2007年 8月 08日

ドキン姫2号とのアルバム作り

投稿者 by namep at 23:38 / カテゴリ: / 88 コメント / 0 TrackBack

以前、「今日から3日かけてアルバムを作らなきゃ~」と言ってたのはいつだったかいの~ぉ・・・(チョコボ仙人風)と思いつつ、tamaっちが生まれた後のアルバムは確か1回だけ作ったから・・・と出して見てみて「2月位まで作ってたかな?」と思って開いたから、正直ビビりました★

・・・2006年9月で終わってました・・・・・・(滝汗)

そういやbianの5歳の誕生日の写真を入れた記憶が無いしなぁとは思っていやな予感がしたんだけど☆


デジカメで撮影しておいて結局ほとんどは自宅で印刷するんだから、ブログ利用以外はかなりアナログで(汗)、無印の256枚ひたすらに写真だけが入るアルバムにダーッと時系列に突っ込んでるだけなんだけど・・・やっぱり欲しいんだよね~、ちょっとした時にサッと見せられるし。(^_^;)

ということで、bianとhikaruが野尻湖で夏休みを過ごし、イトコのG君S君と一緒に楽しく湖で泳いだり虫を捕まえたりして、GPGMに見守ってもらっている間、私は「暑中見舞い作成→ブログ更新と同時にアルバム作成→その他色々・・・」という「やりたいこと次々にやっつけちゃおう計画」を打ち立てていたのです。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そんなこんなで。

子供らを野尻湖に置いてきた日から、暑中見舞いを作ったり夜中にブログを更新する傍らでアルバムのことを考えていたら、最近調子の悪かったプリンターをひょんなきっかけから買い替えることになって、「おおっ、やっぱり今アルバムを作れってことか?!」というシンクロを感じました。(^-^)
今はtamaっちのトイレトレーニングも集中して進めてしまいたい日々(=あまり外出ばかりもしていられない。紙おむつだと進まないから)なので、夜中にデジカメ写真の整理と抜粋、日中にそれらの印刷と手渡しでもらっている写真との合体&時系列並べなどをやってしまえ~っ!なりました。

ところで、ここのところ一人っ子初体験中のtamaっちは、ず~っと私について回ってかまえかまえと絡んでくるくせに、「判ったよ、じゃぁちょっと一緒に遊んであげるよ」と私に遊んでもらうと、やたらと見てしまうから口出しや手出しをされ・・・終いにはうっとおしくなってムキーッと怒ったりウワ~ンと泣いたりという悪循環にハマっています。
「なんか・・・bianを思い出すな・・・・・・え?じゃぁ今ってドキン姫養成期間なの?!」と考えてしまう位に、喋りまくり(静か過ぎるのがイヤなのか?)&私を使いたい放題(あ~ぁ、落ちちゃった!と言えばハイハイと拾ってもらえるし?)&甘えん坊(無駄にダッコ!とカマってもらいたがる・・・)状態になっております。(v_v;)

普段がほったらかしでやりたい放題なので、逐一行動を監視されて「だからそれをするなってば★」「あーっ、また勝手に紙パック飲んでるし~っ!」「もーぅ、冷凍庫開けないで!溶けるんだよ~」「コラコラ、壊すなよ~」「お茶をわざとこぼすな!」「シッコはトイレでね~床でタチションされても母ちゃん嬉しくないな~」と指図されまくりの一人っ子を体験すると、「私の好きにさせてくれや~いつもはこんなんじゃ何にも言われないのに~ぃ!」と悔しくなるみたいで、「チクショーッ☆」とばかりに網戸にしがみついて泣いてたりします。(で、「あ!網戸で手が真っ黒になってるじゃん!」と追い討ち?笑)

午前中に1時間ほど散歩に連れて行き、午後からはもう家にコモって昼寝と私のやりたいことにつき合わせてばかりいても、なんか2人とも幸せじゃないな~ぁと実感しつつも、「とりあえずアルバムは足りないから・・・印刷と並び替えだけは済ませてしまって、後は5人家族に戻ってからでも差し込むくらいは出来るよね!!」とムキになってきて、tamaっちにプリンターを襲われつつもダダーッと印刷してました。(「それは触らない!」と言われたらもちろんギャーッと泣くけど!私、かなり鬼?)
200枚近い写真を月別に揃えたりしてる間、彼女は私の足元でウロウロして何か破壊したり荒らしたり(苦笑)、はめ込みパズルを持って私に付いて歩き回ったら落としてバラバラになったから拾ってくれ~と騒いでたり(知るか!)、デジカメをつけろ~と怒ってたり(遊びすぎで電池切れなんです!と20回言っても通じないし☆)
生まれた瞬間から(胎児の頃からか?!)騒がしい環境で育ってる分、一人で遊ぶことはあまり得意じゃないんだなぁと眺めつつ、「カマってくれというなら母ちゃんのやりたいことは止めるけどさ・・・あなた口出しされたら怒るでしょうに?母ちゃんにアレやれ、コレすんなと言われるとほっといてくれ~となるんなら、大人しく一人で遊んでてよね~」と冷たく言い放って、己の趣味でもある仕事を済ませてしまう母。

夕暮れ時に印刷と並び替えが無事に終わって、富士山がシルエットで見えたので、「お待たせ!!今日は午前中の散歩は楽しかったけど、午後に昼寝から起きてからはつまんなかったかな~ごめんよ★8月に富士山はなかなか見えたいからね~ぇ」と言いつつベランダでお詫びの気持ちでダッコして、西の空に悠然と輝く富士の姿を見せてあげました。(しかし柵につかまらせろ~下を見せろ~と恐ろしいこと要求するので、また却下されて怒ってたけど?笑)


夜は20時頃から片付けしながらソファなどで遊んで、休憩時には氷らせるジュースを半分こし、肉体的に満足させてから更に布団で転がって「tamaっち好き好き♪」とイヤがられるほどベタベタして精神的にも満足させて、終いに疲れてゴロリと勝手に寝るまでの1時間は付き合っておいて、またこうしてブログの更新に精を出すのでした。(^-^)

tamaっちは寝ても一人。今までは人形を抱いて寝たことなんて無かったけど、一人っ子になってからはポッチャマ(tamaっちに似ているポケモンキャラ。心の友であります)を毎晩抱いて寝るようになったし・・・表現できないだけで寂しいのね~ぇ。(笑)

DSCF7103.JPG


明日はVulが休みに入ってbianとhikaruを迎えがてら信州バカンスを楽しみに行ってしまうし、私らはダブル検診(私の後期妊婦検診&tamaの1歳半検診)なので朝から出ずっぱりになってしまうし・・・そうこうしている内に3人が帰ってくるので、最後の3日はトイレトレーニングが~言わずに楽しく過ごすことを考えてあげよう~っと!(^_^;)

2007年 8月 07日

個性豊かな人生を

投稿者 by namep at 21:15 / カテゴリ: / 89 コメント / 0 TrackBack

我が家の3人はそれぞれ個性的で賢く逞しく育ってくれています。その育ち具合には感謝しておりますが、やはり家族の中での役割を当てはめるとしたら、bianは「姫」、hikaruは「ホテルマン」、tamaは「社長」です。(ちなみに37歳の長男Vulは「王子」ですが・・・笑)

これらは私の思いつきで、性格や特徴などをよく観察した上で、象徴的な職業(?)を割り振っているのですが、hikaruのホテルマンには「?」となる方が多いかと思いますし、一番チビっこいtamaっちがなぜに社長なの?!と思う方もおられることでしょう。(^_^;)

人間、何歳になっても「持って生まれた本質・気質」というのは変わらないと私は思います。親の教育が力が入ってたとか、育った環境が悪かったとか、そういうのは「社会性・人間性・創造性・・・」などの脳の外側が司っている「能力」の問題であって、「本質・気質」というのは脳の内側にある本能的なモノだから生まれた才能のようなものを周りがどうこうできるものではない、と私は信じています。

よって、その部分を見極めた上で、「王子」「姫」「ホテルマン」「社長」という割り振りがされているのですが、皆様のお宅にはどんな方がおられるのでしょうか?(笑)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

我が家の王子様Vulは、その名の通り「俺様は庶民とは血統が違うんだ。俺様のやりたいことは一番大切で優先されるべきで、国のためならキビキビと働くけれども俺が大きな責任を負って働くのはごめんだわ(←だから王様ではない)。誰かが俺様のためにやってくれることは”ご苦労”と言って甘えるし、貢物を持って来る人が大好きだね」というキャラです。

そして我が家のドキン姫bianは「なるべく楽しく贅沢に暮らしたいよね~♪美味しい物たくさん食べてお金がたくさんあって欲しいものが何でも買えてさ~そういうの良いよね!なんでも思い通りになるのってすっごい幸せじゃない?好きなものを独占したり静かに集中して孤独に遊ぶのも思い通りになる感じで大好き!やりたいことや行きたい場所がたーくさんあるけど、きっといつか誰かが私の願いを全部叶えてくれるよね☆」というキャラです。

我が家のホテルマンhikaruは「誰かが喜んでくれるなら俺は体を張ってでも喜ばせるよ!ごちゃごちゃ言葉で説明するのは面倒だよ、相手のニーズを汲んで黙ってサッとやってあげれば良いんだしさ。俺は散らかってるのは気にしないけど不潔なのは良くないと思うなぁ。あとモノの仕組みは大事だよ!メカとか生き物とかさ・・・仕組みが判ってないとイザとなっても助けてあげられないじゃん?」というキャラです。

我が家の社長tamaは「動揺するのは周りに不安感を与えるから泰然自若としてないとね。そして時間が掛かるばかりで余り気持ちが伝わらない言葉よりも、まず自分の頭でよ~く考えて、心の窓である目でよ~く見て、少しの言葉と動きと目の力で己の強い気持ちを相手に伝えること!それこそが人を動かして生きる上で大事だと思うわ。人の世話を焼くのは好きだし、起きてる限りは全力で動いて今の自分に出来ることはフットワーク軽くこなして行かないと・・・そしてもちろん寝るときはガッチリ寝るし食べるときはガッチリ食べる、そのメリハリが大切よ。力強く生きる上での絶好のチャンスを逃す手は無いからね!」というキャラです。

それぞれが何番目の子供なのか、などもまぁ少々は絡んでいるとは思いますが、やっぱり遺伝的な要素や生まれ持ってきた気質というのをうまく伸ばしてあげることが「子育ち」だ、と私自身が信じて日々実行しているからには、よく観察して見極めた性格を潰さないようにしてあげないとねぇ。分析して終わりじゃなく、本人に自覚させることや全てを良い面として受け止めて認めてあげることも大事だと思うわけで・・・それじゃダメだとか言いたいワケじゃないのよね。(^o^)

というようなことを、野尻湖で話していたら、「じゃぁさ、bianの母ちゃんは何の人なの?」という予想外の質問をVul両親から受け、私は即答できませんでした・・・・・・もちろん他の誰も答えないし。(汗)
私のことは誰が見ていてくれてるんだ?!という気もしましたが(苦笑)、まぁ自己分析も必要なワケで・・・(^_^;)
夜に寝る前などにちょっとずつ考えたりした数日を送っていましたが、ようやくまとまったのはこんな感じでした。

「私の大切なものは豊かな人間関係と自由で楽しい時間だな。人ごみではなく好きな人がたくさん居る賑やかな空間が好きで、孤独な時間はあまり好きじゃないのよ。好奇心旺盛で知りたがりだし何かに果敢にチャレンジするのも楽しく生きる上で大切にしてること。人とコミュニケーションを取るのが好きで、どんなタイプの人でも分け隔てなく付き合えるし、”どこに行ってもいつもこの私”が理想よね。自分の直感を大事にしていて、リサーチは大事にするけど選択に悩む時間は無駄だ!と思ってるし、二度手間ややり直しが好きじゃない・・・そんな走りながら考えるセッカチ人間だから、イラチ(←イライラしやすい人間。関西弁?)だし、失敗して一瞬後悔しても”これも経験だね”と切り替えてしまってあんまり長く気にしないわ~」というキャラです。

さて、それって、我が家の役割(役職?)として、何なんでしょうか?
家族の写真を撮る係なので写ることはあまりないし、珍しく撮られてもいつも端っこで・・・真ん中に写ることは私の誕生日でも少ないかもしれな~い。主婦の役割として家族を仕切ってるけどVul王子の対等以下の存在で、決して上位やでしゃばりな感じはないし・・・クセで色々と我慢してるけど決して弱音を吐いたりしない、根性で生きてる節があるから・・・・・・あ、「老中」とか?(爆)

DSCF7061.JPG

まぁ、それはそれとして。(^_^)

個性豊かな面々が同居して刺激しあって成長していく「家族」という、それぞれが裸で付き合うコミュニティを守る役目を担っている私たち「親という業」って、なんとも楽しい仕事ですね♪

2007年 4月 22日

第6回・アン公☆

投稿者 by namep at 23:48 / カテゴリ: / 98 コメント / 0 TrackBack

4月1日は絶好のアンデルセン公園日和でしたよ!!
「さくら祭り」という、中学生以下は入園無料の春祭りの日だったので、熱気球は飛ぶわバンドは来るわ園内でミュージカルは見れるわで、家族連れで大賑わいでした。(前回とは打って変わって★)

ところで、私達の目的は、熱気球でした。

駅のチラシで「アン公、さくら祭りなんだ~」と何気に取って見たら、兼ねてから皆が乗ってみたい!と騒いでいる念願の熱気球が飛ぶじゃぁないですかっ!!(>_<)
「これはど~~したっても行かねば!乗らねば!」と親が6時起き、子供は7時起きで飛び出す計画を立て、9時開園のアン公目指してエンヤコラ☆
しかし京成電車を乗り継いで三咲駅に着いたのが8時50分。運悪くバスは出た直後で9時20分まで来ないし・・・ダイヤも見ずに一服しているVulに「行っちゃったトコだわ・・・20分まで待つ?」と聞くと、「それは無駄だな。タクシー乗るぞ」と即断でタクシーへ。たとえ千円払ってでも熱気球~っ♪(爆)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

ところが。

9時に着いてみれば門の前にはすでに長蛇の列!!こりゃ無理かな・・・全員が熱気球目的だとしたら、先着100名だからなぁ・・・とやや悲観的な雰囲気に・・・(@ε@;)
でも!もしかしたら乗れるかもしれないし!と気を取り直して、とりあえず200番目位に並んで「パスを見せたらbianと私が広場まで走ろうね!」と決め、Vulがhikaruとtamaと荷物を持って後から歩いてくる役に決定。(熱く乗りたがっているのは私とbianだから?)

そして門を通過した瞬間から、bianの必死でパタパタと付いてくる足音を後ろに聞きながら、人並みを縫って息を切らせて300mほどを走り、軽く50人以上は並んでいると思われる熱気球の列に到着・・・・・・bianもぜぃぜぃ言いながら「・・・きっと・・・乗れるよね・・・?!」と達成感を感じている様子。(微妙だけど・・・^_^;)

しかし、後から到着したVulが前からの頭数を数えて「微妙だなぁ。多分ギリギリで乗れると思うんだけど、絶対乗れる!って場所じゃないよね」と・・・(そーだよねーっ!-_-;)
不安げなbianとhikaruをなだめつつ、とりあえず大人しく並んで待つことに。

すぐ隣に見えている熱気球は、最初は地面にペシャンコだったけど、9時半頃から徐々に準備が始まり、10時開始の直前にはゴゥゴゥとボンベで熱風を入れられてムクムク立ち上がって「おお~っ、すげーっ!」と周囲から思わずため息が漏れるような雄姿を見せてくれます。私達も「すごい!絶対乗りた~い!!」と騒いで待っていました。

途中で係員が「もしかしたらこの辺りから乗れないかもしれませ~ん」「これ以上後ろの方は、恐らく無理だと思いま~す」と脅し始めていたけれど、午前に50組、午後に50組の整理券を一気に配るみたいだからもう少し待ってね・・・と前に進み始めている列に並んでいました。

そして1組目が乗り始めたのを見ながら、運命の瞬間がやってきました。


「すみません、ここまでです・・・」


私達のひとつ前の親子で、残念ながら切られました。


ガーン!!!(T○T)

夫婦と小学校低学年位の男の子の3人で並んでいた目の前の親子も「えーっ!!・・・乗れると思ったのに・・・」とあからさまにガッカリしていて、私達も「そそそそんな~っ!まじぇ?!」という感じ。しかも更に後ろの10人位も「キャンセル待ちとかないの?!」としつこく食い下がるほど突然に切られてしまい、すごすごと後ろ髪を引かれる思いで列を離れました。

ところが我が家には感情の塊のようなbian姫が・・・・・・(0__0;)

もちろんhikaruも「俺・・・気球乗りたかった~っ!」とすぐに泣き始めたけど、「残念だったね~、父ちゃんと母ちゃんだって乗れると思ったんだけど・・・・・・じゃぁ・・・今日はゴルフしよっか!」と言うと、「え?ゴルフ?!するする~っ♪気球はまた今度、きっとどっかで乗れるよね♪」とケロッとしてました。(いいね~その前向きな心!大好きだよ☆*^_^*)

そしてbianは・・・係りの人の申し訳無さそうな言葉にも耳を貸さず、「だってbianは気球に乗りたいんだよーっ!絶対乗れるって思って母ちゃんと走ったんだも~~~ん!!乗りたい乗りたい乗りた~~い!!!」と号泣して絶叫して・・・・・・そりゃぁ・・・乗れなかったみんなが残念だったんだけど・・・仕方ないよ、といっても難しいかもしれませんが・・・・・・悔しいのは判る。(v__v)

見兼ねた受付の女の人が「ごめんね~、今度さいたまでも上がるから良かったら乗りに来てね」と気球会社のカード(名刺?)をくれました。bianは一瞬「え?コレで乗れるの?!」と切符かと思って泣き止んだけど、「えーっと、ごめん。今日は乗れないんだ~」と言われてしまい、また号泣してVulに八つ当たりしてました・・・・・・(汗)


とゆことで。

大人でもかなり悔しい幕引きでしたが、「絶対に今度は乗ってやる~っ!」という意地に昇華させて、「この体験をバネに、いつか、絶対、熱気球!」を、本気で目指したいと思います。(^_^)b


しかし本当に良い天気で暑い位だったし、桜がとてもとても美しく満開で、またほどよ~い風にチラチラと吹雪いていたので、「いや~春だね~。やっぱり日本人の心は桜だね~」と大人はまったり眺めていたり、ビールを飲んでたりして・・・朝一番から来たから早く帰るつもりが、結局閉園の17時まで遊んでいましたよ★(^_^;)

DSCF6339.JPG


しばらくは機嫌の悪かったbianやhikaruも、Vulがその後とても献身的にゴルフに付き合ってくれ、汽車も乗せてくれ、30分の手漕ぎボートに乗せてくれて、

DSCF6344.JPG

特別に贅沢な美味しいランチを食べさせてくれた後、久しぶりにビールを4口飲んだだけで気持ち悪くなって芝生にシートを敷いてひっくり返っていた私とtamaとを置いて、3人で親指姫のミュージカルを一緒に見てくれて、紙工作で王冠も一緒に作ってくれた上にアイスまで食べさせてくれたので、

DSCF6354.JPG


帰りにはとてもご機嫌でしたよ♪(^_^)v

2007年 4月 22日

第五回・アン公☆(遅ればせながら・・・)

投稿者 by namep at 23:27 / カテゴリ: / 28 コメント / 0 TrackBack

2月4日というクソ寒い日(失礼!)にも、アンデルセン公園に行きましたよ・・・12月も1月も他に出歩きばかりで行っていなかったし~と、またもや自転車漕いで京成の検見川駅まで、三咲からバスで★
今回はとても乗り継ぎも良くラクで早くて近く感じて・・・ビックリ!!津田沼から松戸方面へ入る新京成への乗り入れが開始したらしく、知らなかったけれどたまたま行きも帰りも直通電車だったので「スゴイ!速い!」と驚きでした!(@_@;)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

ところで今回は、hikaruが前回に味を占めたため、「俺は3回バイク乗るんだ~」と宣言していたのに、残念ながらその辺一帯が改装工事中で遊べなくなっていました。もちろん、hikaru、号泣☆(T△T)
でも今日は真冬で寒いからアスレチックという気分でもないし、空いてるんだから色々と他の乗り物で遊ぶか~と気を取り直して・・・まぁ笑えるほど小銭使って、次々と乗りましたよ。(=_=;)

まずは泣き止ませるために(?!)目の前に居たライオンに乗せ、

DSCF5797.JPG

それから常々やりたいと言われていたミニパターゴルフを廻り、

DSCF5800.JPG

そしていつも混んでいるのに5人待ち位だったからポニーに乗せ、

DSCF5818.JPG
DSCF5828.JPG

割といつも乗せる汽車もhikaruは2回乗せて、bianはその間にもう一度パターゴルフ・・・(汗)

DSCF5832.JPG
DSCF5846.JPG


さらには足漕ぎ自転車(車仕様)にも5人で乗りました。
私とtamaっちはいつも3人を見送っていたので、乗ったのは初めて♪Vulは重そうだったけど頑張って5人乗り車を漕いで進めてくれました!(^-^)

1つ1つは100円や200円とはいえ、「3歳と5歳の2人共」「2回乗った」というのが積み重なって結構な出費になった気がするけど・・・・・・(滝汗)、「真冬で空いている」というメリットを最大限に活かした一日になりました。
特に子供等にはゴルフがウケたらしく、帰りのバスでも「次来た時もやりたいね!」と喜んでいたので良かったです。

で、毎度のtamaっちはというと・・・すべり台や木馬で十分楽しそうだったわ~(苦笑)

DSCF5839.JPG

2007年 4月 15日

ココのところ

投稿者 by namep at 23:43 / カテゴリ: / 23 コメント / 0 TrackBack

春休み中も楽しく遊び暮らしていましたが、bianの幼稚園が新学期スタートして、折角tamaっちが遊べるようになり、家庭内でドタバタしていた2週間の生活がまた変化している今日この頃です。

しかし、tamaっちはトイレが好きで掃除ブラシをジャブジャブ→床に撒く・・・を繰り返したり、私が風呂場で洗濯を干しているとカランから水を出したり切り替えて水シャワーを浴びてビビってたりと、水遊びが好きな上、細かいことでも姉と兄の真似が出来ることを得意げにやっていたりするので、「それなら一気にトイレトレーニングに突入よ!」と強引にオムツ外しの訓練に入ってしまいました。ちょうど最近「出来れば大人しく家の中で遊んでくれるといいなぁ」と思ってコモり気味なので・・・(-_-;)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

今は1歳4ヶ月で、やっと「たーたぇん!(=母ちゃんもそれ以外も全部同じ)」と人を呼ぶようになったか、「さ・か・な!」と教えると「だ・だ・だ!」と復唱するか、「あ~ぁ!でぃ~だった!(あ~ぁ、落ちちゃった!とか?)」と完了形を意味する言葉を発するかどうか・・・というレベルなので、「母ちゃん、しっこ」とか「出た~」とか言うのも難しいかな~と思いつつ、思い切って尻丸出しにするか、トレーニングパンツを履かすか、布パンツか・・・で、あまり努力も期待もせずに、家の中に居る間だけは頑張ってみています。

DSCF6356.JPG


そして、ちょっと予想外の展開がありました。

5歳と3歳の2人が、遊ぶ一方で全く片付けなくなって久しい我が家ですが、「tamaっちが今日からシッコでジャージャーにしますよ~、玩具とか絵本とか大事なものは片付けて下さ~い」とアナウンスしておいたけれど「はーい」というだけで状況は変わらずだったのが、一度tamaっちがジャーッとシッコをして床がビシャビシャになり、私が「出たな~。フローリングだからマシだね~」と言いながら雑巾で拭き取っていると、子等は”こんなんなるんだ・・・”と見て初めて悟ったらしく、慌てて片付け始めました♪(^-^)

DSCF6355.JPG


4月14日の時点で5~6回、「室内しっこまみれ」をやりましたが、どうやらtamaっちにとって、「コレは自分が出してるらしい」とか「ジャージャーになると母ちゃんが雑巾持ってやってくる→出たら呼べばいい」とか、「シッコは姉ちゃんも兄ちゃんもトイレでしてるんだ」とか、判ってきているようです。トイレで立ちションの真似してたり、座らせたら喜んでたり、ジャーッと出たらその場でスグに「たーてゃ~ん」と呼んでくれたりして、割と被害の小さいまま訓練が進んでいます。夏休みまでに取れると助かるなぁ♪(^-^)


そしてトレーニング中だとなるべく無駄に外出しない方向で過ごすので、暇つぶしにタンスジャンプをさせてあげることにしたら、tamaっちが「私もーっ!」と要求するので、一緒に乗せてあげたら嬉しそうでした。

DSCF6359.JPG

hikaruが忍者みたいに映ってて面白い写真が撮れました★
しかし、2人共しつこく楽しそうに飛んでたなぁ・・・(^o^)
tamaっちもhikaruの1歳の時みたいに思い切って飛び降りるタイプかな?と思いきや、慎重にお尻から降りようとしてバナナみたいになって、困って「たーてゃ~ん!」とヘルプを出していました。(笑)

DSCF6360.JPG


話は変わって。
4月9日はVulの誕生日だったので、昼間からうどんを作りケーキを焼いて、傍目には地味だったけど「家族の手作りパーティ」を開きました。

15時から子供と一緒にスポンジ作りを始めて、オーブンで焼きながらホームベーカリーにうどんの生地をセットし、粉あわせが終わったら生地をこねて冷蔵庫で2時間寝かして。
その間に焼きあがったスポンジを網の上で冷まして、ちょっと休憩してからトッピング用のクリームやイチゴやブルーベリーの用意をし、冷めたらものすごい喜んで見てるhikaruと生クリームの搾り出しまで使ったトッピングをして、乗るお皿が無かったからお盆に乗せて(笑)、冷蔵庫で冷やしておいて。

その頃にはうどんの寝かせが終わってるから「今日はきつねうどんだぞ~♪」とbianを喜ばせつつ、油揚げを解凍して青葱を切って、トロロ昆布を出しておいてだし汁を作って、4人分を「伸ばして→切って→20分茹でる」の作業に入り・・・(hikaruはメンボウという道具の名前を最近やっと覚えてくれて、かなり得意になって各所で使いまくり!)。
早く帰って来たVulに「写真撮るから着替えないで~」と忠告しつつ、bianとhikaruにビデオの撮影を頼み、珍しく平日の晩御飯のテーブルにみんなが揃った写真を撮ったり、hikaruが張り切って出してくれた三脚を使って5人でケーキを前にして映ってみたり♪(^-^)

DSCF6366.JPG
DSCF6368.JPG

とまぁ、なんとも幸せな誕生日を迎えられたVulは、その4日後には無事に転職先も決まり(実に4ヶ月掛かった!お疲れ様でした~)、更に色々とお祝いが続くのでした。


そういうわけで、平日の昼間はもちろんですが、夜も飲み会に行ったり知人に会ったりしているため、帰りが遅くて子供達はVulに会えません。朝に30分会えれば良い方で、子供等が寝坊すると会えないこともあります。(bianはバスに乗るために7時半には起こされるから、ほぼ毎日会えるけど・・・Vulが早く出る時は玄関見送りのみ!という日もアリ★)
週末も講演を聞きに行ったり知人と約束したりしてくることが増えたので、「土日は必ず居る」という人ではなくなってきました・・・ヘタしたら土日でも夕方からフラリと出掛けてしまい、私が3人とも風呂に入れてたりします。

私も子供3人とずーっと一緒なので、精神的にちょっと余裕を無くしかけてイライラして、5歳児3歳児に「自分の出来ることはやってくれーっ!」と八つ当たりしそうになるけれど、tamaっちの「相変わらずやってくれるぜ・・・!」ということを見ると、ふと気が緩んで、「ま、いっか。そういう時もあるさ♪」って思えたりしています。忙しい中で子供が思い通りにならない!とイライラすることがバカバカしくなってくるような・・・hikaruとは違った意味で癒してもらっています・・・(^_^;)

DSCF6382.JPG


なので家の中は毎日とっ散らかってても平気なように、来客予定を次々と入れてしまわないように努力して、週2日はスケジュールを白いままにして暮らすようにしているのです。(3月まで忙しすぎたけど、それは自分が作ってる予定だったからね・・・「空ける」が目標ってオカシイかな?苦笑)

毎日元気に張り切って幼稚園に行ってくれて、本当にありがとうbianさん!年長になってから、あからさまに張り切っているので、先生も「疲れが出ないようにしてくださいね(笑)」と言っています。でも滅多に病気もせずに強く逞しく姉として頑張ってくれてる君に、私は毎日甘えています。

なかなか甘えさせてもらえないけれど、めげずに頑張ってるhikaru君、いつも優しくtamaっちを見守ってくれて、本当にありがとう!「しっこしてる~」と報告してくれたり、「バギーの下に挟まってるーっ!」と焦って走ってきてくれたりして、何かと家の中でもお役立ちです。来年から君が幼稚園に言ってしまうと母ちゃんは寂しいわ・・・今の内に1年間で色々な場所に連れて行ってあげたいし、まだまだ体験して欲しいこともたくさんあります。家庭で中心になりきれない分、同学年の中ではリーダー格になれると期待しています。

そして毎日色々やってくれてありがとう、tamaっち★君のその「何をしても何を言われても平気面で、意志の強い眼差し」が大好きです。きっと今はとてもその棚に入ってみたかったんだよね・・・・・・(それで?その後一体どーすんだ?という気もするけれど・・・満足げに出たり入ったりしてるから良しとしますよ・・・=_=)

DSCF6381.JPG

子供達が健康であること、そしてもちろん私が健康であること・・・が大前提として確実にあるがために、毎日が楽しく有意義に遊んで暮らせるのだなぁと感謝しきりです。強く逞しく、賢く根気良く、将来が楽しみな子供達がグングン成長する毎日をすぐ傍で見つめられる私は幸せ者です。

2007年 3月 16日

この2ヶ月で急成長☆

投稿者 by namep at 03:46 / カテゴリ: / 95 コメント / 0 TrackBack

ついに!ついに、tamaっちが・・・歩き始めました~♪(^o^)
2月の10日前後の連休にVul母の還暦祝いをした際、千葉に親族が集まった時には「歩きそうだけどまだ歩かないんだね」と言われていましたが、皆様が帰った後からオロオロと「伝い歩きしてる内に手が離れてカニ歩きしちゃってた!」という感じで横歩きを始め(笑)、ひな祭りパーティをする頃にやっと前にヨチヨチ歩き・・・という発展でした。
そして正月には「動じないというか・・・笑わないし泣かないね」と言われて以来、一生懸命にカマってあげたら、ゲラゲラと笑ったり目で話したりするようになってきて、今や喋りそうな勢いです♪今まで泰然自若としてるんだ~などと言っていたけど、どうやら「ほっときすぎで無表情」だったみたい~失礼しました★(^_^;)

ということで、1月末から3月のtamaっちを紹介します。

最近のマイブームは「室内荒らし」です。勘弁してくれ~っ!という位にさまざまなものをバラまかしては次を出しに行くので、CDもビデオテープも細かい玩具も、天袋や別室のクローゼットなどに移動するハメになりました・・・食器もいくつ割られたことやら・・・(T△T)
下の写真はCDを荒らしてから意味の無かった防護柵を乗り越えて逃亡するtamaっちです・・・(この片付けが毎日3セット!そして別の場所でも繰り返される!)

DSCF5789.JPG

そして財布荒らし・・・私は鞄をダイニングの隅に置いているけど、ファスナーが開けっ放しの時は気が付くと財布を丁寧にバラしてくれています。(そりゃ閉めとけば出さないんだけどっ!=ε=)bianもhikaruも通った道だし、手先の訓練を兼ねてやっとけ~と判っていても見守っていますが、次々に植木鉢の土に埋めていくのはやめてくれ~っ!(T○T) 近頃はhikaruが元通りにしてくれます♪(超適当だけど!)

DSCF5864.JPG

ということで、訓練を続けているうちに(?)手先がかなり器用になってきました。米粒大のものを拾って舐めてみたり(飲み込まなくなってきた♪)、紐類を首に掛けたり(ちゃんと脱げる)、帽子を被ったり、かるた系の箱を開けたり(バラまかし目的?!)、厚紙を破ったり(絵本が何冊か犠牲に・・・)、ヨーグルトカップを積み重ねたり。室内を散策して歩き回っては、何か拾ったりばら撒いたり、玩具箱に入って探検していたりします。写真は首に虫かごの紐が掛かってるし、bianの作った紙製の箱にカードを次々に入れてるし!(笑)

DSCF5784.JPG

もともとバランス感覚が良くて筋力が強いタイプなんですが、歩くようになってから更に脚力がアップして、ダイニングの椅子によじ登れるようになりました。お陰でテーブルの上に食べ物が乗っている時に油断してると、勝手に同席して勝手に食べてしまいます。今はオヤツの焼き芋だからいいんだけど・・・皿は食べないようにね!!

DSCF6112.JPG

ポッキーの日(11月11日)にスーパーでもらってきた風船(?)がお気に入りで、よく持ちながらトコトコ歩き回っています・・・上の2人に追いかけられて妙な行列になってて面白いらしい★やっと一緒に遊べるようになってきたかな~と思える瞬間です!(^-^)

DSCF6139.JPG

乗り物に乗ったり、箱に入ったり、椅子に登って振り返ったり・・・自由自在に動けるようになってにーちゃんとも遊べて、おうちは楽しいかい?

DSCF6113.JPG
DSCF6149.JPG
DSCF6153.JPG

しかし、それは調子に乗ってやり過ぎアルねーっ!(汗)

DSCF6213.JPG


髪留めを付けてみたけど、特に嫌がったりしなかったなぁ。神経質なタイプではないもんな~ぁ。(bianと違ってラクさせてもらってますぅ!苦笑) お陰で初めて公園に遊ばせに行ってみても、砂がイヤとか言わず、楽しそうに2時間も3人で砂場で遊んでたもんね~♪

DSCF6163.JPG
DSCF6212.JPG


しかし、bian以上に早くも世話好きの一面が・・・最近は誰かに食べさせたり、赤ちゃんの頭を優しくイイコイイコしてたりもします・・・君がまだ世話されるほうなんですけど~っ!?

DSCF6167.JPG
DSCF6215.JPG

といった感じで、かなり自分でいろんなことを出来るようになり、最近は見ていてとても面白くなってきました。昼間には私の用事に付き合わされて来客に対応してたり、出掛けて引き回されて昼寝も出来ずに頑張ってたりして、やっぱり疲れてる日が多いようです。夜は10時間寝て、昼寝は1時間出来るかどうかだから、基本的にやや寝不足っぽい★まだたま~にですが夜は食べながら撃沈します!(相変わらず良い座り寝っぷりだーっ!爆)

DSCF6177.JPG

2007年 1月 13日

揃って水疱瘡

投稿者 by namep at 04:09 / カテゴリ: / 170 コメント / 0 TrackBack

年末年始の里帰り巡業が明けて、無事に千葉の自宅に戻りました。10日間の旅行に付き合ってくれた子供達よ~ありがとう~お疲れ様~と、5日の夜にお風呂に入っていた時、tamaっちの背中が3~4個赤くポツポツしてるなぁ・・・と気付きました。NameP実家の洗剤にでも当たったかな、と思いきや翌日の風呂ではtamaっちが増えてるし、hikaruのお腹にも5~6個同じ赤いポツポツが!水疱瘡じゃん!!(@ε@;)

しかし・・・本当に助かったわ!!

2人が同時だし、里帰り先では発症しなかったし、幼稚園イベントには引っかからなかったし(年始の掃除は行けなかったけど)、汗をかかない時期だから皮膚病も平気だし、熱はあまり出ないから看病もラクだし、寒い時期に家にコモるのは平気だし~♪(*^o^*)

NamePの母は必ず「水疱瘡の白い軟膏を塗った裸写真」を撮っていたのを思い出して、私も記念に撮ります。が、bianが1歳半でかかった時には携帯でしか撮影しなかったのでありませんでした。hikaruとtamaの水疱瘡写真を公開しまーす★(^○^)

DSCF5765.JPG
DSCF5760.JPG

医者には行っていないからラベンダーとティーツリーのオイルを朝晩丁寧に塗ってあげてるだけで・・・軟膏の白いのは無いのですが・・・(笑)

hikaruは発疹が少なかったけど一晩だけ38度くらいの熱が出ました。tamaは発疹がひどかったけど熱はほとんど出ませんでした。でも2人共が顔や手足には10個出たかな~というレベルで、軽かったと思います。tamaは2つ手のひらに出たので「ひらにも出るのか?!」とちょっとビックリ☆

「じゃ、2007年1月5日~12日という記録を母子手帳に書いておくか」って感じで、相変わらず病院には行かずに乗り切ったのでした~!!v(^w^)v

2007年 1月 13日

食欲魔人・・・

投稿者 by namep at 03:50 / カテゴリ: / 85 コメント / 0 TrackBack

tamaっちは食べることに生きがいを感じているタイプです。というか、「食べさせたらずっと食べる」「吐くまで食べる(←実績アリ)」という人です。主張しないと何ももらえない三番目の宿命というか・・・「よこせーっ!」「もっと食わせろーっ!」という勢いで喚いてはガツガツ食べるので、3人の中では一番小さいけど量と種類を一番食べる人です。(先日ついに気迫に負けて、そばを10本くらいあげてしまった・・・汗)

ということで、彼女の写真は「食べているシーン」が非常に多いです。hikaruも色々と面白いことやってくれる人だったけど「デジカメが動きに弱いということも手伝ってかな?食べてるところ多いなぁ」と思っていました。しかしtamaっちは確実に食べてるとこばかりって感じ・・・(滝汗)


bianが「tamaっちにコレ食べさせてもいい?」と動物ビスケットを持ってきたので、「う~ん、まぁいいよ」とクリスマス料理を準備して忙しかったのでお任せしていたら、スゴイ与え方してたし・・・(菓子箱のフタをテーブルにしないで欲しかった・・・涙)
しかしtamaっちは「もたれ立ち」で嬉しそうに完食♪

DSCF5675.JPG

クリスマスのゴチソウもかなり大食いしていました。ブイヤベースの大根と、丸焼きのハーブ鶏が気に入ってたみたい。クリスピーチーズピザもガリガリと・・・(^^;)
しかし紙パックジュースを自分で飲んでくれるようになって大助かり♪(たま~に吹くけどね~)

DSCF5714.JPG

tamaっちは大量に食べこぼす前提なので、基本的に完全戦闘体制(砂場着か袖付きエプロン)で食事椅子に乗せるけど、高松では食事とおやつでエプロンを消費してしまい、洗濯が間に合わなかった時は白い手ぬぐいを首に巻いていました・・・しかしコレ、惜しげなく使えてヨカッタわ♪(^-^)
紙パックのストローを抜いては挿し、を繰り返すのが好きな彼女★

DSCF5717.JPG

毎日家族の中でも一番最初に食事椅子に座り、一番最初に食べ終わるか、一番最後までしつこく食べてるか、なので、「なんでも食べてくれる内にたくさん食べてくれ~」と与え続ける母なのでした♪
やはり3歳くらいから味や食感で選り好みするしね・・・既にhikaruが何かと言いがかりをつけては皿からハネるようになってきたし・・・(熱い、堅い、辛い、苦い、酸っぱい、甘すぎる・・・まぁ形容詞がたくさん言えてエライね~T△T)

2007年 1月 11日

hikaru3歳のバースデー♪

投稿者 by namep at 04:06 / カテゴリ: / 115 コメント / 0 TrackBack

1月2日はhikaruの3歳の誕生日でした。

彼の1歳の誕生日は、Vul弟宅の名古屋からNameP実家の須磨に移動する車に乗っていました。(お祝いのケーキは31日に食べちゃった!なかなか当日には祝ってもらえない宿命を感じたわ・・・^^;)

DSCF1635.JPG


2歳の誕生日は、前日21時に急に喘息様の症状が出て夜間救急に行って吸引してきたのもあり、tamaっちが生まれて何かとドタバタしてのもあり・・・室内で大人しくお祝いしました。(当日のケーキは食べられたけど、bian好みのチーズケーキで地味~だったねっ★)

DSCF3406cake.jpg

今年はというと・・・また高松から須磨に移動するバスに乗っていました。(爆)
でも前日の元旦はとても良いお天気だったので、瀬戸大橋のふもとにある与島という観光地に連れて行ってもらい、みんなで遊覧船に乗ったり、1日早い誕生祝いに遊覧ヘリコプターに乗せたり(tamaっちはVul両親とお留守番。4人・3分・1万円!)して、と~~~っても楽しく過ごしてました♪
当日のケーキは無かったのですが、31日にtamaっちのお祝いと兼ねてhikaru好みの立派なケーキを用意していただいて、嬉しそうにロウソクを吹き消したりチョコプレートを食べたり、「俺もう3歳だもん!」とかなり喜んでいました。

hikarucake.jpg


家族でのお祝いは不二家で!という習慣がbianの3歳の頃から定着しているので、hikaruも「ペコちゃんのお店に行きたいな~はっぴばーすでーつーゆーって踊るぺこちゃんが見たいな~」とずっと言い続けていました。(笑)
なので、彼のかねてからの念願だった不二家での主役の座を与えてあげましたよ!(*^^*)

夕方以降に行くと空いているので、カウンターでケーキを注文し、店員さんに写真を撮ってもらい、イチゴケーキをご飯代わりにガブガブ食べていました・・・。

DSCF5747.JPG

「得意のポコちゃん顔は?」と声を掛けると、一瞬で変貌。なんか・・・目つきが「悪徳ポコ」っぽいけど・・・(汗)

DSCF5750.JPG

「bianはペコちゃんだよね!」とカメラを向けると同じく得意げに変貌。tamaっちはいつもカメラにはガン飛ばしてますが・・・(-_-;)

DSCF5751.JPG

ちょっとちょっと!!いつの間に罰ゲームのパイ投げを喰らってたんだ?!
「母ちゃん、鼻にクリーム入ったから気持ち悪い~」って言える君に感謝です・・・(笑)

DSCF5758.JPG

いいんだ~俺、幸せだから♪って顔だね~~~♪(ぽわ~ん。母は君にフォーリンラブよ♪笑)

DSCF5759.JPG

hikaru君、元気に3歳になってくれてありがとう!

