は少し下かな?というくらいだから・・・まだ多少手が掛かるのも判りますが、言われている女の子の平気そうな顔を見ると「毎日こんな言葉を繰り返して聞かされているから、もう麻痺してるんだろうなぁ」と一瞬で理解できました。(・_・)

だって私から見ても聞いても、「は?じゃぁどうしろと言うの?黙って座って人形みたいに止まってれば文句ないわけ?」というくらいに、子供のやることとしては本当~に大したことな~いちょっとした行動の、ひとつずつに全部ケチつけて怒鳴って脅してるようにしか見えなかったんです・・・しかもそれを聞き流されてムカついて、更に本人に八つ当たりをしてるだけ、みたいな・・・・・・(-_-;)


私にとっては、まず!子供に使っても通用しない言葉の第一位!は、この「ちゃんとしなさい」です!!

多分、「まっすぐに、じっと座ってて」「大人し~くしてて」「ここでは大声を出さない、静かにして」「ダラダラしてると格好悪いから、キッチリ格好良くして見せて」というような場面で、非常に大雑把な言葉として抽象的に、しかも大半は命令文で使われていると思います。毎回場面が違って求められる姿が違うのに、「ちゃんとしてなさい」と命令されても、今どうすることが「ちゃんと」なのかが、4歳以下の子供には判り難いと考えているので、私は使いません。
だって、「具体的に今どうすればいいのか」を親として「教えて」から「従うことをお願い」することと、「ちゃんとしなさい!」といきなり不明瞭な言葉で頭ごなしに命令されるのとでは、受け取るほうの心境が全然違うと思いませんか?(^_^)


だから、bianもスグ隣に居る子供にチラチラと目をやりながら、「あのおかーさん、ずっと怖い顔して何を言ってるんだろう?」という面持ちで気にしていましたが、あまりに命令と脅しと八つ当たり的な言葉を聴き過ぎて、終いに隣に居るのがイヤになったらしく、「かーちゃん、もう帰ろう・・・」と私に言ってきました。(いつもドーナツ屋から帰ろうなんて言わないくらいに大好きな場所なのに!@_@;)
私もカフェオレのお代わりをもらってゆっくりしたかったところでしたが、あまりに不快なBGM(?)にかなり嫌気が差していたので「・・・そだね」と立ち上がりました。女の子が少し気がかりだったけど、泣きもせず命令を聞きもせず1人でただ楽しそうだったのだけが救いでした・・・(>_<)

その後の自転車で、やはりbianは「さっきのおかーさん、なんかすっごい怖かったね。○○ちゃんはちっとも泣いてなかったけど・・・ちゃんとしなさいってずーっと言ってたね」と私に言ってきました。私も「そだよねー。あのおかーさんが言ってる、”ちゃんとしなさい”ってどういう意味なんだろうね?」と聞くと、「ちゃんとしなさいって言われてもわかんないよ。”ココに座ってドーナツを食べてね”、とか、”ウロウロすると落とすから気をつけてちょーだい”って言えばいいのにね。bianは、なんか・・・あのおかーさんが・・・なんか怖かったなぁ」と少し寂しそうに言っていました。ちょうど私も「もうこのお店には来ないよ!」と絶対ウソの脅しを受け続けていた○○ちゃんが気の毒だったし、おかーさんの個人的な怒りのハケグチになっているだけな彼女がカワイそうな気分だったので、2人して「せっかく美味しいドーナツ食べて幸せ気分だったのにね~」とションボリしてしまいました。


でも、私は嬉しかったのです。

bianが「ちゃんとしなさいって言っても判らないよね」ということを判ってくれていることがハッキリしたから、1人でスグにかなり幸せな気分になりました。もちろんその喜びをbianに話して分かち合い、揃って元気を出しましたよ!(^-^)b

「やっぱり、かーちゃんは”ちゃんとしなさい”って言うのはキライなんだ。それをbianが判ってくれてて、”どうすればいいのかを言えばいいのに”って思ってくれてたのが嬉しかったなぁ」とフィードバックすると、「だってさ、かーちゃんは普通のおかーさんじゃないんでしょ?”ちゃんとしなさい”ってbianにもhikaru君にも言わないもんね!」と元気に返してくれたので、涙が出るほど嬉しかったです。

子供にかける言葉が現実化するのには時間がかかります。大人に取っては長い、「3年」などといった時間がザラにかかるけど、確実にこうして花開く瞬間が来るんだ!と励まされて、私は本当に感動しました。

子供と一緒に、「その”ちゃんと”って、何?」と考える気持ちを持ち続けていけるならば、同じレベルで「なぜ?なに?ちゃん」で居れるのであれば、子供と同じ言葉と目線で物事が捉えられて、楽しい時間が共有して過ごせるのではないかな~、とbianの逞しい成長をかみ締めた、ある1日の出来事でした。

2005年 10月 21日

人口甘味料・アスパルテーム

投稿者 by namep at 00:56 / カテゴリ: / 82 コメント / 0 TrackBack

愛情物質とも呼ばれる「セロトニン」というホルモンを耳にしたことはありますか?
過剰に脳内や体内に分泌されると問題を起こすのですが(←スズメバチに刺された後に過剰に分泌されるらしい)、脳内分泌が少な過ぎると破壊的行動にブレーキが聞かなくなる重要なホルモンです。(概してホルモンというものは適度なバランスが求められるのですが・・・)

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ほどよく他のホルモンとブレンドされて適度な量が分泌されていると、人が誰かを愛したりモノを大切にしたり他者を思いやったりする「優しさ」が強くなります。反対に分泌が不足すると物を壊したり誰かを傷つけても平気だったり、ややもすれば自殺したりします。いわゆる最近の「キレやすい若者」を象徴するような行動を取りがちになるということです。

また一般的に言われる「落ち着きの無い子供」もセロトニン不足の疑いがあるそうです。
それは親の愛情不足だとか育てた環境が悪いとか言う前に、もしかしたら食品が影響しているのかもしれない!と聞くと恐ろしくなりませんか?

実は一因として、この「人口甘味料・アスパルテーム」が作用しているという説があります。セロトニンを体内や脳内で破壊して回るのが、この「アスパルテーム」です。「砂糖不使用」と謳っていても、こんな怖い科学的に合成された物質が使われていると知ったら、「キレる子になってもイイから糖分で太らないで」と考えますか?「友達を傷つけて平気な子でもイイ、糖尿病よりマシよ」と思えますか?


少し余談ですが、人間は砂糖では太りません。体内に蓄積される糖分というのは、体重の8%が上限だそうです。それ以上は決して蓄積されることがなく、摂取を続けても排出され続けるので、体重が60kgの人がそこから砂糖が原因で太ったとしたら、4.8kgだけが砂糖のせいです。もしそれ以上太ったというならそれは脂肪分が原因です。脂肪分は体重の100%でも蓄積されるので、永遠に太り続けることができます。糖分のせいではなく脂肪分のためにブヨブヨに太る人がいるのです。

つい「甘いものが敵」と思って糖分を敵視しがちですが、クリームやケーキやお菓子などには必ず脂肪分(大半が乳脂肪)が使われているのです。砂糖を敵視して「砂糖は不使用!」の結果が恐ろしいアスパルテームを選ぶくらいなら、その前に脂肪分を避ける面から食生活を見直すことを、私はお勧めします。

しかし恐ろしいことに、アスパルテームは子供の好むお菓子や飲み物に頻繁に使われています。「カロリーゼロ」「虫歯の原因になる砂糖不使用」などと親の心境を突くような言葉を使って、セロトニン不足の愛情物質が荒らされた子供が育てられていくのかもしれませんよ・・・脅すわけではないですが、自分の満ち足りた愛情で育てているつもりの子供たちが、食品メーカーに騙されて愛情の欠落した人間になっていくとしたらガッカリしますよね?

食べ物を買い与える親の無知は罪です。なるべく見れる状況なら裏面を見て、もしアスパルテームが入っていたら避けてあげましょう。それが本当の親の愛情というものではないでしょうか?

2005年 10月 21日

女だったか!(@o@;)

投稿者 by namep at 00:32 / カテゴリ: / 130 コメント / 0 TrackBack

第三子は女でした。(突然な始まり方~)

今日は久しぶりに産院でエコーを見てやっと判ったのですが・・・前回(24週)は「まだ小さいし・・・でも、もーっしかしたら、女の子かもよ?」という感じだったのが、今日(28週)は決定打でした。「ほら、これが子宮だしね、女の子間違いなしです」と言い切られたので、「うへ~、たっつぁんは女だったか~」とbianと話しながら、帰り道ずっと「呼び名を変えなくちゃ」と盛り上がっていました。(^-^)

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たっつぁんは男だと思って女だった・・・それはhikaruが女だと思って男だった時と同じくらい「意外性」のあるニュースなのです・・・私にとって。私の母の勘なんて当てにならないモノですねー★(笑)

しかし、「女→男」と来て、三人目で「→女」というのは結構珍しいパターンなのではないかと思えます。私の個人的統計では、かなり高い確率で「2人目は、1人目か3人目に性別を引っ張られる」という法則が成り立つので、私の場合「1人目と2人目で性別がチェンジしたし、3人目も男だろ」と思い込んでいたと言えます。もちろんよーく探せば「女→男→女」という姉弟もいるし、逆に「男→女→男」という三人兄妹も見ることは見ます。親兄弟や友達を聞いて探しても、実際に「サンドイッチ兄弟姉妹」は、います。ただ確率が低いのです・・・子供が三人なら、「男だけ!女だけ!」か、「1人目か3人目だけが違う性別」だったのです~(-_-;)

ということで、たっつぁんは急いで呼称を変更したいのです!このままいって「タツコ」なんて、安易でイヤ~ン★(爆)

bianは小さい女の子が好きなので(彼女自身が世話好きだし・・・総じて女の子の方が可愛くて大人しいし?*^_^*)、私が「たっつぁんは女の子だったんだって。bianと一緒で娘なんだよ」と報告すると、結構喜んでいました。以前は「どっちがいい?」と聞くと「うーん。おとーとかな☆」と答えていたのに・・・hikaruが最近暴れるようになって自己主張も激しくなってきた(←既に恐怖の2歳児が始まっている~)から「もうカワイくない弟、要らない」なのか?!と考えると、この先がやや不安な気もするのですが・・・(^_^;;)

夜に帰宅したVulにも報告したら、「もう決定的だったの?」と私に確認した上で、「bianと同じ女の子なんだって」とbianに振り、「うん!たっつぁんはね、bianと一緒で、娘だったんだよ!」と興奮気味に答えるbianの嬉しそうな顔を見て、「そーだねー、なんだか女ばっかりになっちゃうね~」と意味深な一言を発しました。いや、私の隣に座っているhikaruは?!ガッチリ男だろ!?と速攻で突っ込んでおきましたが・・・(まだhikaru自身は突っ込めないし~) ど~も、比率が同じ今(2:2)でも女性陣が強い気がする我が家の雰囲気(発言を通す権利は3:5くらい?)から、男がせめて数だけでも勝っている方が嬉しかったのでは?!と思えて・・・今、さりげにすっごい本音トークだった?と考えるとおかしかった~!!(>_<)o""

最後の4人目が男で出てくると丁度イイね~っ!(^_^)b

2005年 10月 15日

ディートとピレスロイド

投稿者 by namep at 03:07 / カテゴリ: / 149 コメント / 0 TrackBack

すっかり涼しくなってきたので衣替えを済ませた方が多いでしょうね。スーパーの広告を見ていても防虫剤の安売りが目立ちます。暑かった夏場は子供と公園で遊ぶのに虫除けスプレーが必須だったので持参していた方もいるかもしれませんね。キャンプやBBQなどでも重宝したことでしょう。

しかし。

もしや、あなたは「ミセス○イド」「ピレパラ○ース」「ムシュー○」などを買って、プラスチックケースに詰めた夏服の上やタンスの引き出しに入れたセーターの上に乗せませんでしたか?!私からはそれらの行動をお勧めしません。樟脳が臭いので気持ち悪くなるという方は、防虫成分「ピレスロイド」の恐ろしさを知ってください。

夏場に「蚊にかまれるぞ!」と言って子供に虫除けスプレーをシューシューかけていたあなた!「痒い」といって自分の手足に振りかけていたあなた!殺虫成分「ディート」というモノの恐ろしさを知ったら、蚊にかまれた方がマシだと思うことでしょう。

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簡単に説明しましょう。

殺虫成分「ディート」は湾岸戦争の時、暑いために大量にたかる虫をイヤがるアメリカ兵にアメリカという国から配られた殺虫剤に含まれていた成分です。同時にフランス兵も欲しがったけどフランスという国は「成分が危険かもしれないから」と配りませんでした。戦時はアメリカ兵が安眠する中をフランス兵は悔しがって蚊と闘っていたらしいですが、帰国してから立場は逆転しました。フランス兵は元の生活に戻って何の問題も起きませんでしたが、アメリカ兵の中に大量に精神障害を引き起こした人間が発生したのです。錯乱状態になる、情緒不安定でもう普通の職に就けないなど・・・通常の生活に戻れなかった兵がゴマンと出てしまったそうです。

その単純な「その後」の違いにはもちろん様々な要因はあるのでしょうが・・・アメリカという国が与えた殺虫剤に含まれていた「ディート」の影響を唱える化学者が後を断たないそうです。


防虫成分「ピレスロイド」は「アレルギーの元になっている!」と訴える小児科医やアレルギー専門医がエス○ー化学や○林製薬を訴えているそうです。
聞いた話によると、ある中学生が朝の通勤ラッシュで学校へ向かっていたところ、気を失って倒れました。極度のアレルギー反応で生死の境をさ迷いましたが、結局原因が判らずに半年間も断続的に入院した後、「原因はなんだったのか」を担当医師がリサーチしたそうです。電車内で倒れたことや季節などを考慮した結果、「11月のコートが出てくる季節だったこと」が判明し、車内に充満したピレスロイド成分(大勢が出したてのコートを着ていた)が暖房で温まった空気にどんどん溶け出てきて、その子をショック状態にまで陥らせたことが判ったそうです。
最近は幼稚園などでも10月~11月に原因不明の熱やアレルギー反応で長期間休む子が増えているそうです。今や衣替えの季節は倒れる季節なんでしょうか?おかしな話ですよね。