あなたには笑わせてもらったり癒してもらったり・・・本当に私は精神的に、あなたの存在自体に救われています。あなたに出会えて感謝しています。
普段は「ドリフキャラ」とか「癒し系」とか好き放題に弄ばれて、ほったらかしで粗雑に扱われているけれど、めげずに優しく温かい人間に育ってくれて嬉しいです。

bianにいじめのような指図をされては泣き、tamaに折角作ったプラレールを壊されては泣き・・・いつも全てを受け入れて、自分が一歩引いてくれて本当にありがとう。女どもに囲まれて過ごしている内に気配りが上手になってきているのを強く感じます。その温かい優しさをいつまでも大切にして、これからも元気に成長して下さい。

2007年 1月 11日

tamaの1歳バースデー♪

投稿者 by namep at 03:52 / カテゴリ: / 39 コメント / 0 TrackBack

気がつけばtamaっちも1歳です!(コラ☆)
去年は今頃産んでたな~と思いつつ、高松でニギヤカに祝っていただきました。
(hikaruの最近のブーム「ポコちゃん顔」って笑える~っ!!)

tamahikarucake.jpg


当日のみんなで食べるケーキはhikaruセレクションでチョココーティングされていたので、tamaっちは一人用ですわ☆
白いスポンジで出来たイチゴショート、初のクリームを満喫されていましたね♪(この写真、イチゴに焦点があっててゴメン!!笑)

tamacake.jpg


tamaっち、無事に1歳になってくれて、母として本当に嬉しいです。
姉と兄に負けることなく、気が強くて何をされても泣かない女ですが、あなたらしく個性を発揮して逞しく生き抜いて下さい。この先も長く、楽しく、輝ける人生を手にしますように!!(^-^)

2006年 12月 25日

電車好きへの道

投稿者 by namep at 00:18 / カテゴリ: / 26 コメント / 0 TrackBack

hikaruは私が電車派に仕込んでいるので、新幹線や特急に限らず在来線でも機関車でも、名前を覚えたり見たり乗ったりが、大好きです。といっても一人っ子で親までマニアックな環境に育っている男の子に比べたら「プラレールで遊んどけ」「トミプラワールドのDVD見とけ」といった感じでほったらかしなので、「3歳にしてはよく知ってるね」というレベルで中途半端な仕込み具合です・・・(スマン!苦笑)

訳あってUPするのを後回しにしていたのですが・・・11月16日に「とちぎ秋祭り」という5年に1度のお祭りに行ってきました。ポストインされるフリーペーパーでたまたまお祭りを知って、Vulに言ったら「いいね~」という反応で、上野から直通特急が出るから「切符買ってきたよ」という運びでアッサリ行って来たのですが、この特急電車がものすごいマニア向けなモノだったらしく、駅に止まるごとにフラッシュが光り、カメラ小僧が走り回り・・・いちいち注目され続けて目的地に着いた!という雰囲気の電車でした。

この「とちぎ秋祭り号」という列車は昔からよく走っている183系だったけど、前面に特製のシール(とちぎ秋祭り号という文字と絵が描いてある)があるということで、鉄道ファンの注目を集めたようです。

私達の座った指定席車両にも「男1人でお祭り?・・・いやもしや、乗車自体を楽しんでいる?」という雰囲気の人が多く、私の隣に座った方もプリモプエル君と単身で撮影旅行に出るマニアさんでした♪(笑)

DSCF5360.JPG

hikaruは私と一緒になって彼から房総の3月までの珍しい列車運行予定を聞いたり、彼ご自慢のアルバムを興奮気味に見せてもらっていたのですが、bianは「このお人形は誰?あ、お洋服も着替えてる!」とやはり見る所が違うようで・・・(機関車以外興味なし!) マニアな彼は「ふふふ・・・じゃじゃーん♪」と明るく本人(?)をリュックから出してくれて、bianは大喜び!喋る!カワイイ!欲しい!と大騒ぎでした~(*^o^*)
で、私達が降りたとちぎ駅では3分停車だったので、彼に貸してもらったプリモ君と一緒に写真を撮ってもらって更にご満悦でした・・・hikaruは並んで停まっていた東武スペーシアと183系に大喜びでしたね☆(人形は全く興味なし!)

DSCF5357.JPG

とちぎ秋祭りは山鉾が出て京都祇園祭っぽい「真似っ子のなんちゃって祭り?」という感じで、栃木県に来たということが珍しいので、珍しくもおみやげ物を沢山買って、また特急で帰宅しました。(え?お祭りの報告は特にナシ?^_^;)

DSCF5370.JPG

更に偶然にも上野から東京駅まで山手線に乗っている短い間には、電車好きらしいおじさんからあさま号とスペーシアの美しい写真(自宅プリントのA4サイズ)を頂いてしまい、「どうも今日一日は電車マニアに出会う日みたいだね」とVulと笑いあっていました。


実はこの日帰り旅行で何が一番記憶に残っているかと言うと、その沢山買ったおみやげ物を全部京葉線の網棚に忘れてきたということです!!(爆)

紙屋さんで買った千代紙や紙風船やブリキの機関車の玩具、物産屋で買ったヒノキのお風呂玩具や木製パズルや蕎麦茶やらを根こそぎビニール袋ごと忘れて、忘れ物センターに電話しても翌日改札に行っても、結局出てきませんでした。
運良くbianのポケットに入っていた150円のコマと、私の鞄に入れた千円のハチミツと、bianが手に持っていた金魚(季節外れだ・・・)とhikaruが彼の鞄に入れていたスーパーボールだけは手元に残りましたが、5千円分くらいを失くしました。(T△T)
さらに3日後にはtamaっちの靴が「脱げて落ちそうだから」と袋に入れっぱなしだったことも思い出し、ファーストシューズを失くしてしまったことにも気付いてダブルショック★お友達に頂いたベージュのカワイイ靴だったのに・・・(号泣)

ということで、私としてもなんだかトラウマ的な忘れ物になりそうだったので、UPすることがためらわれていたのかもしれません・・・しかしもう「衝撃の忘れ物事件」から1月以上経過したので傷口が乾いたということかな?(^^;)

hikaruは「えー、機関車忘れちゃったんだ~」とガッカリしていましたが、電車の網棚に置き忘れた荷物が出てこなくなる(誰かが持ち帰る)ということには余り気が付いていなかったようで、辛うじて「電車キライ」にはならなくて済みました。(ホッ☆)
以前レンタカー車内に忘れた玩具はちゃんと出てきたしね!電車ってコワイと思われなくてヨカッタ~♪(嬉)

2006年 12月 23日

お付き合い

投稿者 by namep at 06:11 / カテゴリ: / 25 コメント / 0 TrackBack

クリスマスシーズンとあって、この1週間はいろ~んな場所でクリスマスパーティを開いたり参加したりして来ました。

bianは幼稚園に通いだしただけあって、歌を歌ったり紙芝居や絵本を見たりする集まりでは、サッと一番イイ場所を見定めて座っていたりして楽しく参加していました。乳幼児中心の集まりではまだまだ各自が好きに遊ぶレベルなのでちょっと物足りなかったらしく、1人で絵本を読んだりパズルをしたり折り紙をしたりして3時間ほど付き合ってくれていたけれど、「つまんないから帰りたーい」と言われておいとましました。

hikaruは「クリスマスってパーティがあってお菓子がもらえたり、サンタさんがプレゼントくれたりするんだよね」というレベルで解釈が進み、起きた時点では「やったー!今日もパーティだー♪」と言っているけれど、いざ出掛けようとすると「俺お留守番してる~」とか会場の入り口で「俺ここで待ってるーっ!」とかいって、集団の中にサッと入り込めないような雰囲気が多かったです。(苦笑) しかし毎回ほっといたり抱っこしていたりしてしばらくすると場に馴染んできて、一緒に遊んでいたり楽しそうに踊っていたり園児と走り回っていたりしていました。

tamaは本当にどこに行っても平気~な人で・・・私が幹事で走り回ってる間中ずっと他人に抱っこされて寝てたり、集会室の床でもピアノの下でもグーグー寝てたり、どこで何を出されてもガツガツ食べてたり、マイペースにウンコしてたり、輪の中に飛び込んでいって座ってたり、年上の子に遊んでもらってたり、よくお付き合いしてくれていました。

しかしどのパーティも主に私が楽しんでいるといった感じで(コラ!)、幼稚園のクラス会で幹事をしてみたり、私のお友達を適当に自宅に集めてみたり・・・育児サークルに参加しただけとか幼稚園の地域会に参加してるだけとか・・・「ママ達が食ったり飲んだり喋ったりを楽しんでいる間、子供が自由に遊んでいられて楽しくてヨカッタね!」というクリスマス会の連続だった、と言っても過言ではなかった気がします。(^^;)
もちろん私と一緒に紙工作をしたり紙芝居を読んでもらったり、お土産にお菓子をもらったりして、子供も楽しい工夫はされているのですが、やはり「母親がどの程度動くか?」がその会を左右することが判明して、色々参加してみた意義は深かったです。ご飯を食べるか工作をするかプレゼント交換があるかなどが会ごとに違うのですが、それは「準備する人がどれだけ動くか」に掛かっています。参加する人が準備するモノも違ってくるし、それなりに参加費も違うしね。

もちろんそれぞれ子供が楽しむバージョンが子供自身に掛かっているので、私が楽しかった会がbianはイマイチだったとか、hikaruが楽しかった会は私がイマイチだったとか、そういった需要と供給のすれ違いも多いとは思うのですが・・・クリスマスというモノは子供がワクワクするし、世界的なお祭りであることが間違いないんだなぁと実感した1週間でした。

そして今日22日に最後のクリスマス会を終えた足で、子供達に「お付き合いありがとう」という意味合いを込めてららぽーとへ行って来ました。
先週の日曜に行った時に見たイルミネーション機関車が美しかったので「乗りたい!」という子供2人を乗せてあげたかったし、hikaruの誕生日プレゼントが「長靴と傘」というなんとも実用的な3千円のモノってのもカワイソウかも?と考えて、新しい長袖のお洋服を1つ・・・と探しに行ったのと。まぁ他にもチラッと用事はあったけど、ららぽーと自体が子供を喜ばせる場所であるため、電車代往復320円や機関車乗車賃400円も使って、4時間ほど遊んできたら、帰ったのは20時でした。

bianが幼稚園に通っている時期はこんな時間まで出歩けないので、かなり特別な外出です。bianは夜まで遊んだこと自体にかなり大喜びで私とずーっと歩き回って楽しそうだったし、hikaruも色々と喋りながら店で遊んだりしてよく歩いていたし、tamaも晩御飯にフォーを食べたり赤ちゃん本舗で放牧(!)されたり、バギーに飽きたらhikaruと交代して珍しく抱っこ紐になったりと変化を与えればご機嫌だったし・・・本当に楽しい4時間ほどのショッピングでした。
平日だと空いてるから迷子になる心配も無いし、どこに行っても行列に並ばないし、人混み嫌いなVulに気を遣わなくて済むし。気軽でイイなぁ・・・なんてねっ★

あ、要するに、やっぱり「子供が私に付き合ってくれてる」のかな?(笑)

2006年 12月 07日

子供が中心の日々♪

投稿者 by namep at 02:45 / カテゴリ: / 25 コメント / 0 TrackBack

最近は子供3人ペースも1年近くになってきたので、すっかり慣れてきましたが、hikaruが主に平日の生活ペースを作ってくれているなぁと強く感じます。bianは8時過ぎrから幼稚園に行ってしまい、tamaはまだ主張をしないので、予定の無い限り、家事の済んだ11時前の時点で、とりあえずhikaruに尋ねます。

「お外行こっか!」「えーっと、今からこの映画見たい」「そっか~」と午前中はインドアに徹していたり、「カルフールまでhikaru号漕いで行く?」「今日は俺は漕がな~い。母ちゃんとtamaっちの3人乗りがイイ~」「そっか~」と、予定が無く特に急がない限りは、「お伺い」状態。
といっても最近は「丸一日予定の無い日」は月に5日くらいなので、彼の要求が聞ける範囲は好きに選ばせてあげたいな~ぁ、という親心でもあり。(ホント、選択肢無いからね~いつもいつも!スマン★)


更にbianまでがバス停お迎え時に「今日は予定無いんだけど、どうする?」と尋ねたら、「うーん・・・おうちでお菓子食べた~い」などとぬかしよって、インドアに徹している時などもあり、そんな日は、こんな感じで好きに暴れています(↓)。tamaっちがガッチリ仲間入りしてるところが笑える♪

DSCF5511.JPG


休日も親の組んだ予定で遊びに出歩いているので、帰宅して「床暖の温かみ+風呂上り」と条件が揃うと、ご飯前だってのに父子揃ってうたた寝してて、結局bianだけが楽しくガッチャマンDVDを見てたり。まぁ、基本の体力に違いがありますからね。(笑)

DSCF5517.JPG

かく言うbianはついに本気モードで補助輪を取る!と必死のパッチで(死語?)1人で特訓しています。かつては「私が14inchを押しながら走り、手を離せば漕げてた?!」という強引なノリでしたが、12月4日に園のお友達からキティの12inchをもらったのを契機に、やっと彼女自身がやる気を出して、とても張り切っております。
「自分でさ~、乗れるんだー!と思えば、きっと根性で乗れるよね~」と、bian自身が言うのが笑えるね!(爆) 
しかし、もらった日は30分2セットくらいしかやってなかったのを、降園後2時間ほどの独力特訓の結果、漕ぎ出しまでがほぼOKに!その根性、素晴らしいよ!(>o<) 寒い中をシャボン玉とチョコボールで付き合ってくれるhikaruと、バギーと掴まり立ちと滑り台遊びで待っててくれるtamaっちにも感謝です♪

DSCF5522.JPG
DSCF5527.JPG


毎日、午後だけお友達と約束して遊んだり、朝から幼稚園のイベントがあったり、午前中から友人宅か我が家で大勢でランチを一緒に食べてたり、と忙しく楽しい毎日ですが、基本的に「子供がツマンナイ事は続けない」というスケジューリングで構成されているので、hikaruもtamaも各々が色々と刺激を受けつつよく付き合ってくれるし、毎日何かしら成長してくれています。
私がこの平凡な日々を楽しんでいるので、子供も楽しんでくれてるのだろうし、体力の限界まで精一杯ウチで遊んだり外を出歩いたりするので、子供も寝るまでご機嫌だし、よく寝てくれます。病気もほとんどしないし、ケガもあまりしません。子供が楽しく幸せなことは、親としても幸せなことなのですね♪

2006年 11月 22日

第四回・アン公★

投稿者 by namep at 01:39 / カテゴリ: / 103 コメント / 0 TrackBack

また行ってきましたよ~アンデルセン公園!今回はお天気の良い三連休の初日、文化の日♪
割と暖かな日和だったので、11時過ぎに出発してまったりと京成を乗り継いで向かい、
(出発時間は徐々にやる気なくなってる?)

DSCF5266.JPG

まずはbianの大好きな忍者修行(アスレチック)で一汗かき、
(親はヒーヒー言いながら着いていき?)

DSCF5267.JPG

子供の出来ることが違うので、大概bianにVulが、hikaruに私が・・・tamaっちは適当にどっちかが抱っこしてます。
(今回は3m近い高さにhikaruが登ってしまったのを私も追いかけたので、Vulに任せておいて良かった!汗)

DSCF5270.JPG

大きなすべり台でどろんこになって
(hikaruが調子に乗ると必ず見失う★毎回なんとか発見してるけど・・・このときも気が付けばこんな高いところまでbianを追いかけてるし!)

DSCF5274.JPG

14時ごろにやっとお昼ご飯でした。
(君は・・・おもちが大好きだからって・・・突っ込みすぎ★)

DSCF5278.JPG

bianにくじ引きをねだられてVulは2人に300円ずつ渡し、
(当たった景品はスグ隣でも売ってるところが笑える~♪^^;)

DSCF5289.JPG

まだ遊ばせたことが無かったミニカー広場へ連れて行ってしまったので、更に小銭が無くなってしまうVul君なのでした。(1人2回も乗せたのに「もっともっと~」と2人共ゴネてたぞ★)

DSCF5308.JPG


あぁ、そういえばtamaっちはね~(笑)、食べてた席から2人を追いかけて、くじ引きの店へ椅子を押しながら向かったけれど、見失って困って、ハイハイで帰ってきたのが、面白かったかな。
(絵的に、こんな感じで伝わるかな?)

DSCF5291.JPG

最後に。今回のヒット写真。「100円でツーリング気分なhikaru」 photo by Vul☆
(珍しくバシバシ撮ってた。やはり息子の喜ぶ姿を見つめる目が、ちょっと違う気がする・・・笑)

DSCF5303.JPG

2006年 11月 02日

子3人生活の時間配分

投稿者 by namep at 00:57 / カテゴリ: / 126 コメント / 0 TrackBack

最近公園で知り合った方々や幼稚園のママ友達に、非常~に頻繁に「子供が三人居るって・・・どうやって暮らしてるの?!」的な疑問を投げかけられます。まぁ私としても「やっと慣れてきたかな」という感じですが、今の私の平日の時間配分を、ごく簡単にお知らせしてみます。(^-^)

7:00  bianが幼稚園に行くようになって、本当に早起き生活に変わりました。
      3時に寝ても7時に目が覚めるってスゴイ。愛する人のため&必要とされれば
      いくらでも体は動くんだなぁ、などと感動しながら、パンと紅茶の朝食を準備。
      その時間に起きている人と一緒に私も食べる。

8:15  Vulとbianが幼稚園バスの時刻に合わせて出勤&登園。bianのお弁当を作るのは
      木曜だけ。バス停まで歩く2人をベランダからお見送り。

~9:30  bianは時間制限があるけど、hikaruやtamaは急がない限りはダラダラ食べてたり
       好きな時間や順番で食べ始め、適当に食べ終わります。9時に家を出なきゃ!なんて
       予定はあんまり入れないので、洗濯を回しつつ子等の食事にお付き合い。
       そして今日の予定に従った1日の動きを決めます。

~10:30 「10時~hikaruのプレ幼稚園がある日」は月に2日だし、予定も11時~が
       多いので、大体はこの1時間内で朝食の片づけ、洗濯干し、掃除、をします。

~14:00

    私の作る予定は「来客が11時~」「幼稚園の行事が10時半」というレベルなので、
     ここで外出したら、そのままbianの降園時間の14時ごろまでは外。要するにランチは
     外で食べます。ミスドやスーパーのおにぎりなどで、予算は3人で千円です。(笑)
    予定が無くても買い物に出ることは週に1回も無いかな・・・生協とシュガーレディの宅配で
     ほとんどの食材を賄っているので、急いで必要なもの!が無い限りは公園や店などで
     遊んでいます。どうしても困っている時は自転車3人乗りでお買い物も行きます。
    予定が無くて、hikaruが別に平気そうな時なら、全く外出せずに家の中でゴチャゴチャと
     した用事を済ませています。

14:00~17:00

    遊ぶ約束が無ければ、bianのお迎えバス停に既におやつや飲み物を用意しておいて、
     公園で食べて16時ごろまで遊ばせます。約束があれば自宅や友人宅で16時半まで
     遊んでもらいます。

17:00   bianに「先にお風呂に入る?ご飯食べる?」と聞いて、お風呂どっちが
        先かを決めます。(←hikaruの意見は出ても通らない★1日を自由に生きてるから)

17:30~20:00
        「お風呂!」という要望なら17時台から4人でお風呂!(笑)貴重なスキンシップ
        タイムなので、1時間ほど入って楽しく遊んでます。
        「ご飯!」と言われればダッシュで作ります。朝にはメニューを決めておいて
        冷凍庫から解凍に出していたりするけど、調理時間があまり取れないかなと
        いう雰囲気(傍でウロついて喋りながら出来るのを待ってたり手伝おうとしたり?)
        であれば、サッと作れるメニューを考えて、簡単なご飯を作ります。
        我が家は大人でも晩は一汁一菜くらいしか食べないので、子供はもっともっと
        シンプルです。後は寝るだけだからいいかな~って考えて・・・朝昼も食べてる
        から満腹にならなくて良いよ~と勝手に★(苦笑)

20:00   布団を敷いたり歯を磨いたりトイレをさせたりして、bianが21時に眠れるように
        セッティング。tamaっちのオムツを紙に替えて(←家に居る間は布だから)、
        粉ミルクを布団で飲んでもらってる(←1人で持って飲むのよ・・・ゴメンね~)間に
        ダダッと2人順番に寝る支度。
        絵本を読んだり一日を振り返って頑張ったことを褒めたり、幼稚園についてお喋り
        したりして、壁に掛かった仕掛け時計が暗い中でもカチッと21時を告げる頃には
        3人がグーッと寝ているように添い寝。そして私も一度寝ます。

22:30頃  Vulが帰宅後にソーッと風呂を追い炊きして入り、風呂を掃除して出て来て、
         起こしてくれます。(コレが0時の時もあり!)
        子等の晩ご飯の食器が、風呂前に洗えている時と出来ていない時があるので、
        1時間ほど仮眠を取った直後の頭でキッチンを見、「あぁ・・・そうそう、アレを
        作るんだ~」とボーッとしながらもVul用のご飯を作ります。
        私は子等と食べる時もあり、子等には食べさせるだけでVulと食べる時もあり。魚を
        焼いた日はほぐして与えることで精一杯になるので、夜にゆっくり食べるかな。

23:00頃 食器や鍋を洗って、乾燥機に掛けたらVulにお茶を淹れたりしながら明日の準備。
        翌日が弁当の日は冷蔵庫を覗きながら、翌朝に寝ぼけ頭でも何を作るか思い出せる
        ように材料をまとめておいたりします。
        ホームベーカリーに翌朝用のパンをセットしたり、一晩かかる冷凍モノを冷蔵庫に
        移して解凍に出しておいたり・・・キッチンで過ごすことが多いかな。
        あとはtamaっちの育児日記を必死で思い出しながら書いたり(笑)、幼稚園からの
        お手紙を読んだり、急ぎの手紙を書いたり。
        明日の予定を確認しながら持って行く荷物などをチェック。

~3:00頃 体力と睡眠時間に余力があれば、PCでブログの更新やVulやayuki氏のブログをチェック。
        近頃はPCメールはスパムが大半を占めるのでメーラーを開く気がしな~い・・・友達用に
        メアドを変えよ~とついに決めました★(^^;)
       21時に寝てからVulに起こされるまでどのくらい寝たか?によりますが、1時に寝る時も
        あれば3時まで好きなことをしていたりします。
       しかし木曜はシュガーレディの注文をし、金曜は千葉コープの注文をしているので、
        やはり家族のことをしている時間が多いかな。
       翌日の予定や消耗する体力を考えて、最低でも6時間は寝るように計算し、寝直す
        時間が決まります。90分の倍数で寝ると寝起きが良いので7時から逆算します。(^^)


こんな感じで、腕や壁の時計を見ながら「あと1時間で終わらせよう」「次の予定まで30分かな」などと考えながら動いています。それがつい口にも出るし、「hikaru君、あと10分で家を出ないと間に合わないんだよ~」などと言ってしまうので、hikaruも近頃は「15分しかない?」とか「遅刻しそうだから40分で行こうよ」などと言ってくれます。(数字は好きだけど時計は全然読めないのに~)


私の毎日はこんな感じで・・・起きる7時、出掛ける11時、お迎えの14時、帰宅の17時、寝る21時を各ポイントにして、1日2つや3つの予定が組まれているのです。
そして家事3つ(掃除・洗濯・炊事)と、育児(子等の食事&入浴&寝かしつけ)を、必ず毎日、全部1人で、なるべく楽しく、やっています。

しかし、「育児」とはいえ。

bianは特別に甘えてる日じゃない限りかなり独立したので、私の手が掛かるのは歯ブラシと寝かしつけ位かな・・・hikaruも自分で食べるし、tamaも荒らすけど自分で食べてるし。(片付けには少々時間掛かるけど、同じもの食べてるしーっ!)
3人とも赤ちゃんだと大変そう!年少園児も居る双子赤ちゃんのママとか?本当に尊敬します!

私は3人居ても、毎日のことだから慣れてくれば大したことじゃない気がしてます。徐々に子供も独立するし・・・最近はhikaruが自分で着替えることに目覚めてくれたので非常に助かっています。Tシャツを脱ぐこともままならなかった彼が、シャツのボタンを外して靴下まで全部を自分で脱いだり、パジャマを被って着たりパンツやズボンを履いたりするようになってくれたのよ~っ!感動しました!(T△T)

「家に居る間はtamaっちが布オムツ」と言うと「なんで3人目でそこまで出来るんだ?!」と言われるけど、ホント2枚くらいだから・・・朝のウンコ後~出掛けるまでの2時間くらいで1枚と、風呂上がり~寝る前までの1枚・・・シッコしかしないし・・・簡単だぞ?
来客時なんてすっかり替え忘れてて、平気で遊んでるけどシッコで服までジャブジャブになってたりするわ~!(超手抜き!-_-;)

「手掴み食べで米粒星人」と言うと「えーっ!そんなことしたら片付け大変そうなのに・・・」と言われるけど、最近は「ホイ、ご飯だよ~」と言うなりtamaっちを捕まえて来て、嫌がるのを無理矢理お砂場服を着せちゃって、ガツガツ食べたら脱皮させ(笑)、米粒をザッと取ってシンクや洗面台で洗って、洗濯機にポイッ!だし・・・食後にお風呂のパターンだったら、汚れた服ごと風呂場に連れて行って脱がして、床や洗面器でふやかしておいて、浴室から出る前に下洗いして洗濯機にポイッ!だけなんですけど・・・(笑)落とした床の米粒は、ダダダーッと指で拾って食べちゃって・・・毎食20粒くらいは雑巾に吸い取られていますよ~ご飯の神様ゴメンナサイ★状態です・・・(=_=;)


そして。
「家事3つ」にはそれぞれ優先順位があります。

必ず毎日、「洗濯を干す」だけはします。帰宅が遅かったら取り入れだけで、畳むのは翌日にまとめて~になっちゃったりします・・・(^o^;)ヾ 明日は朝の8時半から出掛ける!という時などは、前の晩に洗って干しちゃいます。
あと、布団の掃除機も「週に2回出来たら良いほう」位まで、しなくなってきました。(週末にVul君が一生懸命にやってくれるし~hikaruの鼻詰まりも少々マシになったし~なんて!>_<)
室内の掃除機も、廊下やリビングは来客前にやる!って感じかなぁ・・・食卓の周りだけは1日2回イヤでも拭き掃除をするし、リビングで何かこぼした~とかキッチンで野菜を落としたついで~で、サササ~と目の届く範囲を拭くし・・・今はお腹でズルズルと家中を這い回ってる人が居るから・・・おまかせしてま~す!(をいっ?爆)


「完璧に出来ないことは、やっぱり出来ない」と割り切ることと、「育児を優先するので家事は最優先以上のことはしない」という割り切りさえ出来れば、「多分、4人居ても平気だろう」と思えるようになりました。もうリビングは週に1回しか片付けません。玩具天国だけに子等にやって欲しいのだが・・・一応「突然の来客でも平気な程度」にはいつも片付いているつもり。(散らかってるのに慣れてきてたりして?!汗)

だから最近は余力で好きな裁縫をしたり、アロマテラピー講座に通ったりしちゃってるので~す♪(^-^)v

2006年 10月 27日

第3回・アン公(ご要望にお応えして!)

投稿者 by namep at 02:01 / カテゴリ: / 43 コメント / 0 TrackBack

今日会ったお友達に「第三回を待ってるんだけど!(笑)」と言ってもらえたので、少しですがUPしまーす!やはり愛読者からの声援が私の更新の糧ですね・・・眠くても頑張るーっ!p(^o^)q

10月に入ったけどまだまだ日差しは強い、体育の日の連休に行って来ましたよ~、第三回!
すでに京成に乗ったら「検見川駅?」とか「今は?新津田沼?」とか「三咲ってゆー駅で降りるんだよね」などと、子供等が覚えてきていて逞しい感じです・・・(^^;)

DSCF4853.JPG

しかし金曜が暴風雨で土曜もまだ風が強くて、日曜に行ったけど体感気温が割と肌寒く、水も入れないしアスレチックも木陰で寒々しい・・・という感じだったため、初めて美術館や人形劇というインドア的な方へ行ってみました。毛糸でマスコットを作る講座(?)でbianは真剣に工作を楽しんでいました♪hikaruは興味半分で根気ゼロ!って感じ~(爆)

DSCF4854.JPG

もちろん日暮れ時の閉園時間(17時)までガッチリ遊んで、バス停に並んで電車を乗り継いで・・・19時ごろに帰宅です。高い滑り台も登って降りて、寒くても子等は元気にVulに遊んでもらっています。
tamaっちも相変わらずミルクばかりでつき合わされてるけどご機嫌でした★

DSCF4881.JPG
DSCF4882.JPG

2006年 10月 19日

1年分たまった写真でアルバムを作ろう♪

投稿者 by namep at 02:44 / カテゴリ: / 18 コメント / 0 TrackBack

このところアルバムを作っていないなぁと思い、確認したところhikaruが1歳代の夏で止まってました!!(滝汗)危うく1年以上経ってしまいそうなんじゃないのか?!と焦り、明日とあさってで1年分のアルバムを作ることにしました・・・毎日お友達と遊んだり外で遊んだりしてばかりだから、たまには予定を入れずに3日ほど空けようと思ったのはこのためだったのか!とビックリ。導かれてる?(笑)

ということで昔の写真を見てしまい、眠いのを我慢して掘り起こしてはクスクス笑ってたりします。(ありがちな展開・・・)


bianが1歳の誕生日は・・・沖縄で!しかも4泊5日くらいで行ってたし!(@_@;)

guide.JPG


bianも1歳半くらいでバイクに跨ってたなぁ・・・私が二輪を取ったからかなぁ?(笑)

Vul1.JPG


子供が2人になったことに慣れてきた頃、Vul祖母と。bianもまだ今のhikaruより小さいし、生後2ヶ月位のhikaruは・・・やはりデカイなぁ・・・(^^;)

DSCF0240.JPG


hikaruは正月生まれだけあって、1歳の誕生日は車で名古屋から神戸へ移動していました・・・ゴメン。でもこの頃から「一緒に遊ぶ」ということが出来るようになって楽しくなってきたなぁ♪

DSCF1652.JPG


hikaruは1歳半くらいでもう私がtamaっちニンプー。君は既に空港で「ひこーき!」と興奮してたね。

DSCF2870.JPG


今年の正月に晴れて5人家族になったけど、hikaruの2歳のバースデーも忘れちゃイカンし忙しかったね~。

DSCF3382.JPG


そんなこんなで5人家族にも慣れてきた今日この頃。1年分の写真をPCで見て推敲して印刷掛けて、もらった写真と時系列で並べ揃えたら、無印のアルバムのポケットに突っ込んでいく・・・という作業をやります★p(^-^)q

2006年 10月 18日

tamaっち近況♪

投稿者 by namep at 02:46 / カテゴリ: / 23 コメント / 0 TrackBack

9月以降のtamaっちの成長ぶりをお伝えします。

すっかり手掴み食べが主流です。お皿も空になると投げる&スプーンも投げるので、テーブルに直接置いて野生児のように食べています・・・外では無理!ってことは自宅ではなるべくやらせてあげたいなぁ♪(ということで、米粒星人、発動☆)

DSCF09148.JPG

hikaruがよく飲ませてくれるのですが・・・余裕って感じでよそ見してるし!!(+_+)
しかし、tamaっちはどんな状況でもゴクゴク飲んでくれるので、ミルクになってくれて助かっています。(母乳の時でも幼稚園やファミレスや電車であげてたから慣れっこなのかな?)

DSCF09171.JPG


「バイバーイ」「またね~」「ありがとう」という言葉に反応して、満面の笑みで手を振ります。(カワイイな~と夢中になってたら、直後にこのテーブルから落ちました・・・ゴメン★)

DSCF091721.JPG


午前中に自宅でゆっくり二度寝が出来る時は、こんな感じで勝手に寝ています。(どこ?!)

DSCF09201.JPG


大概は夕方まで連れ回されて疲れている生活・・・たま~に食べながら寝てしまいます。この時は、キッチリ30分後にムクッと起きたら黙って食べ続けていました。(汚れない豚マンと食パンが多いな・・・@_@)

DSCF4936.JPG

ヨーカドーのカートで「私の食べる分もよこせーっ!」と喚いています。(bian撮影)
この後、身をよじって立ち上がってしまい、とても危険でした・・・(=_=;)

DSCF4906.JPG


食べることや寝ること出すことなど、生きる基本に関してはやる気満々なので、少々皮膚が弱くても(紙おむつが続くとお尻がカブレる~背中は常に赤いブツブツがある~)、とても逞しく成長中です。

余談ですが、今日はお友達のマンションの室外ウッドデッキで「あっちいってよ~」と両足を持たれて引きずられ、鼻と口を擦り剥いて流血してました・・・(O_O;)

こんな感じで、さっきは突然電源が落ちるという惨事に見舞われてショックだったNamePですが、懲りずにボチボチと更新していきますね。写真が多いと喜ばれるので撮影は頑張っています!(なかなかupする時間が無いだけ!>_<)

2006年 9月 11日

第二回・「アン公」☆

投稿者 by namep at 01:11 / カテゴリ: / 29 コメント / 0 TrackBack

もはや二回目のアンデルセン公園!長いので今日から勝手に「アン公」と呼びます・・・(爆)

子供等はお気楽に「やったぁ♪今日も公園だ~」と言ってるけど、この街は目の前にた~くさん公園があるってのに、わざわざ自転車や京成電車や新京成電車や新京成バスやと乗り継いで辿り着くのが、このアン公です★(笑)

背負子で移動していたtamaっちが、借りたベビーカーに乗り換えるやいなや子等のアスレチックが始まります。

DSCF4508.JPG

bianはもうほとんどを1人でこなすほど、アスリートな筋力の持ち主です。ロープのわっかも見事に上り抜けて達成感に満ちた顔で出てきました!

DSCF4512.JPG

汗をかいたら、流すためにも池に行こう!ここなら誰も咎めない水遊び場だし~♪bianはhikaruの世話を焼くのが得意な優しく逞しい姉上です★

DSCF4525.JPG

100円の動く動物にもアッサリ乗せてしまうVul・・・まぁ2人で1回だから@50円ってか?

DSCF4528.JPG

足漕ぎ車も3人で楽しそうに乗ってはりました。4人乗りなので私はtamaっちとお留守番・・・で、いつもの通りですが撮影班です★

DSCF4531.JPG

ミニSLも1人100円だから3人で300円なんですが・・・これだけ喜ばれたら乗せちゃうよね~(^^;)

DSCF4536.JPG

ひたすらバギーに詰め込まれているtamaっちもさすがに夕方につまんなくなってきたので、「はいよ~」と木馬に乗せてあげようとしたら、子等が大はしゃぎで駆け寄ってきて遊んであげていました♪tamaっちはちょっとイヤそうだったのが見ていてオカシかった!!(笑)

DSCF4550.JPG

父ちゃんとこれだけ充実して遊べるんだから・・・平日の遊べない分をリカバリ出来て、本当に何よりですな☆(^-^)

DSCF4558.JPG

でも休日はガッチリ子供等と遊んで風呂も入れて散発もしてくれるVulって、逞しい3児の父親だなぁ!と感謝の気持ちは尽きません。(もちろん「我が家の長男」ですから一番に寝ますが!爆)

余談ですが、たまたまベイタウンのお友達に会ったので話してたらパパが居なくて・・・ちょっと聞いてみたところ、「あの人は家で1人で過ごす時間を大切にしているんだって・・・海に行ったり本読んでるの。私がいつもココに連れてくるのよ~」とママはかなり悲しそうでした。傍で子等と一緒になって落ちている栗のイガを壊して中身を出しているVulを見て、「お手本みたいなパパじゃな~い!子供のレベルで遊べるって素晴らしいわ~!ウチでは有り得ない!」と感心してくれました。(もちろん、「長男だからね」と返しておきました★笑)

今回は往路で初の4人乗り自転車をやってのけてくれ、経験地UPさせてたVul君、本当にお疲れ様でした♪また行こうね!(^o^)

2006年 9月 07日

プラレールワールドへようこそ★

投稿者 by namep at 00:34 / カテゴリ: / 87 コメント / 1 TrackBack

hikaruは電車好きです。小さい男の子って一般的に「車」「電車」「ヒーロー戦隊モノ」のどれかにハマるらしいのですが、単なる私の趣味で、hikaruは電車派に仕込みました!(ふふふ・・・しかもトーマスは何かと高いから視界から外してもらったし★)

ということでお察しの通り、プラレールは山ほど持っています。Vulがフリーマーケットで買い集めてくる古いレールやパーツが山ほどあり、車両は4種類くらいしかないのですが、hikaruは大喜びで器用に遊んでくれるので作り甲斐があります。2歳前には線路を繋いでいたし、2歳過ぎたら車両を連結していたし、2歳半を過ぎた近頃は、「情景パーツ」「遮断機」「2番線」などと割とマニアックなボキャブラリーを出したりするので感心します。


DSCF4501.JPG

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

ところで、大概の電車派のスタートは「新幹線」だと思うのですが、日本が世界に誇る技術を搭載した「夢の超特急・新幹線」を、あなたは何種類言い当てられますか?私はhikaruを仕込んでいたこの1年近くですっかり詳しくなってしまい、最新の九州新幹線「つばめ」号まで顔をみただけで言える!・・・と思います。(-_-;)
普通は走っている区間の駅名までは知らなくても、車両の顔を見れば「東北(&山形)新幹線」「東海道(&山陽)新幹線」「長野(&上越)新幹線」「九州新幹線」位は判るのかなぁ・・・あぁ、もう既に私は、素人の感覚を失くしています。(苦笑)

特急にもJRと私鉄の区別があることすら知らずに「特急は特急で電車の仲間じゃないの?」と言っていた私が、今や「小田急ロマンスカーは私鉄だからさ、この”JR特急”の本には載ってないんだよ」とか言ってるし・・・「京都から関空まで走ってる”はるか”って新幹線だと思ってたけど、JR特急なんだね!」と驚いてるような私はもう過去の産物で・・・在来線の知識すら深まってきて、ちょっとマニアックになってきています。(苦笑)
今日もbianが拾った東京メトロの車両が8つ並んでいるプリペイドカードを見て、7種類まで「これは青で今乗ってきた東西線だよ、こっちはみかん色だから銀座線、緑は南北線で、黄土色は有楽町線だね。赤が丸の内線で、ねずみ色は日比谷線で・・・紫は・・・半蔵門線だね。最後はなんだっけ・・・あ~ぅっ!」とhikaruに聞かれたらスラスラと言えてしまったために、最後の1種類が思い出せなくてイライラしちゃいました★(ヤバ~ッ!しかも帰って調べて「そっかー!千代田線だ~♪」とか安心してるし?!+_+)


今hikaruが2歳半を過ぎたところで、乗ったことのある在来線を覚えてきている(関西圏込み)ので、徐々にお出かけして教え込んでいったり、本を読めるようになったら字で覚えたりしていけば、5歳で関東一円+関西圏のかなりの車両を覚えるかも?とやや期待しています。ビジネスマン気取りではないけど、どこの駅で何の線と接続しているのかを覚えてくれると、子供と電車でお出かけするのも2割り増しくらいで楽しくなりそうでしょ?(^o^)

2006年 9月 05日

再構築してみました

投稿者 by namep at 00:21 / カテゴリ: / 78 コメント / 0 TrackBack

ここのところ、写真をドバッと出して一気にアップしているのですが、この半年ほど「子育てブログには子供の顔を出しちゃいかんのかな~?」と悩んでいたので、写真が公にならないまま大量に眠っています。
ベビーカー話や寝姿などで少し昔の写真を掘り返して貼り付けようかな、と探しながら見たところ「アレもコレも出しちゃおうかな」という気分になったので、面白い写真などをbianの赤ちゃん時代から振り返って出していこうと思います。(昔バギーと逞しい寝相写真、増やしました♪)

別に今の育児にネタ切れしてるワケじゃないんだけど・・・「bianが初めてビスケットを食べました」という写真を撮っていて、途中で撮れた「激しくむせ返ってる」写真が・・・今見ても涙が出る位、あんまり面白過ぎたので、こういう笑える写真で皆さんに楽しんでもらおうかと・・・(爆)

DSCF0270.JPG

ま、たまに昔の写真を掘り返すと楽しいのは、こういうことでしょうかね。(^-^;)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

今日のところは眠いのでここまでですが、これからたま~に昔の写真を掘り返したり、3人の同じ頃を並べて顔つきを比較してみたりしようかなっと♪見てると「ちゃんと大きくなるんだな~」って、きっと安心するよ~☆(^_^)b

2006年 9月 04日

初・アンデルセン公園☆

投稿者 by namep at 22:58 / カテゴリ: / 72 コメント / 0 TrackBack

金曜日、またいつものように突然「日曜日、温泉でも行く?」という話が出たのですが、いつの間にやら話は逸れて行き、船橋アンデルセン公園に行くことになってました(笑)。

自宅から1時間半かけて、京成電車~新京成電車~新京成バスと乗り継いで、10時半に到着。tamaっちが乗り物でも大人しく待っててくれるからどこでも行けるんだよね~ありがとう♪

DSCF4418.JPG


▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そりゃぁ子供等は17時の閉園まで大興奮で遊びまくりました。
Vulが言いだしっぺだったので責任とってガッチリ遊んでもらいましたよ~♪(^o^)
もう手っ取り早く台詞と写真でご紹介しましょう!

「あーっ!アレ何?!」「大きいすべり台かなぁ!?」「父ちゃん一緒に行こう!」
「あの忍者修行やろうよーっ!」(←アスレチックのこと)
「あの舟・・・bianでも漕げるのかなぁ?行ってみようかな・・・」「俺も!」「俺は父ちゃんと乗れよ」

DSCF4426.JPG

「ウキャーッ!水だよ!入りた~い!」「素っ裸でもいいよね?」「うーん、いい・・・んじゃないかなぁ・・・?」(激混みで周りの子は水着か服かパンツだったからかなり躊躇したけどね・・・汗)

DSCF4456.JPG

「お腹すいた~」「お昼はデンマークパンのホットドッグかな?」「食べたい食べた~い!」
「あれは!?あのボートは父ちゃんも漕げるの?みんなで乗れるかなぁ?」
「3人までだから父ちゃんと乗っておいで」「やったぁ!」
「おーい!かーちゃーん!」「やっほー☆楽しいか~い♪」

DSCF4464.JPG


「ポニーも乗る?」「ま、とりあえず暑すぎるからカキ氷でも食べて体を冷やそうか・・・」
「わ~虹色だ!」「すごーい!初めて見たよ!」

DSCF4479.JPG

「ポニーってあれ?混んでるねぇ」「俺、あの小さいトーマスがイイ」「bianも!100円ちょーだい!」
「じゃぁ次は母ちゃんと乗っておいで~」「はーい!」

DSCF4491.JPG

「あれってウサギ?触れるのかな?bianは小さい動物が触りたいなぁ」「モルモットかな?」

DSCF4494.JPG

「楽しかったね~」「俺、車も乗りたかった~」「じゃぁ、また来ようよ!」「そだね、広すぎて一回来たじゃ遊びきれないもん。パスポート買う?」「買おうぜ」「やったぁ!」

・・・ということで、年間パスポート(大人3000円・子供500円)を購入して、またバス~京成2本~自転車と乗り継いで19時に帰ってきました。tamaっちは公園内でも帰りの道中も、ミルクさえ飲んでいれば、超・ご機嫌でしたね♪暑い中をお付き合いありがとう!!

DSCF4500.JPG

<注>この「馬鹿笑い」は顔だけで、声は出ていません・・・(笑)

しっかし、19時帰宅、即座に風呂、19時半にご飯、21時に寝てるってのがスゴイよね★
・・・明日から幼稚園だもん!(^_^;)

Vul君は腕が筋肉痛になるまでボートを漕いでくれたし、朝から夜まで献身的に遊んで働いてくれて、私はとても嬉しかったです。夜は子供を寝せてるのか自分が寝てるのかワカラン位の勢いで寝てしまいましたが、朝までグッスリ眠れたらしく、スッキリ目覚めていました。

bianとhikaruはいつまでも起きないぞ~って位グッスリだった!(bianなんてほっといたら多分9時でも寝てたぞ?hikaruが辛うじて9時に起きてきた位だし☆)
tamaっちは家に居るより疲れなかったかなぁ?朝も6時半から元気に寝室の床を這い回ってたね~(笑)借りたベビーカーやピクニックシートや背負子だったもんなぁ。ズリ這い出来ずで大変失礼しました!

是非、月イチで行きましょう!(^-^)

2006年 9月 03日

人形とお風呂

投稿者 by namep at 00:30 / カテゴリ: / 107 コメント / 0 TrackBack

bianは人形が大好きです。女の子だからかなぁ?小さい頃から割とプレゼントにお人形を頂いていたお陰様で、人形に対してもとても世話好きで、山ほど持っています★
一番のお気に入りはやはり2歳半で出会ったホワイトタイガーの「白虎(ビャッコ)君」ですね。親から見てもう「一心同体?」「心の友?」と思う程に、彼女にとっては無くてはならないお人形です。
引越の前後から少し手が離れていたのですが、一時は毎晩一緒に寝ていたし、旅行に行くとなると同伴していました。子供らしい「自分の匂いが移っている人形」という感じで、微笑ましかったので別に咎める事も無く、まもなく5歳です。

hikaruは男の子だからかなぁ?あまり人形を大切にはしないし、なりきりごっこも電車やミニカーが喋っていたりして(「あ~っ!ワイドビューさざなみ号~!大丈夫かーい?!」とか「助けて~!緑のRX7が一緒に落っこちたんだよ~」とか・・・=_=;)、人形が必須アイテムということは全く無いまま育ってきました。しかし彼も1歳4ヶ月で出会ったイルカの「ジュニア」が一番大事なお人形で、出かける時に抱えて歩いていたりもしました。
たまに寝るときに「ジュニアは?」と言っていたり、bianが「白虎君は?」と私に聞くとhikaruが「ジュニアは?」とセットになって質問している状態で(笑)、2歳8ヶ月です。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そんな大切なお人形ですので、もちろん手垢や埃や泥(hikaruは外で落とすし投げるからな~涙)で、大変汚れてくるので、たま~に一緒にお風呂に入っています。子供等は大喜びで、もうそれはそれは丁寧に洗ってあげるし、1時間は風呂場で遊んでいるし、大切な友達との裸同士(?)の触れ合いの時間のようです・・・(^-^)
先日は半年振りくらいに「じゃぁ今日は一緒に入って洗ってあげようか」と提案したところ、大はしゃぎで溜まっていも無いお風呂に飛び込んで、ずーーーーっと2人で人形と遊んだり喋ったりしながら、楽しそうでした。30分も経った頃、私とtamaっちが「そろそろお邪魔しまーす」と入り、子等と一緒に洗面器で踏み洗いしました。(bianは丁寧に手で押していたが、hikaruがジュニアを踏み始めたのを見て真似★)

DSCF4415.JPG

洗ったあとは洗濯機で軽く脱水をかけ、櫛で毛並みを整えたら、風通しのイイ場所か温かいトコロに置いておくと、大概は一晩で乾いてくれます。今回はhikaruも自分で洗って、自分で櫛通しして、自分で乾かしている姿がかわいらしく、「ここが温かくていいんじゃない?」と生ゴミ処理機の廃熱口を教えてあげました♪(コラ!爆)
bian1人が手入れを楽しんでいた頃は、真面目に洗ったり梳かしたりしていましたが、悪フザケが多くなってきたhikaruと洗った今回は、生乾きのうちにジュニアをマンボウみたいにペシャンコにしてみたり、毛並みをワザと逆撫でしてみて変な顔に大笑いしてて、「姉弟ってイイねぇ」としみじみ思いました。本当~に楽しそうだった!!!何事も楽しむことが大切だと思うなぁ・・・お疲れ様!(*^○^*)

2006年 8月 31日

逞しい我が子!

投稿者 by namep at 00:43 / カテゴリ: / 103 コメント / 0 TrackBack

hikaruの寝相の悪さには毎晩閉口するくらい暴れてもらっているのですが、私が子供のころ非常に寝相が悪くホテルなどに泊まった際、翌朝に家族から文句を言われていたことをイヤでも思い出さされます。(苦笑) 壁にhikaruが頭ガチコーンとぶつけて、その音に驚いて私が飛び起きることも随分と減ってきましたが(音に慣れてきた?)、安眠中に顔面に踵落としを食らったり、鼻骨や喉仏に頭突きされて息が詰まったり目が眩んだりして、命の危険を感じる時も多いです。(涙)

しかし、感心するのは、bianとhikaruとtamaとが21時ごろから先に3人だけで寝ていても、あまり危なくならないことです。tamaの首の辺りにbianの太ももが乗っていたり、hikaruがtamaのお腹を枕に寝ていたりしていたこともありますが、tamaは平気の平左衛門で寝てるのがスゴイ!と思わされてる日々なのであります★

・・・赤子ってこんなに強いのね~っ!(@_@)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そして笑えるのは、よく「連結寝」をしてることです。

bianとtamaはよくくっついて寝ています。今回は頭突き試合モード?

DSCF4414.JPG

hikaruもbianとくっつくことは少ないのですが(bianが「もーっ!あっちいって!」と激怒するからなぁ・・・)、tamaとはよく「どっかがくっついて」寝ています。(足と手とか、手と頭とか・・・今回は肩車モード?)

DSCF4407.JPG

私が見る限りでは、「tamaがくっついている」ではなく、「くっつかれている」ように見えます。
人を呼び寄せるタイプかな?(笑)
最大では3人でくっついています・・・怪しい儀式みたいだな★(^_^;)

DSCF4043.JPG


しかし、逞しいといえば。

tamaは午前中の二度寝(お昼寝第1セット)は大抵フローリングに突っ伏して勝手に寝ています。
リビングで遊んでいる内に寝ていることが多いけど、この日は玄関先で来客と話している私の足元で、気が付けば寝ていました・・・いつもキッカリ30分で起きるけど、いつも顔に筋がついてる~(汗)

DSCF4413.JPG


掴まり立ちで後ろにすっ転んでも、ちょっと泣いたらもう平気みたいだし?(慰める私も座布団に置いて「あ~今のは痛かった!痛かったな~!」で終わりだし!) 最近やっと掴まり立ちを始めて、ソファや椅子や座卓に掴まってご機嫌でアリマス★

DSCF4412.JPG


赤子ってこんな逞しいだな~と考える度に、思えば1人目は神経質だった・・・と振り返る。
bianは抱っこやおんぶか添い乳じゃないと寝なかったし、人見知りも激しく1歳半くらいまでオジサンがダメでよく泣いてたし、離乳食やミルクの好き嫌いも激しくて・・・苦労して寝せても玄関チャイムや電話やガスコンロの着火音で起きてたなぁ・・・(苦笑)

2人目のhikaruはbianが嫉妬深かったから抱っこ出来なくていつも1人で寝てたし、人見知りや好き嫌いもあまり無かったし成長も早かったから色々と助かったけど、その分ほっときすぎたのか1歳半から2歳頃が結構爆裂してました★(ヤダヤダ星人誕生って感じだったよ~!=_=;)
ほっとんど言うこと聞かないし、さすがによく暴れるし(走るし飛ぶし投げるし。「モノを壊していく係なの?」って言いたくなるくらいに色々やってくれたよ~)、なにかと行儀悪いし(店で食事するなんて無理!って思ってた)。今となっては「まぁ彼は大人しい方なんだな~」と思えるけど・・・私が男の子に慣れてきたのかなぁ?(汗)

そして「気の強そうなtamaっち」はどうなるんでしょうね~、「よこせ~っ!」と喚きながら食べるし、床で「負けてへんでー!」って感じの勢いで遊んでるし、顔立ちが逞しい感じなので、頼もしい分やや心配。神経質ではない分助かるだろうけど、ガサツな女になっていきそう~(笑)

そうそう、ビックリしたのが!

昨晩、「私のご飯が遅い~!」と文句言いたげに半泣きで床で唸っている間、ふと見たら青い折り紙のペンギンを食べていて、「おーい、晩御飯はペンギンか~?」と言いながら急いで離乳食を用意していたのですが、「ぉえっ」と言いながら空腹の余り、結構食べちゃってました。(>_<)
そして今朝、朝一番のウンコにソラマメ大の青い塊が3つも見えた時には、正直叫びそうだったよ・・・「ペンギン、こんなに食べてたんだ!(‘o‘)・・・ってか、こんな大きな紙をよく飲み込んだね?!」と感心してしまいました。
その後、昼前にもう1回青いウンコが出たから、20cm角の折り紙を半分くらい食べたっぽい・・・まさにバッチコイの根性を感じました、ハイ。(^_^;)

2006年 8月 27日

我が家のベビーカー歴史

投稿者 by namep at 23:19 / カテゴリ: / 21 コメント / 0 TrackBack

生後8ヶ月目にしてtamaもお座りが上手になってきたので、B型ベビーカーに乗せてみたりしています。

DSCF4411.JPG

写真のは英国シルバークロス社製で、hikaruが8ヶ月くらいの頃に新浦安のベビーザらスで買ってきた2万4千円くらいの代物なのですが、なかなか気に入っています。夫婦共に平均より背が高い方なので持ち手が高いことが一番嬉しかったかな・・・小さいバギーだと老人カートみたいな押し方になってしまうのよ!(>_<)

bianのB型時代はcombi社製の畳んだ後に更に3つ折れ!という、飛行機や電車に乗ることを考え「軽量&コンパクト設計を最優先」で、アウトレットで1万4千円で買ったモノでした。hikaruも生後7ヶ月くらいにうまく座り始めた頃、とりあえずそれをお下がりで使っていたのですが、さすがに前輪が軋み始めたり、うまく畳めなくなってボロさ爆発だったので、2代目(台?)に踏み切ったのが、コレです。


▼続きを見る⇔折りたたむ▲

話は多少前後しますが、A型も色々ありました・・・(笑)

bianのA型時代は10年モノみたいなAprica社製を私の親戚から頂いていて、8ヶ月頃に上記のcombi社製B型を自分達で購入し乗り換えて愛用していました。A型は、「2人目も使うしね」とクローゼットに大切に保管していました。

DSCF0245.JPG
DSCF0285.JPG


そしてhikaruの誕生後もそのApricaA型を使っていたのですが、生後3ヶ月目くらいのある日、買い物に行った帰り道でbianが「疲れた」と歩けなくなり、Apricaのステップに掴まり立ちさせて2人乗りで押していたら・・・bianの足が滑って前輪に当たった瞬間、軸が折れて見事にオシャカになりました★
しかし、毎日のように公園や買い物でhikaruを乗せていてまだ4ヶ月くらいは使うから・・・と困ってしまったので、リサイクルショップで2500円でボロいAprica製のA型を買い、hikaruのA型時代を乗り切りました。もちろんそれも「3人目も使うしね」とクローゼットに大切に保管し、tamaが生後1ヶ月くらいから乗っていました。

DSCF0263.JPG


そしてtamaっち生後3ヶ月頃の引越の前後、それを買い物やお出かけに「オンボロtamaっち号」と呼びながら使っていたのですが、hikaruの当時のブサイクさと違って(←失礼)tamaっちは顔立ちがカワイイ赤ん坊だったので、「このバギーのオンボロさと不釣合いだよ!」と私がかなりブーイングしていた矢先、運良く(?)バスの乗り降りの際に取っ手が外れてしまうという致命的な壊れ方をしてしまいました♪(^-^)
ちょうど色々と捨てたり買ったりしてる時期だったので、勢いから「リサイクルショップで新品同様のA型を見かけたんだよね~」とVulにネダり、わざわざ1km先の駅から2駅電車に乗り更に降りてから30分以上歩いて、自宅から12km近く先の店まで行き、1万円くらいで迷彩柄のイケてるA型を入手し、帰りにtamaっちを乗せてまた苦労して帰ってきたのです。(ウチは車が無いからね~)

つい先月まではtamaっちもまだ座っていなかったので、そのイケてる「迷彩tamaっち号」に乗せていたのですが、座るようになってきたら写真の「hikaru号」に座って欲しい・・・と、たまにhikaruと交代で座らせたりしています。(tamaっちは抱っこ紐か背負子で出掛けて、隙あらばhikaru号に座らせるのだ~)


そして今日は電車に乗って皇居に遊びに行った際、hikaruもめったにバギーで出掛けないからか、なっかなか譲らなかったのですが・・・(^_^;)ずっと背負子に入っていたtamaっちが、ようやく座らせてもらえた時に撮ったのが、上の写真です。なんだか恐ろしく首が曲がって&お尻がズレてる座り方ですが、かなりご機嫌でした~♪(笑)
余談ですが、撮影直後は広い皇居を歩き回って疲れた子等がゴネたので、初めて二人で重なりながら座席に乗せてしまい(bianの膝にhikaruが座る二階建て乗り☆)、tamaっちはまた背負子でした・・・しかし「bian17kg+hikaru14kg」やで?!こんなことするから、きっとまたtamaっちが1歳半くらいの頃には老朽化して買い替えよ~。1人ごとに1台ずつのA型とB型を消費してしまう~っ!(T△T)


ところで。(・_・)

全然関係ないけど、日本語でいうところの「乳母車」はエスカレータなどで「ベビーカー」と言われていますが、私は言葉数が長いのでいつも「バギー」と言います。あと3輪でチューブタイヤの「ジョガー」とかもあるし・・・あ、アメリカ帰りのお友達はベビーカーのことは「ストローラー」と呼んでいました。皆様はなんて言いますか?

あと、ベビーカーって大きくて高価な買い物ですが、皆様は何を中心に考えて選択していますか?

我が家のhikaruバギーは英国製ですが、恐らく米国製も同様に「前のバーが無い、5点ベルト」が主流の気がします。日本製は「前バー有り&3点ベルト」が多いような気がします。畳み方も色々で、座席を半分に畳むように平面的にぺしゃんこになるモノや、座席の尻部を中心に傘のように閉じて細長く畳めるモノもありますよね。
私からどれが便利だとか素晴らしいとかは言えませんが、電車などによく乗るのであれば、片手でも畳めて、軽くて持ち運びやすく、畳んだ際に手を離しても自立するバギーを薦めます。bianが乗っていたB型はまさにその3点を主眼に選んだのです!(*^_^*)
車で出掛けることが多い人は、あまりバギーを必要としないらしいですね・・・ただでさえチャイルドシートも買ってるし、出掛けた先のお店などには貸しベビーカーやカートもあるし、かな?

前バーはhikaru号で無くなってみて初めて、「最初は慣れなくて怖かったけど・・・必要無いかもしれんなぁ」と思いました。まぁほとんどが足を掛けてるか舐めてるだけだし(1歳前だと必ず足が乗ってるよ~でも舐めるんだ・・・ヨダレでカビ生えたりしてるってのにねぇ・・・)、乗り降りの際は邪魔だし(デカくなってくると足が引っかかるんだよ!)、脱出を試みて落ちる時はバーの下からズリ落ちるし!(1歳半くらいから安全ベルトなんて自分で外すってば!)

シートの色が白っぽいと「汚れてます!」って感じがあらわだけど(bianのB型がそうだった・・・頻繁にジュースをこぼされて終いにゃカビ生えてたよ!)、シートが黒いと少々汚くても目立たないから助かる~♪靴の土がうつった時は白くて目立つけど・・・あとお菓子のカスも?(苦笑)

タイヤの幅が狭いと道の金網や線路にハマるけど、その点でも今のバギーは太いタイヤなので、少々の凹みには全くハマらなくて助かっています。

でも、個人的には「持ち手が横バーなのか写真のような2本持ち手なのか?」が最大の分かれ目のような気がします・・・バーじゃないと片手では押せないし。最近よく出回っているマクラーレン社製のバギーは2本持ち手で、私がかなり以前からチェック入れていたのだけど、タイヤが小さいし持ち手の位置が低く、本体が軽いから片手では押しにくい点で諦めていました・・・シンプル設計で色もデザインもカッコイイし、「ワタハン」でジジさんがNYで買ってるし?(爆)

しかし、hikaru号はそういった点でも最大限に悩みを解消してくれた(太タイヤが2本×4か所だし、持ち手の位置が高いし、本体が華奢過ぎないから片手でも押せる!)ので、購入に踏み切ったのです。
「横バーじゃなくなった=市販のフックを掛けて荷物を運べるってことは無理」になったけれど、bianの時には横バーに便利フックを装着していて、買い物した荷物を掛けている時に「ついbianを先に降ろすと、転倒☆」を何回やったっけ?というくらい倒していました(学習能力低いのかしら?^_^;)。 ですがhikaru号は2本持ち手にはなったけれど座席下の荷物入れネットが大きくて、フックの必要自体が無いところが更にお気に入りなワケです。

あと、バギーがたくさんあるところでも見間違うことが無いくらい珍しいバギーだと、預けた時にパッと見つけられて便利です(hikaru号はたくさん並んでいても持ち手がゲンコツ1個分くらい飛び出してて、バギー居並ぶTDLでもスグ判る♪)。
珍しいといってもジョガーはデカくてスーパーのレジが通れない!と聞くし、チャイルドシートなどと併用の3way仕様で各種装備が重厚だったり、ブレーキが付いて安全面を重視してたり、熱いアスファルトから離すために座面が高かったり(最近オフィス椅子みたいな構造のを見かける・・・絶対畳めないよな~って感じ☆)すると、また難点も色々あるし・・・。
双子や年子でも「B型は双子用だね!」とか・・・双子用にも縦に並ぶか横に並ぶかでレジやEVの利便性がまた違うし~!(^_^;)

やっぱり親が重視するのは何か?が決まっていないと、たくさんある中から選べないしいつまでも買えないですよね★3歳くらいまでは何かと重宝するバギーなので、よく考えてお気に入りの一台を選んで、長く愛用してもらいたいです♪我が家も「bian・A型→bian・B型→hikaru・A型→hikaru・B型→tama・A型」と5台使ってみて絞り込まれてきたニーズがあるので、よもや6代目を買うハメになったら更に吟味された究極の一台が選び抜かれることと思います。(笑)

2006年 8月 26日

雰囲気を察知する能力

投稿者 by namep at 02:26 / カテゴリ: / 53 コメント / 0 TrackBack

bianとhikaruを見ているだけでも個性や持って生まれた性質というものは面白いなぁと感じる日々ですが、最近顕著に「bianのマイペース」と「hikaruのマイペース」というのは本質的に違うんだなと痛感しています。

bianはとても働き者でお役立ちな基本的に気の利く女だと思っていますが、たまに「は?」という位に自分中心で配慮に欠ける行動を取り、私たちを笑わせてくれます。彼女の動機はいつも「ご褒美目当て」で、自分だけがとても褒められるか、自分だけが良いご褒美がもらえるか、誰かがとても喜んでくれるのであれば頑張る!といった理由ではあっても、周囲を驚かせる素晴らしい配慮で色々と己の責任を果たしてくれます。先日も単身高松に渡り、Vul母の梅干作りを手伝ってきてくれた頼もしい娘であります。

しかし色々と、ある意味で喜ばしく、ある意味では悩ましい能力です・・・(>_<)
ご褒美をくれるかどうか、もらえるとしたら何かを先に口頭で確認してたり、いきなり聞きにくい状況でもくれる人じゃないかなと察知すると妙に親切だったり良い子だったりしてね・・・(^_^;)別に大人の顔色を伺うワケじゃないし常にそういう状態ってワケでもないけれど。
1日に3回くらい、「で?ご褒美には何をくれるの?」と聞かれたり、「ちぇーっ、なんか良いご褒美が出ると思ったから頑張ったのにな~ぁ」などと言われると、「なんじゃそりゃ?!」と思わされたりするワケです(褒美で釣って育ててしまったのは私なんだが・・・苦笑)。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

近い記憶に頼るなら、Vul両親が乗せてくれる車の後部座席に、bianとhikaruとtamaっちを抱っこした私が乗る時。
一番にbianが乗って大好きな真ん中(少々危ないが前方も見れて楽しいから好きらしい)に座ってくれると、左からhikaru、右から私&tamaが乗り込め、もっともスムーズでとても助かります。

そんな夏休みの、ある時。

bianが少々出遅れてしまい、hikaruが左から乗ってスグ左端に座ったものの、右に詰めた方が良さそうだと自ら判断して黙って一番右に詰め、更に「かーちゃんは?こっちから乗るの?」と右のドアを指差したので「そだよ~」と私が答えると、もう一度移動して真ん中に詰めてくれました。「おおっ、素晴らしい気遣いをありがとう♪さすがhikaru君だね!」と言いながら、後から来たbianを左から乗せてドアを閉めてから、私は右側ドアに回ると・・・bianが真ん中を奪い、hikaruを左端の足部に落として泣かせていました・・・(T△T)

「・・・hikaru君はとても素晴らしい配慮で真ん中に座ってくれたから、かーちゃん嬉しかったんだけどなぁ。bianはどうして後から来ておいて”bianが真ん中がいいのーっ!”という理由だけで、hikaru君を突き落として泣かせてまで真ん中に座るの?ね、自分が楽しければhikaru君が泣いててもかーちゃんが悲しくても平気?」と聞くと、「平気。だってここはbianの席なんだもん!」と怒った顔で反論。
最近この逆切れには慣れてきたと言えるくらいbianはドキンちゃんだから、またか・・・と思いながら、「そっかぁ、平気かぁ・・・かーちゃんは悲しいよ。それでも真ん中はbianの席か・・・じゃぁhikaru君は?あの足のところが席か?」と言うと「違~う☆」と高笑い。・・・いや笑うトコじゃないだろぉ・・・助けもしないし!またもや女王様状態?!(@_@;)

仕方ないので、どいてもくれないbian越しに激泣きhikaru君を、tamaっち抱っこ状態のまま右端から苦労して助け出し、ズビズビのhikaru君を慰めてやりながら、「hikaru君は2番に乗る方がいいかもね・・・」と提案。いつも2番に甘んじてしまうのもどうかとは思うが・・・(=_=;)
1番と勝ちが大好きなbianに比べれば、hikaruは2番でも負けでも割と平気な男なので「うん、俺、ねーちゃんの乗った後に乗る・・・」と体で学習しておられました(苦笑)。

bianはさらに、Vul母も後部座席に乗らないとみんなで移動できないし、今は左からしか乗れない!というような時も、一番に乗り込んで平然と真ん中に座り、吉村母が「bianちゃん、かーちゃんが乗れないから詰めてくれる?」と言うと「えーっ?bian真ん中がいいのに~」とブーイングしてたり「ゴンメールがこっちから乗ればいいのに~」と右を指差して反論してたりします★(@△@;;)
車に慣れてないとは言え、困ってる人が居ることに自分では全く気付かないし、困ってる人が居るよ~と言われても自分都合で逆切れ?!(;_;) Vul母が「はいはい~ごめんね~」と受け流してくれる心の広い人であなたも私も幸せですよ・・・(NameP母なら逆切れに対抗して更に逆切れの応酬劇が始まるトコよっ?!)

ところで。

hikaruは上の話でも判るように、誰かが困ってる雰囲気を察知すると、サッと周りを見渡し自分がどうすればより多くの人間が幸せで喜ぶかと、本能的に捉え自分が動くようなタイプで、3歳前にしてすごい性質だと脱帽します。大切なお菓子を自ずとみんなに分けてあげてたり、お友達が遊びに来て大事なおもちゃを占有されても、あまり怒ったり奪い返したりもしなくて、「優しいという言葉だけでは表現しきれない!」と感心するくらいに素晴らしい配慮をしてくれる男です。
しかも、その実績(配慮)に対する成果(ご褒美)を厚かましく求めもしません。喜んだ私から与えられれば素直に「ありがとう」と受け取るところも美しい!(*^_^*)

しかし。
そんな協調性の塊みたいに見える温和なhikaru君も、たまーに、「どうしてhikaru君は一緒にやらんの?」という時があります。

以前tamaっちが生後100日もいってない頃に、突然カラオケボックスに行った際、hikaru君は見慣れない場所や異常な空間(歌うための特殊な機材や照明や座席配置など?)に緊張したのか、1時間近く親とbianが楽しく歌ってる最中ずっと、「俺に触れるな!」状態で座ったまま動かず、しかし寝るでもなく・・・心配した親は「hikaru君は歌わんの?」「ジュース飲むかい?」と聞いたりしても、その手を振り解き眼光鋭くカラオケ画面を見てたりして・・・(殺気立っててちょっと怖かった★)

私が思うに多分、「この状況で俺はどうすればいいのか?」と肌で感じる特殊な空気を敏感に吸収し、普段のhikaru君(ひょうきんキャラで楽天家を形にしたような、役には立たんが敵が1人も居ない男)とは全く別人のようになっていたのです・・・「考えろ、考えろ」と言いながらテロ組織との死闘を繰り返す「ダイ・ハード」のブルースウィリスが1人で張り詰めた空気を漂わせるような男に大変身?(ココはただのカラオケボックスだっちゅーの!爆)

そして、夏休みも久々に変身してました。(・_・)

Vul両親やVul妹夫妻&男2人のイトコと共に高原のおしゃれなレストランで食事を楽しんだ後、子供等の腹ごなしに広場のスプリンクラーに駆け込んで遊んでいた時。

最初にbianと、同年齢のG君が「ウキャーッ」と叫びながら躊躇せずシャワーに飛び込み、「上だけでも脱げば」と言われてダッシュで脱ぐと上半身裸で行ったり来たり。後先考えない子供らしい楽しみ方で速攻のずぶ濡れ状態。続いてG君の弟が「S君もーっ!」と2歳4ヶ月なのに負けず嫌いな性格のS君が踊りこんで3人で楽しくビシャビシャになっていました。めっちゃ楽しそう!と親は各自ビデオやカメラを出して撮影を始め・・・「あれ?hikaru君は?」とふと見ると・・・。

10mくらい離れたところに、ブルースが!(爆)

広場に出てみんな草履や靴を脱いで楽しく裸足で駆け回っていたのが、スプリンクラー突入遊びに変化していったのですが、彼はその展開についていけなかったようで・・・hikaruからブルースへ変身したようです・・・(-_-;)

厳しい顔つきで(しかし2歳児なので指をくわえながら)ジーッと見ているので、「hikaru君は?一緒にシャツ脱いで飛び込む?」とVulが近づくと、もちろんビシッと手を払い語気強く「いやだーっ!」とだけ言うと、ただ立ち尽くす・・・(それでVulはhikaruの状態を察知し、しばらく退散・・・何度か体験したのでほっとく他無いことを知ってる)
Vul妹夫婦やVul両親もそれぞれ違うタイミングで「hikaru君は?一緒に入らないの?」と優しく声を掛けてくれるのに、耳が潰れたように無視★(苦笑)

10分ほどただ眺めているけど・・・私も毎分間隔でチラッと確認していたら、ちょっと手足が動き出したから(虫の観察か?)そろそろ動くかな~と思った頃に、程よくVulが「hikaru君も一緒にいこっか」と誘うと、ようやく「ん。」と答えてくれた♪Vulが犠牲になって手を繋げばやっと水に飛び込むような入り方から参加し・・・上半身裸になって一緒に叫びながら走り回るまでには、3人が遊び始めた時から20分は経過していました!って感じです。もう3人は疲れきってずぶ濡れで、遊ぶこと自体が終わっちゃうよ~ノリが悪くて旬を逃す男っていうのか・・・(^o^;)

DSCF4389.JPG


bianやhikaruの「雰囲気を察知する能力」というのは、上記のようにそれぞれ違った周波数を持っていて、それが個性でもあり気性でもあり・・・まぁ特性というべきかな?同じ親から出てきても、育った環境が似ていても、やはり違う人間が育っていくんだな~ぁ、と考えると、bianやhikaruやtamaの将来がとても楽しみです。

ま、hikaruのキャラじゃぁ、私好みの「ブルース・ウィリスのような渋い中年」には、かなり高い確率でならん気がするけど?ものすごい頑張って「頭デッカチなルパン3世」か?(小尻だしね♪)

2006年 8月 25日

生後最大級の笑い!

投稿者 by namep at 01:30 / カテゴリ: / 30 コメント / 0 TrackBack

tamaっちは生まれて8ヶ月と20日ほど経過しましたが、今日は初めて自分で「掴まり立ち上がり(?)」をしちゃいました。
つい先月までは寝返りもロクにしないくらいナヨナヨしてたのがウソのように、この1ヶ月で急激に、寝返る!ズリ這う!ほぼ1人で座る!ガッシと掴まり立つ!ブブブ~と喋る!ゲラゲラ笑う!と逞しく成長しておりました。
そして今日、初めて座った態勢から掴まり立ちへ移行したのです。

洗濯籠の中で・・・・・・(-_-;)

DSCF4404.JPG

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

実はこの3日ほど、洗濯物を入れるカゴで座る練習をさせながら、私が風呂場で洗濯を干している足元で洗濯バサミで遊ばせていたのですが、毎日大人し~く座っていて、飽きるまで1時間くらいはご機嫌でした。

ところが。

今日はbianとhikaruがtamaっちが入っているカゴを見つけると喜んで「ガタンゴト~ン!tamaっち電車でーす」と言いながらリビングに押していってしまいました。が、「ま・・・泣かないなら、いっか☆」と寂しく1人で干してました。そして洗濯物を風呂場からベランダに運んだ際に見たら、窓際に運ばれてご機嫌で1人で遊んでいるので、「もうしばらく大丈夫か」と思い、自分の顔を洗ってコンタクトを入れていました。

洗顔の途中からtamaっちが「ぶーわっ!ぶぶぶぶーわっ!」と喋りだしました。「あ~飽きてきたかな~」と思いつつ、「あ~い、今行くよ~」と応えて洗面所から出たら、3mほど離れた場所でカゴのフチに掴まって絶妙な姿勢で立ってるーっ!!!(@_@;)
私は思わず立ちすくみ、「見て!tamaっちが立ってるよ!」と子等に叫ぶと、私の近くに居たbianとhikaruもサッとtamaっちを振り返り、「ホントだーっ!!立ってる!」と感動し・・・・・・た瞬間、tamaっちは見事に顔面から床に激突する形で大転倒★
そーねー、洗濯籠で立ったら倒れるよねーっ!(>_<)

もちろん、下の歯で上の歯茎を刺して出血!号泣しながら流血した口を見せてくれてるtamaっちに「ごめんね~!!間に合わなかったよーっ!しかし自分で立っちゃうとは思わなかった!ごめんね~見てるだけで・・・」と平謝りしつつも、私は頭にフラッシュバックする「倒れる瞬間」の面白さに半分吹き出してました・・・(すまん!)

後で思えば「ぶぶぶーわっ」と呼んでいたのですね・・・「えーっと、あたし、立っちゃったんだけど・・・で、どーすりゃえーのんかなー?かーちゃーん!助けてーっ!」とね・・・・・・(=_=;)

余談ですが、今日はかなりtamaっちデイでした。

朝。
寝起きでミルク飲んで20分後くらいに「もう大丈夫かな」と思ったので、私が布団に仰向けでtamaっちと対面して「うぇ~い!」と腕の体操を兼ねて持ち上げて遊んでいたら、見事にtamaっちの一口ミルクゲロが私の口に飛び込んできて、そりゃぁもう・・・大笑い!!

昼。
洗濯籠で「初の掴まり立ち→転倒→初出血」でしょ?(再び思い出し笑い・・・プププ☆)

夕方。
子等が映画見てる間にソファの背もたれに掴まり立ちさせてたら、私の横振り顔を見てゲラゲラ笑いながら(←tamaっちがゲラゲラ笑うこともまだ珍しい)微妙に横に進んでいたので、「初・伝い歩きデイ」でもあったのかも?