そもそも蚊にかまれると病気になるんでしょうか?セーターに大きな穴が開くほど虫がたくさんタンスに入ってるんでしょうか?そのどちらも、そんなに有害な化学物質じゃないと防げない話なんでしょうか?
虫を殺す成分は人間にも有害です。スグに結果は出ないけど、それだけに怖いのです。子供の喘息やアレルギーの原因になっていたり、精神障害を引き起こすと知っていて、「でも蚊にかまれるよりはマシよね」「私の大切なセーターに穴があくよりはマシだわ」とあなたは思いますか?そうだとしたら鬼畜ですね。(笑)

例えばヒノキの成分(ヒノキチオール)でタンスの虫除けを、とか、ハーブの力で蚊を寄せ付けない、とか、聞いたことはありませんか?天然の成分で「防虫」は出来ます。別に「殺虫」しなくてもいいんですよ~、大きな虫がどうしても殺したければ、わざわざ薬品の力を頼らなくても・・・物理的に攻撃しましょう。(^_^;) ダニやノミはプチプチ殺していくわけにもいかないですが、防虫で追い出したり絶対数を減らすことは出来ます。そういう努力をせずに「手っ取り早く追い出す」「根こそぎ殺す」という態度でいるから、傲慢な人間に対して有害な化学物質が攻撃してくるのです。

他の生命体も生きているのです。なるべく温かく見守る心と、なるべくこっちにはこないでね~という謙虚な姿勢、天然成分で近寄らせないモノをさりげなく使う、掃除をこまめにして室内を清潔に保つ・・・などを心がけていれば、虫たちにたかられることも減ります。

恐ろしい成分を使わないで心温かく暮らしていけるって、なんだか素敵じゃないですか♪(^-^)

2005年 10月 15日

ビタミンC

投稿者 by namep at 02:49 / カテゴリ: / 32 コメント / 0 TrackBack

ビタミンというとまるで全て体にいいもののようなイメージがありますよね?特にCというのは「レモンやアセロラに入っていて美容にもイイ」というイメージが強いと思います。

広く食品に使われている「保存料(ビタミンC)」という表記は、確かにビタミンCなのですが、化学合成されたモノなのです。レモンやアセロラから抽出したビタミンCを添加物として保存料に入れている食品メーカーは少ないと思います。

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かなり多くの食品群に入っているのですが・・・意外なところで「ウーロン茶」の裏面に「保存料(ビタミンC)」と書いてあるのをご存知でしたか?でもレモンの味はしませんよね?(笑) 要するに味覚に感じない程度しか入っていないのではなく、保存料として賞味期限を長く保つために、化学合成されたビタミンC状の添加物を入れているのです。だって自宅で作った麦茶をペットボトルに入れて保存しても1週間くらいでオリが沈んだり味が損なわれたりしてますから・・・ペットボトルで半年以上美味しい状態が保たれているなんて・・・考えてみればちょっとスゴイ状況ですよね。(-_-;)

でも、その「ペットボトルなら半年以上経っても美味しいのは密封されているからだ」と勘違いしそうなくらいに、添加物で保存料が入っているジュースやお茶を飲まされていることに気付くべきなのです。自分でやれば1週間で腐るモノが腐らないことは「素晴らしいこと」なのでしょうか?!いや、必要なことだとも私には思えません。

10年前に神戸に居た震災経験者としては、災害時にペットボトル入り飲料が被災者にとって非常に便利であることは実感済みです。が、それは水だけで十分なことでした。ミネラルウォーターは別に何も添加しなくても、天然に湧く水を汲んで殺菌して詰めているだけで3年くらい持っています。私にとってだけではないと思いますが・・・ジュースやお茶がしばらく生きていく上でどうしても必要な飲み物ではなかったので、ペットボトルで1年以上美味しい状態が保たれていることは「必要以上の贅沢」なのです。

その「贅沢」のために体に必要じゃない合成化学物質を摂取していると考えると、なんだかばかばかしくなってきませんか?長年掛けて蓄積されてしまうと、徐々に体が汚れてくるんですよ?全然美容にも良くない結果になるとしたら、「ビタミンCって書いてるから大丈夫よね」とは思えなくなるはずです。(^_^;)

なるべく、でいいので、添加物の使われていない飲料や食品を選んでみることをお勧めします。それは己の健康のためでもありますが、平気で使用しておいて、疑っていない私たち消費者を裏切っている食品メーカーへのささやかな抗議行動でもあるのです。

2005年 10月 15日

「アミノ酸等」って何?

投稿者 by namep at 02:28 / カテゴリ: / 200 コメント / 0 TrackBack

私自身が子供に食べさせる立場になってから、「無添加」「化学調味料は不使用」という言葉を受け止める態度が変わってきました。以前までは「はぁ?そんなこと書いとけば多少高くても文句言われないって思ってるの?」と受け止めていました。主に価格重視で購入を決めていて、裏面の原材料名が羅列されている四角い部分を眺めては「いろんなものが入ってるんだな~」としか考えていなかったです。

最近は「絶対に使ってたら買わない・食べない」と言ってると食べられないものが多すぎるので、「出来るだけ不使用のものを」という態度で受け止め、裏面を見て考えてから子供に買い与えるようになりました。といっても付け焼刃的な知識でしか無いので、一般的にお店で売られている商品の裏を眺めては「アミノ酸等」って書いてあるのはやめよう、という判りやすい線引きをしています。

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よく見かけるのは、「調味料(アミノ酸等)」という表示で、原材料名の一覧では大概最後のほうに出てくるから、ちょびっとしか入っていないんだろうけど・・・(使用している量が多いものから表記されているので)、その「等」の中に何が入ってるのかが不明で、なんか、怖いです。そんな表記のままで平気で出荷して売られているメーカーに、私は不信感を抱くようになってきました。

最近は「アミノサプリ」などという飲み物などが売っているのでよく耳にするようになり、アミノ酸に対しては一般的に「良いイメージ」でしょうけど、アミノ酸の調味料というとやはり一昔前の「味の素」でしょう。グルタミン酸ナトリウムのことだったと記憶していますし、今でも「味しお」などといって台所の調味料棚に並んでいる方もいらっしゃるんでしょうね・・・私も20年くらい前には毎日、赤いキャップの「味の素」を眺めてお手伝いしていました。料理を作るのに必要なモノだと思っていました。(笑)

しかし私は今や、「うまみ成分と勘違いさせる素」と認識しています。それなら天然のうまみ成分を使えばいいんだよ!と私は思い、カツオやコンブやイリコなどからとっている天然の「ダシの素」を使うことが、今では私の「フツウ」になりました。

冷凍食品や子供のお菓子等によく表記されているのですが、その「アミノ酸等」を食べて美味しいと感じるような味覚が育つと、「味の素がないと料理の味に締まりが無いと感じる」とか「カツオ出汁より味の素の味が好き」という大人になりそうで、私はそれはイヤです。(>_<)


天然の出汁が、いかに素晴らしい味の深みとミネラルバランスを持っているかは、昨今では全世界共通の認識です。フランス料理の一流シェフが羅臼コンブで出汁をとるって話は聞いたことありますか?身近なところで、「こだわりのラーメン屋」が「アミノ酸等」で味に深みを出しています、って言っていますか?(^_^;) 毎日コンブやカツオで出汁をとるのは確かに手間がかかります。が、今は濃縮の液状で手に入る天然出汁や、塩無添加の粉末カツオ出汁も手に入る時代です。探せばあるんです。美味しい出汁で作った料理はまさに「味に深みがある」と表現できると思います。それが「うまみ」なんだと私は思います。

あなたの子供が美味しいというモノはどんなものですか?スナック菓子やファーストフードを毎日でも食べたいとか美味しいからもっと食べたいとか言ってるようだと、少し味覚が壊れてきているかもしれません。不安に感じるのであれば、台所の調味料から見直してみることを私はお勧めします☆

2005年 10月 12日

自宅出産に向けて・・・(7)と、いうことで。

投稿者 by namep at 23:34 / カテゴリ: / 240 コメント / 0 TrackBack

bianとhikaruがいかにして自然分娩で超安産で生まれてきたか、が(1)~(6)でご理解いただけたかと思います。更に出産というのはほとんど産婦が行っていて、助産師さんが手伝っている行動であることも少しは伝わったかと思います。

要するに医者や看護士という職種の方は、出産に関して言うならば「なにか異変が起こったとき」や「通常では起こりえない事態に面したとき」に初めて活躍するわけで、いつも傍に居ないと子供が産めないという人たち、ではありませんでした。帝王切開や逆子の場合は緊急とか平常ではないということで「病院じゃないと産めない」ということなんでしょうが、私の場合は「医者と看護士は要らなかった」という健康体であるゆえの2度の出産を経験しただけに、「次は自宅出産でも平気だろうなぁ」と感じたわけです。

実際、第三子(たっつぁん)は自宅出産する予定で既に動いています。

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基本的に助産師のTさんが我が家に「こんちわ~」とやってきて、1時間ほどの検診をしてくれます。28週と35週辺りには「エコーと血液検査」などの「大きな病院じゃないと出来ない医療行為」が必要となるらしく、提携している医師のいる産院へ私が赴かなければなりません。2人子連れで行くので少々大変ですが、それは「健康的で安全な出産を迎えるための義務」なので、結果を聞きに行くのを含めて5回くらいなら・・・と納得して通っています。
 

今後の動きをお知らせすると、25週辺りから「2週間に1回」の検診になるので、助産師さんと電話などで相談してお互いの都合を照らし合わせながら自宅での検診をこなします。28週でまた大きな病院へエコーを見にいき、性別が見えるかどうかのドキドキ検診が待っています。(笑)

32週辺りから「週に1回」の検診になるので、Tさんと打ち合わせて自宅検診が続き、35週辺りでまた大きな病院に行ったり、出産時にヘルプで来るもう一人の助産師さんと顔合わせをしつつ週1の検診をこなしているうちに「きたきたーっ!」とTさんの携帯にTELを入れる日が来るという感じでしょうか。(^_^)


当日はどうなるのかは未定ですが、Tさんの話によると助産師さんが、Tさんともう1人の合計2人来ます。立ち会って欲しい人には私から連絡しておいて揃ってもらい、あらかじめ書類で手渡されている「準備しておくもの」を準備して出産に備えます。

ついでに準備するものを簡単に紹介すると、「バスタオル、フェイスタオル、ビニールシート、古い布、ベビーバス、コットン」など。「バスタオル、フェイスタオル」は「下半身を露出した際に冷えないようにサッと掛けるため」で、「ビニールシート、古い布」は「出血等で周りを汚さないようにするために。捨ててもいいようなものを」という感じらしいです。「コットン」は「産婦を清潔に保つために洗浄綿を作るから」と説明されました。どうやらラベンダーオイルと精製水で洗浄液を作るみたいですね♪

胎盤の処理などは助産師さんが担当するし(処理代をいうのを取られるし)、へその緒を切る器具などは持ってきてくれるはずなのですが、果たしてVulがやってくれるかどうか・・・生レバーとかダメな人だし、今までの2人の立会いも「ただ見てるだけ・その場に居るだけ」という感じだったし・・・(苦笑) 

実は。

私は自分の胎盤を食べようかと考えているのですが(←「私たちは繁殖している」参照。胎盤には母乳を出すホルモンが含まれているらしいので食べたい。妙な趣味からではなく・・・^_^;)、Vulにその話をしたところ、「俺は食べないからな!ってか見たくない!自分を食べようってのが信じられん!」と失笑気味に言われたので、出産の現場をビデオで録るとか、へその緒を切るとかからして、彼には無理難題なのかもしれませんね~(T_T)
やっぱり私自身が陣痛の合間に定点カメラをセットしたり、リモコンで操作したり、音がしたらテープを入れ替えたりするんでしょうか?(爆) さらにはへその緒を自分で切ったり・・・いやもしや、bianが「やりたいやりたい!」と言って切ったりするんでしょうかね~?(やりたがりそーっ!^o^;)


まぁ生まれるまでは産婦が頑張っていて、生んだら助産師さんが産湯に入れてくれたり様々な処理をしてくれたりして頑張ってくれて、多分産後3時間くらいは経過を見守ってくれるのだと思います。(産院でも3時間は分娩台に乗っていたし?)