夜。
おかゆに今日買ってきた離乳食チャーハンの素を混ぜて大さじ3杯くらい食べた後、横で食べてる子等のシューストリング(揚げたじゃが芋)を「よこせーっ!」と喚き、子等が喜んで与えてしまったので短いの4本ほど食べちゃった・・・(+_+)と、思いきや。「はいごちそーさま!」と食事椅子から抱っこしたらボロボロと4本とも出てきたから「お尻の下に隠して夜食にするつもりだったの?!」と3人で大笑い。
よく手掴み食べでパンや赤ちゃんせんべいを座席まで落とすけど、全部出てきたのは初めてでしたね!(笑)

まぁ今までも、食事椅子からウンコ垂れ流してたり、食べながらウトウト寝てたり、フローリングの跡を額に残しながら行き倒れの旅人のように寝てたり、壁の曲がり角で頭突きの訓練みたいに額をブツけ続けてカサブタが出来てたりと、tamaっちは色々とオモロイことやってくれる人ですが、今日の洗濯カゴはかなり印象的で彼女の生後最大級に笑わせてもらいました。


(これからは今まで控えていた子等の顔写真を載せながら、楽しく子供の成長振りをお伝えしていく予定です!お楽しみに~♪)

2006年 8月 07日

大変ご無沙汰しておりました★

投稿者 by namep at 18:14 / カテゴリ: / 72 コメント / 0 TrackBack

tamaっちの出産を機にすっかりブログの更新から遠のいた生活を送っていました。日々「あぁ、ブログのお客様(?)が去ってしまう~」と思いつつ、夜の授乳、昼間の幼稚園中心生活、夜まで続く子等の食事と本読みと遊び、新居の片付け・・・と色々とやることが山積みで、ブログの更新は後回しでした!あぁ、ようやくPCが触れるトコロまで戻ってこれた~という状態。でもメールチェックすら月に2回出来るかどうかです!(T△T)

そんなことを言っていたら「うちの三姉妹」の「ぷりっつ」さんはすごい時間配分で暮らしているんだなぁと感心するばかり。もちろん「きっこのブログ」の「きっこ」さんもね!(めっきり読む暇は無くなってしまったけれど・・・)

これからはちょくちょく夜に時間を取って、三人子育ての私の日々をお知らせしていくつもりです。
「やはり2人と3人はここが違う!」「離乳食もこんなにこだわらなくなってきちゃった!」みたいなネタでいっとく?(聞くなって?苦笑)

とりあえず、tamaっち(←すっかり第3子のブログ名と成り果ててしまった☆)が断乳したお知らせから・・・(復帰第一報にしては暗い話だった?^_^;)
私が左足かかとに出来た些細な水ぶくれをほっといたら、潰れて、そのまま子等と公園で3時間半野球したり、2時間かけて6kmの道のりを散歩してきたりしてたら、見事に化膿しました。でも1週間くらいほっといて周りの人間から「それ、やばいって!」と言われてしぶしぶ皮膚科に行きました。
もう先生、一目見て「こりゃぁ二次感染だよ。抗生剤だからね、授乳はしばらくストップしてください」とアッサリ★そう言われると思ってたから行きたくなかったんだよ~!(=ε=;)

しかしそのままほっておくと足全体が化膿して歩けなくなって入院かも!という話を聞いて「大人しく断乳しまーす」と諦めました。ちょうど里帰り中に突発もやってたし、近頃は激しく乳首噛まれまくりで痛かったし、「もうやめちゃうか」と割とアッサリ止めちゃうことにしました。

tamaっちは3220gで生まれたんだけど、BCGを受ける4ヶ月半くらいでやっと6kg弱。そして満7ヶ月を迎えた断乳時に未だ6.5kg・・・(汗)ミルクを買ってみたらフタには「8ヶ月児の標準体重は8kg、ミルクは200ccを5回と離乳食を2回」みたいなことが!!tamaっちは多分母乳も100ccを4回くらいで離乳食も1回食べるかどうかだぞ?!(滝汗)

さて、ミルクにするので初めてのマグマグ。ストローはまだ練習していなかったので、シリコンゴムの乳首で初の粉ミルク。飲むかなぁ?ドキドキ。bianも「やりたいやりたい!」と参加するし、hikaruも「飲むの?ミルクなの?」と傍で興味津々☆

Namep 「は~い、tamaっち、初めてのミルクだよ~」
tama 「ぶぶぶぶぶぶ~わっ!」(激しくのけぞる&首を横に振る&首を横に振る)
Namep 「あ~ぁ・・・やっぱダメか~★bianもダメダメだったんだよね~(‘o‘)」
bian 「へ~そなんだ。hikaru君は?飲んだっけ?」
Namep 「飲んだよ!お代わりー!って感じで。しかも君が飲ませてくれたじゃん!」
hikaru 「俺、お代わりって言った?ゴクゴク飲んでたの?」
Namep 「そだよ、hikaru君は乳が足りなくて夜にいっぱい泣いたからミルクをあげたんだよ」
bian 「bianは?ミルク嫌がってたけど乳は飲んでたの?」
Namep 「飲んでたねぇ。大好きだったよ。でもミルクは嫌がって1歳半くらいまで牛乳も飲まなかった」
bian 「今は飲むよ。hikaru君はじゃぁグビグビ飲んでたんだね。だからデカかったの?」
Namep 「ははは、そだね。でもhikaru君は生まれたときからデカかったからね!(笑)tamaっち~」
tama 「ぶぶぶぶぶ~わっ!」(激しく抵抗)

まぁこんな感じで。(-_-;)

子供達は残り物が頂けるということで群がるし(残したミルクは奪い合いで完飲です)、tamaっちは3日間ハンガーストライキのように飲まないし(1日200cc飲んだかどうかで頑張った)、私の乳はカンカンになるから保冷剤を差し込んで断食だし・・・(飲み食いすると溜まっちゃうからね~^_^;)
さらにはhikaruの鼻づまりが苦しそうだからと、皮膚科に続いて耳鼻科にhikaruを連れて行くと「多分ハウスダストアレルギーじゃない?」と言われて「半年間毎日布団掃除の刑」が課されました★(>_<;)

ドタバタと過ぎてきた産後の半年間が、夏休みに入って更に凝縮されてしまったような1週間・・・病院通いはほとんどしたことなかっただけに、無駄に体力使ってるみたいでガックリ疲れました・・・・・・普段からアレルギーや喘息やアトピーで通院してる人ってスゴイなぁ!私は皮膚科と耳鼻科に1~2回行って薬局に並んだだけでヘロヘロ☆(+_+)

あ。

暑中見舞いを作っている間に作っていたけど、気が付いた子供らが押し寄せてきたのでタイムアウト!(爆)
また隙を見て更新しますので、これからも宜しくお願いします!(^o^)

2005年 12月 30日

自宅出産に向けて・・・(9) 前駆陣痛でした★

投稿者 by namep at 22:48 / カテゴリ: / 81 コメント / 0 TrackBack

12月29日の早朝、4時ごろにお腹がシクシクと痛んだので目が覚めました。実は2時半くらいまで「きっこのブログ」を読みふけっていて(笑)、ほとんど寝てないような状態だったのに・・・と不審に思いつつ「ウンコかな~」とトイレに行ったらドサッと出た!そして同時にガタガタと全身が震えだして止まらなくなりました。

ここのところ「もうすぐタマちゃんが出てくるのかな~」と考えていたら、やはり初めての自宅出産に不安を感じている部分が反応するのか、少し吐き気を覚えるような震えるような感覚(緊張感かな?めったに緊張しないから忘れたー!笑)を感じていたのですが・・・この4時のウンコには「これはいよいよか?!」という感じがして、武者震いのようなガクガクという激しい震えを自分で制御するのに必死でした。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

bianの時もhikaruの時も、お腹がシクシク痛み出したらウンコがドサドサと出て、自然浣腸!という位に腸内がスッキリしてから子宮もスッキリ☆みたいな流れだったので、「シクシク→ウンコ=いよいよ」と思ってしまうのです。しかし激痛がドーンと来たーっという流れには至らず、とりあえず眠いので寝たら次は6時にまたシクシクと痛んでウンコが出ました。その後寒いから布団に戻って時計を見ていたら10分間隔でシクシクが続くので6時半に覚悟を決めて起き上がり、本日が年内最終出勤日だったVulに「お腹イタイのよ。会社休める?」と言いながら声を掛けたら、即答で「休む。メール入れとくわ」と言ってもらえて嬉しかったです♪(^-^)

リビングで寝ていた母にも声を掛けようと思ったらガバシと布団を跳ねのけて「きた?」と言われたので「(ビックリ)・・・うん、さっきから10分間隔だから助産師Tさんを呼ぼうかと思って・・・」と電話を取り、Tさんに話すと「じゃぁとりあえず行きます」という返事。子等はまだ寝ていたので大人3人で顔を洗ったり服を着替えたりして、7時過ぎまでドタバタと身支度やタマちゃん出迎え(?)の最終準備をしていたらTさん登場。


近くに住んでて車で駆けつけられる助産師さんが居てくれてラッキーだなーと感心しながら状況を説明するとテキパキと準備を進めつつ、私やタマちゃんの様子を見てくれる。4人で軽く朝食を食べてたらbianやhikaruも起きてきて、「また9時半にウンコ出たよ~体空っぽだ~」などと言いながら喋っている内に10時になってしまった。

「なんかもっと展開早いと思ったのになぁ」「さっきから痛み自体が引いてるかも」「ウロウロしてみると少し痛い時もあるしね~」と言って、Tさんとサブの助産師Kさんを呼ぶかどうか相談。痛みの感覚は弱いけど5分間隔で来るから呼んでみようということで、隣市在住のKさんを呼ぶことになりました。

サブのKさんはVulも母も初対面だったので、到着後は少しお話したり私の様子を伺ったりしていたけれど、「なんだかスッカリ落ち着いてしまったかも」と言いつつも、せっかくVulには休んでもらったし助産師さん2人も揃ったし、やる気満々になってる母もスタンバってるし(←別に出産は手伝わないけど)で、今更「今日は無いのかも」と言うことも出来ない雰囲気に、1人で少し困ったなぁと思っていました。(苦笑)

「今日の夕方には産みたいんだけどな~なかなか進まないね~」と踏み台昇降をしながら喋っていたら、助産師さん2人はにこやかに「まぁ焦って出す(産む)ものでもないしね」「タマちゃんも今はやめとくか~って思ったのかもよ?」「潮の満ち引き時間から見ても、7時から1回引いてまた15時前までに満ちたけどあんまり進まなかったから今晩も大丈夫よ、きっと」「こうやって呼び出されてまた帰ってで、結局本番は3日後だった!ってこともあったから、気にしないで~」などと言ってくれ、「またスグ呼び出されても平気だからね」と言って一旦帰る事になりました。

私は「いよいよきたぜぃ!」と親類や友達20人くらいに携帯メールを打っていたし、「やっと産まれるわね!」と喜んでいた母も傍に居るし、早く起こして休ませてしまったVulも子等と遊んでくれつつ既に眠そうだったし、残念というか本当に騒がせちゃっただけで申し訳ない!という思いばかりでした。しかし悔やむことでもないし自分でどうこう出来るモノでもないので、「どうせ陣痛が来たなら産みたかった・・・けど、ココは諦めるしかないか!」と潔く思い、「私も3時間位しか寝てないしね!寝ろってことかな★」と前向きに考え直し、「こうなったら思い切って昼寝でもしますか」と提案したら、hikaruは既に昼寝してたし、大人が「そうだね」と大賛成状態となり、西日の温かく差し込むリビングで昼寝タイム突入~!と相成ったわけです。(笑) 
(ちなみにbianは朝から妙に張り切っていたので1人で遊んで待っていました!1時間くらいゴソゴソと大人しく遊んでくれて助かったよ~^o^)


夜には「どうなったの?!」と何名かから携帯メールが来たり母の電話が鳴ったりして「前駆だったから今日は出てこなかったわ~」と謝ったり(?)しつつ、「落ち着いて食べられるウチに鴨鍋食べたいよね」と生協で届きたての鴨肉を食すことにし、私と母でリンコス(近所のスーパー)へ向かってネギや白菜やうどんを歩いて買いに行きました。その道中も、「動いて早く出そう」とか「どんどん食べて押し出すしかないわね」とかいう、それまでも毎日続いていた母から受ける「早く産んでくれないと困るわ攻撃」に、また黙って耐えるだけの日々が今日も続いているというワケです・・・(爆)

2005年 12月 23日

自宅出産・・・(8)実家の母がやってきた★

投稿者 by namep at 01:42 / カテゴリ: / 24 コメント / 0 TrackBack

予定日が近づいてきたのでNamePの母が神戸からやってきました。臨月になると頻繁になる産院での検診や入退院が無いため、とりあえずは「ばぁば」として孫と遊んで子等の生活パターンや遊びの好みなどをつかんでもらい、あとは「母」として私に替われるくらいに家の中のモノの場所や暮らし方などを把握してもらうことが先決かな、と考えて2日ほどを過ごしています。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

普段は4人家族で大人が2人なのが、大人3人になるだけで私が「体力的に楽」なのがまず嬉しい♪ご飯を作るのも軽く打ち合わせれば「そうね、そんな感じで」で済むし、作ったり片付けたりが半分こできるのが助かる~!今はまだ「砂糖はどこ?」とか「料理酒は使わないの?!」とか言われているけど、それが私達の平常の暮らしなんだということを少しずつ判ってもらって出来るだけ合わせてもらえたらなぁと考えています。

あとは風呂に1人か2人を入れてもらえるのも助かるし、私がちょっと電話に出たり外に出たりする間にも、大人の目がありトイレ要求にも応えてもらえる人がいるというだけでも助かる~!トイレや着替えや片付けや歯磨きなどのbianが1人で出来ることでも、hikaruがしない分私がやらなきゃだめか~という作業(?)が大人3人で分担できるというのも、動きづらいニンプーとしては「楽になる要素」。掃除や洗濯や料理などは大人がチャチャッとやっちゃえば済む動きでも、子供の世話は「待て~」と追いかけたり「お願いだからこっち来て」と頼んだり「一緒にやろうよ」と誘ったり・・・と手間がかかるものなので、Vulを含めて大人3人で子供2人分をやればイイという方式はかなり負担減であります★(^-^)

もちろんタマちゃん(未だ仮名)が出てきたら大人2:子供3になる(私はあまり動けない=大人が減る)から、動ける大人がほんの短い期間だけ大変だろうけど・・・まぁそれも一過性のものなので(ちゅーか、そのためにこそ母が来ているのだし~)、「多分なんとかなるんだろう」と構えています。


ここで少し関係ないけど、出産後に3月末入居予定の新居の内覧会が控えている点がネックなことをお伝えします。内覧会は予定では1月初旬だったんだけど、どうやら遅れている気配。(←年末のこの時期に何の連絡も無い辺りで予測するしかない状態) 
私達としては、「産後(もしかしたら直後)の私の体を引きずって長時間のチェック作業をするのは辛いかな~ヘタしたら私は無理かな~」と心配していたんだけど、遅れてくれて(?)いるのなら「ちょっと助かるかも」と思っています。産後1週間なのか3週間なのかというだけでかなり体力の回復具合や体調も違うだろうから、希望としては1月末くらいになってくれると嬉しい♪(その分入居も遅れるのかもしれないけれど・・・^_^;)

ところで更に話がそれるけど(笑)、内覧会などの話も絡むので昼間に母と新居の話をちょくちょくするのだが、私が選択オプションで選んだり有償で頼んだりした内容を伝えると、「ま~!風呂場が黒い壁?!一番汚れが目立つ色にした訳ね~」(白パネルが一番目立たないと信じている目で)とか、「キッチンカウンターが面一なの?高さのあるカウンターで手元を隠したほうが水が跳ねなくてイイってのに・・・」(馬鹿ね~って感じで)とか、「ここは引き戸に出来ないって言われたんだ・・・一番引き戸にすべき場所なのに、やっぱりマンションは融通が利かないのね~」(一戸建てじゃないと買う意味無いねという口調で)とか、言いたい放題に言ってもしょうがないことを言い続けるのに、Vulが帰宅して図面などを見ていると「新居に引っ越すの、楽しみね♪」とニコヤカ~に言う辺りが「・・・コワイなー」と思えて仕方ない。(苦笑)

まぁ大体が「埋立地」に建つ「マンション」の「高層階」という私達が選んで買ったもの全てにおいて、「価値観が違いすぎるわ」という感じで非難ゴウゴウ文句タラタラだった人なので(別に金を出している訳でもないのにね!笑)、きっと何を言っても「いつか絶対後悔するわよ!」というような言い方しかされないことは判っていて新居の話を振る私も悪いんだろうけど・・・・・・(^_^;)
自分達が一生懸命考えて選んだ新居への入居を楽しみにしている時期の私達に対して、「世間ではアネハ系マンションとか言ってるけど大丈夫なのかしらね」「地震が来た時に子供抱えて階段降りるのは誰?水を担いで階段上がるのは誰?」みたいな不安要素ばかりを並べ立てて、「自分達の愚かさを知る時が必ず来るからね」みたいな脅しが潜んでいる言葉をひたすらかけられることが、少し、苦痛だなぁ。(苦笑)

ということで、話が随分と自宅出産からそれましたことをお詫びします。(汗)


先日の自宅で行われた38週検診では、助産師さんが「もう生まれてもいい大きさと時期まで来てるからねぇ」と言って、お灸を貸してくれたりよもぎ茶を持ってきてくれたりしました。自分で気分的に出産に向けて準備が出来ることはしておこうね~というスタンスで、産前の食事のアドバイスや体を冷やさない努力として出来ること、生む日に備えて出来ること、生んだ直後に使うものチェック、などを1時間半くらいかけてよく話し合えました。
助産師Tさんと私とは、年は一回り違うけど「出来るだけ自然な感じで生きていこうとモノを選んでいる雰囲気(健康を大切にしている感じや好きな物のチョイスなど)」が私と似ているところが多いのかもなぁ、と感じられる人なので、非常に話しやすいし肩肘張らずにお付き合い出来そうで、検診の時間が気分的にとても幸せで楽しみなのです。←コレって産院ではあり得ない話かな、と自宅出産を選べた自分が嬉しくなる瞬間でもあります。

来週の39週検診で初めて母とTさんが対面するので(それまでにタマちゃんが生まれてこなければ?)、Tさんとウマが合ってくれると嬉しいなぁ、と今の私は、やや心配中・・・(汗)
やはり「親子」と一緒で「産婦と助産師」だってまずはお互いの信頼関係が大切なんだし、「この人ならば大丈夫よね」と私が思えたように、母と助産師さんの間でもある程度の「好意的な意思疎通」が出来てもらえないと当日辛いかな~って思う部分が不安材料です★
なんせ母は「社交辞令で付き合う相手に言ってることと、自分の本心がかーなーりー違う」という典型的な人なので・・・(その理解の一助のために先のマンション話を出したという感じ!^_^;)。別に出産の際には助産師さんが2人来てくれて、母が「出産を手伝う」ことは一切無いんだけど、生む日の何時間かと産んでからの数回の訪問時に、トラブルを起こされないといいなぁ、って密かに心配している私なのです。

もちろん母もイイ大人なんだから、わざわざ揉め事を好むわけじゃないだろうけど(苦笑)・・・もしや言葉の端々に不信感を織り込んで喋られたりしたら、助産師さんは不快だろうな~みたいな感じかな?(^_^;)母は一般的な日本人に多い「医者や現代医療や薬を信じているタイプの人」で、私は全くの反対タイプなので、お灸やテルミー(お灸の親戚みたいなモノ)を使ったり、アロマオイルを処方したり痛みをマッサージで乗り切ろうとしたりするであろう助産師さんを見たら、「なんか・・・怪しい儀式みたい」とか思いそうで、怖いわ!(爆)

それを考えると、Vulはその辺の私の価値観にとても寄り添ってくれているんだなぁと実感してしまいます。(^-^) 
多分、かなり、些細~なことなんだけどね。
2人の反応を一度対比してみようかな~(笑)

●「体を冷やさないように~」とTさんが持参してくれたよもぎ茶を出す。

  →Vul・・・「へ~」と言いながら一緒にガブガブ飲んでくれた。

  →母・・・説明したのに「ハーブティー?」と言いながらほとんど口にせず★孫と遊ぶのに夢中で
       飲み忘れた~」みたいな素振りしてたけど・・・この家には普通のお茶は無いの?といった
       無言の圧力を感じたな・・・(それ以降もちろん出してません!もったいない!^_^;)

●「免疫力UPのためには果物や砂糖をあまり採らない方がイイって言われてさ」という私の話に

  →Vul・・・「ふーん、それならしばらく控えたほうがいいかもね」と大人しく付き合ってくれている。

  →母・・・「でも生きるためには、採らなきゃいけない栄養素のバランスもあるわけだしさ」とバッサリ。
       自分が紅茶や納豆や卵焼きに必ず砂糖を入れる「甘党」だから、砂糖抜き調理に不満顔。
       「冬の果物でも本当に体が冷えるわけ?」と眉間に皺。「臨月のあなたは2人分食べる
       必要があるんじゃないの?」といった論を展開したい雰囲気・・・(いや、必要無~い!)
       私が秋冬に夏野菜を食べないことも「あなたはその辺こだわってるからねぇ」とため息。


Vulに関しては「特にその辺で反論出来る知識もこだわりも無いから」と言ってしまえばそれだけなんだろうけど!(爆)

私はただ、「健康的で無駄の少ない生活」を選択したいから、こだわっているという表現よりは「無駄も無理もしないだけだよ」と思っているのですが・・・母は「水をジャブジャブ使う」「洗剤たくさんのアワアワで洗う」「電気を付けまくる」「調味料入れまくる」「とりあえず家事が便利になるモノは買っとく」「思いついた順番で処理する」という感じで・・・(笑)
もうこれは年代的な感覚なのかもしれないけど、「買いたいモノを買いたいだけ買えるのが幸せで贅沢なこと」といった価値観らしく、口では頻繁に「あることに感謝しなきゃ」「もったいな~い」という言葉を出してても、私から見ると「非常に大雑把で無駄が多いモノの使い方」をしています。(それでも彼女なりに我慢して私に合わせてくれてるみたいですが!^_^;)

30過ぎと50過ぎの女同士(しかも親子)で些細なことからいがみ合っても醜いので、お互いに歩み寄れるだけ歩み寄りたいし、なるべくお互いの価値観を容認して~と思っているのですが、出産の度に4週間近く同居すると数回は「なんでそーなんだ!」みたいな事態になります・・・(苦笑)
今回はまだ母が来て2日だから温和に過ごしていますし、今までの里帰り2回と違って「私の生活に母が来ている」から、口も手も出しにくいのは母の方?という関係なので、その辺がまた微妙です☆
産んでからの「家事全般を母が仕切る2週間くらい」が峠かな・・・・・・(遠い目) 

もちろん私も「わざわざ遠方から来てもらって、これだけ手伝ってもらっているんだし、とても有り難いです」という気持ちを忘れず、1月半ばまでの母の滞在を家族みんなの楽しい記憶として残すために、全力で頑張りたいです!(いつの間にか抱負になってる?^_^;;)

2005年 12月 09日

いよいよ近づいてきた★

投稿者 by namep at 01:21 / カテゴリ: / 15 コメント / 0 TrackBack

最近Vulが「自分もお産にかかわらねば」と気が付いてくれて本当に嬉しい!!眠りねずみさんありがとう!!(*^o^*)

私の勝手な感想であって、「多分」だけど、今までの2人の出産の時(=神戸の産婦人科で出産)は、「大変そうだけど、俺には何も出来ないからなぁ、あんまり関係ないや」、もしくは「出産の場に立ち会っていれば俺の役目は果たしている」とでも考えていたのではないかなぁ?という程度の参加で、生まれてから初めて「父親としての俺の働きを見せてやるぜ!」という妙な張り切り具合でした・・・出てくるまではやることないって思ってるんだ~と私は冷静に感じていたような印象が強いです。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

今回は私が自宅出産を望んで、Vulも特に反対せず、周囲の理解も協力も割りと問題なくて、サラリと「じゃ、自宅で産もう」となったわけですが、第三子の妊娠36週目になって初めて「俺もお産から関わらないとなぁ」とVulが気付いてくれたことが本当に嬉しくて、「わ~♪何をやってくれるんだろ~?!何を勉強してるんだろ~?!」とワクワクしています。

30週を過ぎた辺りから少しずつ、重いものを持ってくれたり、食後に洗い物をしてくれたり、週末に掃除をしてくれたり、子供と暴れる遊びを担当してくれたり・・・はしてくれていたんだけど、いよいよ臨月!となると、「ベビーベッドをどこに出すんだ?」とか「準備するものって何?」とかを考えてくれるようになってくれていることだけでも嬉しい・・・私が1人でチャッチャと決めて勝手に済ませてしまってから、「何もしなかったじゃん!」と後でボヤくよりも、準備から2人で考えて決めたんだよーと喜んで進める方が、同じことをするのならよっぽど楽しくて幸せだわ~♪(^_^)


しかし、36週の助産師さんの自宅での検診が終わって、「今日はね~」と話していたら、助産師のTさんがどこに住んでいるのかも記憶してないし、どういう体勢で手伝ってくれるのか?も今まで全く聞いちゃいなかったことが判明して、本当に恐ろしかった・・・(@_@;)
今まで私が話していたこと、なぁ~んにも記憶に留めてなかったんだ~とガックリと体の力が抜けていくのを感じた一瞬でした☆
私の話し方が悪いのかなぁ?もっと会議中みたいに要点をまとめて箇条書きにして、結果から事務的に話せば記憶してくれるのかなぁ?と一晩悩んでグルグルしました・・・(T__T)

だけど、彼自身の記憶力が「本当に必要なときに必要なデータのみをインプットし、必要な時期が終われば忘却の彼方へ」という法則に従っていることは12年付き合ってきて経験上知っているので、「まさに今よ!と伝えれば記憶の引き出しに入るんだし、お産が終われば忘れられても構わないようなことだし・・・気にするな~」と私は自分を慰めて眠ったのでした。(笑)


さて、私のするべきことは?といえば・・・お産パッド(デっカーい生理用ナプキンみたいな、綿)を買っておかなければならないのに、まだ買っていません。あと・・・生理用紙ナプキンの夜用も無いから買わないといけないのに、やっぱり後回しにしています。
新生児に着せる服や紙おむつ・布オムツ等も「あそこに入ってるよ~」というだけで、出して揃えていませんし、もちろん水通しすらするわけもなく・・・(-_-;) 
出産時にだけ必要な「ボロ布・ピクニック用ビニールシート・捨ててもイイようなバスタオル」なども、「あぁ、あれを使えばいいかな~」と思っているだけで、家の中に点在しているままです。
出して揃えておくことに意義があるんだから、「あるから買わなくていい」モノでも「誰でも判るように準備しておくこと」が大事だな~と、先日やっと自覚しました。(やっぱり似たもの夫婦?^_^;)

その自覚の種となったのは助産師Tさんの行動でした。

今週(36週)の検診時にTさんは「出産キット」を我が家に置いて帰りました。へその緒を切る道具やパッドや無菌防水シーツなど・・・大きな旅行用鞄に詰め込んだモノを「じゃ、これ部屋の隅に置いといてね」と置いていかれて、初めて「・・・私、何にもしてないなぁ」と自分で呆れた次第なのです。
その日は「当日私と一緒にサポートに入る、Kさんです」と顔見せを兼ねて同行して頂いたKさんの連絡先や出産時キットも私の家にやってきました。そして更に、「あぁ、もういつ生まれてもおかしくない週数まで来てるんだよね・・・」とジックリ母子手帳を眺めたりしてた私なのです。


「名前は未だ考えていないし、モノの準備もしていない・・・でも心の準備は出来てるよ!」と思っていたけど、その心の準備すら”ボンヤリしたイメージを描いている”程度のものでしかないんだ・・・と、ちょっと自己概念が下がりました。(←やや自信を失くしたという意味です) 

しかし!

凹んでいても何も進まないんだ!と気付いてからは、私は早いです。(笑)

「今週中にパッドをイオンまで買いに行こう!」(以前リサーチした結果、イオンが一番品揃え豊富だったから)と決め、そこから一気に、「週末にはベビーベッドを出して!出産時グッズを家の中から集めて揃えて!新生児用の衣服やシーツを出して水通しして!」と頭の中で動きをイメージし・・・「ベッドにそれら一式を放り込んで、さぁいつでもかかって来やがれ!という意識を新たにして!!」・・・あとは「名前の響きを考えて、図書館に名付け事典を借りに行こう!」と急に決心できました。 

うーん、さすがは常に前向きな私~♪(^-^)←すぐ自信が復活する☆


勝手な予測では12月29日に生まれる気がするけど、20日くらいから「いつでもイイぞー」という心構えで居たいので、10日くらいから準備に取り掛かるのは妥当な動きでしょう、と自ら納得してしまったのでした。

さ、今週末は忙しいぞ~!!p(^_^)q 
でも力仕事はVul任せ~私は指図魔~(笑)
大掃除も毎日時間を作っては徐々に進めているので、私が細々とした作業をしている間は、Vulに掃除もやってもらお~っと!!(^o^)/ 
うん、何だか俄然やる気が出てきたねっ♪

2005年 11月 17日

出来事の報告

投稿者 by namep at 22:42 / カテゴリ: / 23 コメント / 0 TrackBack

子供が「今日あったこと」を、当事者以外に語ることが出来るようになる、ということは素晴らしい会話力を手に入れたと思ってイイと私は感じています。おそらく2000近い単語数を持ち、動詞の時制を一致させ、場面と状況を説明し、そのときに自分が何を感じたのか?までを他人に判らしめる・・・もうヘタしたら大人でも難しいことをやってのけるのですから。(^_^)

最近4歳になったbianは、「今日ね、母ちゃんとイズミヤに行った時にね、小さいバスに乗って行ったんだけど~、運転手さんの腕時計の丸いガラスにね、おひさまの光が反射して天井にチラチラ~って映ってたのがちっちゃいオバケみたいでさ~、bianとhikaruは夢中で目で追いかけてたんだよ!」などとご飯時にVulに話していたりします。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

bianは1歳半からとても口が達者な人なので、今では副詞や擬音語・擬態語、動詞などもほぼ完璧な喋り方をしますが、状況が判っている私が傍で聞いていてVulが判りにくいかな~と思ったところだけ少し補完してあげれば、Vulにも当時の状況が思い描けるだろうというレベルまで説明できます。形容詞の使い方もウマいし、反対語や単語などもとても正確だと思います。(受動態が最後の難関!)


そういう4歳の姉を持つhikaruは、近頃「そのとき俺は何をしたか」ということを同時に話していたりします。例えば「公園で○●ちゃんと遊んだ時に~」とbianが話し始めたら、hikaruは「おれ、三輪車、乗った」「おれ、公園、行った。階段、ゴロンゴロン、落ちた。頭、ゴッチン、した」とか一緒に話しています。もう三者間通話!(笑) しかしbianの言葉をよく聞いているお陰で喋りが上手になってきたhikaruが、bianの話でいつのことか、何の話かがスグ判るというのもスゴイことだと思っています。

ところで、私は平日の昼間にいつもそういう状況で暮らしているので、こっちと話している間にもあっちの話を聞いてる、bianと受け答えしてる途中でもhikaruに相槌を打つ、といったことが可能ですが、Vulは普段慣れていないので片方が無視されてしまうことが多く、「ちょっと聞いてる?!」とbianが怒るor拗ねるか、hikaruが独り言をブツブツ言ってるみたいになってて面白いです。(^-^) 要するに慣れが必要なのですね。


さらに付け加えると、私は怒ったり脅したりしないように気をつけて話しているのですが、語順が入れ違うことが多くて反省することしきりです。「今日は楽しかったね~、○○君と遊んだしさ、△■にも行けたしさ。bianがとっとこ歩いてくれて助かったよ、楽しかった一日をホントありがとう」という語順は、少し入れ違いが多くて、正しい日本語文じゃないな~と言ってから反省するのです。英語的な話し方なのかな・・・結果が先というか、強調したいことは重ねて言うとか?(苦笑) そうすると、bianも私に語順がめちゃくちゃな喋り方をするのです。

そしてVulはよくbianに怒ったり脅したりするのですが、bianもVulに対して甘えたり拗ねたりすると同時に怒ったり脅したりするのです。私にはそんなことしな~いと傍目には思うのですが、「Vulはbianにそうして欲しいから、bianに対して怒ったり脅したりしてるんだろうなぁ」と私は思うから、黙ってみています。
(だって「えー?!」とか言って、うっとおしそうにしてるけどイヤなら「ヤメロ!」とか怒鳴って拒絶しそうなモノを特にはしないから・・・甘えの一部として喜んで受け入れているのかな?と見ることにした~)

言葉は鏡として子供から自分へ返ってくるのですね。bianが今日の出来事を報告している口調も、私がVulに一日の出来事を報告しているときとスゴい似てるかも?!と感じるときがあるので、もう少し美しい日本語で話せるように努力邁進したい所存でございます。(^_^;)

2005年 10月 31日

名づけに関して

投稿者 by namep at 02:53 / カテゴリ: / 107 コメント / 0 TrackBack

子供に名前を付ける時、それは子供の人生に対して、最大限に親という特権を行使している瞬間だ!と私は思います。子自身が改名しない限り、一生涯抱えて生きていく財産となり得るモノ、生まれた瞬間から与えてもらうモノ、が名前です。繰り返し繰り返し呼び続けられて自分という自覚が芽生える頃にはすっかり自分の大切な呼び名として定着している、その「子の名前」を、あなたはどのくらい真剣に考えて付けてあげましたか?

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

近頃は「平成名前」などと呼ばれる、謎の名前が横行していると私は思いますね・・・アトム君とか・・・ピアノちゃんとか・・・・・・(-_-) 呼び方(響き)というのは確かに好みによるのでしょうが、漢字や苗字とのバランスなどを考え、生まれた顔つきを見て、更には姓名判断を調べて参考にして付けているのかなぁ?と一抹の不安を覚えます。犬猫の名前ではないんだし、その子の人生を左右しかねない1つの財産として、親は真剣に悩んで考えて付けるべきだぞ!と、私は心から思います。

姓名判断にも色々あって、流派や画数の数え方などが種々雑多・・・響きを重視したり画数一辺倒だったりと忙しいのですが、最近ではネットで無料・瞬時に判断!みたいなサイトもあり、参考にしたい程度であればサッと調べることが出来て便利な世の中なのですから・・・余りにヒドイ!というような画数を与えてしまわないよう、チラと覗く・・・位は、せめて親の権利を行使する前の義務として、是非ともして欲しいと思います。


ちなみに、私には「セミプロ姓名判断士」の親友が京都に居たため、色々と相談してきました。大学時代の親友なので、正直に画数の悪いところやいいところを述べてくれる上、彼女自身が個人的に感じる、全体的な名前への響きに対するイメージなども聞けるので(←非常に保守派だけに助かるのです♪)、大変助かっています。「理論派の味方」ですね。(笑)

あとは、「実践派の味方」が居てくれて(^_^)、元・幼稚園の先生であるイトコです。今まで担当してきた幼稚園の子供たち(おそらく数百名)の名前を覚えているため、「あ~、その名前でちょーっと難しい子が居たなぁ」とか「その名前の女の子ではシッカリした子が多かったかも?!」などと、彼女の記憶のページから「その名前が持つ性格への影響」を伝えてくれる、心強い存在でした。

後は私の個人的に収集してきた名前に関するデータや記憶が影響を与えます。「親自身が持つその名への主観」ですね。かつての同級生や知り合いなどで「この名前の悪ガキが居たな」とか「マザコンのヒョロイ子だったな」とか・・・(苦笑) 「この名前自体は好きだけど気の強い女の子がいたんだ」とか「なんか地味な感じがするんだよね」とか?(^_^;)

やっぱり「苗字とのバランス(響きや画数や文字数など総合的に)」もあり、呼び名として「響きが好きか?」もあり、更には「他人から見てオカシイと思わないか?」「学校で漢字が読んでもらえるか?」「性別を間違われるんじゃないか?」「妙なあだ名を付けられないか?」など・・・心配する要素もたくさん出てきます。でも、基本は姓名判断でガッチリと締めておけば、そこでわざわざ悪い運勢を選ばない限り、「これで行こう!」と決められるはずです。(^-^)


私たちの場合、bianの名前は呼び名(響き)をVulcanが決めて、漢字を2人で半分ずつ決めました(笑)。私は姓名判断に非常にこだわっていたため、総画数を悪くしたりは絶対にしたくない!とかなり画数重視で、画数から好きな漢字を選んだため、人名として読めるのか?という漢字が無理矢理当てはめられた感があり、「読めない!」と笑われます。でも見た目に、使ってる漢字二つが非常にバランスが良いので「きれいな漢字のバランスで、素敵な名前ね」とよく感心されます。呼び名はいたって普通の名前なのに漢字がユニークで驚かれる、ということが多いですね。(^_^)b

hikaruは妊娠8ヶ月くらいの頃、響きが私の提案で決まりました。漢字は家計図から引っ張って2人で考えたのですが、二つとも人名漢字外であることが出産の直前に判明し(←漢和辞典を見てても、人名に使えるかを調べてないし!>_<)、慌てて使える漢字の中から響きに合わせて選び出した!という当てはめ式でした。(すまん!笑) しかし二つ目の漢字は「それって読めるの?」という感想がbianと一緒で、要するに画数重視なところは2人共一緒なのです。(本当は読めるんだけどね~)


他にも、bianにもhikaruにも、こだわってた点がいくつかあります。

まずは「線対称の漢字」にこだわっています。漢字が線対称だと「物質的に困ることは無い人生が送れる」と聞いたことがあるためです。
それと避けているのは、「一文字」「ひらがな」「”ん”で終わる」「濁点の響き(特に女の子)」。

この話をすると、「俺、一文字だけどダメなんかな?」とか「私、濁点入ってるし・・・ひらがな名前や~ん」とか「”ん”で終わってるのって何かイカンのん?」とか散々言われてしまい、「別にそれで最悪になるわけじゃないんだから気にしないで~(笑)」と言いつつ、私自身は「これらの条件に当てはまる名前は付けない」と心に決めています。(ってVulが2つ当てはまるんだっ!^_^;)

あとはなるべく参考にする程度ですが・・・「月・水・花に関する響きや漢字を使う」「母音のバランスに偏りがある」「イニシャルが家族と一緒になる」「外国の人が呼びにくい」「行き過ぎた親の期待を押し付けるような響きや漢字」なども避けるように心がけています。

これだけ配慮してつけている名前を「気に入らない!なんでこんな名前付けたの?!イヤだから改名してやるーっ!」などと、もしや将来言われたら・・・非常に落ち込むと思います・・・・・・(もう想像しただけで半泣き★)


さて、たっつぁん(=第三子。近頃は女であることが判明したので「タマちゃん」と愛称を変更していますが・・・つい言ってしまう!^_^;)は何にしようか?とそろそろ8ヶ月に入って時間も過ぎたので、さっき漢和辞典を出してきた母なのでした♪

「先に響きを決めて、それに見合う漢字を画数重視で選ぶ」というスタイルは既に我が家の定番になってきているようなので、今回も「これは?どう?」とまずは響きだけでVulと相談中です。生まれるまでに2ヶ月も考えて付けられる名前なんだし・・・やはり子供には素晴らしい財産として、死ぬまで大切にして欲しいですよね!(*^o^*) 

そのためには、やはり「これだけ考え抜いたんだよ!」と成長した子供に物語れるくらいの親のストーリーが必要でしょう!だって、「あなたは3人目だったから、三郎よ」みたいな理由を5秒くらいで述べられたら・・・? 子供として、人間として、やっぱり嬉しくはないでしょう?(^_^;)

2005年 10月 21日

「いいの、いいの」ってどっち?

投稿者 by namep at 02:18 / カテゴリ: / 85 コメント / 0 TrackBack

「○○ちゃんは、そんなことしなくていいのよ」って、あなたの愛するお子さんに対して言ったこと、ありませんか?

「それは、いいのよ~」・・・して良いこと?悪いこと?
「食べなくていいの」「しなくていいの」・・・はどっち?
「押していいの」「そのままでいいの」・・・は?どう聞こえますか?

悪徳業者の勧誘電話に対して「結構です」と答えると「買ってもイイと返事した」と受け取られて、高い商品を送りつけられて代金を請求された!というトラブルが続出した時期がありましたね。ご存知ですか?日本語の「いい」というのは「要らない」と「良い」の二つに取られるので、勘違いの元になります。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

私は子供に「いいの、いいの」と言って危ないモノを取り上げたり、パッと見で危ないことをさせなかったりは、しません。(・_・) 「しても良い」のか「しない方が良い」のか非常に判りにくくなる言葉かけなので、使わないように心がけている言葉、第二位!なのです。
(余談ですが、各種勧誘の電話を断る時は、「要りません」「必要ないです」とキッパリ言いま~す!^_^)

「絶対止めて欲しいこと」=「人に危害を加えること・自分が大怪我をすること」を止める時には、「それはしないで!」「危ないからやめてーっ!」ととにかく恐ろしげな顔と大声で叫びます。

「それはやめたほうがいいんじゃない?」「やめてくれると嬉しいなぁ」「ケガするかもしれないけど・・・構わないなら、どうぞ」と不安げな顔で子ども自身に止めるか続けるかを考えて選ばせる、が、「なるべくやめて欲しいこと」=「やや危ないこと・恐ろしいこと・ケガすること・すっごい汚れること」の止め方です。

対して、「どうぞやってください」という喜ばしい時にだけ、「それでイイんじゃない?」「かーちゃんはイイと思うよ」「多分大丈夫じゃないかなぁ?よっぽど運が悪いと落ちて頭とかブツけるかもしれないけど・・・痛いのはかーちゃんじゃないからbianがそれでイイならイイんじゃない?(ニヤリ)」「イイね~、そうしてくれるとすっごい嬉しい!」という風に「いい」という言葉を使います。
「良い」という言葉を発音しにくいから「イイ」になった、という語感ですね。(^-^)


具体的な例えで言うと・・・ドライバーで何かを開けたり、修理してりしてる時。
子供はドライバーセットを持って「一緒にやりたい!」「自分が直す!」とか言ってきます。(ありがち~!笑)

私は「そう?じゃぁ一緒にやってくれる?ドライバーを使うときはね・・・」と一緒に直そうとして手取り足取り教えます。が、何やらうまくいかないし難しい!と知ると、自然と子供の方から「難しくて出来ないから、やっぱりかーちゃんがやって。bianは傍で見とくね!」と引き下がります。「そう?じゃぁ全部やっちゃうね~」と白々しく1人でとっとと仕上げると、双方気分が良く修理が進みます。喋りながら修理して「出来た!直って嬉しいね♪」と喜びを共感できます。

これを「bianはイイから!ドライバーは危ないからそこで見とけばイイよ」と言ったら・・・?
「私にも出来るもん!貸してよーっ!」とムキになられて、ドライバーを振り回されて余計に危なくなりそうですね!
「ダメダメ、これ大事なんだよ、触らない方がイイよ」「だって私もやりたいんだもん!」と取り合いになったりして、険悪な雰囲気の中を「やりたいのにーっ!」と子供だけが泣いて終わった・・・そんなこと、ありませんか?(^_^;)


疎外感。

これって大人でも、好きな人は居ないと思います。「あなたはココに居ないほうがイイ」「あなたはコレをしなくてイイ」「あなたはコレに関わらなくてイイ」と言われて、喜んだり充足感を得たり?・・・まずしないでしょう?(^_^) じゃぁ、子供にも言わない言葉にしておきましょう。同じように嬉しくない言葉なのですから。

本当に子供が危ないから止めて欲しい時は、ハッキリ判る言葉で、そう言えば良いのです。
「これ、火がボーボーで熱いから、すっごい危ないんだよ!ヤケドしちゃうからさ!離れて見てるだけなら危なくないよ!」
「ドライバーって手に刺さると痛いんだよ?ちょっと刺してみる?あとね、この機械の間違った所に当たると、もしかしたら機械が壊れちゃうかもしれないんだよ・・・そうなったら、父ちゃんすっごい困るんだ~」
など、子供が判る範囲の言葉を使い、しかも顔も声も悲しく困った調子にすれば、「そっか、困るし悲しいならやめとこ~」と思ってくれます。

もしくは、危な過ぎないことなら、ちょっとやらせて子供が諦めるまで待つか、それなりに出来るまで根気良く手伝うか、も場合によってはアリですね!だって出来たら万々歳じゃないですか!!(←私の場合は大半がコレですよ♪bianは先日、お裁縫を手伝ってくれました。結果は「針山を縫うな!」と大笑いでしたが★)

どうしても危ないことなのに一緒にやりたがる場合(←私の場合は高い所に身を乗り出しての外側の窓拭き等)、「だって落ちたら骨が折れるかもしれないよ?血がたくさん出るかもしれないんだよ?やってみて死んじゃったらどうする?それがイヤで怖いと思うなら止めて欲しい。かーちゃんは怪我して痛いbianと痛いのを替わってあげられないし、血がたくさん出て死んで欲しくてbianを育ててるんじゃないから・・・お願いだからそこで見てて欲しいんだ!」と真剣に話せば、必ず判ってくれます。半分脅しのようでもありますが、落ちたらそのくらいのケガをすることは子供には予測できないことなので仕方ありません。

その結果、「大丈夫?」と不安げにずっと見守ってくれてたり、「頑張って~」と応援してくれてたりして、頼もしくも「今、かーちゃんは危ないことをしているんだ」という理解まで深めてくれるのです。

どうですか?

ただ単に「やらせてもらえなかった~」と子供にとって不愉快な記憶に終わるのか、「そんなリスクを犯してまで窓を拭いて掃除して・・・かーちゃんってすごーい!」と尊敬してもらえるのか・・・終わったら「お疲れ様!」と言って貰えるのか・・・あなたはどちらを選びますか?

「子供はいいのいいの、あっち行ってなさい」と親の方から疎外しておいて、10年経って成長した子供が「なんにも話してくれないのよ~」と嘆く親・・・なんだかおかしな理論ですよね?子供が小さい内から着実に親という自分を味方として良き理解者として接してくれて、どんどん成長してもずーっとそのままなら・・・・・・こんなに嬉しいことは無いと思いませんか?(^-^)b

子どもに育ててもらうというのは、こういう「超ロングスパンで物事を捉える考え方を身に付けさせてもらえること」ですね~、私にとって。(*^_^*)大人だけで生きていたら、来年のこともロクに考えずに毎日せこせこと働いているだけのような気がします。
ただ1人でも子供が居る!というだけで、来年は幼稚園がどうなるか、3年後は小学校だ、10年したら中学生だ、20年したら結婚するのかも?と夢が膨らみ、そこを着地点とした親子の人生設計を組む必要に駆られます。夢を持つことは人生の生きがいを持つことと同意義だと感じます。

その時にお金がどうとか家がどうとかいう物質的な豊かさを求める計画も大事ですが、私は精神的な豊かさを中心に考えているので、この時期に親子が何歳で~どういう親子関係だと理想だな~とかいう夢を抱いています。生き方として多少現実的ではないのかもしれませんが、人間はソフトな面が一番人生に対して豊かさを作り出すことを知ってしまったので、親子関係を夢見て日々1歳や3歳の子供に対して親権に話して聞いているのです。(^_^)b

2005年 10月 21日

「ちゃんと」って、なに?

投稿者 by namep at 01:25 / カテゴリ: / 102 コメント / 0 TrackBack

最近のbianは「なぜ?なに?ちゃん」です。
まもなく4歳になろうとしているので、人生の内で最も激しく「○○って何?」「△□ってどうして●○になっちゃうの?」という疑問が毎日飽きずに沸いてきます。そして「何でも知ってるはずの親」に素直に聞きます。(色々聞いてくるから面白いぞー!笑)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

hikaruが近頃「謎のhikaru語」を話すので、それを反復しては「それってどういう意味?」とhikaruに聞いています。
「ちった!」「ちった、って何?」「ちった!」「ちった、って何?」と30回以上繰り返していた様には大笑いしてしまったし、子供は繰り返しが好きだな~と心底感心しました。繰り返しに強い内は脳の学習能力が高いそうですよ?(大人はすぐ飽きるし、繰り返すとウルサがる!もうダメなのか~?!T△T)

ところで。

私も普段から割りと「なぜなにちゃん」なのですが(31歳でも?)、先日ミスドで不思議なおかーさんを見かけました。bianより少し小さい女の子に対して、「脅し」と「曖昧な怒り語」でしか声をかけていないのです。聞いていて気分が悪くなったのですが・・・羅列してみます。(=_=)

「ちゃんと座ってなさいって言ってるでしょ?」「ママの言うこと聞けないの?もう何も買ってあげないよ」「もうパパと2人でどっか行っちゃって欲しいわ!」「ほらぁ、靴が落ちたじゃない!だから言ったのに・・・さっさと自分で拾って!」「ちゃんと座って食べてってさっきも言ったでしょ?ママの言うこと聞けないならもうドーナツ買ってあげないよ?!」「また落とした!ちゃんと気をつけて食べてよ!」「もーっ、そっちに行かないで、ちゃんとここに座ってなさいってば!迷惑なのよ、○○ちゃんがウロウロすると!」

・・・・・・はぁ。

思い出すだけで疲れる~!(>_<)


私と同じように2人の子供を連れていて、2人とも年齢は少し下かな?というくらいだから・・・まだ多少手が掛かるのも判りますが、言われている女の子の平気そうな顔を見ると「毎日こんな言葉を繰り返して聞かされているから、もう麻痺してるんだろうなぁ」と一瞬で理解できました。(・_・)

だって私から見ても聞いても、「は?じゃぁどうしろと言うの?黙って座って人形みたいに止まってれば文句ないわけ?」というくらいに、子供のやることとしては本当~に大したことな~いちょっとした行動の、ひとつずつに全部ケチつけて怒鳴って脅してるようにしか見えなかったんです・・・しかもそれを聞き流されてムカついて、更に本人に八つ当たりをしてるだけ、みたいな・・・・・・(-_-;)


私にとっては、まず!子供に使っても通用しない言葉の第一位!は、この「ちゃんとしなさい」です!!

多分、「まっすぐに、じっと座ってて」「大人し~くしてて」「ここでは大声を出さない、静かにして」「ダラダラしてると格好悪いから、キッチリ格好良くして見せて」というような場面で、非常に大雑把な言葉として抽象的に、しかも大半は命令文で使われていると思います。毎回場面が違って求められる姿が違うのに、「ちゃんとしてなさい」と命令されても、今どうすることが「ちゃんと」なのかが、4歳以下の子供には判り難いと考えているので、私は使いません。
だって、「具体的に今どうすればいいのか」を親として「教えて」から「従うことをお願い」することと、「ちゃんとしなさい!」といきなり不明瞭な言葉で頭ごなしに命令されるのとでは、受け取るほうの心境が全然違うと思いませんか?(^_^)


だから、bianもスグ隣に居る子供にチラチラと目をやりながら、「あのおかーさん、ずっと怖い顔して何を言ってるんだろう?」という面持ちで気にしていましたが、あまりに命令と脅しと八つ当たり的な言葉を聴き過ぎて、終いに隣に居るのがイヤになったらしく、「かーちゃん、もう帰ろう・・・」と私に言ってきました。(いつもドーナツ屋から帰ろうなんて言わないくらいに大好きな場所なのに!@_@;)
私もカフェオレのお代わりをもらってゆっくりしたかったところでしたが、あまりに不快なBGM(?)にかなり嫌気が差していたので「・・・そだね」と立ち上がりました。女の子が少し気がかりだったけど、泣きもせず命令を聞きもせず1人でただ楽しそうだったのだけが救いでした・・・(>_<)

その後の自転車で、やはりbianは「さっきのおかーさん、なんかすっごい怖かったね。○○ちゃんはちっとも泣いてなかったけど・・・ちゃんとしなさいってずーっと言ってたね」と私に言ってきました。私も「そだよねー。あのおかーさんが言ってる、”ちゃんとしなさい”ってどういう意味なんだろうね?」と聞くと、「ちゃんとしなさいって言われてもわかんないよ。”ココに座ってドーナツを食べてね”、とか、”ウロウロすると落とすから気をつけてちょーだい”って言えばいいのにね。bianは、なんか・・・あのおかーさんが・・・なんか怖かったなぁ」と少し寂しそうに言っていました。ちょうど私も「もうこのお店には来ないよ!」と絶対ウソの脅しを受け続けていた○○ちゃんが気の毒だったし、おかーさんの個人的な怒りのハケグチになっているだけな彼女がカワイそうな気分だったので、2人して「せっかく美味しいドーナツ食べて幸せ気分だったのにね~」とションボリしてしまいました。


でも、私は嬉しかったのです。

bianが「ちゃんとしなさいって言っても判らないよね」ということを判ってくれていることがハッキリしたから、1人でスグにかなり幸せな気分になりました。もちろんその喜びをbianに話して分かち合い、揃って元気を出しましたよ!(^-^)b

「やっぱり、かーちゃんは”ちゃんとしなさい”って言うのはキライなんだ。それをbianが判ってくれてて、”どうすればいいのかを言えばいいのに”って思ってくれてたのが嬉しかったなぁ」とフィードバックすると、「だってさ、かーちゃんは普通のおかーさんじゃないんでしょ?”ちゃんとしなさい”ってbianにもhikaru君にも言わないもんね!」と元気に返してくれたので、涙が出るほど嬉しかったです。

子供にかける言葉が現実化するのには時間がかかります。大人に取っては長い、「3年」などといった時間がザラにかかるけど、確実にこうして花開く瞬間が来るんだ!と励まされて、私は本当に感動しました。

子供と一緒に、「その”ちゃんと”って、何?」と考える気持ちを持ち続けていけるならば、同じレベルで「なぜ?なに?ちゃん」で居れるのであれば、子供と同じ言葉と目線で物事が捉えられて、楽しい時間が共有して過ごせるのではないかな~、とbianの逞しい成長をかみ締めた、ある1日の出来事でした。

2005年 10月 21日

女だったか!(@o@;)

投稿者 by namep at 00:32 / カテゴリ: / 130 コメント / 0 TrackBack

第三子は女でした。(突然な始まり方~)

今日は久しぶりに産院でエコーを見てやっと判ったのですが・・・前回(24週)は「まだ小さいし・・・でも、もーっしかしたら、女の子かもよ?」という感じだったのが、今日(28週)は決定打でした。「ほら、これが子宮だしね、女の子間違いなしです」と言い切られたので、「うへ~、たっつぁんは女だったか~」とbianと話しながら、帰り道ずっと「呼び名を変えなくちゃ」と盛り上がっていました。(^-^)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

たっつぁんは男だと思って女だった・・・それはhikaruが女だと思って男だった時と同じくらい「意外性」のあるニュースなのです・・・私にとって。私の母の勘なんて当てにならないモノですねー★(笑)

しかし、「女→男」と来て、三人目で「→女」というのは結構珍しいパターンなのではないかと思えます。私の個人的統計では、かなり高い確率で「2人目は、1人目か3人目に性別を引っ張られる」という法則が成り立つので、私の場合「1人目と2人目で性別がチェンジしたし、3人目も男だろ」と思い込んでいたと言えます。もちろんよーく探せば「女→男→女」という姉弟もいるし、逆に「男→女→男」という三人兄妹も見ることは見ます。親兄弟や友達を聞いて探しても、実際に「サンドイッチ兄弟姉妹」は、います。ただ確率が低いのです・・・子供が三人なら、「男だけ!女だけ!」か、「1人目か3人目だけが違う性別」だったのです~(-_-;)

ということで、たっつぁんは急いで呼称を変更したいのです!このままいって「タツコ」なんて、安易でイヤ~ン★(爆)

bianは小さい女の子が好きなので(彼女自身が世話好きだし・・・総じて女の子の方が可愛くて大人しいし?*^_^*)、私が「たっつぁんは女の子だったんだって。bianと一緒で娘なんだよ」と報告すると、結構喜んでいました。以前は「どっちがいい?」と聞くと「うーん。おとーとかな☆」と答えていたのに・・・hikaruが最近暴れるようになって自己主張も激しくなってきた(←既に恐怖の2歳児が始まっている~)から「もうカワイくない弟、要らない」なのか?!と考えると、この先がやや不安な気もするのですが・・・(^_^;;)

夜に帰宅したVulにも報告したら、「もう決定的だったの?」と私に確認した上で、「bianと同じ女の子なんだって」とbianに振り、「うん!たっつぁんはね、bianと一緒で、娘だったんだよ!」と興奮気味に答えるbianの嬉しそうな顔を見て、「そーだねー、なんだか女ばっかりになっちゃうね~」と意味深な一言を発しました。いや、私の隣に座っているhikaruは?!ガッチリ男だろ!?と速攻で突っ込んでおきましたが・・・(まだhikaru自身は突っ込めないし~) ど~も、比率が同じ今(2:2)でも女性陣が強い気がする我が家の雰囲気(発言を通す権利は3:5くらい?)から、男がせめて数だけでも勝っている方が嬉しかったのでは?!と思えて・・・今、さりげにすっごい本音トークだった?と考えるとおかしかった~!!(>_<)o""

最後の4人目が男で出てくると丁度イイね~っ!(^_^)b

2005年 10月 12日

自宅出産に向けて・・・(7)と、いうことで。

投稿者 by namep at 23:34 / カテゴリ: / 240 コメント / 0 TrackBack

bianとhikaruがいかにして自然分娩で超安産で生まれてきたか、が(1)~(6)でご理解いただけたかと思います。更に出産というのはほとんど産婦が行っていて、助産師さんが手伝っている行動であることも少しは伝わったかと思います。

要するに医者や看護士という職種の方は、出産に関して言うならば「なにか異変が起こったとき」や「通常では起こりえない事態に面したとき」に初めて活躍するわけで、いつも傍に居ないと子供が産めないという人たち、ではありませんでした。帝王切開や逆子の場合は緊急とか平常ではないということで「病院じゃないと産めない」ということなんでしょうが、私の場合は「医者と看護士は要らなかった」という健康体であるゆえの2度の出産を経験しただけに、「次は自宅出産でも平気だろうなぁ」と感じたわけです。

実際、第三子(たっつぁん)は自宅出産する予定で既に動いています。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

基本的に助産師のTさんが我が家に「こんちわ~」とやってきて、1時間ほどの検診をしてくれます。28週と35週辺りには「エコーと血液検査」などの「大きな病院じゃないと出来ない医療行為」が必要となるらしく、提携している医師のいる産院へ私が赴かなければなりません。2人子連れで行くので少々大変ですが、それは「健康的で安全な出産を迎えるための義務」なので、結果を聞きに行くのを含めて5回くらいなら・・・と納得して通っています。
 

今後の動きをお知らせすると、25週辺りから「2週間に1回」の検診になるので、助産師さんと電話などで相談してお互いの都合を照らし合わせながら自宅での検診をこなします。28週でまた大きな病院へエコーを見にいき、性別が見えるかどうかのドキドキ検診が待っています。(笑)

32週辺りから「週に1回」の検診になるので、Tさんと打ち合わせて自宅検診が続き、35週辺りでまた大きな病院に行ったり、出産時にヘルプで来るもう一人の助産師さんと顔合わせをしつつ週1の検診をこなしているうちに「きたきたーっ!」とTさんの携帯にTELを入れる日が来るという感じでしょうか。(^_^)


当日はどうなるのかは未定ですが、Tさんの話によると助産師さんが、Tさんともう1人の合計2人来ます。立ち会って欲しい人には私から連絡しておいて揃ってもらい、あらかじめ書類で手渡されている「準備しておくもの」を準備して出産に備えます。

ついでに準備するものを簡単に紹介すると、「バスタオル、フェイスタオル、ビニールシート、古い布、ベビーバス、コットン」など。「バスタオル、フェイスタオル」は「下半身を露出した際に冷えないようにサッと掛けるため」で、「ビニールシート、古い布」は「出血等で周りを汚さないようにするために。捨ててもいいようなものを」という感じらしいです。「コットン」は「産婦を清潔に保つために洗浄綿を作るから」と説明されました。どうやらラベンダーオイルと精製水で洗浄液を作るみたいですね♪

胎盤の処理などは助産師さんが担当するし(処理代をいうのを取られるし)、へその緒を切る器具などは持ってきてくれるはずなのですが、果たしてVulがやってくれるかどうか・・・生レバーとかダメな人だし、今までの2人の立会いも「ただ見てるだけ・その場に居るだけ」という感じだったし・・・(苦笑) 

実は。

私は自分の胎盤を食べようかと考えているのですが(←「私たちは繁殖している」参照。胎盤には母乳を出すホルモンが含まれているらしいので食べたい。妙な趣味からではなく・・・^_^;)、Vulにその話をしたところ、「俺は食べないからな!ってか見たくない!自分を食べようってのが信じられん!」と失笑気味に言われたので、出産の現場をビデオで録るとか、へその緒を切るとかからして、彼には無理難題なのかもしれませんね~(T_T)
やっぱり私自身が陣痛の合間に定点カメラをセットしたり、リモコンで操作したり、音がしたらテープを入れ替えたりするんでしょうか?(爆) さらにはへその緒を自分で切ったり・・・いやもしや、bianが「やりたいやりたい!」と言って切ったりするんでしょうかね~?(やりたがりそーっ!^o^;)


まぁ生まれるまでは産婦が頑張っていて、生んだら助産師さんが産湯に入れてくれたり様々な処理をしてくれたりして頑張ってくれて、多分産後3時間くらいは経過を見守ってくれるのだと思います。(産院でも3時間は分娩台に乗っていたし?)

出産の翌日から3日目までは、正月であろうと毎日新生児と産婦の様子を見に来てくれるそうです。あとは産後5日目、問題無ければ2週間後と4週間後。そこまでいけば母乳の出に問題が無い限り、もう小児科の領域に入るのでTさんと会うこともなくなるのかな~?少しさびしい気がしますね★(4人目受胎すれば会えるんだろうけど~!笑)


家事労働などは産後4週間は控えるように、というのが通説なので、VulかNamePかのどちらかの母親が食事や洗濯や2人の子等の世話に来てくれるようなら母体の回復も早いでしょう、と言っていました。(今のところ年末から3週間ほどNameP母が、その後1週間ほどはVul母が手伝いに来てくれる予定です、と話したら「素晴らしいですね」と安心していました☆)
やはり1人目であろうが3人目であろうが、母体が回復する4週間までがネックなので、いかに休息と睡眠をとって回復に向かっているか、よく食べて乳も出して産後の肥立ちも良いか、産道の傷などの回復はどうか、が助産師さんのみるところなのでしょう。

私の場合は12月29日くらいに生みそうな気がするので(予定日は1月2日ですが)、薄暗い病院で1人で年越ししてたり、冷えた食事を1人で食べたりするくらいなら、自宅で子供らと一緒にギャーギャー言いながら生んで、それからひたすらゴロゴロしながらみんなとおしゃべりしたりして過ごしたいのです。おせちなどは買って入手しておいて、そんなことでもないと正月に神戸を離れることも無いNameP母と共に千葉で年越しや新年を迎えるのもイイかな~と思ったので、「よし、予定日がまた年末年始に掛かるのであれば、やっぱり自宅出産で踏み切ろう!」と思い至ったというわけです。


理由としては他に、3~4月にエリストへの引越しやbianの年少からの入園があるというのもポイントでした。里帰り出産となれば予定日前後の丸2ヶ月は神戸です。12月に入ってから2月頭まで、「エリスト入居前の内覧会」や「入園前に作らないといけないお弁当グッズ」など、神戸に居ては何も出来ない状態でイライラするくらいなら、千葉に居て「まぁ1時間くらいなら外出もアリかな」などと言って新生児を連れて目の前の新居に内覧に行ったり、産前や産後4週間の時期に自宅で裁縫をしたりするくらいワケもないだろうと考えました。

それに2人連れて2ヶ月帰るとなるとオオゴトなのです!神戸に行っても子供が少ないから遊び相手も少なくて、公園環境が悪いから子供もつまらないだろうし、荷物の出入りも全部私がやることです。妊婦や産婦である私がドタバタと3人分の移動に対してそんな動きをするくらいなら、身軽な大人1人(もちろんこの場合は各・母上)が2~3週間の滞在に向けて準備して移動してくる方がなんぼかマシやん、と冷静に考えました。(・_・) 


最後に、周囲の賛成度ですが・・・助産師さんも最初に訪問してくれた際に、「周囲の方はどう言ってる?」と質問していたので、旦那さんからおかーさんまで、賛成してもらうことが第一のようでした。

Vul母は「その方がいいわね、色々と忙しいタイミングだし。私も出来る限り手伝いに行くから」と千葉で生むこと自体はスグに了承しました。しかし、自宅出産という話には「えーっ!大丈夫かしら・・・まぁ、一昔前はみんな産婆さんが自宅で生ませていたわけだけど・・・危険性はどう?」と色々心配していましたが、「助産師さんが2人来て周囲の人間に出産自体を手伝わせることはないし、常に病院と提携して動くから安心して欲しい」と説得したら「それなら大丈夫そうね」と納得してくれました。
彼女の妹さん(Vul叔母)が過去に里帰りして自宅出産していたらしく、それを知っているだけに「そういうのもありね」と思えたのではないかと感じました。

NameP母は千葉で生むという話に、まず「えーっ!」と反対しました。(私は忙しいから手伝いにいけないわよ!という勢いで★) しかし自宅出産だという話を出し、「産院が遠いしね~ウチは車も無いし。それに時期は年末年始だし・・・引越しと入園直前だし」と立て続けに理由を説明したところ、意外とアッサリ「ま、それがいいのかもね。あなたは安産型だから」と納得してくれました。そして今や「そんなことでもないと私も正月に神戸を出れないし、娘の出産という大義名分があるのなら、仕事も自治会などの会議も3週間くらいまでなんとかやりくりして、頑張って千葉まで行くから!」と妙に張り切ってくれています。(ありがたや~♪*^_^*)
彼女は関東に住んでいた経験もあるし親戚筋がほぼ全員関東在住なので、来れば彼女自身に楽しみもあるので、週末に隙を見ては親戚や友達に会いに行くのではないかと私は睨んでいます。(たま~に来てもいつも「ウチは、ついでなの?」と言いたくなるくらいスグに他の人々に会いに行ってしまうのだ・・・^_^;) 

Vulはもちろん最初に提案を持ちかけた人でしたが、hikaruを生んだ日に「三人目は自宅出産だね」と話していただけに、「あ、やっぱり、それ考えてた?」という感じで驚きはありませんでした。(彼にとってはまず「他人事みたいなもの」だしね~>_<) さらにはこのブログの構想真っ最中だったため、「ネタとしてイケるな」と一番に感じたらしく、「サイト名も”子宝ドットコム”でいこう」と妙な部分でワクワクしていました。だから「危ないからヤメロ」という命令とか「大丈夫なの?」という不安げな心配とかも一切無く、二度の立ち会い経験から「コイツならイケるやろ」と感じていたらしく、「料金はどのくらいなんかな?」「あの白黒写真は見れないんやろか?性別が判らんままなんかな?」と現実的な心配をしてくれました。(笑)

という感じで、「イチに旦那様、ニに両親」という賛成度は非常に高く、無事に自宅出産に向けて稼動したという状態なのです。(^-^)b

2005年 10月 10日

育つ喜び☆

投稿者 by namep at 23:51 / カテゴリ: / 24 コメント / 0 TrackBack

お花や葉っぱを育てるのは好きですか?種や苗を植えたら、少しずつ芽が出て、葉っぱがたくさん茂って、終いには花が咲いたり実が成ったりするのは楽しいですよね♪
時間は掛かるけども、その「育ってゆく喜び」というのを感じられる人である限り、子育ても楽しめると私は思っています。
果物などを食べた後の種を見ると、例え芽が出ないと判っていても、つい土に植えてしまう・・・野菜のヘタを切ったら捨てる前に、つい小皿に水を溜めて浸し、葉っぱが伸びる様子を楽しんでしまう・・・そんな経験はありませんか?(笑)

私の子育てもそれらの種や葉っぱ育てに近しいです。(おいっ)
子供が育つ力をじゃましないように、環境を整えて見守っているだけです。日当たりと水を気にしてあげれば、余計な肥料などあげなくても葉っぱって育ちますよね・・・子供もそのまんまです★(^_^)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

母子手帳や育児百科などに「子供の成長の目安」といったモノがあって、今日は久しぶりにVulが「bianやhikaruは該当してるかな~」と言いながら「3才、4才のころ」「1才半、2才のころ」という項目を読み上げては「当てはまってる?出来るよなぁ」と喜んでいたので、ふと思い立ってこのカテゴリに追加しようと思った次第です。

それら「年齢の成長目安」というのは、最低のレベルだと思います。これが出来てない!と親を焦らせる事のないよう、「これは出来てるはず」という一番最低の成長目安になっていると思います。Vulは「bianは4~5才のころにあてはまる方が多いな~」と妙に喜んでいたけれど、「もちろん有難いけど、それがフツウなんじゃないか?」と思っています。hikaruも「2才に当てはまる方が多いぞ」と早いことが優秀であるかのようなご意見で・・・まぁ彼は早いとは思うけど★(^_^;)


私はその子自身が出来ていること自体が素晴らしいと思うので、「年齢相当かどうか」などは気にしたことはほとんどありません。(・_・)
歯が生えてくるのが遅い、歩くのが遅い、なかなか食べない、髪の毛が少ない・・・などと不平(不安?)を言い出したらキリがないような子育てをしているよりも、「おお~、歯が生えた!」「立った!歩いた!」「自分で食べるようになってすごいなぁ」「髪がよく伸びるよね~」と言いながら楽しんでいるほうが、有り難味も感じるし、生まれた頃を考えたらたーくさんのことが出来るようになったり大きくなったりしてることを喜べると思うのです。

それが「子供の育つ力」だと思います。「持って生まれた遺伝子が優秀なんだ」とか「ヨソの子よりウチの子は早いからエライ」とか比べるために「親が育てている」のではなく、「ただ元気に育ってくれるために、よりより環境を整えてあげられた自分を褒めてあげたいし、その環境で元気に育ってくれている子供に感謝する」という謙虚さで「子育ちを見守る」といった態度が、親として必要なのではないか?と私は考えているのです。


個性を生かす、というのが難しいことだとも思います。その子のいいところを伸ばしたいと思う親ならば、楽しんで得意げに取り組んでいる所を見極め、それを伸ばせる環境を整えてあげれば、子供自身が持って生まれた才能を伸ばせるであろうと思いますし、そうすることで人の役に立つ人間が育つと思います。人間は競争に勝つために生まれてきたのではなく、人の役に立つ人間として生きるために、人生を生きること自体を100%楽しむために生まれてきたことに、まず親が気付かなくてはならないとも思っています。

自分が生きていることが他の誰かの役に立つ、それが人間の生きる喜びである、と様々な書物で様々な先人が述べ続けている「ヒトが生きることの原則」です。子供自身がそれに気付けば、好きなことを好きなだけやれる環境に生き、それが誰かの喜びを作り出すことに繋がっている限り、100%楽しんで続けられると知り、更に人生に充実感を得られるような人間に育つことでしょう。

そのために、まず親自身がその原則に気付き、子供に態度で見せ続け、生きることの大切さ、喜び、人生を楽しむことや、人間が背負う様々な生命への責任などを、身をもって教えてあげられることでしょう。子供が少しずつ少しずつ、時間を重ねながら出来ることが増え、知っていることが増え、賢く強い生命体として成長していくことが、親として一番の喜びであることには決して揺るぎは無いのですから!(^_^)

2005年 10月 07日

自宅出産に向けて・・・(6)hikaruの生後1ヶ月ほどの話

投稿者 by namep at 01:45 / カテゴリ: / 41 コメント / 0 TrackBack

4122gで出てきたhikaruは4週間検診では5050gでした。同時に行われている3ヶ月検診の赤ちゃんと間違えられて「3ヶ月検診はあちらですよ~」「えっと・・・これでも4週間検診なんです」を3回やりました。(笑) 一度は「あぁ!お正月に生まれた大きな赤ちゃんよね?!覚えてるわ、ゴメンゴメン!」と笑われたりして・・・既に名物か?伝説か?と1人笑いながら、「しかし重いな~」と産院内を抱っこして連れ回していました。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

生後4週間で連続睡眠時間5時間なんてあり得ないと思うのですが・・・hikaruは非常に図太い男で、NameP実家のTVの真下で3時間グースカ寝ていたり、床に置かれてるだけで勝手に眠ってしまったり、5時間も起きなくて私の乳がカンカンになって困ったりしました。ですがbianも高松に預けられて静かな生活も2週間限り・・・と思い、産後の養生だ~と安静にして過ごしていました。

しかし。

私はbianと長く離れて暮らしたことが無かったので、寂しくてしょうがありませんでした。寝不足でも養生できなくてもいいから、bianと寝食を共にしたい!hikaruもTVの下で寝せたくない!と切実に思い始め、高松にメールを出して相談し、生後2週間のhikaruと共に高松へ一週間だけ行くことにしてしまいました!(^_^;) 橋を渡って車で片道2~3時間の移動くらい大丈夫だろ~と産婦の私と生後2週間のhikaruを乗せて、迎えに来てくれたVulとbianと共に、ぎゅう詰めのVul両親の車で1月18日に四国へ向かいました。私は「自分の体が休まるのは神戸の実家でも、みんなの心が休まるのは高松だ」と信じていたので、NameP母が「そんな産後の体で移動なんて・・・」とブーイングしても「一週間だけだし~」と言い張って譲らず、強引に出かけてしまったのです。


初日の夜は移動で興奮したのかhikaruが生後初めて「夜泣きが激しくて私が眠れない」ということをやってくれ、久しぶりにかーちゃんの隣で寝れて喜んでいたbianが「hikaru君がうるさいよ~」と起きてしまったりして、「ごめんよ~」と言いつつナケナシの乳をやっては寝ない~を繰り返していて、私はヘトヘトでした。しかしVul母は「移動で疲れたかな~」と一緒に起きていてくれたり、替わりに抱っこしてくれたりして、とても優しくて感動しました。(比べるわけではないが・・・NameP母なら「ミルクでも飲ませてさっさと黙らせて頂戴」と言いかねないし、夜中に替わりに抱っこして寝せてくれたりも絶対しないだろうな~T_T)

翌日からは良く寝て良く飲む生活に戻ってくれて一安心。昼間は2週間頑張ってくれたbianへの感謝の気持ちとして色々と一緒に遊んであげたりおしゃべりしたりして過ごしていて、夜から朝までは2回起こされるかどうかでグーグーと寝たいだけ寝させてもらっていました・・・bianが飛び乗って私を起こしに来るまで、ですが。(Vul家に居てもグータラさせてもらえる幸せな嫁である私★) 
Vul両親の知り合いで同じ年頃の子供を連れて遊びに来てくれた方が居たり、近所の子供がbianと遊びに来てくれたりして、色々な方の力を借りたりおしゃべりしたりして、NameP実家に居るときよりも楽しく開放的な気分で平日を過ごしていました。

金曜の夜にはVulが東京から陸路でやってきて、「遠いわ!」と言いながら1時に高松に到着。hikaruが良く飲むから哺乳量が足りないかも~夜食を食べたりポカリを飲んだりして頑張っている~などと話して、2時ごろに寝たけど、Vulがイビキをかき出した途端に私は胃腸がキリキリと痛み出して激しい下痢が続きました。ポカリで水分補給だけは忘れなかったから2時と6時と9時の授乳をなんとか済ませたけど、12時まで体空っぽのフラフラで起き出せなくて横になっていたら、さすがに「どうかしたの?」とVul家の人々が気付いて心配してくれました。「実は夜中に胃腸の激痛に襲われて・・・食あたりかな~食べすぎかな?苦しくてロクに寝てないです・・・hikaru君には乳だけはなんとかあげていたのですが・・・」と言いながら血糖値が低すぎて立ち上がれない~と倒れこむと、「全然気付かなくてごめんなさい!せっかくゆっくり寝てるし~と思ってたわ!とりあえず病院に行きましょう!」とVul母が慌てて出かける準備をしてくれました。

内科に行くか産婦人科に行くかで悩んだけど、やっぱり産後だから産婦人科に!とVul母と2人、車で20分ほど走った産婦人科で順番を待ちました。胃腸の痛みは引いていたけどフラフラして食べられない状態だったので「もしや点滴かな~」とは思ったし、hikaru君用に産院でもらったスティック粉ミルクと哺乳瓶を留守番組(Vul父+Vul+bian)に残して家を出てきました。結局は診察で「産後にそんな移動して、自業自得だよ」と見知らぬ先生に怒られてしまい、さらには「ただの疲れなんだから内科に行けばいいんだよ」とまで言われ・・・(T△T) こっちは虫に胃腸壁を食われているかと思うような痛みと一晩闘って体空っぽの徹夜なのに~ひどいよ~と悲しい気分で、1時間以上掛かるブドウ糖点滴を受けつつ、眠ってしまいました。

Vul母は一旦帰宅してまた迎えに来てくれ、帰りの車で「やっぱり移動が無理だったのかしら・・・それとも私がせっせと食べさせすぎたから?」と一緒に反省してくれて、「とりあえず病気ではなかったしブドウ糖点滴でめちゃめちゃ元気にはなったので、これも思い出ですよ(笑)」と言いながら帰宅し、今まで以上にグータラさせてもらってから、日曜日に神戸に戻りました。

橋を渡るのに往復で1万円くらいかかるのに、私たちのためにせっせと毎週通って戴いてありがとうございますという気持ちでNameP実家に着きましたが、「実は昨日点滴打っちゃって・・・」とVul母が申し訳なさそうに報告するとNameP母の目が一瞬三角になり、「でも、もう元気そうですね。この子はすぐ無理するから・・・ご心配をおかけしました」と言いつつも”やっぱり高松なんて行くから!ほらみたことか”といった表情で私を見ていたので、「ただの食べすぎ~」と苦笑しながら、その後の「安静にしとけ光線」ものらりくらりとかわしていました。

神戸に帰ったらbianと遊んでくれる子供は居ないので、やはり私が基本的に相手して遊びます。NameP母が買い物に連れて行ってくれたりすることもあったけど、色々と走り回って忙しい主婦なので、基本的にNamePとhikaruとのんびり自宅で遊んで過ごしている日々でした。(←お陰で食べることが楽しみになってしまって太ったbian★)
そろそろ生後30日という頃には内祝いの買い物をしに元町に出たり、友達が遊びに来てくれて1日中座って喋っていたりもして、結構ニギヤカに楽しく過ごせていたかな・・・bianのトイレトレーニングも各母親の協力のお陰でほぼ完了していて、パンツで出かけたりトイレで用を済ませたり出来ることが嬉しかったのが鮮明な記憶です。

そして生後36日目の2月7日にお宮参りをしました。生後9日で親族大集結(Vul弟夫婦も愛知県から駆けつけてくれたし!)で誕生祝の宴を開き、お宮参りの後にも「お世話になりました、そろそろ千葉に帰ります」という挨拶を兼ねて、Vul家とNameP家の家族が集まれるだけ集まって会食をしているので、「子供が生まれるってのはすごいことなんだなぁ」と、bianの時に続いて私はまた思っていました。


その後は最後に会いに来てくれたお友達と会ったり荷造りをしたりして一気に帰るモードに入り、2月10日にはNameP母の付き添いでbianと共に新幹線に乗って、念願の千葉に帰ってきました。生後39日で新幹線!さすが2人目は振り回される運命だね!などと笑いながら・・・(^_^;)

この頃のhikaruの1日は、乳が7回くらい、ウンコ2~3回、睡眠が12~14時間といった感じのサイクルで、非常に手の掛からない人でした。バギーに乗せてもソファに置いても良く寝てくれて、お腹空いたら泣いて飲んで出して、といったペースが守られている・・・しかも4時間くらい外出させても平気でマイペースを守れる人だったのでかなり助かりました。bianも1年間つけていた「育児日記」をつけていないといつ何をどうしたかが記憶に残らないので、必ず育児日記に「乳飲んだ」「ウンコした」と記録していました。1人目のトイレや食事や嫉妬にどーしても気を取られるので、「2人目こそつけねば!」と切実に思ったのを記憶しています。(笑)