出産の翌日から3日目までは、正月であろうと毎日新生児と産婦の様子を見に来てくれるそうです。あとは産後5日目、問題無ければ2週間後と4週間後。そこまでいけば母乳の出に問題が無い限り、もう小児科の領域に入るのでTさんと会うこともなくなるのかな~?少しさびしい気がしますね★(4人目受胎すれば会えるんだろうけど~!笑)


家事労働などは産後4週間は控えるように、というのが通説なので、VulかNamePかのどちらかの母親が食事や洗濯や2人の子等の世話に来てくれるようなら母体の回復も早いでしょう、と言っていました。(今のところ年末から3週間ほどNameP母が、その後1週間ほどはVul母が手伝いに来てくれる予定です、と話したら「素晴らしいですね」と安心していました☆)
やはり1人目であろうが3人目であろうが、母体が回復する4週間までがネックなので、いかに休息と睡眠をとって回復に向かっているか、よく食べて乳も出して産後の肥立ちも良いか、産道の傷などの回復はどうか、が助産師さんのみるところなのでしょう。

私の場合は12月29日くらいに生みそうな気がするので(予定日は1月2日ですが)、薄暗い病院で1人で年越ししてたり、冷えた食事を1人で食べたりするくらいなら、自宅で子供らと一緒にギャーギャー言いながら生んで、それからひたすらゴロゴロしながらみんなとおしゃべりしたりして過ごしたいのです。おせちなどは買って入手しておいて、そんなことでもないと正月に神戸を離れることも無いNameP母と共に千葉で年越しや新年を迎えるのもイイかな~と思ったので、「よし、予定日がまた年末年始に掛かるのであれば、やっぱり自宅出産で踏み切ろう!」と思い至ったというわけです。


理由としては他に、3~4月にエリストへの引越しやbianの年少からの入園があるというのもポイントでした。里帰り出産となれば予定日前後の丸2ヶ月は神戸です。12月に入ってから2月頭まで、「エリスト入居前の内覧会」や「入園前に作らないといけないお弁当グッズ」など、神戸に居ては何も出来ない状態でイライラするくらいなら、千葉に居て「まぁ1時間くらいなら外出もアリかな」などと言って新生児を連れて目の前の新居に内覧に行ったり、産前や産後4週間の時期に自宅で裁縫をしたりするくらいワケもないだろうと考えました。

それに2人連れて2ヶ月帰るとなるとオオゴトなのです!神戸に行っても子供が少ないから遊び相手も少なくて、公園環境が悪いから子供もつまらないだろうし、荷物の出入りも全部私がやることです。妊婦や産婦である私がドタバタと3人分の移動に対してそんな動きをするくらいなら、身軽な大人1人(もちろんこの場合は各・母上)が2~3週間の滞在に向けて準備して移動してくる方がなんぼかマシやん、と冷静に考えました。(・_・) 


最後に、周囲の賛成度ですが・・・助産師さんも最初に訪問してくれた際に、「周囲の方はどう言ってる?」と質問していたので、旦那さんからおかーさんまで、賛成してもらうことが第一のようでした。

Vul母は「その方がいいわね、色々と忙しいタイミングだし。私も出来る限り手伝いに行くから」と千葉で生むこと自体はスグに了承しました。しかし、自宅出産という話には「えーっ!大丈夫かしら・・・まぁ、一昔前はみんな産婆さんが自宅で生ませていたわけだけど・・・危険性はどう?」と色々心配していましたが、「助産師さんが2人来て周囲の人間に出産自体を手伝わせることはないし、常に病院と提携して動くから安心して欲しい」と説得したら「それなら大丈夫そうね」と納得してくれました。
彼女の妹さん(Vul叔母)が過去に里帰りして自宅出産していたらしく、それを知っているだけに「そういうのもありね」と思えたのではないかと感じました。

NameP母は千葉で生むという話に、まず「えーっ!」と反対しました。(私は忙しいから手伝いにいけないわよ!という勢いで★) しかし自宅出産だという話を出し、「産院が遠いしね~ウチは車も無いし。それに時期は年末年始だし・・・引越しと入園直前だし」と立て続けに理由を説明したところ、意外とアッサリ「ま、それがいいのかもね。あなたは安産型だから」と納得してくれました。そして今や「そんなことでもないと私も正月に神戸を出れないし、娘の出産という大義名分があるのなら、仕事も自治会などの会議も3週間くらいまでなんとかやりくりして、頑張って千葉まで行くから!」と妙に張り切ってくれています。(ありがたや~♪*^_^*)
彼女は関東に住んでいた経験もあるし親戚筋がほぼ全員関東在住なので、来れば彼女自身に楽しみもあるので、週末に隙を見ては親戚や友達に会いに行くのではないかと私は睨んでいます。(たま~に来てもいつも「ウチは、ついでなの?」と言いたくなるくらいスグに他の人々に会いに行ってしまうのだ・・・^_^;) 

Vulはもちろん最初に提案を持ちかけた人でしたが、hikaruを生んだ日に「三人目は自宅出産だね」と話していただけに、「あ、やっぱり、それ考えてた?」という感じで驚きはありませんでした。(彼にとってはまず「他人事みたいなもの」だしね~>_<) さらにはこのブログの構想真っ最中だったため、「ネタとしてイケるな」と一番に感じたらしく、「サイト名も”子宝ドットコム”でいこう」と妙な部分でワクワクしていました。だから「危ないからヤメロ」という命令とか「大丈夫なの?」という不安げな心配とかも一切無く、二度の立ち会い経験から「コイツならイケるやろ」と感じていたらしく、「料金はどのくらいなんかな?」「あの白黒写真は見れないんやろか?性別が判らんままなんかな?」と現実的な心配をしてくれました。(笑)

という感じで、「イチに旦那様、ニに両親」という賛成度は非常に高く、無事に自宅出産に向けて稼動したという状態なのです。(^-^)b

2005年 10月 11日

食べることは生きること

投稿者 by namep at 09:54 / カテゴリ: / 315 コメント / 0 TrackBack

子供自身が「食べないと死ぬ」という事実をどこまで理解しているのか・・・それは2歳児くらまでの親の大きな心配事だと思います。
野菜とかご飯とか、どんな子にも大概何か「食べてくれない」ものがあって、「お菓子なら食べるけど・・・そんなの食べなくてイイのに!」という嘆きを頻繁に耳にします。だから3歳くらいまでは、自分の体が何で出来ているのかもわからずに生きていると思われます。(もっと大きくても知らない子も居るのかもしれませんが?)

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bianは先日本屋で「人体解剖図」といった部類の本を興味津々で見ていて、それ以来ムセた時には「今ね、食べ物が息をするほうのトンネルに行っちゃったんだよ、だからゲホゲホってムセちゃったの」と説明してくれたりします。他にも「たくさん食べたからウンコいっぱい出たよ」とか「ジュース飲み過ぎたからビリビリのウンコになっちゃった」など、自分の体が食べ物に大きな影響を受けていることをかなり理解してくれているようです。特にhikaruのウンコも見てきただけに「あ~ナメコが出たね」とか「ノリ食べてたから黒いウンコだ!」などと覗いてはビックリしてくれていたので、そういった日々の積み重ねから「人間は食べたら元気になる、残りはウンコになる」と判ってくれた様子です。

ところで、最近ゲームが好きになってきたbianですが・・・ムシ○ングがやりたい~と毎度スーパーなどで前を通りかかると私にねだっていたのを、毎回「母ちゃんにはゲームをするお金はありません」と断り続けていました。bianは私に「買って」とネダって私に「買いません」と言い切られたら、もう何があっても絶対買ってもらえないことを知っているので、「やりません」と言い切った瞬間にネダらなくなり、人がやっているのを見るだけになりました。


しかし先日、また懲りずに家で「ムシ○ングやりたいな~カードたくさん持ってるおにーちゃん居たよね」と言ったので、目を見てこんこんと語ってあげました。(何度も同じこと繰り返されるのが苦手な私★=_=)

「あのね。あのおにーちゃん、50枚くらいカード持ってたよね?こーんなにたくさん持っててどれにする?って選んでたよね・・・あれだけカードを集めようと思ったらね、5千円くらい掛かるの。5千円あるとbianは何が買えると思う?いつも生協で届くお米が2つも買えるんだよ?2つもあったらね、今からbianがサンタさんにプレゼントもらえるクリスマスくらいまで、家族4人が毎日お腹いっぱいお米が食べられるんだよ?ほたるの墓で清太さんが、死んじゃったおかーちゃんの着物を白いお米に交換出来て喜んでるでしょ?せっちゃんは泣いてたけど、生きてる人間が食べるために死んじゃったお母さんの着物をお米に交換したんだよ?じゃぁ、ムシ○ングカードは50枚あったらお米に変わるの?bianがお腹空いたらカード食べて生きていける?判った?じゃぁbianはムシ○ングカード50枚とお米2袋とどっちがイイかな?」と。

厳しいようですが、3~4歳児にはお金や時間の感覚が無いに等しいし、楽しいことだけに全てを捧げることも厭わない年齢なので、このくらい言ってあげればイイか?と思いながら語りました。
bianは「うん、そーだね」「清太さんゴロゴロ転がってお米抱っこしてたよね!」「お米が2つも買えるならカード50個も要らな~い。bianはお米があるほうがイイ!だってお腹空いたら死んじゃうもん」と笑いながら応えていました。

「そう、それが生きるってことだよ」と最後に締めくくりましたが・・・やや「言わせた感」が否めなかったですね・・・反省☆(-_-;)
しかし、命を食べることで自分の命も繋がっていることを知って欲しかったのです。カワイソウと言っていては肉も草も食べられません。自分の命のために他者を食べる。「ありがとう」「いただきます」といって魚を食べれば、魚も恨んだりはしません。「美味しい!」と言って残さず食べれば復讐にくるジャガイモも居ないと信じています。だから食べ物を残すことと好き嫌いを言って食べないこと、遊ぶことに夢中で食べることを後回しにすることなどは、肉や魚や野菜や果物などの生き物に対して失礼だ!と私は常々言い続けています。

かく言う私も、小さい頃は食べることに興味が無く、好き嫌いが多くて母親に「あんたはもう・・・」とブツブツ言われていたのを覚えています。中学くらいまで「しばらく食べなくても平気」と考えて、昼ごはんを抜いたり晩御飯を残したりしていました。

しかし今の私は「次に何を作るか」「子供に何を食べさせるか」を常に考えていて、1日のトータルバランスや1週間の食べたもの合計などを念頭において、色々と食べさせること、楽しんで食べてもらうことに集中しているといっても過言ではありません。自分がニンプーだから「食べることが大事だ」とより一層考えてしまうのかもしれませんね!(^_^;)

hikaruは食べることが大好きなので、「母ちゃん、魚、美味しい!」「にゅうにゅうのコーヒー美味しい!」といった台詞を毎日聞かせてくれ、用意する私を喜ばせてくれます。やっと3語文が出たかどうかで、「ぶどう、もっと食べたい」とか「ドーナツ食べたい!母ちゃん、一個ちょーだい」などと主張してくるので、かなり食べるの大好き人間です。(笑)

bianは未だに「これイヤだ」「もういらなーい」「母ちゃんにあげる♪」が多く、「もっとちょーだい」や「美味しい」などはあまり聞かせてもらえません★しかし、「お腹すいた~」「なんか食べた~い」と言うようになっただけでも、私にはありがたい話なのです・・・もしbianだけなら未だに聞いたことがなかった台詞かもしれません。hikaruの食べ好きが相乗効果をもたらして、bianが食に関心を持ったらしく、いつもhikaruに感謝しっぱなしです。(^-^)

bianは料理のお手伝いも得意なので、よく野菜を切ってもらったり卵を割って混ぜてもらったりするのですが・・・「こうやって出来てるんだ」という姿を見せると、多少は食べてみたいと思うらしく「ホットケーキの焼けるところ」とか「お豆をサヤ剥いて茹でるところ」などをなるべく見てもらうように心がけていました。結果は引き分けといった感じでしたが(苦笑)、見せないよりは見せた方が「出来るまでもなんだか楽しい」らしいので、テーブルで出来る料理(ホットプレートで焼くモノとか?)を出すと喜ぶのかもしれませんね♪

2005年 10月 11日

旬を知る

投稿者 by namep at 08:51 / カテゴリ: / 58 コメント / 0 TrackBack

野菜や果物の「旬」って言えますか?

旬の野菜や果物には、そうでない時に比べると倍以上の栄養分が含まれているというデータがあるらしいです。しかも大量に出回るために、他の季節に比べると安いですよね?そして野菜などは人間の採るべき時に必要な栄養素を含んでくれているのです!旬を知っているか知らないかで、経済も健康も良い方向に向かうので、知っておくに越したことはないと思いますよ♪

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ちなみに私は花粉症がひどかったのですが、色々調べたところ漢方で言う「水毒症状」というモノだったので、「旬の野菜以外をほとんど口にしない」という約束を守りました。3年目には、「あ、マスク付けている人がいる・・・そんな季節かぁ」というようなレベルまで症状が出なくなりました。

冬に本来出回らないはずの、夏が旬の野菜・・・トマトやキュウリやナスなどをわざわざ食べたりすると、「夏野菜=体を冷やす」という効果があるために体内の水の循環が悪くなってアレルギー症状を引き起こす一因になっている・・・という説に非常に納得したのです。
比べて「秋冬が旬の野菜や根菜類=体を温める」という効果があるために、年中摂取しても構わないという話も、私にとっては非常に入りやすかったです。

砂糖分や果物なども採りすぎると循環系を悪くするというのも、糖尿病の症状(手足がしびれるなど)を考えると判りやすいですね。だから必要最低限だけを採るというレベルで抑えています。ビタミンを摂取するという意味で毎日食べるのは構わないと思いますが、バクバク食べる必要は無いと捉えています。


ということで、子供たちにも「秋になるとね~、ブドウや栗が美味しくなるし、サツマイモとか出てくるね~」と生協のカタログを見たりスーパーの野菜売り場に行っては話しています。bianはそろそろその辺も判って来ていて、青果売り場を歩いている時には、「あれ、こないだまでメロンは無かったよ」とか「スイカって夏にできる野菜なの?」とか聞いてくれます。生協のカタログを見ては「ふーん、栗ってイガイガに入ってるんだ!」と興味津々★果物収穫ツアーとか連れて行ったら楽しんでくれそう~と考えてはいるのですが・・・まだイチゴ狩りしか行った事ないな~(それも生後5ヶ月とか?^_^;)サクランボ狩りやナシ狩りも企画したのですが、行けませんでした。

私が見守っている子供たちには、「幼稚園を卒園する頃には自分が普段食べる野菜や果物が、一体いつ頃収穫されるモノなのか?は知っていて欲しい」と私は願っています。
そのためには家庭菜園が一番判りやすいのですが・・・マンション暮らしであるからにはミニトマトや葉っぱが限界でしょうかね・・・エリストに引っ越したらバルコニーが広くなるので、植木鉢やプランターを並べて季節の野菜を楽しめるように努力したいと考えています。

今は高松のVul両親の家に行けばミニ畑が広がっていて、大根を抜かせてもらえたり、スナックエンドウを採らせてもらえたりするし、名古屋のVul弟夫婦の家ではトマトやナスを収穫させてもらえたりします。NameP実家ではサクランボを取って食べたこともあり(非常にささやかだったのに・・・贅沢品!)、やっぱり子ども自身が「いつ遊びに行った時に何を取ったか」で旬を身に付けてくれることが望ましいですね♪

2005年 10月 11日

ラウリル硫酸ナトリウム

投稿者 by namep at 08:31 / カテゴリ: / 68 コメント / 0 TrackBack

歯磨き粉、シャンプーやボディソープや化粧品など、本当に頻繁に目にするけれども、化学物質の悪玉です。
乳化剤・発泡剤・合成界面活性剤として用いられるのですが、実はたんぱく質を溶かす(破壊する)という作用があり、非常に恐ろしい物質です。

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たんぱく質を溶かすということは・・・?皮膚がささくれる?ブツブツが出来る?もちろんです。でも、それだけではなく、遺伝子を破壊するということ、と思ってください。ガン細胞を作り出し、細胞膜を破壊する物質と思ってください。


例え1人が「平気よ、今までも使ってきたんだし」と思って使い続けても、排水で迷惑するのは周りの生き物たちです。

最近、分解者であるプランクトンが減ったために生態系のバランスが崩れて魚が居なくなった海や川の話を聞きませんでしたか?その原因は人間の出す生活廃水です。このラウリル硫酸ナトリウム(略されるとSLS)が入っている排水を流す人間が、プランクトンを殺しています。
「自宅から流せば終わり」ではありません。

下水処理場で殺菌消毒はしても化学物質の排除まではしていませんから、川の上流で排水されたこれらのモノを下流の人々は飲んでいるかもしれないのです。もちろん水道代というお金を払って!