私は掃除をしたり買い物をしたりする生活に一気に戻ったためか、2月13日にまた熱を出して倒れてしまい、NameP母が「私が一緒に居るのに情けない・・・ごめんなさい」とさすがに謝ったくらいに毎日働いていました。(笑) 私は「母上も里帰り出産しに来る私に合わせたために、生活が振り回されてさぞお疲れだったろうなぁ」と考えて、「2ヶ月近くお疲れ様でした、ありがとう」という気持ちで色々と気働きしてしまい、逆に心配をかけてしまったことを深く反省しました。運良く1日で回復したので次の日からはまた普通に出歩いていたのですが、NameP母がご飯を作ってくれたり洗濯を干してくれたりする以外にも、昼間に話し相手で居てくれたことが一番の救いでした。乳幼児が居るとつい子供との世界にコモりがちになるところを、大人と喋ることや外に出歩くことを忘れないように・・・と私を千葉での生活にゆっくり引き戻してくれたNameP母に感謝でした。1週間近く滞在してくれて「もう安心だわ」と帰っていった母上は、今も元気にヘルパーの仕事をしたり子育て支援サークルを主催したりして、神戸で元気な「ばぁば」なのです。

Vul家に喜ばれ、NameP家に珍しがられた(←男が少ない家系だから)hikaruの誕生は、私たち家族を4人家族にしてくれただけでなく、私に子供が2人になる楽しさを教えてくれ、連れ回す苦労も楽しさも分け与えてくれる素晴らしいものでした。
俗説で言う2人目対応「ほったらかし」「写真が少ない」「泣いてもスグには抱っこしてもらえない」など色々言われていたのにも、「私はそんなことしないよ~」と思っていたけど、写真はたくさん撮ってるけど、やっぱり今でもほったらかしで、やっぱり泣いてもなかなか抱っこしてあげないかな~(爆)

2005年 10月 04日

自宅出産に向けて・・・(5)hikaruの出産話

投稿者 by namep at 02:05 / カテゴリ: / 121 コメント / 0 TrackBack

hikaruは2004年1月2日13時43分に4122gで生まれてきました。身長は53.6cm、胸囲35cm、頭囲36cm。どのデータをとっても「デカ!」と助産師さんたちを驚かせるに十分だったらしく、出産直後も、「胎盤800ですーっ!」「羊水まだ出るね~」と全てにおいて笑われていました。(^_^;)

とりあえずhikaruは「デカイ人」というネタで生きていますので、その出産話を面白可笑しくお伝えします。(彼は常にドリフキャラですから・・・出産時から既にその素地は出来ていた?>_<)


▼続きを見る⇔折りたたむ▲

予定日は1月6日でしたが、かなり大きく育っていたので「早めに出る?」と期待していたものの、年内は叶わずに年越しを迎えてしまいました。大晦日はVul祖母の家にVul親族が集まっていたので一緒にK1や紅白などを眺めつつ、「出てこなかったね~」とVulとウダウダしていました。年を越えて初詣も無事に済ませてしまい、Vulとbianとが「1泊だけ高松に行ってくるわ」と1日の夕方からVul両親とVul祖母と共に橋を渡っていってしまいました。

そして2日の朝10時半頃、NamePの実家で年賀状を眺めてケチをつけたり子供の成長に驚いたりしていたら、「ズドーン」といきなり急激な陣痛に襲われました。と同時に激しい便通。「おーっ、来た来た!」とトイレに駆け込みながら、Vulが居ないことに気づき、慌てて携帯メール。でも彼の携帯は「不携帯」なので、スグに見るかどうかが怪しかったし、直後に電話も架けました。bianのイトコのguy君も来ててニギヤカに過ごしていたのですが、元々がスグに帰る予定だったので「Vul祖母ともう神戸行きのバスに乗ったらしい」ということまでは判った時点で、Vitzに乗せてもらって産院へ向かいました。

NamePの妹が「あわわわわ」と言いながら付き添ってくれて、「間に合わなくてイザとなったら、私をにーちゃんだと思って!(爆)」と言いつつNSTを取る分娩台で傍に居てくれました。新年早々で空いていたためか、「このままここで様子みていましょうね」と助産師さんは控え室に行ってしまうし、母は出されたコーヒーをすすりながら外のテーブルで年賀状に返事書いてると助産師さんが笑ってるし・・・(苦笑)
Vulにメールを出しても返事が来ないし通話も繋がらないし・・・(淡路は山間部で圏外なんだよね~=_=;)ま、バスはもう走ってるからどっちにしろ降りられないけど、三宮まで行ってしまうなら舞子で特別に降ろしてもらえないか?「子供が、子供が生まれるんです!って?」と妹と想像して笑いあいながら「やって欲しいよね!」と分娩台からメールしたり?(笑)で、そこにNamePの父が迎えに行けば早いんじゃ?!などと父親と対応策を練りながらもメールを出し続けていました。

後で聞いたところ、一向に返事が来なかったのはバスに乗るなりbianと共に寝ていたからで(携帯はカバンの中)、橋を渡るくらいで起きて初めて「えーっ!?もう産院?!」と気づいたけど、降ろしてもらうことは考え付かず、Vul祖母と「間に合うかな~」と大人しく三宮までバスに揺られていたらしいです。(笑)
そこからはNamePの父と直接携帯で連絡を取って、「三宮までVitzで迎えに行くから、ダッシュで産院に行こう!」と相談して。新年の国道渋滞を避けながらNameP父が必死で車を駆って間に合わせてくれました。生まれる15分前に分娩台に奇跡の到着でしたよ~♪

私は11時ごろから産院に居て、携帯メールを出しつつ妹と「またウンコ出る~」と陣痛室のトイレに通ってガツガツと食べたおせち料理を出しながら(笑)、「次にはhikaruが出そうだよ~」と笑いつつも激しくなる陣痛に耐えていました。とっとと出せそうだったけど、Vulがまだ舞子~間に合わない~と我慢している状態?(爆)

13時ごろから「やべ~出しそ~」と子宮口8cmで頑張っていて、隣で妹が携帯メールを見ながら「今三宮出てるから!」「もう長田だよ!きっと間に合う!」と実況中継してくれていました。13時30分にVulとVul祖母が「どーですかー」とbianと共に現れてくれたお陰で「あ~、もう出してイイね!間に合った!」と思えて、やっと分娩室に入ってきたNamePの母と5人が頭の上に居る状態で、「じゃぁもう一気に出しちゃいます(笑)」と15分後にはhikaruを出しました。

院長先生は13時ごろから呼び出されて足元でウロウロしていたので、「もう・・・正月なのにすみませんね~」と言ったら、「ははは、そういう商売ですからね~元気なお子さんが生まれてくれたら結構結構(笑)」と答えてくれたりしてたけど、相変わらず助産師さんが全部やっているという印象が強かったです。

「うーん、ウマイね~」「そーだなー、あと3回かな~」「痛くないときは逃して逃して」などは以前と似ていて(偶然bianの時と同じ助産師さんだったからかな?)、「今、頭出てきたよ~、わかる?男の子は肩で一回引っかかるからね、1回休憩するよ。でも次で出すよ~」という実況中継を聞くと、「うー、映像で見たい!」と思えてきました。(笑)

分娩台はbianの時より広くて乗り心地(?)が良かったのを覚えています。第一分娩室だったからかなぁ?(bianの時は第二だった)「好きな格好で産んでいいよ~こっち向きでイイ?」と13時過ぎに言われたので、「ココに足を引っ掛けて」などは無く、「コレが落ち着いてるのでこのままでいきます」と右向き・横寝の体勢で産みました。NameP母もVul祖母も「あらぁ、いいわね~自由で」と頭の上で感心していて、現代の産科は進んでいるわね~といった類の話をしていたのを聴いていました。(←冷静)

そして13時43分にガボガボ言いながらhikaru誕生。「あ、羊水飲んじゃったから吸ってるよ」と助産師さんが解説してくれて、初めて「ぎにゃー」という声が出るまでに2分くらい時間が経ってたのが可笑しかったです。だって「わー出た出た!」(←私)、「うーん、やっぱでかいぞ!」(←Vul)、「おとーと、生まれた?」(←bian)、「やっぱり感動するわね~」(←NameP母)、「すごーい、2人とも立ち会えたよ!」(←NameP妹)、「本当に自然分娩ね~おめでとう!」(←Vul祖母)などと、周囲の人間ばかりが喋っていて、産声が聞こえないんだもん・・・本人はまだガボガボ言ってるのに、「わーいわーい」ってすっかり周りが喜んでいるのが可笑しかった!!もちろんそれらはシッカリと記念にもらえる産声テープに録音されています!(^o^;)

そして体重は?!とみんなが助産師さんに注目していたら「わー、4122g!大きいわ~」と大声で叫んでくれたお陰でみんなが「4100g!」と揃って驚き、手伝っていた2人の助産師さんも「えーっ!それはすごい!」「新年早々大きな子が出てきたわね~」と同時にビックリ。(←さすがに助産師さん3人ともが驚いているので珍しいんだろうな~と実感)

更に後産を引っ張った助産師さんが「胎盤800です!」と言うと、残り2人が「800?!」と復唱し・・・思わず、「800gってことですか?それって大きいんですか?」と聞くと「大体500とかじゃないかな・・・(笑)」と返されたので、デカイ子を育てるに足りる位にたくましい胎盤だったのね!と笑っていたら、更に「まだ羊水出るね・・・ちょっと押していいかな?」とお腹を押していた助産師さんが「うわ~、まだ出るよ~どんどん出るよ~(爆笑)」とウケているので、「そんなオカシイですか?」と笑いながら聞くと、「うん、もういいだろーって思ったんだけどね~。よっぽど居心地良かったんだろうな~。出てきたくなかったくらいにしっかりしてたんだよ、お腹の中が!(^o^)」と言ってくれたので、「窮屈じゃなかったんならイイや」と思えました。

今回は出血は「少量(400ml)」に丸がついていたし、分娩所要時間も「4時間」。超が付くほどにスピード安産の自然分娩でした。会陰もほとんど裂けず、「ちょーっと切れたから2~3針縫っとくけど・・・これはスグ治るね」というレベルだったらしいです。(座ってもほとんど痛くなかったし)

bianはNamePの母たちと一緒に1時間ほど居たけれど、つまんないだろうから、と連れて帰ってもらいVulと3時間ほど分娩台で休憩していたら、Vul母の妹夫婦が「おめでとー!」と分娩室に来てくれました。たまたま新年の挨拶にVul祖母の家に行く直前に「さっき生まれたから、まだ産院に居るって聞いたので寄ったのよ!」と駆けつけてくれて、「すごーい、私たちが一番じゃない?」と笑ってhikaruを見て行ってくれました。

そして4時ごろに「そろそろ病室に行こうか」と助産師さんに言われ、「全然元気だし、歩けます」と分娩台から降りたものの、予想外にフラついて歩けず。Vulと助産師さんに両脇を抱えられてEVで相部屋まで歩いて行きました。スタスタと行ける気分だったんだけど・・・とベッドに寝てからもVulと不思議に思っていましたが、送ってくれた助産師さん曰く「今までデーッカイ湯たんぽ抱えて歩いていたから、急に軽くなってバランスの取り方が判らなくなってるのよ(笑)」とのことでした。
しかしbianを出した翌日は3kgしか減ってなくて「なんでやねん!」って思ったのを覚えてるから、やっぱり測ってみよ~と夜のご飯が来る前に洗面所の体重計に乗ってみたら、8kgも減っててビックリ!!直前に便通が良くなってガンガンに宿便まで出るようなウンコを出した分を含めても、「そら歩き方もワカランくなるで!」と1人で突っ込みたくなるような減り具合だったので笑ってしまいました。

豪勢な晩御飯を見たらVulもお腹が空いたらしく、「じゃぁ帰るわ」と食べ終わったのを見計らって帰って行きましたが、その18時の「おめでとう御膳」を食べながら、「第三子は自宅出産でもいけそうだよね」と笑っていたのを鮮明に覚えています。そのくらいに「安産」だったし「自然分娩」だったし「助産師さん頼み」だったのを、Vulも見ていてくれたからこそ「そだな、いけるな」と返してくれたのでしょう。(^-^)

そして「入院スケジュール」を受け取った夜には、「元気だし正月に病院に居てもツマンナイから3日くらいで退院したいんですけど」と助産師さんに伝えたところ、「それは自由だけど・・・実家でちゃんと休める?」と心配してくれたくらいでした。私は日々の食事代や新生児監視料などが加算されるくらいなら、早く退院して費用を抑えたいし、bianと実家でのんびり過ごしていたいし、Vulの正月休みが明けてしまう前に退院したいと思ったので、「じゃ、5日に退院します」と宣言してしまいました。(産後4日目だ~)

そして翌3日はNameP親族が実家に大集結する日だったので、NameP母は大忙し!でした。その分合間を縫って私のところまで「おめでと~」と親族が次々に(近いからバラバラと適当に・・・)来てくれたり、働いている女友達が「まだ正月休みだし~」と誘い合わせてお祝いに来てくれたり、「突然やけど」とVulと共通の友人がフラリと来てくれたり・・・たった3日しか入院してないってのに、枕元に一体何人来たかな?!という位にたくさんの人たちが来てくれました。相変わらず「相部屋でコレって迷惑?」というレベルでヤカマシイ・・・分娩台から既にニギヤカだったし?(爆)

でも私はそういう、「家族と多くの親族や友人に見守られてニギヤカな誕生を迎えたい」と願っていることが今回で更に判明したので、「やっぱり産院より自宅で産みたいよね」と1人ベッドで考えていました。だって「おばーさんまでが立ち会ってくれるなんて・・・すんごい幸せな出産だよ!」と私は感激したもん・・・成り行きだったとは言え!(爆)
 
NameP父が全力でvitzを走らせてVulとbianを私に届けてくれ、NameP姉も「また間に合わなかった~」と言いながら直後に産院に来てくれ、NameP母と妹は立ち会ってくれてるし。家族に見守られて新しい家族が生まれてくるんだもの、それが本当の姿なんじゃない?って嬉しくてしょうがなかったです。タイミングがイイからたまたま5人も分娩に立ち会ってもらえたけど、コレが3日の親族終結の日だったら・・・と考えると、絶対にNameP母は立ち会えないし、妹や姉も準備や片付けに追われるので来れなかったかもしれないし・・・Vul祖母もわざわざ立会いに来ないと思うし・・・そーなるとVulとbianだけだったかも?と思うと、「2日で本当に良かった!私の子供たちは生まれる瞬間から本当に親孝行だね!」とVulと感動したのも頷ける話でしょう?bianも月曜日にVulが立ち会え、土曜日に一緒に退院出来たんだし!(^-^)

これが自宅出産なら、「間に合わない!」ってのも平日の昼間でもあり得ない話で(Vulの通勤は50分程度)、産後も毎日自宅に居るから「子供に会えない」「1人で寂しい」ってのが無いし、生まれる瞬間に家族がみんな立ち会えるのも当たり前って状況じゃないの?と入院中ずーっと考えていました。

ただ、hikaruは大きかったので、産後2日目から脱肛が始まりました。出産当日はやはり興奮状態で眠れず、眠かった2日目も、ニョロニョロと出てくる違和感が気持ち悪くて「・・・なんじゃこりゃ?」と眠れず。2日間ほとんど寝ていない状態で、助産師さんに「何かありませんか?」と朝晩に聞かれる時に、さすがに「なんか・・・出て来て気持ち悪いんですよ・・・眠れないくらいで・・・座ったら痛いし?」と相談したら、とりあえず見てくれました。そして、その反応は「・・・うわっ!(←驚愕の表情)」です。(爆)

助産師さんという人たちは職業柄、「妊産婦を不安にさせない言動を取る」という人たちだと私は思っていたので、「え?その反応って?」と即座に思い、「えーっと、そんなすごいんですか?」と笑いながら聞くと、「・・・ごめん、今スゴイ動揺した・・・(苦笑)これは痛いわ~。座薬入れようか?ってか入れないと痛くて今晩も寝れないよ~?」と笑いながら言われたので、「じゃぁお言葉に甘えて入れて、寝ます」と答えたらスグに持ってきてくれました。そして「入れまーす」と座薬を入れてもらって(←もう産婦と助産師って、「恥ずかしい」とか無いね~^_^;)、「とりあえずこれで6時間くらいは痛み止めになるからね。また痛くなったら次を入れるしかないかな。しっかしすんごい腫れてるし・・・コレはヒドイと思うで・・・(笑)よく今まで我慢してたね。いつから?」と聞いてくれました。

状況がよく判らなかったけど、どーやらお尻の穴から腸が出てるらしいということが判り、「4日の朝から・・・いや3日の夜からか。だからロクに寝れないんですよ(苦笑)」と言うと「そりゃぁ寝れないわ。これはひどいもん。我慢してたらアカンよ~、休まないと」と言って去って行きました。私は「・・・助産師さんがビックリしたのはhikaruの体重や胎盤の大きさだけじゃなく、脱肛のスゴさまで?」と思いながら、「いつごろ引くんだろ~」と考えつつスグに寝てしまいました。

そして5日に退院するということで院長先生に診察してもらったところ、「わ~・・・これは痛そうですね」と無口な先生が気の毒そうな顔をするので、やっぱりヒドイらしいということは更に確信になり、「うーん、でもその内に収まるんですよね?」と返したら「基本的には時間薬です。でもあんまりヒドイと座るのも痛いし寝れないですし・・・1週間分の座薬を出しますからご自分で入れて対処しておいてくださいね」と言われてしまい、「自分で座薬を入れる?出来るのかな~」と言いつつやるしかないので「わかりました」と答えて退院しました。

hikaruは生後3日目の1月5日の体重は3765g。母乳オンリーで生後8日の検診に行った時は3865gでした。退院後はNamePの実家で「男だ男だ!付いてる付いてる♪」ともてはやされ(←NamePは三姉妹)、bianはしばらくVul両親が高松へ引き取ってくれていたので、とても静かな生活を続けていました。

とはいえ。

1月6日にNameP母が所属するコーラス同好会が新年の1回目の練習会場が得られず、「発表会があるのに~」と結局は実家にやってきて、朝の10時から女性22人の大合唱が2時間続いた時は、さすがにビックリしたな~(苦笑) 私は2階で「なんだなんだ?」とウトウトしながら目が覚めたけど、hikaruはグースカ寝てて「コイツ、大物!」って感じました。

hikaruはNameP実家ではTV台の真下で寝かされていたし(そこしか空いてないのか?しかも毎晩正月バラエティを付けるか?って感じ・・・で、hikaruはそのヤカマシイTVの真下で寝るか?!って話だ!@_@)、bianは2週間高松と神戸を往復してる間に精神的に逞しくなるし、Vulは高松と神戸で往復して疲れてるだろうに頑張って来てくれるし・・・と「みんなの協力あってこそ」という産後を過ごしていました。その辺の詳しい話は「その6」でお話しましょう!(^-^)

2005年 10月 04日

自宅出産に向けて・・・(4)hikaruの妊娠時データ

投稿者 by namep at 00:40 / カテゴリ: / 27 コメント / 0 TrackBack

hikaruは2003年4月に「生理が来ないな~♪」と言って喜んで病院に行ったのが印象深いです。bianに授乳するのを生後11ヶ月半(2002年9月)でやめてから半年・・・毎月「また生理が来た~(T_T)」と嘆いていたので、早く2人目が欲しくて努力していたのにな~と・・・(笑) だから、「2学年差で生むならもう限界★」という4月に「やった!間に合った!」という喜びと共に産院に行ったのです。

bianは1歳半の4月。やっと「とーてゃ~ん(=父ちゃん)」「たーてゃ~ん(=母ちゃん)」などと片言で喋りだし、「親による通訳で他人と話す程度」だったbianが居てもう2人目?と思われるのだろうか?でも2学年差ならそんなもんだよね・・・などと考えつつ、GWに里帰りしても「報告するには早すぎるかな~」と思ったので言わず。もう一度、6月末にbianと2人だけで里帰りした際に、もらったばかりの母子手帳を見せて親類に報告しました。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

Vul両親は大喜びで、Vul弟夫婦の新居のお祝いの席で、「ついででメデタイ報告があるのですが・・・」と2冊の母子手帳を見せると「でかした!」などとVul父が手を叩いて大喜びしてくれたのを覚えています。(^-^) その席ではVul弟夫婦もVul妹夫婦も居て、「オメデトー」と一緒にお祝いを兼ねてもらったのが記憶に新しいです。神戸ではNamePの姉も「すごいな~計画通り?しかもbianも上手に育ててるし・・・こりゃ叔母として楽しみが増えるね~」と「先越されまくり!」と言いつつ喜んでくれた記憶があります。


ということで、hikaruの妊娠時データを記載します。2人目は色々と1人目の妊娠時とは違う状況でしたので、その辺の暮らしぶりも併記しつつ公表しますね♪(^_^;)


●妊娠12週
   体重54kg・腹囲75cm・血圧98/50・尿蛋白、尿糖、浮腫共に「-」。
  
    <母子手帳第1回記載は美浜区にある産院。初めて行ってみた一番近い個人産院だけど、
      設備はボロくて院長先生もなーんかいけすかなくて「ココでは生みたくないな~、やっぱり
      里帰りかな~」と即座に思ったのが鮮明な記憶。(苦笑) 「通うだけなら近いのが一番
      だから・・・ま、いっか」って自転車で行きました>

●妊娠17週
   体重56kg・腹囲79cm・血圧92/46・尿三種共に「-」。

    <血液検査でも特に異常は無し。でも暑くなってきた(8月に入った)から「通うのも一苦労~」と
      言いつつ、大人の徒歩20分くらいの産院までbianと散歩がてら歩いてました。この直前に
      北海道まで4泊5日の豪華客船クルージングへ行って、嵐に遭遇し「めったに揺れない」と
      謳っている大型客船がユーラユーラと一晩中揺れて・・・ガッチリ酔って吐きそうになって・・・。
      利尻島ではレンタサイクルのMTBを漕いでちょっとした山に登ったりして?(^_^;)>

●妊娠18週
   体重57.8kg・腹囲測らず・血圧86/48・尿三種共に「-」。
 
    <また里帰り出産するので、bianを生んだ神戸の産院に盆休みのついでで行きました>

●妊娠23週
   体重57.5kg・腹囲82cm・子宮底長23cm・血圧96/62・尿三種共に「-」。

    <6ヶ月目でかなり腹は膨らみ体重も3.5kg増しときたもんだ。早くも「あれ、いもーとって
      言ってるけど・・・おとーとじゃない?」と先生に言われ「マジで?!」と性別判明★私は
      女腹と思い込んでいたので「男なの?弟だって!」と動揺して帰宅・・・(笑)>

●妊娠26週
   体重59.5kg・腹囲84cm・子宮底長25cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

    <まだ自転車で通っていたなぁ(笑)。滑り台も滑るし追いかけて走るし。でも見た目にも
       ニンプー?!って判るほどにはなってきて、公園でよく会う人にもそろそろ「もしや?」と
       言われ始めていました。結構出てるんだけど、どうも背が高いから視覚的に目立たない
       らしい・・・(^_^;)>

●妊娠28週
   体重60.5kg・腹囲85cm・子宮底長26cm・血圧90/48・尿蛋白のみ「+」。

    <bianと共にグータラ生活を送っているので、昼に起きて予約はしてないけど産院に慌てて
      自転車で走ってました。(だから血圧の下が低い?ご飯食べて行くから蛋白が出る?)
      帰りは近所の公園の自販機ジュースをお付き合いのお礼に買ってあげていたのが記憶に
      あります。もう「おとーとが入ってるからお腹に乗っちゃだめ?抱っこも出来ない?」とよく
      聞かれていたのを覚えています・・・既によく喋っていたし、理解も早くて助かっていました>

●妊娠29週
   体重61kg・腹囲87cm・子宮底長26cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

    <bianの2歳の誕生日にはTDLのナイトパスで小雨の降る夜に「3人で最後だぞ~」と言い
      ながらお祝いをしました。更にその次の週末には電車で箱根に行き、ホテルにお泊りの
      旅行へ。臨月の12月には神戸に行ってしまうので千葉で3人で遊ぶのもそろそろ最後~と
      言っては色々遊び歩いていたかな・・・でも私は元気!で、腹の子も元気!でした。(笑)
      エコーで頭の半径や足の長さなどを測るといつも「+-2w」とか出てました。(←一般的な
      胎児の大きさから考えて成長の具合を見ると「2週間ほど大きい」という意味らしい)>

●妊娠32週
   体重62kg・腹囲86cm・子宮底長30cm・血圧96/56・尿糖のみ「2+」が!

     <またランチ後に行ってしまったので糖が激しく出ましたが、基本的に優良ニンプーと
       いつも言ってもらっていました。bianも賢く付き添ってくれるので、産院でもすっかり
       人気者状態☆11月で寒くなってきてたけど、公園で遊んで帰っていました。さすがに
       自転車はそろそろやめねばと思い、bianがよく歩くのに頼ってバギーを押しつつも、
       トコトコ歩いてお散歩がてらお買い物、という日々を過ごしていました。bianのお友達は
       みんな揃って幼稚園入園話をしていたけど、「ウチは下も生まれるし、2年にする~」と
       いって話を聞くだけ・・・だって1月にフニャフニャの赤ちゃんが生まれて2月まで里帰りの
       状態で4月から幼稚園なんて無理~とか言いながらも、実は弁当作ったり早起きしたり
       保育料を払ったりするのがイヤだっただけか?(爆)>

●妊娠34週
   体重62.5kg・腹囲88.5cm・子宮底長31cm・血圧94/48・尿三種共に「-」。

     <ついに9ヶ月目に入って体重も8kg増。腹囲も90cmが近くなって足の爪が切れないし
       靴を履くのも大変だ~という頃。自分の足元が見えなくなるので階段などが怖い。
       ボチボチ里帰りの手はずを整えていたけど、その矢先にVul祖父が病死★Vulが週末に
       1人で入院先に会いに行き、意識不明のVul祖父と話しに行ったり、半徹で千羽鶴を
       折ったりしていました。
      翌週には葬儀になり、3人で神戸へ。3日ほど滞在してまた千葉に戻って・・・と移動して
       いました。「大きなお腹で不幸に参列は良くない」って一般的には言うらしいけど、出ない
       ワケには行かないもん!とゴリ押しでお別れに行きました。そして私は「胎教に良くない
       なんてこと無い!」とハッキリ思いました。お別れ自体は悲しい出来事だったけど、「その
       先に喜びもあるのね~」と私とVul祖母を見て泣きながらも励ます方が居たり、滅多に
       会わない親族の方々に「あら、2人目?男の子?楽しみね~頑張って!」と言われたり。
       悲しい出来事に集まった人々に、「3人目のひ孫が誕生するという喜ばしい出来事が
       待っていること」を一気に伝えられたので、「じゃぁ寂しくないわね」と安心感をもたらした
       様子でした。>

●妊娠35週
   体重62kg・腹囲90cm・子宮底長31cm・血圧98/50・尿三種共に「-」。

     <相変わらず一定な血圧。すっかり寒くなった中を歩いて産院まで行って運動を兼ねて
       いました。bianもよく歩くのでバギーは要らない位で頼もしい限りでした。里帰り前の
       千葉では最後の検診になったので領収書をもらってお別れですね!(笑)2日後には
       新幹線に乗っていた記憶があるなぁ・・・Vulに付き添ってもらって3人で向かいました>

●妊娠36週
   体重64.3kg・腹囲測らず・子宮底長31cm・血圧112/74・尿三種共に「-」。

     <やはり実家に帰ると血圧は上がり、体重も増加★bianを連れて行ったのでチヤホヤ
       され過ぎてワガママになるし、実家は居心地が悪いのでまたストレスが溜まる日々。
       ヒマを見つけてはbianと2人でVul祖母のお家に「元気ですか~」と言いつつ遊びに
       行っていました。(逃げてるだけ?苦笑)
      NamePの母親が「まだオムツ穿いてるワケ?恥ずかしい!」とbianのたぷたぷ紙オムツを
       見るなり叫び、「私が外してあげます!」と大張り切りでトイレトレーニングを強行☆すぐ
       外でも家でもパンツでいけるようになりました。でもウンコに弱く・・・私は何度もトイレに
       付き合わされるのが腹ボテの身では辛く、「じゃ、ヨロシク」とお任せコース!(爆)>

●妊娠37週
   体重66kg・子宮底長32cm・血圧107/67・尿三種共に「-」。

     <Vul祖父の49日の法要があって「まだ生まれてなかったのね?」などと言われつつ、
       輪を掛けて大きくなっているお腹を見ては「実は双子なんじゃないの?」と多くの人に
       笑われていたくらいに前に出ていました。エコーでも想定体重が3800gで、「大きい?」
       とは言われていた・・・もう早く生まれて欲しい~病院で年越しはイヤだ~とbianと毎日
       寒い公園で遊びながらウロウロして「出て来ーい出て来ーい」と唱えていました。(笑)>

●妊娠38週
   体重65.5kg・子宮底長32cm・血圧104/65・尿三種共に「-」。

     <クリスマスは無事に迎えられちゃったね~と笑いながらも、NamePの母が「もう出てきても
       いい大きさよね・・・」と毎日私のお腹を見ては苦笑していました。Vulも冬休みに入って
       スグに神戸までスタンバイに来てくれて、bianも大喜びで甘えていました。1月6日が予定日
       でしたが、「年内に生まれないのかな~」と言いつつ、大晦日には近くのロープウェーで
       展望台に上ったりして結構出歩いていました。またお寺で祈願したりね!(^_^)>

そして。

「では新年早々の4日に次の検診ということで」と産院に言われていたけれども、その前の2日、実家に届いている年賀状を眺めていたら朝の10時半頃に陣痛が起こり、昼の13時43分に無事にhikaruが生まれてきたわけです・・・驚異的な大きさの4122gで!(爆)

その話は「その5」でお話しましょう!(^_^)

2005年 10月 03日

自宅出産に向けて・・・(3)bianの生後1ヶ月ほどの話

投稿者 by namep at 21:43 / カテゴリ: / 34 コメント / 0 TrackBack

bianを生んだ産院は、産後6日目で退院しました。月曜日に生まれたお陰で土曜日に退院出来て、Vulが一緒に付き合ってくれたり、Vul両親もNameP母も迎えに来てくれたりして、恵まれた環境でした。

NamePの実家に戻ってからは、タイの尾頭付きと「初孫」というVul父が月山で見つけてきた日本酒などで盛大にお祝いをし、写真を撮ったりビデオを撮ったりと大騒ぎ状態!(笑) だってVul両親にしてみれば初の内孫で(8月にVul妹が出産していたけど外孫だし~)、NameP家にとっては外孫でも初孫だったし・・・新生児の物珍しさと「昔を思い出すわ~」といった興奮で、近隣に住む互いの祖父母までがお祝いに来てくれたりして大変喜ばしい出産と相成りました☆本当に「こどもが生まれるってのは、すごいことなんだな~」と日々実感して過ごしていました。(^-^)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

ところでNamePは実家が苦手なのですが・・・出産前から変わらずに「東京に帰りたいノイローゼ状態」だったのが、産後は更に寝不足が重なったりNameP母が我が子のようにbianを取り扱うことを「私の子なのにーっ!」と非常に身勝手に感じてしまったりして、どんどん心労がたたっていました。(^_^;)
Vulは献身的に金曜日の夜から月曜日の早朝まで、毎週NameP家に通ってくれていたのにも、「産前から考えたら新幹線代はいくら掛かってるのかしら?別に毎週来なくてもイイんじゃない?」とか言われるとカチンと来たりして・・・(苦笑)
「もう生後4週間検診が終わったら、絶対にすぐに天神さんでお宮参りして、翌日には江東区に帰る!」と決意してて、ひたすらにその日ばかりを楽しみに暮らしてました。(笑)


bianはよく出る乳をよく飲んでくれていました。3556gで生まれてから、「自然代謝で生後7日は体重が減っていくんだけど、その後1週間で大体は生まれた体重になる」という一般的な話よりも増えていて、生後14日目で3615g、32日目で4424gという増加具合でした。生後4週間検診の結果は、「身長・51cm→55cmへ」「胸囲・33cm→35.5cm」「頭囲・34.5cm→37.5cm」という順調な成長ぶりでした。

私の母乳は出過ぎて困っていたくらいでした。(自称・ホルスタイン★^_^;)
母が「自分でも何かやりたいから」という理由だけで、私がbianの寝てる間に風呂に入っている時に「泣いたんだもん」と言って、産院がくれたミルク缶を勝手に開けて飲ませていた時(←風呂上りに乳を飲まなくてバレて、もちろん私は激怒!)以外は母乳オンリーで進んでいました。

そして4週間検診が11月24日の午前中に終わり、土曜日だったのでまた全員集合で午後にお宮参り~会食と進み、Vul家もNameP家も「ではまた江東区に行っても元気で」という雰囲気になったので、「来週には帰ろう!」と決めて手はずを整えだしました。新幹線で帰るには荷物が多すぎて(買ってあったりもらってきたりした育児グッズがベビーベッド・布団・ベビーカー・服など、山盛り!)無理だったので、レンタカーを借りて姉に運転してもらうことにして(運転大好き人間なので、名乗り出てくれた♪)、大荷物と共に神戸~江東区という大移動をすることにしました。

「あと1週間で帰っちゃうよ」と神戸の友達に連絡すると多くの人が急いで見に来てくれて(笑)、bianが生まれてから5週間の間に一体何人の方にお祝いを頂いて、のべ何人の人に抱っこしてもらったんだろう?と判らなくなる位にたくさんの人に祝福してもらいました。「あなたは幸せな人だね~」というのが私の口癖になっていた頃ですね。(引いては私も幸せ者だという感慨に浸ることが多かった・・・*^_^*)

そして12月2日(お宮参りの翌週)に姉の運転するセレナに「bianはどこ?!」というくらいの荷物と共に出発!途中でVul妹夫婦が住む春日井市に立ち寄って顔見世をし、2ヶ月先輩のイトコのguy君と義理の祖父母と、私たちの立ち寄りに合わせて近郊から来てくれていたVul弟夫婦と共に記念撮影をして休憩を取り、1時間ほど過ごしたらまた高速道路で出発!相模原付近で渋滞に掛かったけど、ひたっすらに突っ走ったので、9時半に神戸を出て、21時半に江東区の自宅に到着しました。

Vulは12月1日から空き家状態だったマンションの掃除に掛かっていたのです。だって毎週月曜日に神戸から出社して、金曜日は神戸に帰っていたので、平日の3日間寝て、洗濯物を洗って干すだけの場所になっていたので、すんごい汚かったのでしょう・・・(私は見てない)必死になってbianのために片付けたり慣れない掃除機を掛けてくれたりして、到着を待ちわびていました。セレナから荷物を降ろし、NamePの姉と一緒に風呂を準備したり食事をしたり、簡単に荷解きしたりしてる内に2日は終わってしまいました。

3日は月曜日だったのでVulは出勤してしまい、NamePの姉も「そろそろ帰るわ~」と昼の12時ごろには行ってしまいました。(この日にわざわざ休みを取ってくれて、さらには1人でレンタカーを運転して返しておいてくれるんだから・・・今考えても本当に感謝です☆) 

ということで、初めての「bianと1対1で江東区の自宅で過ごす」という1日目がスタートです!(^-^)

家事も育児も1人で始める時がついにやってきました。10日にはまたNamePの母が「様子見と手伝いに」と言って14日まで来てくれることになっていたけど、とりあえず「自分のやりたいようにやれる時がついに来た~♪」と、かなり開放的な気分でウキウキでした!(*^○^*)

bianの様子は?というと、ウンコが少なくて4~5日に1回、という頻度。よく飲んでるのに大丈夫?!というくらいに溜めておいて、3日目くらいから苦しそうに泣いたりして、4~5日目で粘りの強いウンコを出すという「ウンコで心配をかけさせられる」人でした。
連続熟睡は4~5時間がたま~にあるけど、大体2~3時間おきに泣いては両乳を飲んでました。1日に7~8回飲む、寝ては起きるを繰り返していて、昼寝のしすぎなのか夜に2時間ご機嫌で起きてたりしてました・・・「寝ててくれると色々片付けもはかどるし~」と私の勝手な理由から、すぐに乳飲ませては寝せていました!(笑)平均して1日に14~16時間くらいは寝ていたかな?(^_^;) 
果汁やお茶・水などはほとんど飲ませず、ホントに「母乳オンリー」と言い切れるくらいに、bianにとっては単調な食生活を送っていました!(爆)
外出は毎日近所や電車やと割と連れ出していて、A型バギーで出かけたり、抱っこ紐で出かけたり・・・買い物だけだったり人と会ったりと、やっと自由に動ける我が身も嬉しかったし、外の空気にも慣れさせたいしVul以外の大人とも喋りたい!と言って割と頻繁に出かけていました。

といった感じで、bianの生後1月ほどは過ぎていったのです。

2005年 9月 24日

自宅出産に向けて・・・(2)bianの出産話

投稿者 by namep at 01:29 / カテゴリ: / 22 コメント / 0 TrackBack

bianは2001年10月22日(月)の21:33に生まれました。3556gの「白くて大きな赤ちゃん」(←出てきた瞬間の助産師さんの言葉)でした。

初産だったし、当たり前のように「神戸の実家に里帰りして、自分の生まれた産院で産もう」と妊娠発覚当初から考えていました。満8ヶ月で仕事もクビになったことだし、結婚してから長期滞在はしていない実家に親孝行と思って帰ってあげよう~くらいに考えていました。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

当時は通勤の便を考えて江東区に住んでいたので、徒歩25分くらいの、評判の良い女医さんの産院で9ヶ月目まで検診を受けていて、臨月に入る直前の35週で新幹線で移動し、産後1ヶ月まで滞在していました。

実家に帰ると家事労働は減るし、2人分とかいって食べさせられるし、車生活なので、あっちゅー間に太りました!(=~=)
27歳という年齢からか、昔からの友達も近くに住んでても忙しく働いていて、そうそう遊んでもらえないし~と平日はヒマ~ヒマ~と家でゴロゴロしていたら、親切な親友がTVゲームのソフトを貸してくれたので、朝からずーっと実家の人間が出かけている時間中TVゲームをして、眠くなったら寝て、を繰り返していたので、太って当たり前ですね☆(爆)


毎週末には、Vulが「まだ生まれないかな?」と気にして&まともな食事を求めて、新幹線で通ってきてくれました。だから土日は主にVulと出かけたりして過ごしていて、「生まれたらしばらくは無理かな?」と映画を見に行ったり、子供服を見たり、ショッピングモールによく居る家族連れを眺めて「赤ちゃんが居るとあんな感じ?家族4人だとあんな感じ?」などとイメトレをしていたりして(笑)、周りの様子を見ながらも夫婦2人だけの生活も最後だね~と満喫していました。(←だから昔からの友達とも会えない)

予定日が10月22日だったので、「1週間くらい早く生まれてくれたら、1週間早く東京の家に帰れるのにな~」と10月に入る頃には既に言っていました。9月15日くらいに移動したので、わずか2週間で実家生活に嫌気が差していたのですね~!(私は実家嫌いの女★) Vulも笑いながら毎週通っていましたが、「まだ生まれないだろ」と言って10月10日くらいの週末には一度来なくなって、「えーんえーん、さびしいよ~」とブルーになってたりしたので・・・精神的にとても不健康でした。(^_^;)


そして「いよいよ予定日だぞっ」という10月19日(金曜日)の夜に新幹線でやってきたVulと、「この週末に生まれてくれたら立ち会えるよね」と楽しみにしつつ、「ご先祖頼みでも行くか」と、この頃には心配してどこでもついて回ってくれているNameP母と一緒に、それぞれのご先祖様のお墓を2箇所巡って、「無事に元気な赤ちゃんが・・・是非とも今週末に!生まれますように・・・」と祈りを捧げに回りました。(^_^)


しかし。

21日(日曜日)の夕方になっても一向に気配は訪れず、「もう帰っちゃう?」と半泣きで私が悲しんでいたら、「うーん・・・じゃぁ明日の朝の新幹線にすれば会社には行けるから・・・でも明日の朝に気配が無ければ一旦帰るからな」と決めて、残ってくれました。
「わーいわーい♪」と単純に”一緒に居られること”に私は喜んでいたけれど、晩ご飯を食べた後、Vulは「こうなったら念を送るしかない!」と当時流行っていた陰陽師を真似て、「ヒュッ!ヒュッ!」と口から気を出しつつ手刀(?)を振って「今晩中に陣痛が起これ~」と念じてくれました。どうしても立ち会ってから帰りたいってことだね!(笑)