さぁ、その迷惑さと恐ろしさを知ったならば、身の回りから排除したくなりませんか?
自分のためだけではなく、周りの全ての生命体のことを考えて、自分の生活日用品から変えていく、生活排水から変えていく努力をしてみませんか?
そうすることで自分も健康になり、周りの人も生き物も喜び、地球が元気になるような日用品を選んでみませんか?

2005年 10月 11日

いまどきの子供の感覚?

投稿者 by namep at 00:41 / カテゴリ: / 116 コメント / 0 TrackBack

私は自称LOHASな人間なので、自然環境や動物愛護といった感覚が一般的な人々よりも多少厳しいかもしれません。
その影響なのか、bianが面白い感覚を持ち合わせているのかは判りませんが、今日の晩御飯を食べながら感心する一幕があったのでご紹介します。

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昨晩のおでんのこんにゃくをbianにあげたところ、「すべり台しゅ~」と三角形を楽しんでいる様子だったので、今日揚げた三角春巻きカレー味も三角だぞ~と思いながら「やっぱり三角といえばすべり台だよね!他には三角形って何がある?」と尋ねました。目の前の春巻きに行くかと思いきや、「えーっとね・・・三角は・・・プラスチックのお友達?」と言ったので、一瞬戸惑って「・・・・・・プラスチックのお友達?」と反復すると、「なんだっけ?あ、アルミ?」と言ったのです。

その時点で「リサイクルマークか!」とひらめく私もスゴイと思いましたが(笑)、ピラミッドとかサンドイッチとか山とかおにぎりとか言う前に、bianにとっては「三角=リサイクルマーク」なんだ!と驚きと共に感心しました。(でも実はアルミは○でペットボトルが△だぞ~!笑)

余談ですが、私はレジ袋を一切もらわない人です。
少量なら「シールでイイです」と言って自分のカバンに入れてしまうか子供にそのまま持たせるし(パンとかジュース1つなら運んでくれるし?)、基本的にたたむと小さくなるお買い物バッグを持ち歩いているのでそれに入る分しか買いません。それを4年近く目の当たりにしているbianにとっては「お菓子1つでビニール袋に入れてもらうVul」が謎で仕方ないらしく、「父ちゃん、シールでイイです、って言えばいいのに」とブツブツ言っているのにも感心します。しかし、いまどきの小学生レベルなら「その感覚が当たり前」だと思いますが・・・駅とかのゴミ箱も「分かれているのが当たり前」の世代でしょうし?(^_^)

今は旅に出るにも、駅すぱぁとなどで経路を選択すると二酸化炭素発生量を教えてくれるらしいですね。イギリスなどでは「炭素還元の資金」といって、自分の発生させた二酸化炭素を元通りにするためのお金を、旅費などを支払う際に「二酸化炭素発生1kg当たり何ユーロか何ポンドか」のお金を上乗せして支払うサービス(?)が始まっているらしいです。それらは広く植樹などに使われるらしいです。

日本人の自然環境に対する意識も年々高まっているとは思いますが、やはり「自分ひとりくらいなら平気だろう」という意識が「私1人からでもはじめよう」という感覚に変わることが一番肝要なのではないかと思います。だから私は近々実行される「レジ袋有料化」も賛成だし、原油高が高騰したため「マイカー利用を減らしてガソリン代を節約する人が増えた」という最近の話題にも大変喜んでいます。

「無駄なお金は払うのはイヤだ」という日本人の感覚を利用し、今まで当たり前だった無料や安さにもよりたくさんのお金が掛かる仕組みに変えれば、「お金を払うのがイヤだからサービスを受けないことを選ぶ」=「多くの人がよりエコロジー生活になる」という方式が出来るのであれば、その効果は大でしょうね!

過去を知っている大人からしてみれば、「なんで変えるの?」「昔はこれが当たり前だったのに」などと「良かったこと」にしがみついてしまいがちですが、未来を生きる子供たちにとっては「これからが当たり前になる」んだから・・・エコロジー生活が当たり前で、無駄なサービスにはお金が掛かるという感覚が育ってくれる環境を整えることが、今の大人に出来る最大の努力なのかもしれません。

2005年 10月 11日

ティーツリーを洗濯機に入れる

投稿者 by namep at 00:32 / カテゴリ: / 26 コメント / 0 TrackBack

ティーツリーは殺菌力がハンパじゃないオイルなので、最近は洗濯機に3滴ほど垂らして、しばらく浸しておきます。私は酵素入り洗剤を使っているため、より汚れを落とすためには夜に洗剤水を張って洗濯物を浸しておいて、朝に改めて回して洗う、というサイクルで洗濯しています。
そのためか、曇った日で渇きが悪いと水臭くなることがたまにありました。水に浸っている間に汚れが生分解されているのか?バクテリア発生か?と思い、ティーツリーを落とし始めたところ、その後は生乾きでも匂わなくなりました。

ちなみにバスマットなどの「ちょっと服と一緒に洗うのは・・・」と不安になるような洗濯物でも、この方法ならタオルや子供服やらと一緒に洗えてしまうので、手間も水道代も大助かりです♪

更には不安に思ったような「匂いが残る」「乾いた時にシミが出来る」も全くないし、一晩浸している間に洗濯槽の殺菌も出来ているようだし、洗面所はほわーんとティーツリーオイルの香りが漂ってるし・・・一石三鳥ですね★(^-^)

2005年 10月 10日

育つ喜び☆

投稿者 by namep at 23:51 / カテゴリ: / 24 コメント / 0 TrackBack

お花や葉っぱを育てるのは好きですか?種や苗を植えたら、少しずつ芽が出て、葉っぱがたくさん茂って、終いには花が咲いたり実が成ったりするのは楽しいですよね♪
時間は掛かるけども、その「育ってゆく喜び」というのを感じられる人である限り、子育ても楽しめると私は思っています。
果物などを食べた後の種を見ると、例え芽が出ないと判っていても、つい土に植えてしまう・・・野菜のヘタを切ったら捨てる前に、つい小皿に水を溜めて浸し、葉っぱが伸びる様子を楽しんでしまう・・・そんな経験はありませんか?(笑)

私の子育てもそれらの種や葉っぱ育てに近しいです。(おいっ)
子供が育つ力をじゃましないように、環境を整えて見守っているだけです。日当たりと水を気にしてあげれば、余計な肥料などあげなくても葉っぱって育ちますよね・・・子供もそのまんまです★(^_^)

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母子手帳や育児百科などに「子供の成長の目安」といったモノがあって、今日は久しぶりにVulが「bianやhikaruは該当してるかな~」と言いながら「3才、4才のころ」「1才半、2才のころ」という項目を読み上げては「当てはまってる?出来るよなぁ」と喜んでいたので、ふと思い立ってこのカテゴリに追加しようと思った次第です。

それら「年齢の成長目安」というのは、最低のレベルだと思います。これが出来てない!と親を焦らせる事のないよう、「これは出来てるはず」という一番最低の成長目安になっていると思います。Vulは「bianは4~5才のころにあてはまる方が多いな~」と妙に喜んでいたけれど、「もちろん有難いけど、それがフツウなんじゃないか?」と思っています。hikaruも「2才に当てはまる方が多いぞ」と早いことが優秀であるかのようなご意見で・・・まぁ彼は早いとは思うけど★(^_^;)


私はその子自身が出来ていること自体が素晴らしいと思うので、「年齢相当かどうか」などは気にしたことはほとんどありません。(・_・)
歯が生えてくるのが遅い、歩くのが遅い、なかなか食べない、髪の毛が少ない・・・などと不平(不安?)を言い出したらキリがないような子育てをしているよりも、「おお~、歯が生えた!」「立った!歩いた!」「自分で食べるようになってすごいなぁ」「髪がよく伸びるよね~」と言いながら楽しんでいるほうが、有り難味も感じるし、生まれた頃を考えたらたーくさんのことが出来るようになったり大きくなったりしてることを喜べると思うのです。

それが「子供の育つ力」だと思います。「持って生まれた遺伝子が優秀なんだ」とか「ヨソの子よりウチの子は早いからエライ」とか比べるために「親が育てている」のではなく、「ただ元気に育ってくれるために、よりより環境を整えてあげられた自分を褒めてあげたいし、その環境で元気に育ってくれている子供に感謝する」という謙虚さで「子育ちを見守る」といった態度が、親として必要なのではないか?と私は考えているのです。


個性を生かす、というのが難しいことだとも思います。その子のいいところを伸ばしたいと思う親ならば、楽しんで得意げに取り組んでいる所を見極め、それを伸ばせる環境を整えてあげれば、子供自身が持って生まれた才能を伸ばせるであろうと思いますし、そうすることで人の役に立つ人間が育つと思います。人間は競争に勝つために生まれてきたのではなく、人の役に立つ人間として生きるために、人生を生きること自体を100%楽しむために生まれてきたことに、まず親が気付かなくてはならないとも思っています。

自分が生きていることが他の誰かの役に立つ、それが人間の生きる喜びである、と様々な書物で様々な先人が述べ続けている「ヒトが生きることの原則」です。子供自身がそれに気付けば、好きなことを好きなだけやれる環境に生き、それが誰かの喜びを作り出すことに繋がっている限り、100%楽しんで続けられると知り、更に人生に充実感を得られるような人間に育つことでしょう。

そのために、まず親自身がその原則に気付き、子供に態度で見せ続け、生きることの大切さ、喜び、人生を楽しむことや、人間が背負う様々な生命への責任などを、身をもって教えてあげられることでしょう。子供が少しずつ少しずつ、時間を重ねながら出来ることが増え、知っていることが増え、賢く強い生命体として成長していくことが、親として一番の喜びであることには決して揺るぎは無いのですから!(^_^)

2005年 10月 10日

チップス作り

投稿者 by namep at 23:35 / カテゴリ: / 114 コメント / 0 TrackBack

先日まで暑かったので寒天を作っていましたが、そろそろ肌寒い日が多くなってきたのでチップス作りにハマっている今日この頃です。(^-^)

最初はジャガイモを包丁で薄く切って、水に晒してから油で揚げてみましたが、失敗しました・・・手切りなので、ぶ厚いのに更に油の温度が低くてベタベタになったのです・・・へにょへにょしてて美味しくなかった・・・(T_T) 

しかし!

ココで挫けては手作りの醍醐味も味わえないままなので、二度目はスライサーで超・薄切りにしておいて、水に晒した後はキッチンペーパーで水気を吸い取ってから、高温で一気に揚げる!という一手間をかけてみたところ、大変美味しく出来ました!!(^○^)
もう買うのがばかばかしいと思えるくらいに美味しくて、ジャガイモ1個があっとゆー間になくなりました。

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3度目はサツマイモをチップスにしてみました。要領は同じなんだけど、甘みが出るからか更に好評でした。晩御飯に野菜の一部として出したら、子供が「それだけ食べる気かいっ!」という勢いで食べてました(笑) ジャガイモより黄色いし、焦がさない限りは「こんがりキツネ色」という美味しそうな色に揚がるので、見た目にも食卓の賑やかしになって助かりました♪ただ揚げているときにプチプチいうのがサツマイモの方が激しかったかな・・・ヤケドに注意です☆(^-^;)


で、問題その1は、反り返った芋の油切れの悪さ・・・キッチンペーパーに置くだけでは割とベタベタギトギトのまま食べることになって、子供は平気みたいだけど大人はちょっと「油、切った?」という感じがするかも・・・(^_^;)

その2は、塩をまんべんなく振りかけるのが手作業だと難しいので、パパパッと掛けられる道具(フツウの家ではそういう入れ物に入ってるの?我が家は瓶から小さいスプーンで取るんだけど・・・^_^;)で振り掛ける方がよさそうです。我が家は平気で、「えーらいショッパイのと、ただの素揚げが混ざっている状態」で食べていますが・・・(爆)


しかし野菜を食べないという子供でも、揚げ物が好きならば、レンコンでもニンジンでもゴボウでも、この要領でチップスにしてしまえば食べるんじゃない?と思えるほどに好評です。hikaruは煮た野菜などを離乳食以降全くと言っていいほどに食べない人ですが、野菜ジュースやこのチップスならガツガツいきます!(^_^)b

2005年 10月 09日

炊飯器と座布団

投稿者 by namep at 18:30 / カテゴリ: / 28 コメント / 0 TrackBack

突然ですが、私は4人まで子供を生むつもりです。
今は3人目を妊娠中で、Vul家にもNameP家にも「日本を支える子は宝ですね!」と喜ばれているし、それなりに援助してもらえるのであれば私は4人くらい育てたいと思えたので、既に産むことに関して言えば4分の3近くまで実行しています。(^_^)


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ところで、話は変わりますが、4月に炊飯器のフタだけが壊れていて(カチッと閉まらなくなっただけで炊くことは出来る状態だった)、この半年間は「おもし(保冷材をビニール袋に入れたモノ!笑)」を乗せて使っていたけれども、本日ついに買い換えました。一升炊きが1万5千円だったヨーカドーに感謝!って感じです。(笑) 

炊飯器は1度買うと10年くらいは使うと思っていますので、「4人家族で食べるようになれば5合炊きじゃ足りないよな~」と思いました。(しかも壊れていた5合炊きは、頂きもので94年製) こーなりゃもう1升炊きだね!と安かったのも手伝って思い切りました。
セットしてみて、内釜の大きさにビックリ☆hikaruが入れそうな大きさだし、2合じゃ「・・・え?これだけ?」って思えるくらいに釜が深いです。(^_^;)


という出来事と同時に、Vul母が「お古の座布団の中身を使って、頂き物の服地でカバーを作ってあげるから・・・どの大きさで何色が何枚欲しい?」と聞いてくれました。
座布団って買うと高いし、小さいのが欲しいと思ってもなかなか売ってないし・・・という話を先日していたので、「子供用に小さい赤を4枚、大人とお客様を考えて青を3枚でどう?」と張り切って申し出てくれて、私はもう大喜び♪既に4人の子供が座れる場所(?)として、洗える綿カバーの赤いお揃い座布団がやってくるんだ~と嬉しかったです!(*^_^*)


4人生むって決めてしまえば、色々と踏み切れることが多いし、決めてしまえることも多いです。楽しみがやってくると思って取り組めば、周りの人たちも色々と出来る範囲で協力してくれたり、様々な運に恵まれたり・・・するものなんですね。(^-^)

2005年 10月 07日

ネズミーランド

投稿者 by namep at 03:15 / カテゴリ: / 28 コメント / 0 TrackBack

我が家にとってはTDLというところは「特別な場所」です。年間パスポートを買ってパレードを見るために通ったり、プチ変装してディズニーキャラになってみたり、お土産をたくさん買い込んだりする場所ではなく、「大金はたいて遊ぶんだから元取ってこな!無駄金は出さんで!」とムキになる、遊園地です。(笑)

先日、少々早いけどbianの4歳のバースデープレゼントと称してTDLに行ってきました。

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思えばbianの2歳の誕生日当日にも、ナイトパスで初めてランドに連れて行ってあげて(私はニンプー)、18時から22時までの4時間で夕食も食べて10個くらい乗って回って、「奇跡的な記録!」と友達には笑われました。しかしbianは雨女なのでガッチリ雨でした。お土産は特に買わず。(苦笑)

そしてhikaruも色々判るようになってきたかな、と2005年5月に4人とも初めてのシーに昼から行って、22時までの10時間くらいで、食事を2回したのに15個ほど乗り回して「すごい!」と友達に驚かれました。お土産はジーニーの光る小型扇風機。bianはお友達の家で必ず持って遊んでいたのをまた欲しがり、「しょーがないなー好きなんだね~」と買ってあげました。(一月ほどでhikaruが投げて壊してしまいガッカリ★)しかもこの日も夕方からどしゃ降りの雨でした。

今回hikaruは初めてのランド。bianも2歳のバースデー以来なのでほとんど忘れているらしいけど、「地図貸して!」とパンフを見ては「ここに行きたい!」と言ったり、「プーさんの国に行こうね」と記憶をたどってせがんだりして、「今が一番純粋に楽しめる年頃なのかな~」と微笑ましく思っていました。

ですが、12時半に入園して22時までの9時間半という時間を無駄には出来ません!(爆)
「かーちゃんは20分までしか待てないんだ」と言い切って、「30分待ち以上は後回し」と待ち時間を見てはアトラクションを変えて移動に次ぐ移動。子供が何を見たいかよりも、「ただ待ってるくらいなら色々と見せてあげる方を選べ!」とばかりに空いてるモノから我武者羅に入って乗って見て回りました。だって親が「そんなんツマランやろ」と勝手に思ってても、子供にとっては「すっごいね~」って思うかもしれないんだもん!(^-^)

最初はバズの新しいアトラクションを覗いたら90分待ちだったので、速攻切り替えて向かいのミクロキッズへ。「ジーニーの映画みたいに、めがねを掛けて飛び出る映画を見よう」と誘って10分ほどで館内へ。ところがbianは感受性が強いので刺激的過ぎたらしく、「怖い~イヤだ~帰りたい~」と泣きながら出るハメに★(+_+)
機嫌直しにVulとhikaruと3人でゴーカートに乗せたら(←ニンプー禁止だった)、あっさり元気になって帰って来て「ポップコーン食べた~い!」などと走り回っていました。(単純?)

私の好きな「リトルワールド」はbianも気に入ってくれて、「ロビンソンクルーソーの家」と共に非常に空いてるから「もう1回!」にも応えてあげられたし(笑)、「トムソーヤー島」が2人とも気に入ってしまっていつまでも岩に登ってトンネルくぐっていたり、bianは「ミニーのお家」のケーキが膨れるところをいつまでも見入っていたり・・・(^_^) bianはただ「見て怖がる」「面白がる」だけのモノよりは、平和的に楽しく音楽を聴いたり楽しい世界を回ったりするほうが好きらしいし、子供というのは一緒に自分の体も動かせる方が楽しめるのかもな~と感じたし、パレードも意外と好きなのかもしれないな~と感じました。(昼間のパレードは遠巻きに眺めたけど2人とも一生懸命に手を振っていたし、夕方のパレードは雨で中止だった・・・そもそも親が興味無しだから待ってまで見ないし?笑)


しかし、「ホーンテッドマンション」(ジャック版)や「旋回する飛行機」「ルーニーのはちゃめちゃドライブ」「どんぐりコースター」はやはり「怖かった~」でbianは半泣きだったのにVulは楽しそうだったり、hikaruはそもそもワケも判らず色々と乗って見てバギーで連れまわされてる状態なので、泣きもせず大喜びもせずといった具合で大人しくきょろきょろしてる状態・・・(苦笑)とりあえず「車」(ゴーカート)、「飛行機」(旋回宇宙船)、「船」(マークトウェイン号やピーターパン)、「おんまさん」(メリーゴーラウンド)、「ぞーさん」(ダンボ)と、乗り物に乗れることだけは楽しんでいたようですが・・・「ミクロキッズ」から始まって「ミッキーのレビュー」や「リトルワールド」や「チキ」という見て楽しむモノ、「はちゃめちゃドライブ」や「ピーターパン」「ホーンテッドマンション」などの乗って世界に入るモノだと、ぽかーんとしてた様子。(←大半を私とbian、Vulとhikaruで椅子が別れて乗っているので、見ている最中がイマイチ私には不明)
食事とポップコーンは一生懸命「もっかい!」と主張して食べていましたが・・・(笑)

最後にバズのアストロブラスターに10分待ちで乗ってレーザー銃でザーグを撃っていたときも、bianと私は「やっつけろ~」「ザーグはあそこだ~」とキャーキャー言いながら楽しんでいたけど、Vulとhikaruが果たしてどの程度楽しんでいたのか・・・(汗)


今回もガッチリ18時ごろから小雨が降って20時には止んだのですが、「雨が降ってパレードが中止になると、絶対的に夜の客が減る(=行列が減る)という法則がある」と私は信じています!(^_^)b 

bianと一緒にTDRに来て3回目ですが、3回とも雨が降って、そのお陰で21時以降の客が減って、抜群に早くアトラクションを回れるようになっています。20時過ぎに夜の食事に入って21時に再び回り始めると、さっきまでの客は?というくらいに空いています。もちろん子連れはほとんど見えないので、子供向けの世界はガラガラ。bian2歳の時はメリーゴーラウンドに3人きりで2回乗ったし、今回も21時から一気に「人気の高かった3つ」(お化け屋敷・ピーターパン・バズ)と回って、また「奇跡的!」と言われそうなくらいに合計22個のアトラクションをこなして帰路につきました。


ちなみにお土産はVulが買い渋った「プーさんの照らし出されるライト(\1300)」です。私は「面白いやん、これにしよ~」と即座に納得しましたが、Vulは「え~?・・・もっと欲しいのがあるかもよ?」とbianをそそのかして何とか別のものを選ばせようとしていたのです。
しかし最後にバズの店を前にしても「プーさんの懐中電灯を探しに行こうよ」とbianが忘れていなかったので、急いでバザールまで戻って買いました。なかなかVulが会計に行かないのでトイレを我慢していたbianは「bianはしっこしたいんだよー!もう、父ちゃん買っといて!」と叫んで、笑っている私とhikaruと必死でトイレへ走りました。(出たな!爺や扱い!>_<) 

無事に3人でトイレを済ませて(hikaruはパンツで行きました♪)、買い物を終えたらしいVulに合流すると、「はい、bianはプーさん電気、hikaruはししぽぽね」と欲しがっても居ないhikaruに赤い汽車(当日は休んでいたウェスタンリバー鉄道)のミニチュアを渡していました。「あぁ、hikaruにも何か買ってあげたかったのね・・・多分また1年くらい来れないだろうしね~(苦笑)」と言うと「まぁ630円やし、えーやろ」と満足げでした。
だからすぐに買わなかったのね、父親としては値段が違っても何か買ってあげたかったのかな?と考えながら、2人が駅の改札まで「ほーらプーさんだよ~こっちだよ~」と路面にプーさんを映して楽しそうにタッタカ走っていくのを眺めて「電灯、喜んでるでしょ?」と言ったら、「なんであんなんが楽しいんやろ?」とhikaruの走りっぷりに爆笑しながら、Vulも納得してくれました。


bianはずーっと歩いて走って、非常に頑張っていました。ご飯はあまり食べなかったけど・・・ポップコーンを食べたりチキンを食べたりしてくれたし、トイレが近くなるからジュースはほとんど与えない状態でも、「買って」「欲しい」「もう1回行きたい」が通らなくても、不平も言わずに頑張って急いでくれたり大人しく見ていてくれたり・・・頼もしい3歳児でした。(2歳のバースデーの時も頑張ってくれたが食べなかったなぁ☆)
hikaruも眠気の限界まで一生懸命付き合ってくれて、18時にバギーで死人のようになって30分だけ寝たけど、またご機嫌で大人しく付き合ってくれました。不平不満が言えないだけにいつ泣いてもおかしくなかったはずなのに、彼もそれなりに楽しそうでした。(^_^)

親は「全力で遊びまわってさすがに疲れた~、でも元は取ったで!(笑)」と言いつつ帰りの電車でいくつ回れたかを数えていたり、バギーに乗せてあげたら電車で寝てしまったbianを「お疲れさ~ん、このまま寝ていいよ~」と帰宅後布団に運んだら起きてしまって困ったり、興奮状態のまま大人と風呂入って室内遊びに興じているhikaruを見て失笑したりして。(結局Vulは翌日仕事だからと0時半に寝たけど、子等はプーさん電気で2時過ぎまで遊んでいました・・・-_-;)

なんやかんや言いつつ、みんな元気で遊べて、京葉線1本で昼からプラッと遊びにいける環境であること、楽しんで帰ってこれることに感謝してしまいました。入園と食事で約2万円掛かるから、半年に1回くらいなら連れて行ってもいいけど・・・bianは次回からワンデーパスが3700円なんだよ?!・・・やはり次もナイトパスかな?(爆)

2005年 10月 07日

自宅出産に向けて・・・(6)hikaruの生後1ヶ月ほどの話

投稿者 by namep at 01:45 / カテゴリ: / 41 コメント / 0 TrackBack

4122gで出てきたhikaruは4週間検診では5050gでした。同時に行われている3ヶ月検診の赤ちゃんと間違えられて「3ヶ月検診はあちらですよ~」「えっと・・・これでも4週間検診なんです」を3回やりました。(笑) 一度は「あぁ!お正月に生まれた大きな赤ちゃんよね?!覚えてるわ、ゴメンゴメン!」と笑われたりして・・・既に名物か?伝説か?と1人笑いながら、「しかし重いな~」と産院内を抱っこして連れ回していました。

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生後4週間で連続睡眠時間5時間なんてあり得ないと思うのですが・・・hikaruは非常に図太い男で、NameP実家のTVの真下で3時間グースカ寝ていたり、床に置かれてるだけで勝手に眠ってしまったり、5時間も起きなくて私の乳がカンカンになって困ったりしました。ですがbianも高松に預けられて静かな生活も2週間限り・・・と思い、産後の養生だ~と安静にして過ごしていました。

しかし。

私はbianと長く離れて暮らしたことが無かったので、寂しくてしょうがありませんでした。寝不足でも養生できなくてもいいから、bianと寝食を共にしたい!hikaruもTVの下で寝せたくない!と切実に思い始め、高松にメールを出して相談し、生後2週間のhikaruと共に高松へ一週間だけ行くことにしてしまいました!(^_^;) 橋を渡って車で片道2~3時間の移動くらい大丈夫だろ~と産婦の私と生後2週間のhikaruを乗せて、迎えに来てくれたVulとbianと共に、ぎゅう詰めのVul両親の車で1月18日に四国へ向かいました。私は「自分の体が休まるのは神戸の実家でも、みんなの心が休まるのは高松だ」と信じていたので、NameP母が「そんな産後の体で移動なんて・・・」とブーイングしても「一週間だけだし~」と言い張って譲らず、強引に出かけてしまったのです。


初日の夜は移動で興奮したのかhikaruが生後初めて「夜泣きが激しくて私が眠れない」ということをやってくれ、久しぶりにかーちゃんの隣で寝れて喜んでいたbianが「hikaru君がうるさいよ~」と起きてしまったりして、「ごめんよ~」と言いつつナケナシの乳をやっては寝ない~を繰り返していて、私はヘトヘトでした。しかしVul母は「移動で疲れたかな~」と一緒に起きていてくれたり、替わりに抱っこしてくれたりして、とても優しくて感動しました。(比べるわけではないが・・・NameP母なら「ミルクでも飲ませてさっさと黙らせて頂戴」と言いかねないし、夜中に替わりに抱っこして寝せてくれたりも絶対しないだろうな~T_T)

翌日からは良く寝て良く飲む生活に戻ってくれて一安心。昼間は2週間頑張ってくれたbianへの感謝の気持ちとして色々と一緒に遊んであげたりおしゃべりしたりして過ごしていて、夜から朝までは2回起こされるかどうかでグーグーと寝たいだけ寝させてもらっていました・・・bianが飛び乗って私を起こしに来るまで、ですが。(Vul家に居てもグータラさせてもらえる幸せな嫁である私★) 
Vul両親の知り合いで同じ年頃の子供を連れて遊びに来てくれた方が居たり、近所の子供がbianと遊びに来てくれたりして、色々な方の力を借りたりおしゃべりしたりして、NameP実家に居るときよりも楽しく開放的な気分で平日を過ごしていました。