そしていよいよ22日(月曜日)の朝。

6時に、「帰るならもう起きなくちゃ」とウトウトしていた頃、お腹がシクシクと痛いような気がしました。枕もとの携帯を見ると6:12だったのを覚えています。生理痛かな?といった軽い腹痛で、「昨晩食べ過ぎたかな~」とか呑気に考えて、またウトウトしていたら、またシクシク。何気にまた携帯を見たら6:19。またウトウト→シクシク、6:26。

「あ、気がつけば7分間隔じゃない?」と初めてハッキリと目が覚めて、次の痛みを待ってみたら、キッチリ7分後にまた同じようにシクシク痛む。「お~っ、来た来た!Vul起きて!多分陣痛だよ?」と起こすと、「え~?」と寝ぼけていたけど、「7分間隔なんだよね」と伝えると「なにっ?!」と急に慌ててガバリと起き上がりました。(笑) 
そこで、「もう3回7分間隔なんだよね・・・12分、19分、26分、33分、と来てるの。次は40分だから、それがキッチリ来たら下に降りて行って母上に”来た”って言おうよ」と待つと、キッチリ6:40にシクシクが来ました!(^_^)

「やったぁ!今日中に生まれるかな~?昨日帰らなくて良かったね、トンボ帰りだったよ~♪」と喜び勇んで階下の母親に陣痛発生を伝えたところ、「いよいよね!まぁ・・・とりあえず産院に行ってみたら?」と言われたので、身支度をして徒歩5分の産院まで歩いて行って、8時45分の診察前にNSTを当ててもらったら「あ、きてるね」と言ってもらえました。しかし助産師さんは「今日中だ、とかは言えないよ~?診察では子宮口もまだ1cmだし・・・初産は判らないからね~」と言っていたので、「じゃぁとりあえずヒーッってなるまで自宅で様子をみています」と伝えて帰宅しました。

NamePの母親は月曜日はヘルパーの仕事に行ってしまうので、出発ギリギリのところに帰宅して「もっと限界まで待つから」と伝えたら「ワカッタ☆昼からの仕事の前に一度帰るから」と言って仕事に行ってしまったので、Vulと2人でイチローが活躍している大リーグの試合を眺めながらゴロゴロしつつ「お腹のシクシク」を感じていました。


ところが12時になってもイマイチ痛みが強くならず、「朝よりは痛いけど、生理痛がヒドイって感じかな・・・ヒーッ陣痛だよー助けてーって感じにはならないな~」とVulと話していたら、Name母が帰宅。「どう?」と聞かれたので、「痛いけど、イマイチ強くない。7分間隔なのも変わらないんだ」と伝えたら、「そんなゴロゴロしてるからよ!おうどん作るから、食べたら洗濯でも干して動き回らないと!」とドタバタと動き回りながら言われてしまいました。そか・・・果報じゃないから寝て待ってちゃダメだったのかな?などと言いながら言われたとおりに動き回ってみたら、1時間で良い感じに痛くなってきた~(^_^;)

しかし、Name母は昼から2件目のヘルパーにも行くので、「だいぶん痛そうだけど、まぁまだまだなんじゃない?私は2時間で帰るから、とりあえず縦になっときなさい」と言ってまた出かけてしまいました。

その後の2時間はひたすら縦になって痛みが増してくる7分を待ちながら、トイレに通っていました。妙に便通が良くなって、2時間で5回くらいウンコが・・・「宿便まで出たぞ!」というくらいにドサドサ出てきて、5回目の「もう何も出ないよ~」という頃には念のためにあてていたパッドに少量の鮮血を見ました。・・・オシルシってやつ?と思って、「もうウーッって唸るくらいに痛くなってから出るんだね~オシルシって~」とVulに言いながら、「いっでで~でででで・・・」と体をよじり、痛い時間も計ってみました。

痛みから痛みまでは相変わらず7分なんだけど、12時までは痛い時間は10秒くらいだったのが、1分くらい痛みが続くようになっていました。要するに、痛くない時間(中休み?)は6分。あ~これが3分間隔とかになるのかなぁ?1分痛くて2分痛くない、みたいな?などと考えつつ、「次に母上が帰ってきたら産院に行こう」と決めて入院セットの確認をしたりしてName母の帰宅を待っていました。


そして15時過ぎ。
母上が帰宅して、「だいぶ痛いよ~、痛いときは立ってるだけで何にも出来ない~歩けない~」と言うと、「じゃぁ破水したりする前に産院に行きましょ!」と徒歩5分なのにVitzで送ってくれました。Vulが付き添っているので母上は「私は夕方に様子を見に来るから」と言ってスグに帰ってしまいました。
朝と同じ分娩室で再びNSTをあてると、助産師さんが「おっ、だいぶんイイのがきてるじゃない?これはもうすぐだと思うな~ワカンナイけど(笑) それと、子宮口はまだ3cm。これが8cmを超えたら分娩準備するからね~、それまで入院する相部屋で頑張ってよう!」と案内してくれました。歩いてる途中で痛みが来たら、止まって痛みが去るのを待ちながら移動~(^_^)

痛みに耐えて大量にウンコしてたから、少し疲れてきた~寝てしまいた~い・・・けど今日中に生まれて欲しい・・・痛いなら早く出てもらってこの痛みとおさらばしたい~とさまざまな欲求と闘いながら、痛くなったらウーウー唸りつつも「Vulが一緒にいてくれて本当に助かったよ~心強いよ~」と痛くない間はフツウに喋っていました。「痛いときは結構痛いんだけどさ、まだドラマみたいにギャーギャー叫んで滝汗かいてる!ってレベルじゃないから、きっともっと痛くなるんだろうな~(ぶるぶる)」と言って、「なぜに痛みには単位がないのか」などという馬鹿げた話題で盛り上がっていました。(←当時そういうネットネタがあった)

後は関東や関西の、生まれるのを楽しみにしてくれている人々宛てに多数の携帯メールを送っていて、「いよいよきたーっ!って感じだよ」とか「天秤座で生めそうです」などと、カチカチとボタンを押していたりしてました。(←余裕?)


入院手続きをしたりNSTをとったりして16時半頃に入室したけれど、18時に「夕食ですよ~」と初めての入院食(←私は27年間入院したことがなかった超・健康体)が出てきたときには、「さすがに痛くて食べられない・・・座って箸を持ってるのが辛い・・・」と言って、痛い時には汗をかき始めていました。その時間くらいには、Name妹が「まだ生まれてない?」と中学の制服姿(←Name妹は2001年は高校受験の年・・・12年離れています★)で、学校からの帰り道に友達と「とりあえず様子見に!」と駆けつけてくれました。「わ~♪急いで来てくれてありがとーっ!生まれてないんだけど、もうかなり痛いのよ・・・こーなったらとっとと出しちゃってスッキリした~い!」などと軽口を叩いていて、「一旦帰宅して着替えたらスグ来るから!私も立ち会えるかな?」とダッシュで帰って行く今はbianに会えるのを楽しみにしてくれている妹が、15年前に生まれた頃を思い出して痛みを紛らわせたりしていました。

そして19時。
着替えて食事も済ませた妹が「にーちゃん(=Vul)も一旦ご飯食べに帰ったら?私が交代するから・・・っておかーさんが言ってるよ?(爆)」と頼もしい発言をしてくれて、私も「多分まだもーっと痛くなるから・・・いざとなっても徒歩5分でしょ?行っておいでよ」と促すと、「今お前のご飯食べたけど・・・まぁ親も来るからいっぺん帰るわ」と言って、朝に連絡したらスグ返事をくれて、高松から橋を渡って駆けつけてくれることになってるVul両親を連れてくるようなことを言って帰宅しました。

しかし、その10分後に「まだ生まれてない?!」とVul両親が登場☆「わーっ!早い!確か16時過ぎに高松を出てましたよね?!飛ばしてきましたか?まだ間に合いましたよ~」と少し汗をかきながら言うと「良かった!もうすっごい急いで来たのよ~今日中に生まれるかしらね?!」と喜んで駆けつけてくれたことが、陣痛と闘っている最中でも、とても嬉しかったです。

その10分後には「いかがですか~?まだみたいやね」とName父も会社帰り姿の作業着で登場。Vul両親と挨拶して「いよいよですね」などと話していたら、助産師さんが「もうかなりイイ感じかな?空いてるから陣痛室に移る?」と相部屋のベッドまで迎えに来てくれました。陣痛室というのは分娩室の隣にある、和室仕立ての広い部屋なのです。続々と集まってくる人が相部屋のカーテンで仕切られたベッド周りに入ってないのを見兼ねて、移動を勧めてくれたのかな?などと考えながら、休み休み歩いて移動。妹・父、Vul両親で4人が一緒なので精神的に心強いです。(^-^)


その後、VulとName母とName祖父(Name父の父)が「まだよね?」と駆けつけてくれたので、20時の陣痛室には私を入れて8人が喋ったり苦しんだり(←コレは私だけ?)してました。
私は1人寂しく生んで、産院の人だけに「おめでとう~」などと言われたくなかったので、ガヤガヤしてて嬉しかったですね!とはいえ、私は会話には入れず・・・(^_^;)妹とVulが傍に居てくれてなんやかやと話しかけてくれるのに助けられつつ、どんどんエスカレートする痛みに「ヒーッ」と滝汗かきながら耐えていました。

「両親が揃って待機してる上、祖父や妹まで居るニンプーって・・・スゴイ珍しいんじゃない?」「眼球が飛び出そうなほど痛いよー」などと軽口を叩くことも忘れず、ひたすらに痛い1分と痛くない2分とを繰り返していたら、隣の分娩室で1人生まれました。私ももうすぐ母親だ~、やっと腹の子とご対面だ~と楽しみにしながら陣痛と闘っていたら、なんだか裂けるような痛みを感じ、「あ・・・なんか違う感じがした。助産師さん呼んできて」とVulに伝えました。Vulは朝からただひたすらに痛みに耐えつつ軽口を叩いて気分を紛らわしている私に付き合っていたので、ロボのようになっていましたが、弾かれたように立ち上がってナースセンターに行ってくれ、スグに来てくれた助産師さんが子宮口をチェック★

「8cmいってるね。早い早い。じゃぁ分娩室が空いたら移動しましょう」と言ってくれたので、「おおっ、じゃぁもうちょっとだ。しっかし・・・1cmや3cmの頃と比べたらやっぱ8cmって違うね~、100万ハナゲくらい痛いよ!」とまた痛みの単位話になって(←鼻毛1本抜く時の痛みが「1ハナゲ」という馬鹿な話です★)、タオルで汗を拭きながら、それでも「私の出産のために、こーんなに皆さんが喜んで揃ってくれて、なんとか今日中に出てきそうで・・・私は幸せなニンプーでヨカッタ♪」とひたすらに感謝していました。

いよいよ分娩室に移動、となったのが、20:45頃でした。
その産院には2つの分娩室があるらしく、隣でも唸っているニンプーの声が聞こえていたので、「どっちが先かな~」などと笑いながら分娩台に上がりました。Vulと妹が頭の上に居てくれるので嬉しい!無事に立ち会ってもらえるなんて幸せ!と私はとても喜んでいて、NSTをセットされたり心音を図る機器を巻きつけられたりするのを待って、「今日出てくれたらさそり座にならないよ~助かった~」などとまだ軽口を叩いていました。10月24日からさそり座。2001年はヘビ年だったので、「女でヘビ&サソリ・・・更にVul譲りのB型だったらどうよ?」と心配していたのです★(^_^;;)

では準備も整ったし!いよいよ分娩ですね~、という雰囲気になったけど、分娩室1の人がかなり佳境に入っているらしく、院長先生は全く来ない。それらしい声は聞こえるけど、私のほうには助産師さんが2人って感じかな~?などと周囲を観察。(←冷静) その後、1からは21:15分くらいに「ンギャーンギャー」と泣き声が聞こえ、「女の子でーす!おめでとーございまーす!」と分娩室1&2に4~5人居る助産師さんたちが騒いでいるのを聞いて、「よっしゃ!次は私やで!」と一気に”産む感じ&生まれた感じ”を掴みました。(^_^)

そして助産師さんが「はーい、頭見えてきたよ~」「もう少しだから頑張ろうね」「呼吸がウマイね」「痛くないときはリラックスして休憩してようね」などとよく声を掛けてくれるし、妹が「すごーい、私なんかが、ここに混ぜてもらえて幸せ♪」とドキドキしながらも色々と笑わせてくれる様子が嬉しかったので、不安はありませんでした。で、21:30に「先生、こっち早く!」と初めて助産師さんが院長先生を呼んだ声で男の先生が隣室からサッとやってきて、「あ、もうスグだね~、あと3回位かな・・・頑張って」と言っただけで、足元で熊のようにウロウロしていたのを明確に覚えています。(←要するに見ただけで、別に何をするでもない?)

21時から私に付きっ切りの助産師さんはたくさん話しかけてくれました。「うん、上手上手!もうすぐだよ~やっと会えるね~」「コレは自然に出るね、破水させちゃうね」「お隣は女の子だったよ!タクシーで駆けつけて、降りるなり破水して、分娩台に上がって15分だったよ~!もうこっちも慌しかったこと極まりない!(笑)でも初産でアレは珍しいよ~」などと、リラックスさせるためにか、笑わせるようなことを言ってくれたりしていました。

対して私も、痛くない間は割りとベラベラ喋っていて・・・(^o^;)

破水させたときも「わ~、ぬるいお湯が出た~すごーい」と感想を述べたり、「胎盤が出たら見せてもらえって母親に言われてるんですけど、いいですか?紫色のレバーみたいな臓器だって聞いたので」とか・・・「初産で15分か~、私はもう40分以上ここにいるよ~あと3回で出るかな~」「頭降りてきた~すごーい、出る出る」「うーっ、もうとっとと出したい~」などと言ってて、「笑いながら産む女」状態でした。(^_^)

先生はというと、来て、チラッと見て、少し待って、「あ、もうイキまなくて大丈夫」と言っただけで、ブリッとbianが出た瞬間に、「はーい、出たよ~!おめでとう、女の子ですよ」と言って取り上げただけって感じ・・・(爆) 助産師さんが「わ~、白くて背の高い赤ちゃんが出てきた~ほーら初めましてだね~」「へその緒、見る?」「今洗ってるからね~、スグ抱っこさせてもらえるから待ってて」「後産が出るから引っ張るよ」などと、また色々と話しかけてくれていました。
感激の余り嬉しくて泣いている妹やVulにも「立会いお疲れ様でした!どう?すごい経験になったでしょう?」「外の人たち(←両親や祖父)はどうしてるのかな?」「はい、写真撮ったらパパも抱っこしてみよっか」などと、ほぼ同時に2人生まれて忙しいはずなのに気を配ってくれて、私としては助かりました。


紙パックのウーロン茶をもらって、分娩台に寝て飲みながら「あぁ・・・やっと出せたね。3556gって大きいよな~いまどき」などとVulと話しながら休んでいると、22時半頃に「お疲れさま!では私たちは帰ります、明日来るからね~」と両親らが挨拶だけにチラッとドアに顔を出してくれて、「ありがとう!」と返事をして明日の来訪を待つことにしました。

その後、入れ替わりで姉も!友達と遊んだ後にわざわざ車を回して来てくれて、「雨で道が激混んでてさ!間に合わなかった~ぐやじー★」と言いながら「Vulもパパだね、おめでとう」などと喜んでくれて、30分ほど分娩室でbianを眺めて、私と話して「また明日来るから!」と帰っていきました。

24時ごろに「そろそろ部屋に移動する?」と助産師さんが車椅子に乗せてくれて、薄暗い廊下を移動。1時ごろまでVulと我が子の誕生に感激して小声で話していたけれど、「ま、俺も今日と明日は休みになったから、もう帰って寝て、また明日くるよ」といって帰っていきました。

私は1人になってしまったけれど、疲れよりも大仕事を終えた感動で興奮していて、ちっとも眠くなかったので、ベッドでまた携帯を出して「無事に生まれたよ!」と30人くらいにメールを送り続けていたら、2時ごろに助産師さんが「どうかな?寝れそう?」と小声で様子を見に来てくれました。そしてカーテンから覗くなり、「メールかいっ!元気やな~(笑)」と言って、「眠れないならミンザイ(=睡眠薬)あげるから・・・嬉しいのは判るけど、すっごい疲れてるんやからちょっと寝たほうがイイんよ」と明るい顔で心配してくれたので、「とりあえず寝ます。おやすみなさ~い」といって手元のライトは消しました。


しかし、その夜の私はまさに「興奮状態」というのがふさわしく・・・出産時にはそういうホルモン(苦しい痛みを伴う出産を、快楽と誤解させる働きがある)が大量に出る、とは聞いていたけど、夜の出産だったので余計に引くのが間に合わなかったのか、結局朝まで一睡も出来ないまま、23日を迎えていました。

退院後に見た母子手帳によると、「分娩所要時間は14時間」「出血は1000mlで”多い”に○」でした。Name母も「だって1リットルよ?!牛乳パック1本よ?・・・輸血とかしないで大丈夫なのかしら・・・」と不安な顔をしていたけど、「まぁ、私が元気だし乳も徐々に出始めてるから大丈夫なんじゃない?」とあっけらかんとした様子に負けたのか、特に騒ぎませんでした。


さて、翌23日ですが。

かなり眠いけどフツウに動ける自分だけの体が嬉しい~と起き上がってみると、体が重い★全身が筋肉痛みたいになってました。これは・・・9時間近く痛みと闘った後遺症?と苦笑しながら、腕だけ動かし寝たまま7時半の検温をし、次に届けられた8時の食事をしようとしたら、座るのが辛いことに気がつきました。これはもしや・・・(・_・;)かなりブリッと勢いよく飛び出していったように感じた、私のbianの生み方が、「会陰裂け」ってヤツをやったのでは?そーいや生んだ後に先生が「ちょっと縫うね~」って言って40分くらいチクチクやってたから・・・ちょっとと言っておいて40分も?と思ったからかなりヒドイのかな~などと考えていたら、Vulが「おはよー」と来てくれました。

早く来てくれて嬉しい♪と思いつつも、「興奮してて全然寝てないんだ~。しかも全身筋肉痛★あと、どうもかなり裂けたみたいで・・・座るのが痛いんだよ~?この座り方さ、痔みたいな感じじゃない?せっかく自分の体に戻って楽だと思ったのに~」と四苦八苦しながら朝食を食べている様子を眺めて、「ふーん・・・そりゃぁ大仕事だから色々あるんでしょうな~ぁ」とじーさんみたいなコメントをくれて(笑)、Vul両親が昼前に来るって言ってたとか、Name母が色々走り回ってるぞとか、連絡をくれました。

その後やっと食べ終わったので、「とりあえずbianを見に行こう」と階下の新生児室に向かってゆっくり移動。初めて新生児ケース(透明プラスチックの箱が乗った小さな移動ベッドみたいなヤツ)にグーグー寝ているbianを窓越しに眺めました。新生児は頭の上の紙に出生日時や出生体重が書いてあるので、「うーん・・・2800g台の子は赤いよね、確かに。助産師さんが白いって言ったから、みんなお湯に浸かっててフヤけてるんじゃない?とか思ってたんだけど・・・確かにbianは赤くないよね」と勝手なコメントをしてしばらく2~3人のほかの赤子と見比べて差を楽しんだ後、「では東京に戻って、また金曜日の夜にくるから」というVulと別れるまで、新生児室や病室をウロついて色々話していました。

昼過ぎにVulが帰ってしまった後、いつでも自由に使えるシャワールームへ昨日の汗を流したくて行った時、脱衣室にあったアナログ体重計に乗ってみたら5kgしか減ってなくて「なんでやねーん!」と1人でつぶやいたり、ニンプーの頃には何でこんなものが?と思っていたドーナツクッションやドーナツ椅子の恩恵にどっぷり預かったり、産院からのお祝いであるフランス料理フルコースディナーを産婦同士で集まって食事する時間を楽しんだり。
お薬は3日分出された子宮収縮剤と抗生物質を飲んでいたけど、子宮の収縮する痛みが強くて23日もなかなか眠れなかったので、その事情を助産師さんに説明した後から飲むのをやめて、さすがに2日徹夜は辛いと思ったので睡眠薬をもらってグッスリ眠りました。


産後の入院生活は5日ほどですが、Vul両親が「おめでとう!お疲れ様!」と高松に戻る前に顔を出してくれたり、Name母が忙しい中を1日2~3回顔を出してくれて要望の品を持ってきてくれたり、Name父が仕事の前後に「元気?」とチラッとだけでも寄ってくれたり、近所に住むVul祖父母が「お疲れ様でした~」と散歩の途中で寄ってくれたり、友達やイトコがお祝いに駆けつけてくれたり、姉や妹が「体調はどう?退屈じゃない?」などと心配して喋りに来てくれたり、実家のお向かいに住むおばーさんが「生まれたんだって?」とお祝いを持って来てくれたり・・・本当に入れ代わり立ち代り、いろんな人がいつも私のことを気に掛けてくれてるんだ~と思うと、感激して泣けるくらいに嬉しい、生まれて初めての入院生活でした。

1人寂しく産んで、入院中も誰も来ない・・・みたいな出産も世の中にはあるのかもしれないけど、私は最もそこから離れた幸せな出産をしたんだろうな~と思いながら、授乳や沐浴指導などを受け、顔エステや洗髪サービスを楽しんだりして過ごしていました。入院費用は35万ほどで、「社会保険から一律30万のお祝い金が出ても足が出るやんけ!」とVulがビックリしてたけど、豪華な3食昼寝付き生活を送って人生最大級のイベントを終えた慰労サービスを受けてるんだから、そりゃぁしゃーないでしょーと思っていました。(笑) 色々とお土産もついて(紙おむつや花や哺乳瓶や粉ミルクなど)、助産師さんがいつでも新生児を見ていてくれて、いろいろと教えてくれる5日間なんだから、そりゃ30万じゃ足りないよね、と言っても、Vulには体験できないんだから一生判らないままなのかもしれませんね・・・(^_^)

という感じで。
とにかく、私は幸せな出産をしました。
bianもとても健康体でした。

私としては申し分なく幸せ100%な状態で、土曜日に退院しました。

2005年 9月 23日

成長記録って大切ですね☆

投稿者 by namep at 00:41 / カテゴリ: / 78 コメント / 0 TrackBack

hikaru生誕4週間目で止まっていた超アナログな冊子アルバムが、一気に8月現在まで出来上がりました♪

昨日は朝方5時半まで印刷指定をしたり、この日記を更新したり(←関係ない?)していましたが、9時にはhikaruが起きたので3時間睡眠で起き出して作業再開!残り80枚近くの印刷指定をして、途中で様子を見ては切れたインクを補充したり、アナログ写真と照らして時系列に並べる作業をしつつ、トイレ掲示アルバムの写真を切ったり貼ったりも進めていました。そして洗濯物を干したり窓拭きもしましたよ♪(^-^)v


▼続きを見る⇔折りたたむ▲

ですが、昨晩と進行状況が違うのは、歴然としていましたね~(^_^;)

hikaruは、ただ今トイレトレーニング真っ最中なので、起きるなりまずシッコさせ、その後は自己申告を含めて1時間おきにシッコやウンコやとトイレに出たり入ったりが繰り返されます。しかも今日はトレーニング中もっとも色々やってくれた気がしました・・・(苦笑)

起きぬけのシッコはトイレに座って成功したものの、4回ほど「ウンコ、と言いながらも”もうない”」を繰り返した挙句、私がシッコしてる傍でトイレの床に置いてあるオマルの縁に立ったままウンコしてくれました!(>_<)おーいっ!周りに落ちてるぞーっ!(爆)
 
あわわわわ~と言いながら私がティッシュで拾って流して雑巾で床を拭いている間に、尻出しhikaruは走って戻ったリビングで更に追加の立ちウンコ・・・(bianが「ギャーッ!」と叫んで教えてくれて早期発見☆)hikaruは落ちていくウンコを見ると、いつも驚いて後ろに下がりながら踏んで歩くから被害続出!(失笑)それをサッと捕まえて風呂場で足の裏まで確認して流し、またリビングと風呂場までの床を拭き回り・・・ふぅ、イイ汗かいたぜ!と一息つくと15分ほどが経っています。(^_^;;)

一人でグズグズ朝食を食べていたbianも、随分と慣れてきたけど、目の前でウンコがポトポト落ちたり踏んで歩いたりされて食欲が失せたのか、更にダラダラとしながらも食べ続けていました。(済まないね~でも逞しくなったね~^_^;)

プリンタを覗いても途中でインクが切れていた為か・・・あまり印刷が進んでないから、「先に窓拭きをするか~」と新聞と霧吹きを出してベランダ側から拭いていたら、「俺も~」とhikaruが霧吹きを吹きに出てきてくれて、ベランダに裸足で出るなり、たった今履かせたトコロの布パンツと半パンツを通してシッコをジャージャー垂れ流してくれました・・・・・・(-_-)
ベランダだから、もう後で水と流すぞ~と、とりあえずhikaruを脱がして脇に抱えて風呂場へ行き、また着替えさせ床を拭いてから窓拭きに戻り、A面B面と拭き終わったら手を洗いがてら自分の洗顔を済ませました。

その時点でやっとこbianも「ごちそうさま~」とお皿を台所に運んできてくれたので(←私は毎度毎度しばらくはbianを待ちますが、傍に居ても喋ってたり座ってるだけで口が空っぽな時間が長くなってくると、立ち上がってとっとと洗濯物を干したり布団を畳んだり、着替えたり皿を洗ったり、下手したら掃除機を掛けたりしてやります★^_^;)
そしてそのbianは1時間掛けて朝ごはんを食べ終わったかと思うと、いきなりソファに飛び込んで「バーバパパ見たい~」と来た!(ヒーッ☆12時から映画かいなっ?!)


でも、まぁ今日は天気も悪いし・・・私もアルバムが作りたいし、hikaruも大人しく一緒に楽しんでみてくれるビデオなので特別にイイよ~と「ある意味で協力体制であるbian」に感謝して、珍しく昼間っからビデオを見させてあげました。ツタヤで借りてきたバーバパパは30分1セットで、終了直後に「もう1回見たーい!」がステレオ放送であり(二人同時に同じせりふを言うな~!笑)、アンコール上映で即座に30分追加。更には2回目が終わるなり「次はムーミン♪」(「ムーミン」とhikaruまでもが・・・)と言われ、更に50分のムーミンが回りました。(苦笑)

その約2時間の間に、両面テープやハサミを使ってトイレ掲示アルバムを作成し、30分おきにプリンタからL判写真を回収してアルバムに挟み、サービス版サイズの写真をL判サイズに切り揃える作業も含めてサクサクと進んだので、昨晩から合計9時間ほどで「アナログアルバム」と「トイレ用ベストショット集」が無事に完成しました♪(トイレ用はまだ余白を残してあるけれど~)

「切りたい」「やりたい」「これなぁに?」などと傍でゴチャゴチャ邪魔されたりせず、ソファで二人とも集中して映画を見続けていたため、一人で進められて早かったとは思いますが、午前中が予想外に進まなかったので時計を見たら15時でした。


「お腹空いたなぁ!」と急いで身支度を済ませて自転車に乗ってドーナツ屋に走り、bianに約束していた汁そばを買って食べさせてあげました。(←昨晩から「アルバムを作るから協力してね、出来たらお祝いにラーメン食べに行こう」と約束していたのです♪) 映画を見てる間はレモンティーを少し飲んでレーズンを食べたくらいだったので、二人ともものすごい勢いで食べてました・・・ってゆーか、飢えてた?(爆) 

午前中は大騒ぎを引き起こしたhikaruも、午後からはトイレ成功率が上がり、玄関を出た直後から空腹で機嫌が悪かったのを除けば、今日も全体として非常に逞しかったです。(^-^)

家を出る直前にトイレでシッコさせて紙おむつを履かせて出てきたのに、ミスドに着くなり「トイレ行く」とシッコを自己申告してくれて助かったし(←紙オムツつけちゃうと出しちゃうし言わなかったのに!)、ガツガツ食べた後に公園で30分ほど元気に遊んでくれたし、「ウンコ出来たね・ご褒美チョコ」を3人でイオンのレジに並んで買ってくれたし(←自分で「ハイ」と渡してくれた)、帰る前にまたトイレに一緒に行ってくれたし(出なかったけど)、自転車の前椅子から帰宅後のソファまで、1時間ほど昼寝してくれたし(←bianと二人がかりで起こしたけど)・・・よく食べてよく遊んでよく出して(笑)、2歳前とは思えないほど色々と逞しくやってくれる男になっています。

bianも「bianもご褒美お菓子が欲しいよ~」とねだられて、同じ種類で大きさのシリーズのラムネ菓子を買ってあげたら、「朝の準備が一人で出来たらコレを1粒食べていいんだよ」「夜はコレね」「ウンコが一人で出来て一人で拭けたらコレ」とラムネを自分でカテゴリ別に分け、「間違えないようにかーちゃんが箱に書いといて~」と全部自分で決めていて頼もしかったですね!(^-^)
なので、その後は例えご褒美目当てであっても、「かーちゃんがやって~」と甘えていた着替えや「一緒に行って~」とねだっていたトイレも、「自分で出来ることは自分でやらないとね!ラムネ食べられないしね!」と一人で思い出しては、トットコ走って全部一人で済ませてくれました。「夜はね~、ご飯まで一人で全部食べ終わったら、食べていいんだよ」とルールを決めて、キッチリ守ったら「ねーねー、ご褒美ちょーだーい♪」と冷蔵庫の下までニコニコしてやって来て・・・面白い人です♪(*^_^*)


Vulが帰宅したのは23時で遅かったから子等には珍しく会えず終いでしたが、食後に「完成したアルバム、見る?」と剥いたリンゴと一緒に出したら、「へ~・・・やっぱりこうやって写真になってるのも面白いもんやな~」と楽しんで見てくれました。bianが大きくなってるんだなぁ!と二人して同じことを感じた辺り、夫婦って感じでしたね。(笑)  子供の2年ってすごい成長してるんだ!とhikaruが生まれた直後のbianの写真を見て思ったのです。(もちろんhikaruもバブバブの赤ちゃん時代から今まで超スピードで成長していますが) 「こっちは、あんまり変わってないけど」と勝手に思っていた2~4才直前のbianの方が、顔つきから体系まで激しく変化していて、ちょっと驚きました。


そうした驚きと共にアルバムをbian誕生から改めてめくって見ていたのですが、ふと、最後の2005年7~8月の写真が無いことに気づき、今、隣でまたプリンタ君が働いてくれています!(忘れてた?コピペに失敗してた?)


ということで。

昨晩の5時間半、今日の昼間の3時間、今夜の1時間半を含めて10時間程度でしょうか・・・それだけの時間で、この1年半が凝縮された写真たちが物理的なカタチになって、私の目の前に「写真集という歴史」として現れてきてくれたお陰で、子供たちの成長に改めて感謝した次第でした。

では、2日間・10時間近い私の作業結果と、同時に、hikaruのトイレトレーニング用「出来たよシールを50枚貼れる手描き線路」をご披露したします♪(撮影場所はもちろんトイレですね!爆)

album.jpg

2005年 9月 22日

思えばこの1年半・・・

投稿者 by namep at 04:21 / カテゴリ: / 16 コメント / 0 TrackBack

hikaruは2004年1月に生まれているので、2006年の正月には2歳になります。その直前にでも「たっつぁん」が生まれておにーちゃんになってしまいそうなのですが・・・振り返ってみれば、デジカメで取り続けている写真が、旧サイトの写真日記に更新される以外、ほとんど役に立っていないまま放置されていました。

2年前の夏には、「hikaruが生まれる前にbianの写真を整理したいなぁ」と思い、無印でアルバムを買ってきて、アナログで頂いている写真やデジカメから印刷している写真などを「ひたすらにポケットに入れる」という作業をしつつも、「同じような写真なら思い切って捨てる」「室内に掲示してあるベストショット写真集の紙の隙間を全部埋めて、bianが楽しめるようにトイレ用にする」などを丸1日かけて進めたのを、ふと思い出しました。要するに2年前にも慌てて半年分くらいを作り上げたのです・・・(^_^;)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲


ではhikaruが生まれてからの写真はどうなのかというと・・・。
上(↑)の経験から、今後はコツコツと作るつもりだったのでしょう・・・アルバム自体はhikaruが生まれた直後の春先に買っておいたので、生後1月のお宮参りまでの写真は入っていました。そしてその後はチラホラと頂いたアナログ写真がドサッと挟まっているだけ・・・(汗)だってアルバムに入れるには時間の間隔が開き過ぎているし、デジカメで撮っている写真も入れたいんだもん!と結局は後回しになってて、そのまま1年半も経っていたのです!!(どかーん★)

さぁて、で、写真は一体どのくらいあるんだ?と2004年1月から2005年8月までフォルダを開いて目を通すと、感覚的には多分1500枚。デジカメが自動で付けてくれるカウンターが2000近く進んでいるけど、既に写真を消去してる番号は飛んでるから・・・と考えたら、抜粋しても150枚は印刷か?!と目がくらんできました。(+_+)


が、しかし。

今週末に久しぶりに揃ってやってくるVul両親に「やっとアルバムを作りましたよ~」って見せたい!と決心していたので、日数が少なくなってきた手前、もうやるしかないのです!(^_^;)
10日ほど前に近所のLaoxで安売りだったL判写真用紙を買っていたので出して、先週金曜日にイズミヤカード会員専用クーポンを使って600円くらい安く買えたインクをプリンターに補充して(←要するに2週間越しで「やろうやろう」と計画的に動いている!)・・・2004年1月のフォルダからお宮参りの写真をadoveで開いて、とりあえず適当に縮小して1枚印刷してみました。

・・・え~?!なんか~、すーっごい、きったな~い!!(-_-;) 元のサイズがA4なのをL判に縮小した時にボヤけて、ピンボケ写真になってるみたいだし~?!(なぜにコギャル口調?)

adoveのプログラムバグと闘いながらも約30分。色々と試してみたけれど、全然キレイに印刷できない(紙がもったいないからプレビューで確認してても全然ダメ★)・・・もう12時を過ぎて眠くなってきたけど、ここで諦めて寝ちゃったら、絶対に明後日には間に合わない!と考えて、やり方を変えてみることにしました。(発想の転換!by「2歳児からのジグソーパズル」。笑)


うーんと・・・プリンタに直接、「縮小指定」とか出来ないのかしら?と家庭用複合機を見てみると、なんとメモリーのスロットがついてる!?しかも「コピー」などと並んで「メモリーカード印刷」なるボタンがついてる?!これって何?!と、とりあえず押してみました。(←買ってから今まで半年以上、そんなことも知らないほど使っていない?^_^;)

そしたら、「メモリーカードを挿入してください」と液晶に表示されたので、今入っているデジカメの中身を全部PCに移してから、さっきから格闘していたお宮参り写真を試しに1枚だけメモリーカードに移し、プリンターのスロットに差し込んでみました。そしたら直接「L判印刷」→「印刷枚数を指定してください」という表示が出ちゃったりして!!(喜)
ももももしや・・・「OK」ボタンだけ押せば、このまま印刷してくれるとか?!しかもさっきからウマく出来なくて困っていた「フチ無し印刷」の指定無しだけど、勝手になるって期待してイイ?!と、ダメもとで1枚印刷してみました。

・・・えーっ!?めーっちゃキレーなんですけどっ?!(*^○^*)なんじゃいな~、ほな、メモリーカードに印刷したい写真を全部移した後に「印刷しといてや~」って指示さえ出しとけば、朝までにプリンター君がしこしこと働いてくれるってことかいな~?!(←次は浪花の商人口調?)