金曜の夜にはVulが東京から陸路でやってきて、「遠いわ!」と言いながら1時に高松に到着。hikaruが良く飲むから哺乳量が足りないかも~夜食を食べたりポカリを飲んだりして頑張っている~などと話して、2時ごろに寝たけど、Vulがイビキをかき出した途端に私は胃腸がキリキリと痛み出して激しい下痢が続きました。ポカリで水分補給だけは忘れなかったから2時と6時と9時の授乳をなんとか済ませたけど、12時まで体空っぽのフラフラで起き出せなくて横になっていたら、さすがに「どうかしたの?」とVul家の人々が気付いて心配してくれました。「実は夜中に胃腸の激痛に襲われて・・・食あたりかな~食べすぎかな?苦しくてロクに寝てないです・・・hikaru君には乳だけはなんとかあげていたのですが・・・」と言いながら血糖値が低すぎて立ち上がれない~と倒れこむと、「全然気付かなくてごめんなさい!せっかくゆっくり寝てるし~と思ってたわ!とりあえず病院に行きましょう!」とVul母が慌てて出かける準備をしてくれました。

内科に行くか産婦人科に行くかで悩んだけど、やっぱり産後だから産婦人科に!とVul母と2人、車で20分ほど走った産婦人科で順番を待ちました。胃腸の痛みは引いていたけどフラフラして食べられない状態だったので「もしや点滴かな~」とは思ったし、hikaru君用に産院でもらったスティック粉ミルクと哺乳瓶を留守番組(Vul父+Vul+bian)に残して家を出てきました。結局は診察で「産後にそんな移動して、自業自得だよ」と見知らぬ先生に怒られてしまい、さらには「ただの疲れなんだから内科に行けばいいんだよ」とまで言われ・・・(T△T) こっちは虫に胃腸壁を食われているかと思うような痛みと一晩闘って体空っぽの徹夜なのに~ひどいよ~と悲しい気分で、1時間以上掛かるブドウ糖点滴を受けつつ、眠ってしまいました。

Vul母は一旦帰宅してまた迎えに来てくれ、帰りの車で「やっぱり移動が無理だったのかしら・・・それとも私がせっせと食べさせすぎたから?」と一緒に反省してくれて、「とりあえず病気ではなかったしブドウ糖点滴でめちゃめちゃ元気にはなったので、これも思い出ですよ(笑)」と言いながら帰宅し、今まで以上にグータラさせてもらってから、日曜日に神戸に戻りました。

橋を渡るのに往復で1万円くらいかかるのに、私たちのためにせっせと毎週通って戴いてありがとうございますという気持ちでNameP実家に着きましたが、「実は昨日点滴打っちゃって・・・」とVul母が申し訳なさそうに報告するとNameP母の目が一瞬三角になり、「でも、もう元気そうですね。この子はすぐ無理するから・・・ご心配をおかけしました」と言いつつも”やっぱり高松なんて行くから!ほらみたことか”といった表情で私を見ていたので、「ただの食べすぎ~」と苦笑しながら、その後の「安静にしとけ光線」ものらりくらりとかわしていました。

神戸に帰ったらbianと遊んでくれる子供は居ないので、やはり私が基本的に相手して遊びます。NameP母が買い物に連れて行ってくれたりすることもあったけど、色々と走り回って忙しい主婦なので、基本的にNamePとhikaruとのんびり自宅で遊んで過ごしている日々でした。(←お陰で食べることが楽しみになってしまって太ったbian★)
そろそろ生後30日という頃には内祝いの買い物をしに元町に出たり、友達が遊びに来てくれて1日中座って喋っていたりもして、結構ニギヤカに楽しく過ごせていたかな・・・bianのトイレトレーニングも各母親の協力のお陰でほぼ完了していて、パンツで出かけたりトイレで用を済ませたり出来ることが嬉しかったのが鮮明な記憶です。

そして生後36日目の2月7日にお宮参りをしました。生後9日で親族大集結(Vul弟夫婦も愛知県から駆けつけてくれたし!)で誕生祝の宴を開き、お宮参りの後にも「お世話になりました、そろそろ千葉に帰ります」という挨拶を兼ねて、Vul家とNameP家の家族が集まれるだけ集まって会食をしているので、「子供が生まれるってのはすごいことなんだなぁ」と、bianの時に続いて私はまた思っていました。


その後は最後に会いに来てくれたお友達と会ったり荷造りをしたりして一気に帰るモードに入り、2月10日にはNameP母の付き添いでbianと共に新幹線に乗って、念願の千葉に帰ってきました。生後39日で新幹線!さすが2人目は振り回される運命だね!などと笑いながら・・・(^_^;)

この頃のhikaruの1日は、乳が7回くらい、ウンコ2~3回、睡眠が12~14時間といった感じのサイクルで、非常に手の掛からない人でした。バギーに乗せてもソファに置いても良く寝てくれて、お腹空いたら泣いて飲んで出して、といったペースが守られている・・・しかも4時間くらい外出させても平気でマイペースを守れる人だったのでかなり助かりました。bianも1年間つけていた「育児日記」をつけていないといつ何をどうしたかが記憶に残らないので、必ず育児日記に「乳飲んだ」「ウンコした」と記録していました。1人目のトイレや食事や嫉妬にどーしても気を取られるので、「2人目こそつけねば!」と切実に思ったのを記憶しています。(笑)

私は掃除をしたり買い物をしたりする生活に一気に戻ったためか、2月13日にまた熱を出して倒れてしまい、NameP母が「私が一緒に居るのに情けない・・・ごめんなさい」とさすがに謝ったくらいに毎日働いていました。(笑) 私は「母上も里帰り出産しに来る私に合わせたために、生活が振り回されてさぞお疲れだったろうなぁ」と考えて、「2ヶ月近くお疲れ様でした、ありがとう」という気持ちで色々と気働きしてしまい、逆に心配をかけてしまったことを深く反省しました。運良く1日で回復したので次の日からはまた普通に出歩いていたのですが、NameP母がご飯を作ってくれたり洗濯を干してくれたりする以外にも、昼間に話し相手で居てくれたことが一番の救いでした。乳幼児が居るとつい子供との世界にコモりがちになるところを、大人と喋ることや外に出歩くことを忘れないように・・・と私を千葉での生活にゆっくり引き戻してくれたNameP母に感謝でした。1週間近く滞在してくれて「もう安心だわ」と帰っていった母上は、今も元気にヘルパーの仕事をしたり子育て支援サークルを主催したりして、神戸で元気な「ばぁば」なのです。

Vul家に喜ばれ、NameP家に珍しがられた(←男が少ない家系だから)hikaruの誕生は、私たち家族を4人家族にしてくれただけでなく、私に子供が2人になる楽しさを教えてくれ、連れ回す苦労も楽しさも分け与えてくれる素晴らしいものでした。
俗説で言う2人目対応「ほったらかし」「写真が少ない」「泣いてもスグには抱っこしてもらえない」など色々言われていたのにも、「私はそんなことしないよ~」と思っていたけど、写真はたくさん撮ってるけど、やっぱり今でもほったらかしで、やっぱり泣いてもなかなか抱っこしてあげないかな~(爆)

2005年 10月 04日

自宅出産に向けて・・・(5)hikaruの出産話

投稿者 by namep at 02:05 / カテゴリ: / 121 コメント / 0 TrackBack

hikaruは2004年1月2日13時43分に4122gで生まれてきました。身長は53.6cm、胸囲35cm、頭囲36cm。どのデータをとっても「デカ!」と助産師さんたちを驚かせるに十分だったらしく、出産直後も、「胎盤800ですーっ!」「羊水まだ出るね~」と全てにおいて笑われていました。(^_^;)

とりあえずhikaruは「デカイ人」というネタで生きていますので、その出産話を面白可笑しくお伝えします。(彼は常にドリフキャラですから・・・出産時から既にその素地は出来ていた?>_<)


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予定日は1月6日でしたが、かなり大きく育っていたので「早めに出る?」と期待していたものの、年内は叶わずに年越しを迎えてしまいました。大晦日はVul祖母の家にVul親族が集まっていたので一緒にK1や紅白などを眺めつつ、「出てこなかったね~」とVulとウダウダしていました。年を越えて初詣も無事に済ませてしまい、Vulとbianとが「1泊だけ高松に行ってくるわ」と1日の夕方からVul両親とVul祖母と共に橋を渡っていってしまいました。

そして2日の朝10時半頃、NamePの実家で年賀状を眺めてケチをつけたり子供の成長に驚いたりしていたら、「ズドーン」といきなり急激な陣痛に襲われました。と同時に激しい便通。「おーっ、来た来た!」とトイレに駆け込みながら、Vulが居ないことに気づき、慌てて携帯メール。でも彼の携帯は「不携帯」なので、スグに見るかどうかが怪しかったし、直後に電話も架けました。bianのイトコのguy君も来ててニギヤカに過ごしていたのですが、元々がスグに帰る予定だったので「Vul祖母ともう神戸行きのバスに乗ったらしい」ということまでは判った時点で、Vitzに乗せてもらって産院へ向かいました。

NamePの妹が「あわわわわ」と言いながら付き添ってくれて、「間に合わなくてイザとなったら、私をにーちゃんだと思って!(爆)」と言いつつNSTを取る分娩台で傍に居てくれました。新年早々で空いていたためか、「このままここで様子みていましょうね」と助産師さんは控え室に行ってしまうし、母は出されたコーヒーをすすりながら外のテーブルで年賀状に返事書いてると助産師さんが笑ってるし・・・(苦笑)
Vulにメールを出しても返事が来ないし通話も繋がらないし・・・(淡路は山間部で圏外なんだよね~=_=;)ま、バスはもう走ってるからどっちにしろ降りられないけど、三宮まで行ってしまうなら舞子で特別に降ろしてもらえないか?「子供が、子供が生まれるんです!って?」と妹と想像して笑いあいながら「やって欲しいよね!」と分娩台からメールしたり?(笑)で、そこにNamePの父が迎えに行けば早いんじゃ?!などと父親と対応策を練りながらもメールを出し続けていました。

後で聞いたところ、一向に返事が来なかったのはバスに乗るなりbianと共に寝ていたからで(携帯はカバンの中)、橋を渡るくらいで起きて初めて「えーっ!?もう産院?!」と気づいたけど、降ろしてもらうことは考え付かず、Vul祖母と「間に合うかな~」と大人しく三宮までバスに揺られていたらしいです。(笑)
そこからはNamePの父と直接携帯で連絡を取って、「三宮までVitzで迎えに行くから、ダッシュで産院に行こう!」と相談して。新年の国道渋滞を避けながらNameP父が必死で車を駆って間に合わせてくれました。生まれる15分前に分娩台に奇跡の到着でしたよ~♪

私は11時ごろから産院に居て、携帯メールを出しつつ妹と「またウンコ出る~」と陣痛室のトイレに通ってガツガツと食べたおせち料理を出しながら(笑)、「次にはhikaruが出そうだよ~」と笑いつつも激しくなる陣痛に耐えていました。とっとと出せそうだったけど、Vulがまだ舞子~間に合わない~と我慢している状態?(爆)

13時ごろから「やべ~出しそ~」と子宮口8cmで頑張っていて、隣で妹が携帯メールを見ながら「今三宮出てるから!」「もう長田だよ!きっと間に合う!」と実況中継してくれていました。13時30分にVulとVul祖母が「どーですかー」とbianと共に現れてくれたお陰で「あ~、もう出してイイね!間に合った!」と思えて、やっと分娩室に入ってきたNamePの母と5人が頭の上に居る状態で、「じゃぁもう一気に出しちゃいます(笑)」と15分後にはhikaruを出しました。

院長先生は13時ごろから呼び出されて足元でウロウロしていたので、「もう・・・正月なのにすみませんね~」と言ったら、「ははは、そういう商売ですからね~元気なお子さんが生まれてくれたら結構結構(笑)」と答えてくれたりしてたけど、相変わらず助産師さんが全部やっているという印象が強かったです。

「うーん、ウマイね~」「そーだなー、あと3回かな~」「痛くないときは逃して逃して」などは以前と似ていて(偶然bianの時と同じ助産師さんだったからかな?)、「今、頭出てきたよ~、わかる?男の子は肩で一回引っかかるからね、1回休憩するよ。でも次で出すよ~」という実況中継を聞くと、「うー、映像で見たい!」と思えてきました。(笑)

分娩台はbianの時より広くて乗り心地(?)が良かったのを覚えています。第一分娩室だったからかなぁ?(bianの時は第二だった)「好きな格好で産んでいいよ~こっち向きでイイ?」と13時過ぎに言われたので、「ココに足を引っ掛けて」などは無く、「コレが落ち着いてるのでこのままでいきます」と右向き・横寝の体勢で産みました。NameP母もVul祖母も「あらぁ、いいわね~自由で」と頭の上で感心していて、現代の産科は進んでいるわね~といった類の話をしていたのを聴いていました。(←冷静)

そして13時43分にガボガボ言いながらhikaru誕生。「あ、羊水飲んじゃったから吸ってるよ」と助産師さんが解説してくれて、初めて「ぎにゃー」という声が出るまでに2分くらい時間が経ってたのが可笑しかったです。だって「わー出た出た!」(←私)、「うーん、やっぱでかいぞ!」(←Vul)、「おとーと、生まれた?」(←bian)、「やっぱり感動するわね~」(←NameP母)、「すごーい、2人とも立ち会えたよ!」(←NameP妹)、「本当に自然分娩ね~おめでとう!」(←Vul祖母)などと、周囲の人間ばかりが喋っていて、産声が聞こえないんだもん・・・本人はまだガボガボ言ってるのに、「わーいわーい」ってすっかり周りが喜んでいるのが可笑しかった!!もちろんそれらはシッカリと記念にもらえる産声テープに録音されています!(^o^;)

そして体重は?!とみんなが助産師さんに注目していたら「わー、4122g!大きいわ~」と大声で叫んでくれたお陰でみんなが「4100g!」と揃って驚き、手伝っていた2人の助産師さんも「えーっ!それはすごい!」「新年早々大きな子が出てきたわね~」と同時にビックリ。(←さすがに助産師さん3人ともが驚いているので珍しいんだろうな~と実感)

更に後産を引っ張った助産師さんが「胎盤800です!」と言うと、残り2人が「800?!」と復唱し・・・思わず、「800gってことですか?それって大きいんですか?」と聞くと「大体500とかじゃないかな・・・(笑)」と返されたので、デカイ子を育てるに足りる位にたくましい胎盤だったのね!と笑っていたら、更に「まだ羊水出るね・・・ちょっと押していいかな?」とお腹を押していた助産師さんが「うわ~、まだ出るよ~どんどん出るよ~(爆笑)」とウケているので、「そんなオカシイですか?」と笑いながら聞くと、「うん、もういいだろーって思ったんだけどね~。よっぽど居心地良かったんだろうな~。出てきたくなかったくらいにしっかりしてたんだよ、お腹の中が!(^o^)」と言ってくれたので、「窮屈じゃなかったんならイイや」と思えました。

今回は出血は「少量(400ml)」に丸がついていたし、分娩所要時間も「4時間」。超が付くほどにスピード安産の自然分娩でした。会陰もほとんど裂けず、「ちょーっと切れたから2~3針縫っとくけど・・・これはスグ治るね」というレベルだったらしいです。(座ってもほとんど痛くなかったし)

bianはNamePの母たちと一緒に1時間ほど居たけれど、つまんないだろうから、と連れて帰ってもらいVulと3時間ほど分娩台で休憩していたら、Vul母の妹夫婦が「おめでとー!」と分娩室に来てくれました。たまたま新年の挨拶にVul祖母の家に行く直前に「さっき生まれたから、まだ産院に居るって聞いたので寄ったのよ!」と駆けつけてくれて、「すごーい、私たちが一番じゃない?」と笑ってhikaruを見て行ってくれました。

そして4時ごろに「そろそろ病室に行こうか」と助産師さんに言われ、「全然元気だし、歩けます」と分娩台から降りたものの、予想外にフラついて歩けず。Vulと助産師さんに両脇を抱えられてEVで相部屋まで歩いて行きました。スタスタと行ける気分だったんだけど・・・とベッドに寝てからもVulと不思議に思っていましたが、送ってくれた助産師さん曰く「今までデーッカイ湯たんぽ抱えて歩いていたから、急に軽くなってバランスの取り方が判らなくなってるのよ(笑)」とのことでした。
しかしbianを出した翌日は3kgしか減ってなくて「なんでやねん!」って思ったのを覚えてるから、やっぱり測ってみよ~と夜のご飯が来る前に洗面所の体重計に乗ってみたら、8kgも減っててビックリ!!直前に便通が良くなってガンガンに宿便まで出るようなウンコを出した分を含めても、「そら歩き方もワカランくなるで!」と1人で突っ込みたくなるような減り具合だったので笑ってしまいました。

豪勢な晩御飯を見たらVulもお腹が空いたらしく、「じゃぁ帰るわ」と食べ終わったのを見計らって帰って行きましたが、その18時の「おめでとう御膳」を食べながら、「第三子は自宅出産でもいけそうだよね」と笑っていたのを鮮明に覚えています。そのくらいに「安産」だったし「自然分娩」だったし「助産師さん頼み」だったのを、Vulも見ていてくれたからこそ「そだな、いけるな」と返してくれたのでしょう。(^-^)

そして「入院スケジュール」を受け取った夜には、「元気だし正月に病院に居てもツマンナイから3日くらいで退院したいんですけど」と助産師さんに伝えたところ、「それは自由だけど・・・実家でちゃんと休める?」と心配してくれたくらいでした。私は日々の食事代や新生児監視料などが加算されるくらいなら、早く退院して費用を抑えたいし、bianと実家でのんびり過ごしていたいし、Vulの正月休みが明けてしまう前に退院したいと思ったので、「じゃ、5日に退院します」と宣言してしまいました。(産後4日目だ~)

そして翌3日はNameP親族が実家に大集結する日だったので、NameP母は大忙し!でした。その分合間を縫って私のところまで「おめでと~」と親族が次々に(近いからバラバラと適当に・・・)来てくれたり、働いている女友達が「まだ正月休みだし~」と誘い合わせてお祝いに来てくれたり、「突然やけど」とVulと共通の友人がフラリと来てくれたり・・・たった3日しか入院してないってのに、枕元に一体何人来たかな?!という位にたくさんの人たちが来てくれました。相変わらず「相部屋でコレって迷惑?」というレベルでヤカマシイ・・・分娩台から既にニギヤカだったし?(爆)

でも私はそういう、「家族と多くの親族や友人に見守られてニギヤカな誕生を迎えたい」と願っていることが今回で更に判明したので、「やっぱり産院より自宅で産みたいよね」と1人ベッドで考えていました。だって「おばーさんまでが立ち会ってくれるなんて・・・すんごい幸せな出産だよ!」と私は感激したもん・・・成り行きだったとは言え!(爆)
 
NameP父が全力でvitzを走らせてVulとbianを私に届けてくれ、NameP姉も「また間に合わなかった~」と言いながら直後に産院に来てくれ、NameP母と妹は立ち会ってくれてるし。家族に見守られて新しい家族が生まれてくるんだもの、それが本当の姿なんじゃない?って嬉しくてしょうがなかったです。タイミングがイイからたまたま5人も分娩に立ち会ってもらえたけど、コレが3日の親族終結の日だったら・・・と考えると、絶対にNameP母は立ち会えないし、妹や姉も準備や片付けに追われるので来れなかったかもしれないし・・・Vul祖母もわざわざ立会いに来ないと思うし・・・そーなるとVulとbianだけだったかも?と思うと、「2日で本当に良かった!私の子供たちは生まれる瞬間から本当に親孝行だね!」とVulと感動したのも頷ける話でしょう?bianも月曜日にVulが立ち会え、土曜日に一緒に退院出来たんだし!(^-^)

これが自宅出産なら、「間に合わない!」ってのも平日の昼間でもあり得ない話で(Vulの通勤は50分程度)、産後も毎日自宅に居るから「子供に会えない」「1人で寂しい」ってのが無いし、生まれる瞬間に家族がみんな立ち会えるのも当たり前って状況じゃないの?と入院中ずーっと考えていました。

ただ、hikaruは大きかったので、産後2日目から脱肛が始まりました。出産当日はやはり興奮状態で眠れず、眠かった2日目も、ニョロニョロと出てくる違和感が気持ち悪くて「・・・なんじゃこりゃ?」と眠れず。2日間ほとんど寝ていない状態で、助産師さんに「何かありませんか?」と朝晩に聞かれる時に、さすがに「なんか・・・出て来て気持ち悪いんですよ・・・眠れないくらいで・・・座ったら痛いし?」と相談したら、とりあえず見てくれました。そして、その反応は「・・・うわっ!(←驚愕の表情)」です。(爆)

助産師さんという人たちは職業柄、「妊産婦を不安にさせない言動を取る」という人たちだと私は思っていたので、「え?その反応って?」と即座に思い、「えーっと、そんなすごいんですか?」と笑いながら聞くと、「・・・ごめん、今スゴイ動揺した・・・(苦笑)これは痛いわ~。座薬入れようか?ってか入れないと痛くて今晩も寝れないよ~?」と笑いながら言われたので、「じゃぁお言葉に甘えて入れて、寝ます」と答えたらスグに持ってきてくれました。そして「入れまーす」と座薬を入れてもらって(←もう産婦と助産師って、「恥ずかしい」とか無いね~^_^;)、「とりあえずこれで6時間くらいは痛み止めになるからね。また痛くなったら次を入れるしかないかな。しっかしすんごい腫れてるし・・・コレはヒドイと思うで・・・(笑)よく今まで我慢してたね。いつから?」と聞いてくれました。

状況がよく判らなかったけど、どーやらお尻の穴から腸が出てるらしいということが判り、「4日の朝から・・・いや3日の夜からか。だからロクに寝れないんですよ(苦笑)」と言うと「そりゃぁ寝れないわ。これはひどいもん。我慢してたらアカンよ~、休まないと」と言って去って行きました。私は「・・・助産師さんがビックリしたのはhikaruの体重や胎盤の大きさだけじゃなく、脱肛のスゴさまで?」と思いながら、「いつごろ引くんだろ~」と考えつつスグに寝てしまいました。

そして5日に退院するということで院長先生に診察してもらったところ、「わ~・・・これは痛そうですね」と無口な先生が気の毒そうな顔をするので、やっぱりヒドイらしいということは更に確信になり、「うーん、でもその内に収まるんですよね?」と返したら「基本的には時間薬です。でもあんまりヒドイと座るのも痛いし寝れないですし・・・1週間分の座薬を出しますからご自分で入れて対処しておいてくださいね」と言われてしまい、「自分で座薬を入れる?出来るのかな~」と言いつつやるしかないので「わかりました」と答えて退院しました。

hikaruは生後3日目の1月5日の体重は3765g。母乳オンリーで生後8日の検診に行った時は3865gでした。退院後はNamePの実家で「男だ男だ!付いてる付いてる♪」ともてはやされ(←NamePは三姉妹)、bianはしばらくVul両親が高松へ引き取ってくれていたので、とても静かな生活を続けていました。

とはいえ。

1月6日にNameP母が所属するコーラス同好会が新年の1回目の練習会場が得られず、「発表会があるのに~」と結局は実家にやってきて、朝の10時から女性22人の大合唱が2時間続いた時は、さすがにビックリしたな~(苦笑) 私は2階で「なんだなんだ?」とウトウトしながら目が覚めたけど、hikaruはグースカ寝てて「コイツ、大物!」って感じました。

hikaruはNameP実家ではTV台の真下で寝かされていたし(そこしか空いてないのか?しかも毎晩正月バラエティを付けるか?って感じ・・・で、hikaruはそのヤカマシイTVの真下で寝るか?!って話だ!@_@)、bianは2週間高松と神戸を往復してる間に精神的に逞しくなるし、Vulは高松と神戸で往復して疲れてるだろうに頑張って来てくれるし・・・と「みんなの協力あってこそ」という産後を過ごしていました。その辺の詳しい話は「その6」でお話しましょう!(^-^)

2005年 10月 04日

自宅出産に向けて・・・(4)hikaruの妊娠時データ

投稿者 by namep at 00:40 / カテゴリ: / 27 コメント / 0 TrackBack

hikaruは2003年4月に「生理が来ないな~♪」と言って喜んで病院に行ったのが印象深いです。bianに授乳するのを生後11ヶ月半(2002年9月)でやめてから半年・・・毎月「また生理が来た~(T_T)」と嘆いていたので、早く2人目が欲しくて努力していたのにな~と・・・(笑) だから、「2学年差で生むならもう限界★」という4月に「やった!間に合った!」という喜びと共に産院に行ったのです。

bianは1歳半の4月。やっと「とーてゃ~ん(=父ちゃん)」「たーてゃ~ん(=母ちゃん)」などと片言で喋りだし、「親による通訳で他人と話す程度」だったbianが居てもう2人目?と思われるのだろうか?でも2学年差ならそんなもんだよね・・・などと考えつつ、GWに里帰りしても「報告するには早すぎるかな~」と思ったので言わず。もう一度、6月末にbianと2人だけで里帰りした際に、もらったばかりの母子手帳を見せて親類に報告しました。

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Vul両親は大喜びで、Vul弟夫婦の新居のお祝いの席で、「ついででメデタイ報告があるのですが・・・」と2冊の母子手帳を見せると「でかした!」などとVul父が手を叩いて大喜びしてくれたのを覚えています。(^-^) その席ではVul弟夫婦もVul妹夫婦も居て、「オメデトー」と一緒にお祝いを兼ねてもらったのが記憶に新しいです。神戸ではNamePの姉も「すごいな~計画通り?しかもbianも上手に育ててるし・・・こりゃ叔母として楽しみが増えるね~」と「先越されまくり!」と言いつつ喜んでくれた記憶があります。


ということで、hikaruの妊娠時データを記載します。2人目は色々と1人目の妊娠時とは違う状況でしたので、その辺の暮らしぶりも併記しつつ公表しますね♪(^_^;)


●妊娠12週
   体重54kg・腹囲75cm・血圧98/50・尿蛋白、尿糖、浮腫共に「-」。
  
    <母子手帳第1回記載は美浜区にある産院。初めて行ってみた一番近い個人産院だけど、
      設備はボロくて院長先生もなーんかいけすかなくて「ココでは生みたくないな~、やっぱり
      里帰りかな~」と即座に思ったのが鮮明な記憶。(苦笑) 「通うだけなら近いのが一番
      だから・・・ま、いっか」って自転車で行きました>

●妊娠17週
   体重56kg・腹囲79cm・血圧92/46・尿三種共に「-」。

    <血液検査でも特に異常は無し。でも暑くなってきた(8月に入った)から「通うのも一苦労~」と
      言いつつ、大人の徒歩20分くらいの産院までbianと散歩がてら歩いてました。この直前に
      北海道まで4泊5日の豪華客船クルージングへ行って、嵐に遭遇し「めったに揺れない」と
      謳っている大型客船がユーラユーラと一晩中揺れて・・・ガッチリ酔って吐きそうになって・・・。
      利尻島ではレンタサイクルのMTBを漕いでちょっとした山に登ったりして?(^_^;)>

●妊娠18週
   体重57.8kg・腹囲測らず・血圧86/48・尿三種共に「-」。
 
    <また里帰り出産するので、bianを生んだ神戸の産院に盆休みのついでで行きました>

●妊娠23週
   体重57.5kg・腹囲82cm・子宮底長23cm・血圧96/62・尿三種共に「-」。

    <6ヶ月目でかなり腹は膨らみ体重も3.5kg増しときたもんだ。早くも「あれ、いもーとって
      言ってるけど・・・おとーとじゃない?」と先生に言われ「マジで?!」と性別判明★私は
      女腹と思い込んでいたので「男なの?弟だって!」と動揺して帰宅・・・(笑)>

●妊娠26週
   体重59.5kg・腹囲84cm・子宮底長25cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

    <まだ自転車で通っていたなぁ(笑)。滑り台も滑るし追いかけて走るし。でも見た目にも
       ニンプー?!って判るほどにはなってきて、公園でよく会う人にもそろそろ「もしや?」と
       言われ始めていました。結構出てるんだけど、どうも背が高いから視覚的に目立たない
       らしい・・・(^_^;)>

●妊娠28週
   体重60.5kg・腹囲85cm・子宮底長26cm・血圧90/48・尿蛋白のみ「+」。

    <bianと共にグータラ生活を送っているので、昼に起きて予約はしてないけど産院に慌てて
      自転車で走ってました。(だから血圧の下が低い?ご飯食べて行くから蛋白が出る?)
      帰りは近所の公園の自販機ジュースをお付き合いのお礼に買ってあげていたのが記憶に
      あります。もう「おとーとが入ってるからお腹に乗っちゃだめ?抱っこも出来ない?」とよく
      聞かれていたのを覚えています・・・既によく喋っていたし、理解も早くて助かっていました>

●妊娠29週
   体重61kg・腹囲87cm・子宮底長26cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

    <bianの2歳の誕生日にはTDLのナイトパスで小雨の降る夜に「3人で最後だぞ~」と言い
      ながらお祝いをしました。更にその次の週末には電車で箱根に行き、ホテルにお泊りの
      旅行へ。臨月の12月には神戸に行ってしまうので千葉で3人で遊ぶのもそろそろ最後~と
      言っては色々遊び歩いていたかな・・・でも私は元気!で、腹の子も元気!でした。(笑)
      エコーで頭の半径や足の長さなどを測るといつも「+-2w」とか出てました。(←一般的な
      胎児の大きさから考えて成長の具合を見ると「2週間ほど大きい」という意味らしい)>

●妊娠32週
   体重62kg・腹囲86cm・子宮底長30cm・血圧96/56・尿糖のみ「2+」が!

     <またランチ後に行ってしまったので糖が激しく出ましたが、基本的に優良ニンプーと
       いつも言ってもらっていました。bianも賢く付き添ってくれるので、産院でもすっかり
       人気者状態☆11月で寒くなってきてたけど、公園で遊んで帰っていました。さすがに
       自転車はそろそろやめねばと思い、bianがよく歩くのに頼ってバギーを押しつつも、
       トコトコ歩いてお散歩がてらお買い物、という日々を過ごしていました。bianのお友達は
       みんな揃って幼稚園入園話をしていたけど、「ウチは下も生まれるし、2年にする~」と
       いって話を聞くだけ・・・だって1月にフニャフニャの赤ちゃんが生まれて2月まで里帰りの
       状態で4月から幼稚園なんて無理~とか言いながらも、実は弁当作ったり早起きしたり
       保育料を払ったりするのがイヤだっただけか?(爆)>

●妊娠34週
   体重62.5kg・腹囲88.5cm・子宮底長31cm・血圧94/48・尿三種共に「-」。

     <ついに9ヶ月目に入って体重も8kg増。腹囲も90cmが近くなって足の爪が切れないし
       靴を履くのも大変だ~という頃。自分の足元が見えなくなるので階段などが怖い。
       ボチボチ里帰りの手はずを整えていたけど、その矢先にVul祖父が病死★Vulが週末に
       1人で入院先に会いに行き、意識不明のVul祖父と話しに行ったり、半徹で千羽鶴を
       折ったりしていました。
      翌週には葬儀になり、3人で神戸へ。3日ほど滞在してまた千葉に戻って・・・と移動して
       いました。「大きなお腹で不幸に参列は良くない」って一般的には言うらしいけど、出ない
       ワケには行かないもん!とゴリ押しでお別れに行きました。そして私は「胎教に良くない
       なんてこと無い!」とハッキリ思いました。お別れ自体は悲しい出来事だったけど、「その
       先に喜びもあるのね~」と私とVul祖母を見て泣きながらも励ます方が居たり、滅多に
       会わない親族の方々に「あら、2人目?男の子?楽しみね~頑張って!」と言われたり。
       悲しい出来事に集まった人々に、「3人目のひ孫が誕生するという喜ばしい出来事が
       待っていること」を一気に伝えられたので、「じゃぁ寂しくないわね」と安心感をもたらした
       様子でした。>

●妊娠35週
   体重62kg・腹囲90cm・子宮底長31cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

     <相変わらず一定な血圧。すっかり寒くなった中を歩いて産院まで行って運動を兼ねて
       いました。bianもよく歩くのでバギーは要らない位で頼もしい限りでした。里帰り前の
       千葉では最後の検診になったので領収書をもらってお別れですね!(笑)2日後には
       新幹線に乗っていた記憶があるなぁ・・・Vulに付き添ってもらって3人で向かいました>

●妊娠36週
   体重64.3kg・腹囲測らず・子宮底長31cm・血圧112/74・尿三種共に「-」。

     <やはり実家に帰ると血圧は上がり、体重も増加★bianを連れて行ったのでチヤホヤ
       され過ぎてワガママになるし、実家は居心地が悪いのでまたストレスが溜まる日々。
       ヒマを見つけてはbianと2人でVul祖母のお家に「元気ですか~」と言いつつ遊びに
       行っていました。(逃げてるだけ?苦笑)
      NamePの母親が「まだオムツ穿いてるワケ?恥ずかしい!」とbianのたぷたぷ紙オムツを
       見るなり叫び、「私が外してあげます!」と大張り切りでトイレトレーニングを強行☆すぐ
       外でも家でもパンツでいけるようになりました。でもウンコに弱く・・・私は何度もトイレに
       付き合わされるのが腹ボテの身では辛く、「じゃ、ヨロシク」とお任せコース!(爆)>

●妊娠37週
   体重66kg・子宮底長32cm・血圧107/67・尿三種共に「-」。

     <Vul祖父の49日の法要があって「まだ生まれてなかったのね?」などと言われつつ、
       輪を掛けて大きくなっているお腹を見ては「実は双子なんじゃないの?」と多くの人に
       笑われていたくらいに前に出ていました。エコーでも想定体重が3800gで、「大きい?」
       とは言われていた・・・もう早く生まれて欲しい~病院で年越しはイヤだ~とbianと毎日
       寒い公園で遊びながらウロウロして「出て来ーい出て来ーい」と唱えていました。(笑)>

●妊娠38週
   体重65.5kg・子宮底長32cm・血圧104/65・尿三種共に「-」。

     <クリスマスは無事に迎えられちゃったね~と笑いながらも、NamePの母が「もう出てきても
       いい大きさよね・・・」と毎日私のお腹を見ては苦笑していました。Vulも冬休みに入って
       スグに神戸までスタンバイに来てくれて、bianも大喜びで甘えていました。1月6日が予定日
       でしたが、「年内に生まれないのかな~」と言いつつ、大晦日には近くのロープウェーで
       展望台に上ったりして結構出歩いていました。またお寺で祈願したりね!(^_^)>

そして。

「では新年早々の4日に次の検診ということで」と産院に言われていたけれども、その前の2日、実家に届いている年賀状を眺めていたら朝の10時半頃に陣痛が起こり、昼の13時43分に無事にhikaruが生まれてきたわけです・・・驚異的な大きさの4122gで!(爆)

その話は「その5」でお話しましょう!(^_^)

2005年 10月 03日

自宅出産に向けて・・・(3)bianの生後1ヶ月ほどの話

投稿者 by namep at 21:43 / カテゴリ: / 34 コメント / 0 TrackBack

bianを生んだ産院は、産後6日目で退院しました。月曜日に生まれたお陰で土曜日に退院出来て、Vulが一緒に付き合ってくれたり、Vul両親もNameP母も迎えに来てくれたりして、恵まれた環境でした。

NamePの実家に戻ってからは、タイの尾頭付きと「初孫」というVul父が月山で見つけてきた日本酒などで盛大にお祝いをし、写真を撮ったりビデオを撮ったりと大騒ぎ状態!(笑) だってVul両親にしてみれば初の内孫で(8月にVul妹が出産していたけど外孫だし~)、NameP家にとっては外孫でも初孫だったし・・・新生児の物珍しさと「昔を思い出すわ~」といった興奮で、近隣に住む互いの祖父母までがお祝いに来てくれたりして大変喜ばしい出産と相成りました☆本当に「こどもが生まれるってのは、すごいことなんだな~」と日々実感して過ごしていました。(^-^)

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ところでNamePは実家が苦手なのですが・・・出産前から変わらずに「東京に帰りたいノイローゼ状態」だったのが、産後は更に寝不足が重なったりNameP母が我が子のようにbianを取り扱うことを「私の子なのにーっ!」と非常に身勝手に感じてしまったりして、どんどん心労がたたっていました。(^_^;)
Vulは献身的に金曜日の夜から月曜日の早朝まで、毎週NameP家に通ってくれていたのにも、「産前から考えたら新幹線代はいくら掛かってるのかしら?別に毎週来なくてもイイんじゃない?」とか言われるとカチンと来たりして・・・(苦笑)
「もう生後4週間検診が終わったら、絶対にすぐに天神さんでお宮参りして、翌日には江東区に帰る!」と決意してて、ひたすらにその日ばかりを楽しみに暮らしてました。(笑)


bianはよく出る乳をよく飲んでくれていました。3556gで生まれてから、「自然代謝で生後7日は体重が減っていくんだけど、その後1週間で大体は生まれた体重になる」という一般的な話よりも増えていて、生後14日目で3615g、32日目で4424gという増加具合でした。生後4週間検診の結果は、「身長・51cm→55cmへ」「胸囲・33cm→35.5cm」「頭囲・34.5cm→37.5cm」という順調な成長ぶりでした。

私の母乳は出過ぎて困っていたくらいでした。(自称・ホルスタイン★^_^;)
母が「自分でも何かやりたいから」という理由だけで、私がbianの寝てる間に風呂に入っている時に「泣いたんだもん」と言って、産院がくれたミルク缶を勝手に開けて飲ませていた時(←風呂上りに乳を飲まなくてバレて、もちろん私は激怒!)以外は母乳オンリーで進んでいました。

そして4週間検診が11月24日の午前中に終わり、土曜日だったのでまた全員集合で午後にお宮参り~会食と進み、Vul家もNameP家も「ではまた江東区に行っても元気で」という雰囲気になったので、「来週には帰ろう!」と決めて手はずを整えだしました。新幹線で帰るには荷物が多すぎて(買ってあったりもらってきたりした育児グッズがベビーベッド・布団・ベビーカー・服など、山盛り!)無理だったので、レンタカーを借りて姉に運転してもらうことにして(運転大好き人間なので、名乗り出てくれた♪)、大荷物と共に神戸~江東区という大移動をすることにしました。

「あと1週間で帰っちゃうよ」と神戸の友達に連絡すると多くの人が急いで見に来てくれて(笑)、bianが生まれてから5週間の間に一体何人の方にお祝いを頂いて、のべ何人の人に抱っこしてもらったんだろう?と判らなくなる位にたくさんの人に祝福してもらいました。「あなたは幸せな人だね~」というのが私の口癖になっていた頃ですね。(引いては私も幸せ者だという感慨に浸ることが多かった・・・*^_^*)

そして12月2日(お宮参りの翌週)に姉の運転するセレナに「bianはどこ?!」というくらいの荷物と共に出発!途中でVul妹夫婦が住む春日井市に立ち寄って顔見世をし、2ヶ月先輩のイトコのguy君と義理の祖父母と、私たちの立ち寄りに合わせて近郊から来てくれていたVul弟夫婦と共に記念撮影をして休憩を取り、1時間ほど過ごしたらまた高速道路で出発!相模原付近で渋滞に掛かったけど、ひたっすらに突っ走ったので、9時半に神戸を出て、21時半に江東区の自宅に到着しました。

Vulは12月1日から空き家状態だったマンションの掃除に掛かっていたのです。だって毎週月曜日に神戸から出社して、金曜日は神戸に帰っていたので、平日の3日間寝て、洗濯物を洗って干すだけの場所になっていたので、すんごい汚かったのでしょう・・・(私は見てない)必死になってbianのために片付けたり慣れない掃除機を掛けてくれたりして、到着を待ちわびていました。セレナから荷物を降ろし、NamePの姉と一緒に風呂を準備したり食事をしたり、簡単に荷解きしたりしてる内に2日は終わってしまいました。

3日は月曜日だったのでVulは出勤してしまい、NamePの姉も「そろそろ帰るわ~」と昼の12時ごろには行ってしまいました。(この日にわざわざ休みを取ってくれて、さらには1人でレンタカーを運転して返しておいてくれるんだから・・・今考えても本当に感謝です☆) 

ということで、初めての「bianと1対1で江東区の自宅で過ごす」という1日目がスタートです!(^-^)

家事も育児も1人で始める時がついにやってきました。10日にはまたNamePの母が「様子見と手伝いに」と言って14日まで来てくれることになっていたけど、とりあえず「自分のやりたいようにやれる時がついに来た~♪」と、かなり開放的な気分でウキウキでした!(*^○^*)

bianの様子は?というと、ウンコが少なくて4~5日に1回、という頻度。よく飲んでるのに大丈夫?!というくらいに溜めておいて、3日目くらいから苦しそうに泣いたりして、4~5日目で粘りの強いウンコを出すという「ウンコで心配をかけさせられる」人でした。
連続熟睡は4~5時間がたま~にあるけど、大体2~3時間おきに泣いては両乳を飲んでました。1日に7~8回飲む、寝ては起きるを繰り返していて、昼寝のしすぎなのか夜に2時間ご機嫌で起きてたりしてました・・・「寝ててくれると色々片付けもはかどるし~」と私の勝手な理由から、すぐに乳飲ませては寝せていました!(笑)平均して1日に14~16時間くらいは寝ていたかな?(^_^;) 
果汁やお茶・水などはほとんど飲ませず、ホントに「母乳オンリー」と言い切れるくらいに、bianにとっては単調な食生活を送っていました!(爆)
外出は毎日近所や電車やと割と連れ出していて、A型バギーで出かけたり、抱っこ紐で出かけたり・・・買い物だけだったり人と会ったりと、やっと自由に動ける我が身も嬉しかったし、外の空気にも慣れさせたいしVul以外の大人とも喋りたい!と言って割と頻繁に出かけていました。

といった感じで、bianの生後1月ほどは過ぎていったのです。