急に意気揚々と2004年1月の印刷して欲しい分8枚をカードに移し、スロットに挿して「全部1枚ずつ印刷」と指定して印刷開始♪(^-^)b


あ~、出来上がりはとーってもキレイなんだけど・・・・・・印刷するのがすーっごい、遅いな~・・・・・・(苦笑)

8枚刷るのに10分以上かかってる気がするーっ!(・_・;)
じゃぁ仮に10枚で10分としたら、1枚1分って計算で・・・150枚印刷しようとしたら、150分?じゃ、2時間半も印刷し続けるんですか?!この1時過ぎから?!と時計を見て少し考えました。

でも。

それしか方法は無いのです。(時間が無いからね!笑)

明日、メモリーカードを写真屋に持っていってプリントしてもらったり、お金を払ったり、出来上がりを待ったりしてる手間も時間も惜しいので、自分で夜に印刷して、朝からアナログ写真の取捨選択、hikaruのトイレ掲示用アルバム(←全く作られていない。1年前から台紙だけが用意されて埃を被っていました・・・滝汗)をイチから作成し、今晩の印刷指定には間に合わない(紙が50枚までしかセット出来ないから!)後半の写真も印刷して、なんとしてもアルバムを完成させなければなりません。


今日は「少し天気が悪いし~」と言って自宅にお友達を呼んで、昼から半日を楽しく遊んでしまっていたし、昼までは1年以上触っていなかったPC部屋の窓と網戸とアルミのサンをボロ雑巾で拭いて(←これもVul両親来訪までが期限、と決めていたこと)、最後は捨てるまで拭き掃除を続けていたので、非常に体が疲れています。(ギリギリまでやらない私が原因なのですが~-_-;)

さて・・・どこまでやろうかなぁと考えながらも、既に手は動いていて、「寝ている間にも印刷して欲しいから~」と1500枚の中から150枚をピックアップする作業に取り掛かっていました。

私は頭と体で違うことが同時進行出来る女なので(笑)、「あと何時間この作業を続けて、睡眠時間は何時間か」「明日は昼間にどの順番で何をするか」「トイレ掲示用ベストショットアルバムはどの写真を選出するのか、どう切るのか」などを頭で考えつつ、ひたすらにデジカメ、メモリーカード、プリンタ、刷り上った写真・・・とルーチンワークのように手は動いていました。


ということで、現在の時刻は、5時です。(笑)

プリンタ君は既に80枚近くを印刷しています(←1枚1分以上掛かっている様子ですね~^_^;)印刷したい残り枚数は、多分100枚くらいです。PCの中でもともと時系列に並んでいたので、アルバムのポケットに挟むだけの作業は明日の昼間や夕方にでもサクサクと進むでしょう。先ほどデジカメ写真からの選出は終わっているので、明日の朝にすぐメモリーカードの移動をして印刷を指定したら、刷れた写真をアルバムに挿し、掲示用写真を切って台紙に貼ることを進めていけば・・・なんと明日中に「bianとhikaru、この1年半」という記念すべきアルバムが一気に出来上がるのです!!すごい!!「そーゆーのは毎月コツコツやれよ!」って声が聞こえてそうですが・・・(^_^;)

しかし、明日の昼間は同時進行で「窓拭き」と「子供の相手」があります・・・思うように進むかどうかはお楽しみ、ですね♪出来たらこちらに写真でも添付しましょうか~(^o^)

2005年 9月 16日

自宅出産に向けて・・・(1)bianの妊娠時データ

投稿者 by namep at 00:34 / カテゴリ: / 145 コメント / 0 TrackBack

bianを妊娠したのは、私が26歳の時でした。折しも転職直後で「産休取れるんだろうか~」と思ったことを覚えています。ま、結局取れずにクビになったんですが(笑)、妊娠8ヶ月まで事務職で働いていました。

母子手帳の記録から、参考までに私の妊娠状況をお知らせしてみます。私の身長は166cm、通常時の体重は54kgでスタートですから、+-でご自分との違いを楽しむことをしてみませんか?(^_^)
あと、データを示すだけではツマラナイでしょうし、その頃何をしていたか、何を苦労していたかなどを<>で囲って追記します。


▼続きを見る⇔折りたたむ▲

●18w 「体重58.4kg、腹囲79cm、子宮底長18cm、血圧89/56」
      尿蛋白・尿糖・浮腫はいずれも「-」

<まだお腹はほとんど出ていなかったけど、この頃に「これって胎動?」というコチョコチョを感じるようになってきていました。会社でも普通に仕事(重いゴミを捨てたり1時間歩いて買い物に出たり)してました。でもさすがに1人目は慎重で、自転車に乗ることはもう止めてました>


●22w 「体重60.8kg、腹囲83cm、子宮底長20cm、血圧97/58」
      尿の三種類はいずれも「-」

<6ヶ月くらいで6kgも増えてちゃイカンかも?と心配になってきた頃。ツワリもなかったのに、だんだん運動しなくなってきてたから・・・「ただのデブ状態」でした(笑)>


●28w 「体重61.9kg、腹囲86cm、子宮底長23cm、血圧96/59」
      尿蛋白に「やや+」が出たものの残り二つは「-」

<東北の三大祭巡りツアーに5泊6日くらい出てました!(爆)安くあげるためにビジネスホテル泊まりでセミダブルにVulと押し込められて寝てたり、レンタカーで無舗装の白神山地を走り抜けたりして・・・かなり親類友人にバッシングされてしまいましたが、私はとても楽しかったしとても元気でした★(^_^)>


●30w 「体重62.5kg、腹囲88cm、子宮底長28cm、血圧97/62」
      初めて尿糖に「+」、蛋白が「やや+」。浮腫は「-」

<かなり食べる量が増えていて、体重は既に8kg増。尿糖に初めて+が出たので「さすがに食べすぎ?二人分とか言って?」「仕事終わってから帰ってご飯作るのが疲れる~とか言って外食が多すぎ?」と反省し始めました>


●32w 「体重63.1kg、腹囲88cm、子宮底長30cm、血圧103/59」
      尿糖に「3+」!1時間半前にご飯を食べたのが原因。他は「-」

<腹回りが90cm近くなるとヘソから下が見えない~足の爪が切れない~と笑っていたら、Vulのウェストと同じ数値だったのを強烈に覚えています!(爆)ついに会社員生活に終止符を打ち、今も続いている主婦の生活が始まりました>


●34w 「体重62.7kg、腹囲88.5cm、子宮底長30cm、血圧94/58」
      気をつけたので尿検査は三種類とも「-」に戻る。

<まもなく臨月となると、腹回りの増加は止まるんだな~と安心♪食生活を少し見直したので体重の増加は止まりました。Vulが初めて産院に付いて来てくれて初めてエコーを見て、「見方がよぅ判らんなぁ・・・」と言いつつも、宇宙人みたいなbianの顔を見れて喜んでいました☆>


●35w ☆ここから里帰り先の産院に転院。恐怖の実家暮らしがスタート☆
      「体重64.7kg、子宮底長32cm、血圧99/59」(腹囲はこの産院では測らないシステム)
      これ以降の尿検査は全部常に「-」なので、以降は省略します。

<一気に体重が増加!晩御飯が重い(=高カロリー)のにめっちゃ食べさせられるし、家事は減るし車生活だから歩かないし・・・(0_0;)産院では「皆さん、そんなもんですよ~」と慰めてもらいましたが、自分でコントロール出来ないことが既にイライラの元になってきました(苦笑)>


●36w 「体重66kg、子宮底長32cm、血圧112/69」

<まだ増える体重。毎日暗い顔をして風呂上りに体重計に乗っていたのを覚えています。安定していた血圧すら初めて上がってきたりして・・・(-_-)しかし妹は高校受験だったし、祖母は胃の全摘出手術を受けたりしてて、実母の気が狂うほど忙しい時に里帰り出産しに来てる私も私だったんだけど・・・ハッキリ言って気疲れしてました>


●37w 「体重65.5kg、子宮底長33cm、血圧99/66」

<母親に協力を要請して食事のカロリーを減らし、一人で居る時間はなるべく海辺を散歩して運動量を増やしたお陰で、各種数値の増加は止まりました。でも会社に行かない生活と久しぶりの実家での軟禁生活に疲れてきたために、「早く出ておいで~」と毎日腹をさすりながら唱えていました。とーってもヒマだったので、真剣に漢和辞典引いて名前を考えてたり?(^_^)>


●38w 「体重65.1kg、子宮底長33cm、血圧106/67」

<まだ出てこない~と思っていたら、週末ごとに新幹線で通ってきてくれていたVulが初めて神戸の来訪をstopしたので余計に滅入っていました。なんせ小さくてもいいから早く出てきてもらって早く東京に帰りたい~(←当時は江東区在住)ばかり言っていたなぁ・・・ほぼノイローゼ状態?(苦笑)>


●39w 「体重65.6kg、子宮底長34cm、血圧112/70」

<早く出てこないと「ヘビ年のさそり座の女」になっちゃうぞ~って心配をし始め、お腹に向かって言葉を発して脅していました(笑)。モメるけど決まらずに名前があっちこっちするのは、面白かった・・・それも今思えば、だけど。(^_^;)
 「キリン」(今でも「麒麟が第一希望だったなぁ」と鮮明に覚えている位に好きだった♪)、「レモン」(別に飲み物屋の回し者ではないです!笑)、「リキ」(この頃には親友のセミプロ姓名判断士にバランスの良い画数を考えてもらい、「律紀」と漢字まで決めてしまったりしてました★)などを提案しても、「奇抜すぎ!」と全て却下。「アカリ」「アキラ」も「もう少し・・・なんてゆーか・・・ピンと来ないね」などと取り下げられ・・・(笑)。 あーだこーだと一喜一憂してて楽しかった気もします。当時は「もうなんでも良くなってきた~」とボヤいてたけど!(笑)>


そして40w(ピッタリ予定日)、bianは3556gで生まれました。

出産の話は「(2)出産の話」でお伝えしましょう。

お楽しみに♪(*^_^*)
 

2005年 9月 14日

たっつぁん

投稿者 by namep at 23:33 / カテゴリ: / 57 コメント / 0 TrackBack

第三子のことを、勝手に男だと決め込んで、しかも「たっつぁん」と呼び始めて、かなり久しいです。
すっかりbianもhikaruも「腹の子はたっつぁん」と認識しているのですが、これでもし近い内のエコー写真で「あ~女の子ですね~」とか言われちゃったら名前、どーしょ?!と笑っている日々です。(笑)

そういえばhikaruの時も、「私は女腹」と勝手に決め込んでいて、「いもーとの写真見に行こうか」とbianを病院に誘っていたのですが、6ヶ月くらいで早々に「え?おとーとじゃない?」と先生に言われて、「えーっ!大変!いもーとは男だったんだって!男のいもーとらしいんだけど・・・bian、どする?!」とbianに言ったら「・・・ダメだったのかな?」と先生が笑っていました。(^_^;)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

今回は性別はどちらでも構わないのですが、bianが幼稚園に行ってしまう環境を考えると、hikaruと元気に遊んでくれる弟だと嬉しいなぁという希望的観測と、hikaruが腹の中に棲んでいた(←寄生虫か?)時と同じく「私の食べ物の好みが肉に取り憑かれている」ので、「多分、男だ」と思っています。

妊娠も出産も出てきた子供の個性も、「同じ親から出てきてなぜ?!というくらいにぜーんぜん違う!」という話はよく聞くので、つわりがヒドかったり楽だったり、食べられなくなるものが違ったり・・・という話はありがちだと思うのですが。
私はbianもhikaruもキムチ狂になり、ツワリはほぼゼロ。さすがに3~4ヶ月の頃はコーヒーをがぶがぶ飲むのは辛かったけど、5ヶ月くらいからはほぼ元通りの食生活に戻っていました。

そして「空腹が気持ち悪い」ので、「食べツワリ」なのです。5ヶ月までに食べちゃって、4kgとか太ってしまう。そして後半が本当は増える時期だから~と慌ててセーブして、8ヶ月で8kg増くらいまで抑えてみる。しかし里帰り出産なので実家で肥え太らされてしまい、臨月で3kgとか増えてしまう・・・というサイクルで2回の出産を経験してきました。


それを踏まえた今回の3人目。たまたまVulが運動不足でダイエット~と叫んでいたし、私も後半に11kg増まで行く自分がイヤだったりしてたので、体重をセーブするニンプーとなっています。(笑)
ダイエットというまでは行かないけど、余計に食べない、油モノを控える、お菓子やジュースを口にしないようにする、晩御飯を粗食にする。たったそれだけのことを、1月続けたら、体重は増えませんでした。ニンプーであり、しかもツワリが明けて胎児が抜群に成長し始めるこの時期(5~6ヶ月)に、1kgたりとも体重を増やさずに過ごせたことを、自分でも「すごい!」と思えてきました。

9月14日現在はほぼ24週(満6ヶ月が終了といったところ)ですが、腹はさすがにポコッと出てても、その他の見た目は変わっていません。逆に顔と足は締まったくらい?!(爆)
なので、裸になって正面から鏡で自分を見たら、ちゃんとウェストがくびれてますから・・・でもそれはもしかして、前に引っ張られてるだけだったりして?!(^_^;)

たっつぁんはそれでも順調に成長してくれているのです。産院でエコー写真を見ると、「ほぼ標準どおり」という大きさで骨も内臓も育っていると言われます。
腹帯は「暑いんだよ!」と巻いてもらえないし、戌の日は危うく忘れられそうになるし。毎日のように自転車三人乗りでガシガシ出かけてしまうし、立ちっぱなしで公園遊びに付き合っていたり、週末にサイクリングで遠出して5~6時間外出していたりしてますが・・・母子ともに、全然平気。(・_・)
私が貧血を起こしたり腰痛を訴えたりむくみを感じたりすることすら、ほぼ、ありません。

3人目にして最も優秀なニンプー生活なのかもしれない・・・と思えてきました。今までの二人も、特に叱られたりするほど太ったり、シッコに糖や蛋白が驚くほど出たりしたこともほぼ無かったので、かなり元気で優良ニンプーだったはずなのですが・・・今が一番元気で健康な気もします。(笑)


ということで、たっつぁんは、今住んでいるマンション(自宅)で出産することになったのです。(^_^)

それに関して、また別に「bianとhikaruの出産について」という記録をご紹介することにします。

それを読めば、「あぁ、この人なら自宅出産も可能だわ」と納得出来るように書くようにします。
自宅出産を考えている人、怖いけど出産の話は聞いてみたいという人、これから控えている出産は産院や病院でするけど、どーしてNamePは病院がイヤなの?という疑問を持っている人が納得するように書きたいと思います。

では、またの投稿をお楽しみに!(^_^)/~

2005年 7月 21日

「優先順位付け」は「大事なこと」への時間配分

投稿者 by namep at 00:59 / カテゴリ: / 112 コメント / 0 TrackBack

物事への「優先順位の付け方」というのは、「その人の価値観そのものである」と近頃とみに感じています。私は能力開発を受けて以来、「今までは行き当たりばったりでやっつけていたことを、何からやるのか?今日絶対やらなくちゃいけないことって何か?」という優先順位付けを大切に考えるようになり、日々の計画や振り返りを重要視できるようになりました。

そして我が娘bianを見ていると、彼女は非常に子供らしく気ままに行動が決まっていくのがほほえましいです。まるで庭先で遊ぶメイちゃんのように・・・おたまじゃくしを捕まえるためにバケツを探しに行ったのに、底抜けバケツの穴から庭を覗いたらドングリを発見、バケツを投げ出してドングリを集めだしたと思ったら出てきたトトロを追いかけて・・・まさにアレです!(笑) たった今「しっこした~い」と言っていたのに、トイレでズボンを脱いだトコロでふと思い出して、しっこに付き添ってもらう人形を探しに行き、そのまま人形の箱の傍でパンツ一枚で遊んでいるかと思うと3分後にはhikaruと布団の上で跳ねて遊んでいるような・・・(君のしっこはどこ行った?!>_<)

▼続きを見る⇔折りたたむ▲


3歳の子供には時間の感覚も無いから、「自分が今から行動する一つのことに何分かかるから、まずはこっちのことからやろう」とか、「もうすぐ○○の時間だからそれまでに××は出来るな」とか、「あと1時間しかないから△と□は出来るけど、●と■は間に合わないから後だな」などが、もう笑えるほど、いーっっさい★判りません!いつ頃から判るようになるんだろう~と私は今のbianに気長に付き合っていますが、実は昨今の小学高学年にも、朝の身支度に自分が何分かかっているのか、だから何からするべきか、が判らずに親が朝からガミガミと「早くしなさい!遅刻するわよ!」と言っているらしいです・・・(^_^;)

地球上の全生命体に等しく分け与えられているのは「時間」です。bianに最近言っているのは、「時間は待っててくれないし戻ってこない、人からはもらえないし人にもあげられない、取っておけないし先にももらえないモノなんだよ」ということです。1日は24時間だとか60分で1時間だとかは説明しても3歳児にはまず判らない「ただの数字の感覚」なので、その前に判って欲しい「基本的な時間の感覚」として教えることにしました。

bianは「今一番先にすることは、手を洗うことだね!」とか「えっと、父ちゃんを迎えに行くためには、まずbain号(←自転車)の鍵を用意することだね!」とか「やりたいことがイッパイあるなら、まず一番にやらなくちゃいけないことからやって、それからやりたいことをやればいいんだよね」とか言っています。
もう私からの入れ知恵以外の何者でもない「謳い文句状態」なのですが(笑)、とても大切なことだと私は思っています。

もちろんその際、私から「いや?まずは●○でしょ!」とか「違う違う!△□からだろー!」といった指図はしません。ちょっと違うかな~ということを一番にしようとしていたら、「うーん、そっちが先かぁ・・・じゃぁ、多分■●は出来なくなりそうだけど、イイ?悪いけど時間が足りないんだ。母ちゃんには時間は増やせないからね~」と言うと、bianがもし■●の方がやりたかった場合は「じゃぁ■●からやる!」とサッと切り替えるし、自分で今違う方を選んだ結果として■●が出来なくてもイイやと思った場合は「うん、イイよ」と認めます。
これで「後でやりたかった~とか泣くなよ?!知らないよ~」といった脅しや、「だってあなたが■●を先にしないからでしょ?!自分のせいじゃん!」といった後からの教えなど、親子間の無益なやりとりは、まず無くなります。

時間の感覚はそれこそ時間を掛けて養ってもらわないと、彼女自身が生きる大切な人生の、とても価値の高い財産の一つであることに気付かないまま年齢を重ねてしまうのは、非常にもったいない!と私は思うので、言葉を繰り返す「反復学習」で身に付けてもらっています。
「時間は、待っててくれないし戻ってこないんだよね?あと、時間は人にあげられないし・・・?」「人からもらえないんだよ!」「あとはなんだっけ?」「え~っと、時間は・・・」「取っておけないし?「先にもらえない!」と歌のように徐々に覚えてくれています。言葉自体は3歳児には把握できる範囲内で簡単ですので、内容の理解の程は知りませんが「お金」の前に「時間」を覚える一つのステップとして、繰り返している真っ最中です。

「努力の結果が出るのは、かなり先」なのが、全てにおける子供との付き合いです。
4歳で時間が判って欲しいとは思っていません。10歳くらいまでに「時間は取り戻せないし待っててくれない、あげられないしもらえない、取っておけないし先にもらえない」と理解してもらえれば幸いかな。

余談ですが、昨晩初めて「でもね~、実はお金で買えるんだよ~」と言ってみたら、「どゆこと?!」と楽しそうでした。お金の掛かる特急電車や新幹線に乗れば早く着くから、時間を買っているようなものだね、という説明をしたら、判ったのか判ってないのか・・・リアクションは「ふーん」。でも、なんだか嬉しそう。「時間の新しい側面を知った!」といったワクワク感がbianから漂ってきて、「知識を小出しにするのもイイかもしれんな~」と思ってしまいました。(基本的に私は知識の出し惜しみはしないのですが、子供を特例で混乱させても悪いので、「特別なパターン」は余り言わないのです・・・^_^;)


あなたは、時間をどう捉えていましたか?

少しならお金で買えるものだとは軽く思っていたり、増やせるものじゃないしもらえないし、取っておけないし待っててくれないことは、例え無意識でも、もちろん知っていたりしましたよね?
ではあなたは毎日の時間を、どれだけ大切にして暮らしていますか?
日々の小さな時間を「自分の重要な人生の一歩」と捉えて、大切なものを大切にして生きていますか?
もう戻ってこない1分を、1時間を、1日を、悔いの無い過ごし方で生きられましたか?

だから私は、テレビを見ないのです。何も考えずにただボーッと時を過ごすことはしたくないから。
だから私は、子供と楽しく豊かな時間を過ごしたいのです。子供に怒って自分にイライラすることで無益な時を過ごしたくないから。
だから私は、少しずつでも、睡眠を削ってでも、このブログに投稿するのです。出来るだけ多くの方々に、私と同じように出来るだけ豊かな時間を過ごしてもらいたいから。

時間は宝物です。子供の時間も宝物です。
世の中の多くの母親は、自身のの時間と子供の時間をリンクさせて生きています。母から子へあげているワケでも、子から母へもらっているワケでもないのです。これはもう、相互リンクです。(笑)

親子が同じ時間を接して過ごすことで、お互いの時間がより豊かになる・・・そんな親子の時間を、人生の共有を、あなたも楽しみたいと思いませんか?(^-^)

2005年 7月 15日

授かりモノ

投稿者 by namep at 00:49 / カテゴリ: / 18 コメント / 0 TrackBack

「子供は授かりモノだ」という言葉は、あなたもよく耳にすると思います。それは受胎する際に多く使われると思うのですが、私はそれだけではないと思っています。もちろん「狙って妊娠、自分の人生の思い通りのタイミングで思い通りの性別の子供を生んで育ててる!」って思っている方も、広い世の中に居るかもしれませんが、やはり「授かりモノ」だと思います。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そして「名前も授かりモノだ」と私は思います。bianも、hikaruも、「自分たちで決めた」というよりは「インスピレーションを受けた」という感覚でした。bianなどはお腹の中からテレパシーを送ってきたのではないか?!とさえ思えてしまうような決まり方でしたし、hikaruも早くから漢字まで決めていたのに人名に使えないことが予定日の2週間前に判命し、呼び名だけは残して漢字を変更したという経緯があるので、多分「こう呼んでくれ」という生まれてくる子供の魂から出る「ご要望」があるのでしょう・・・(笑)

更には「性質・気質も授かりモノだ」と思っています。親がコントロールして左右できるようなジャンルのものではないのが、性質や気質です。これまたご先祖様から譲り受け続けているだけではない血が決定するのか、それだけではない宇宙からの何かが決めているのか・・・?(^_^;)
賢いとか運動神経がイイとかいう表面的なモノではないその子の本質的な部分である、「気質」というのは、親がいくら「気に入らないな~育てながら変えよ~」と努力したって変わらない、正に「授かりモノ」です。

要するに、「子は授かりモノ」という言葉は、「子供を受け入れて、それら全てに感謝することで、毎日が幸せになる宝物」ということなのだと思います。

新しい命が授かったら「よかった♪これから先、色々と楽しみだな」、名前が決まって初めて呼べたら「○○ちゃん、初めまして。お蔭様で親になれました」、2歳くらいになって人間性が見えてきたら「あぁ、こういう子なんだね~。先が楽しみだなぁ♪」と考えることが出来たら、子育てって「子育ち」に変わると思いませんか?その子はその魂を持って親を選んで名前を指定して生まれてきてくれたのですから、「ありがとう」と丸ごと受け取ること、それが親の一番の仕事ですよね。

自分たちの夢を叶える子供に育てよう、こういう教育を受けさせてみたかった、自慢の我が子に育てたい、子供は親の指示に従って当たり前・・・という態度で接しているのは、私には「子どもは親の娯楽の道具?」という風に見えます。
親の果たせなかったバレリーナになるという夢を果たすために泣きながらバレエ教室に通う子供は幸せなのでしょうか?インターナショナルスクールに通う生粋の日本人の子供って本当に最高の教育を受けられて幸せなんでしょうか?毎日習い事に忙しくてお行儀は良いけど仲良しの友達が一人も居ない子どもって幸せそうでしょうか?ご褒美とダメ出しばかりで操作されている子供は幸せな人生を歩めているのでしょうか?

子供が持って生まれた本質(その子自身が持ってきた宿命)を見抜けたら、親子共に幸せでしょうね。それがなかなか難しいのがまた面白いのですが、2~3歳までで気質が判ってきたら日々接している時間やワガママの扱いも楽しくなってくると私は感じています。

bianは甘えん坊で、責任感や正義感が強い、世話好きな女です。(「こういう人です」を参照)
2年2ヶ月一人っ子だったためだけでなく愛を多く求める性質を持っているようで、世話焼きで自分が忙しく人を見る分、自分もよく見て欲しいと願っているようです。そして間違っていることがキライで「ルール違反だよね」とか「路駐ってイヤだなぁ」とかよく言っています(←言葉的には多分に私の入れ知恵ではあります★^_^;)。お手伝いも上手で観察力や直観力が強いので、母として女として見習う部分が多いです。

その辺が判ってきたので、最近彼女とは非常に穏便にやりとりをしています。

bianを崇めている訳ではないのですが、彼女の発言は非常に重視して、「じゃぁ行ってみよう」「やってみるか」と同意して一日を過ごしてみると、「あ~楽しかった、bianがいい提案をしてくれたからだね!」という日が多いのです。また突飛なこと言うな!と当初は思っていたことも、「出来なくも無いかな」というレベルである限り挑戦してみると、イイコトがあったりするのです・・・星の強い人なんでしょう。

hikaruはまだあまり喋れないし主張も少ないので本質が半分くらいしか見えていませんが、基本的に受容と自立の人です。親切はあっさり受け入れて人に甘えるのが上手だし、自分で出来ることはサッサとやってしまって1人でやりたいように遊んでいるのが、好きで楽しい様子です。しかしその工程を誰かに邪魔されるとキーッと怒るあたりはbianと一緒でマイペースなのかもしれませんが・・・あまりにも「ぼへー」としてると不安になるので「そのくらい自己主張していこう!」と思って眺めています。怒りン坊な時も多いけど痛いから怖いから泣くということをあまりしないので、bianの2歳までと比べてしまうと全然泣きません。夜泣きもほとんど無しで、「怒った時とものすごく痛い時しか泣かないの?」という位に無駄に泣かない人です。自立しているので感情のコントロールも出来るとか?と疑ってしまいそうです・・・・・・1歳半で?!(爆)

それが判ってしまえば、邪魔しないように温かく見守る、やりたいことで危ないことじゃない限りやらせてみる、少々痛い思いをしてもケロッとしているのなら怪我して汚れて育てばイイという手法で、「目では見てるけど世話はほったらかし」なので、かなり簡単です。(笑) 

そして2人とも、かなりいい感じで育っています。

授かった魂を傷つけないように大きく育ってもらえる環境を整え、お勉強だけじゃない「体験を通した学び」を重視して人間性を高めてもらう(経験値を上げる?)、といったことに親が注力しておけば、余計な言葉や習い事が無くても、子供はどんどん育っていってくれるんだなぁ、と実感している日々です。

あなたは、親のコントロール下に大人しく入っている子供を、あなたの理想としていますか?何歳までコントロールしてあげて、何歳で自由にしてあげるんでしょう?具体的な計画がありますか?
そして毎日よく見ているはずの子供の目や顔は、幸せそうに輝いていますか?「目は心の窓」です。大人が幸せなら、子供も幸せになれます。逆もまた有り。
あなたはどうですか?お子さんはどうでしょうか?
一度じっくり観察してみると楽しいですよ。

2005年 7月 08日

言葉で育っていく子供たち

投稿者 by namep at 01:49 / カテゴリ: / 87 コメント / 0 TrackBack

子供というのは、大人から見て、残酷なほど素直で直情的な生き物です。
あくまで「大人から見て」という意見ですが、それが人間の本性なのだろうかと不思議に思うほど、奪い合ったり、権利を主張したり、ヒドイ言葉を吐いたりします・・・例え2歳児であろうとも。(^_^;)

大人は理性で様々な感情をコントロールしたり、言葉を飲み込んだり、表情を取り繕ったり、意見を言ったり聞いたりをして生きています。子供はその訓練中だから、上手くコントロールできないだけよという考え方もありますが、果たして「理性的な人間」というのは本当に「生き易い生き物」なのでしょうか?それを32~3歳の子供に押し付ける必要性ってあるのでしょうか?子供自身がそうならなければ上手く友達と付き合えないことに気が付いたら、スグに変わると思いませんか?

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

もちろん人間は高度な経済社会を形成しているので、社会性や協調性と呼ばれる能力(?)が全く無いと「周りと上手くやっていけない」し、「集団で暮らせないと豊かな人間関係は築けない」んだ、というのはごもっともだと思います。
でも果たして、「3歳でそれを身に付ける必要があるのか?」が、私の疑問点です。

私は10歳くらいまでに様々な感情のコントロールや周囲の雰囲気を察知する能力が身に付けられる環境で育てておけば、おのずと子供自身が学習して身に付けるモノなのではないかと思っています。
「3歳で出来ないと一生出来ないまま」という宇宙の法則はありません。(「3つ子の魂、百まで」という言葉は「好きなことや特性は、その人から死ぬまで離れない」というポジティブな解釈であると思いますから) その環境とは、幼稚園や小学校も当然含まれていますが、やはり基本は家庭環境でしょう。子供が人格の基礎を築き上げて「常識」を身に付けるのは全て家庭内だと私は思います。

未だ生きる世界の狭い10歳までの子供にとっては、両親や家庭が「フツウの基準」で、親が「一番身近な憧れる大人」で、親のかける言葉を浴びて基本人格や価値観を形成していく過程にあると思います。だから、学校でイヤなことがあった、幼稚園で友達とケンカした、先生に誉められた、と外の世界で様々な経験をしたことを全て親に話し、その親からのコメントで物事の捉え方の価値観を作っているのだと思います。

「譲って負けるくらいなら、奪って勝つほうに回れ」「奪われるくらいなら奪うほうでいい」「悪口を言われたらお前も言い返せ」といったことを親が言うと、きっと子供も「そうすればいいんだ」という感覚で友達と付き合います。「そんなこと我慢しなくてイイのよ」「イヤだったら食べなくてイイ」「キライな人とは関わらなくて生きていける」と言うと、「そっか~、そういうことは我慢しなくていいんだ」という感覚で人間と触れ合います。

もちろん、今の言葉の例は、めちゃめちゃ直球です。(笑)
でもよく聞く「親の説教」にはこれに近いものがありませんか?

「やられたら、やりかえせ」・・・目には目を?応酬(=戦争)の訓練でしょうか?
「男がそんなことで泣くな」・・・え?女なら泣いてイイの?じゃ女を泣かしてイイってこと?
「女の子はそんなことじゃ将来お嫁にいけない」・・・結婚するのが人生のゴール?

各言葉に対して屁理屈を並べ立てるつもりはありませんが、こういった日本の「オヤジの説教(?)」には、非常に曲がった価値観が存在していると思うので、私は使いません。
たまに「制裁を加える」という言葉を子供には使いますが、それは相手に自分の受けた痛みを伝えるために、噛まれた子犬が兄弟子犬を噛み返すような感覚でやれ、と言っているレベルです。全部の痛みを受け止めるだけで我慢しろ!と言ってるわけではないことを子供には理解して欲しいので、理不尽な我慢はさせませんよ~(^_^;)


言葉というのは、現実化します。
言霊という言葉が存在するように、望みを口に出していると必ず叶うそうです。呪いを口にすると呪えるのかもしれません・・・もちろん、愚痴や文句ばかり言っている人に、イイことはあまり起こりません。

親が子供にかける言葉のシャワーって、とても重大なモノなのです。
植物に毎日水をやるように、子供にかける言葉で子供が成長するからです。

奪いあう、権利ばかり主張する、残酷なことを言う生き物に見えますが、それは包み隠すことの無いその子供の気持ちです。
今あなたがそれを「フザケルナ!」と否定すると、15年後に自分に返ってくるでしょう。親心から子供のために言っている本心からの言葉に、「クソッタレ!」「黙れ!」と言われたいですか?

「やめなさい」「いい加減にして頂戴!」「そんなことはあなたには出来ないから」「無理だから諦めなさい」と言って育てると、最初から挑戦せずに諦めてしまう、いい加減な考え方の自信の無い子供になると思いませんか?その言葉のシャワーをかけた環境で育っているから、そうなるのです。言葉は現実化しますから。

ではあなたは、子供にどういう人間になって欲しいと願っていますか?

奪い合う人間ですか?
感情の薄っぺらい人間ですか?
我慢ばかりしてストレスを溜め込んで、犯罪行為にハケグチを求める人間ですか?
自分の意見を、何のはばかりも無く雰囲気も読めずに、ズバズバ言う周囲は敵だらけ人間ですか?

こんなことを子供に願っている大人や親は居ないと思います。

ではそうならないように、否定の言葉をかけるのでしょうか?
「それはしないで」「絶対やめなさい」「○△はやめて頂戴!」「●○はダメだからね」など?
・・・否定の文章しか使えない子供になりそうですね。否定的な思考回路が出来上がりそうです。


そう、あなたが子供に願った人物像は、名前に出ているはずですよ!
お子さんが生まれた時の、最初の気持ちを思い出してください。
「健康であればそれでいいよ」「優しい子に育って」「広い心で寛容な気持ちを持って」「心身ともに強い人間になって」「身もも心も美しく」「平和のために貢献する人間に育って」「海や空、花や鳥のような自然を愛する心を大切にして」・・・そう願って名づけを考えましたよね?

それを是非とも思い出して、お子さんに話してあげてください。親の願いは必ず肯定的なはずです。

これからは少しずつ気をつけてみてください。
きっと子供はスグに変わりますよ~、だって恐ろしく素直な生き物ですから♪(^_^)

「子供には肯定文で話す」
「出来なかったときに怒るのではなく、出来たときに倍ほど感謝する」
「ガミガミダラダラ怒らずに、ビシッと1回叱る」
「親のその時の感情を、言葉と表情で伝える」
「まずは子供の言葉をオウム返しで受け止める」

こういったことは、アドラー心理学を伝える方やコーチングを学んでいる方が唱えていることです。

●アドラー心理学については、私は野田俊作さんの本を読んだ程度ですが、非常に興味を持っています。調べて見たい方はどうぞ! 日本アドラー心理学会HP→http://www.adler.cside.ne.jp/


親は完璧である必要はありませんが、10歳までの子供には理想の大人です。「お父さんみたいになりたい」「お母さんと結婚する」と言われてイヤな気持ちになる親は居ないでしょう?(^-^)

では子供が11歳になったら「もう言ってくれない」のは当たり前なのでしょうか?子供が例え20歳30歳でも「お父さんを尊敬している」「お母さんって素晴らしい女性だと思う」と言われたいでしょう?

そう望むのであれば、それに値するだけの「人間力」を持ちましょう!
広く社会を見聞きした子供にも、まだ「素晴らしい親を持って、私は幸せな子供だ」と言われうる人間であるために、2~3歳の子供の内から親が人間を磨いて生き、子供に接しましょう!

そして親子が共に幸せになれるのであれば、こんなに豊かで嬉しいことはない!と思いませんか?(^_^)

アドラー心理学やコーチングについては、学んで子育てに無駄なことは、ひとっつも無い!と言い切れます。全てが役に立ち、実践すると子供が変わります。豊かな親子関係を築きたい方や、壊れかけた親子関係を修復したいと願う方、危うい関係を懸念している方は、お勉強してまずは自分から変わってみませんか?


2005年 6月 28日

あるがままを受け入れるのが、親。

投稿者 by namep at 00:56 / カテゴリ: / 65 コメント / 0 TrackBack

bianがあまりに機嫌が悪くワガママを言い出してどうしようもなくなった時、私も親である前に人間なので「いー加減にしろっ!」という気持ちになります。さらにはbianのために色々と手を尽くしているというのに「母ちゃん、キライ~(号泣)」と言われた日には・・・「あ~、そーかいっ!じゃぁ母ちゃんもそんなbianがキライだよっ!」と言ってしまいたくなります。(大人気はもうゼロに近い?)

でも「よっぽど制裁を加えたいとき」以外は親が子供に「あんたなんか嫌いだ」なんて言ってはいけない台詞だと思います。「死んでしまえ」「出て行け」も良くない例ですね。
でもどう返せばいいの?という方のために私の答える例をお教えします。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

まず、ムッとするのはグッとこらえて・・・(笑)

「そんなこと言われたら母ちゃんは悲しいなぁ・・・bianはキライって言われたくて母ちゃんにキライって言ってるの?だってbianは”して欲しいことを人にしてあげる人”でしょ?それは、”して欲しくないことは人にもしない人”ってことだよね?(冷静に説得)」「そっかー、母ちゃんがキライかー(鸚鵡返し)」「久々に出たな~。じゃ、しばらく泣いとけ~(家の中である限り、感情のさらけ出しを許容)」などです。(笑)

「キライ」「大キライ」や、「死ね」「殺す」といったやり取りが、親子で行われるなんて悲しい事実です。子供を愛せない親が居ると聞きますが、それは子供と親が同レベルで付き合うからだと私は思います。まだたった2~3年しか生きていない生き物と、30年近く生きてきた自分とを、同じ土俵に上げること自体が無理な話だと、大人がまず理解してください。

子供は例えどんな自分であっても、母親に拒絶されると、他人や親を拒絶することを覚えてしまい、一生涯ずーっと、人間関係が上手く築けない人になってしまうそうです。逆を言うならば、周り全員が敵になっていても、母親だけが「大丈夫、私はいつでもあなたの味方よ」「そんなあなたでも私の大切な娘&息子よ」と言い続けてあげられると、精神的な拠り所が出来ます。そして、安心して帰ってこれる場所があることが子供の不安を無くし、また外へ飛び出せるらしいのです。

私は「bianが嫌い」とか「愛せない」などと思ったことは無いです。少々我が儘な姫で文句が多いけど、それは私がそういう人間だから反映されているだけだと思うし(笑)、賢いけどクールで自分勝手な女の子もいいんじゃないかと思っているので、「そんなbianじゃ全然ダメだ」とか「お友達に嫌われるよ~」という言葉を投げかけないように、最近はかなり気をつけています。だってそれらはbianの自信をなくすだけですから!

子供がどんな子供であろうと、親としては「その全てを受け入れるだけの器」が無いと、子供は安心して成長する場所を見失い、外に求めるようになってしまうのだと思います。

ここで少し私と実母の例を紹介します。

私は親からいつも、「あんたみたいなんじゃ全然ダメだ」「社会で通用すると思ってるの?!」「成績がちょっとイイと思ってフラフラして・・・どこで何してるんだかまったく信じられないわ」「ウソつくのだけはやめて頂戴!」「それでイイと思ってるなら大間違いよ!」と言われ続ける家庭で18歳まで育ったので、非常に自信が無く、仲間の作れない(=人を心から信じられない)人間でした。

中学生以降で家庭が居心地が良かった試しはもちろん、「ほぼ皆無」。子供部屋で子供だけで過ごしている時間はリラックスしてたけど、「出来るだけ外で時間を潰して、門限ギリギリに帰宅した~い」とばかり考えていた記憶があります。

社会人時代も1年半ほど実家から通いましたが、労働時間が長かったのと通勤が遠かったため、「飯」「風呂」「寝る」状態でした。給料から5万円を生活費と学費返済として渡していたからいいだろうと思っていた態度をまた母親に批判され、「ちょっとは家庭に協力しろ」「ただの亭主関白気取りじゃないの!」「金を稼いでるから何しても許されると思ってるわけ?!」「出してるからってそんなに威張るんなら5万は要らないから、やることやって頂戴!」と言われ続け、「はぁ?また文句かよ・・・」と思いながらボチボチと家事に協力していました。しかし23歳くらいでもまだ、家庭が居心地の良かった記憶はほとんどありませんでした。

追加して言うのなら、里帰り出産をした2回のそれぞれ2ヶ月間も、やはり居心地が悪くて「千葉に帰りたいノイローゼ」にかかってしまいました。(苦笑)

それくらい、母親に否定され続ける苦痛を味わい続けて生きてきたので、「私は子供のあるがままを受け入れたい、家庭を世界一安心できる場所にしたい」と願っているのかもしれません。


しかし、見たことの無いことは出来ないものです。真似したい人が目の前にいつも居てくれない限り、「こんな時、どうしたらいいの?」「こう言われたら、私はどう言ったらいいの?」と困り果て、ここで勉強不足だと「自分が親から言われた台詞を言うことしかできず、やられたことしかやれない」のです。そこで「あの時言っていた親の気持ちが、子を持って初めて判ったよ~♪」と喜んでいるようでは、私と同じように「家庭に居る限り、否定される不安と同居している子供」が育つと自覚して下さい。(^_^;)

では「違うんだ!こう言いたいワケじゃないし、こうしたいワケでもない!」と困ってしまう場面があるのなら、プロが書いている育児のマニュアル本を参考にするのもイイと思います。2~3人育てた経験者でしかない自分の母親よりも、何千人という育児を母親と子供と共に歩んできたプロフェッショナルが「子供を伸ばす、安心させる言葉や行動」というのを教えてくれている本などを探し、「こういうときはこう返す」「こういう態度なら母親はこう出よう」「このくらいの年齢の子は、大体こういう考え方をしている」など、勉強すれば対応策も練れると思います。

私もつい最近までは「bianは女の子だからもっと行儀良くなきゃ!」とか「我が家の子供である限り、世間様に見せても恥ずかしくない人間になって欲しい」「人様に迷惑だけは掛けないで生きてくれ~」などと考えてしまっていて、気が付けば私の母親と同じようなことをbianに言ったりやったり・・・していたのです!(>_<)

でも「これじゃ母と同じだ!」と気付き、「私は子供のあるがままを受け入れて、あなたはあなたのままでイイと言い続けてあげられる母親になりたいんだ!」と思いなおしました。そして子育てコーチングの本を読んだり、能力開発を受けたりして、まず自分の人間性のUPを狙いました。それから日々の自分の行動を振り返る習慣を作り、マズかったと思われる行動は二度としないことを誓い、良かったと思われる親子共に楽しかったことは繰り返すように心がけています。

あとは「3歳だからこのくらい出来なきゃ」「甘えてるウチが花」「相手が感情で来てるんだから、こっちが怒ることもたまには必要」といった一昔前の一般的子育て論を打破して、「子の持つ能力を信じて、結果を急がず気長に待つ」「筋を通しておけば、ちょっとした甘えは受け入れてイイ(=不安の解消)、同時に自立も受け入れよう(せかさない&間違いを気にしない。子供からやる気の起きた時に待ってあげ、気の済むまでやらせる→安心と自信)」「怒らない、叱るだけ(怒るのは単なる八つ当たり。叱る時は目線を合わせてビシッと!)」と心にいつも唱えて子等に接しています。

3歳8ヶ月のbianは、非常に自立心が強く、孤独を愛するマイペースな人で、プライドも高く、集中力が高く器用で賢いけれど、気取らずフランクで、なかなか個性的な人間性(動物占い=虎)を持っています。それを「協調性がない」「社会性が低い」などと短所に捉えてしまうと、「そんなんじゃダメだ」論に行ってしまうので、「そんなbianは何をしたら伸びるかな~、職人か芸術系か・・・学研の徒かな?」などと考えています。

まもなく1歳6ヶ月のhikaruは、競争心が低く従順で、観察力と行動力がズバ抜けていて、向こう見ずだけど割と賢くて集中力があり、協調性や社会性が高い人間性(動物占い=小鹿)を持っています。誰に嫌われることも無い敵の少ないタイプなので、「独立心が低い」「個性が薄い」という短所にもなりえますが、彼の場合は多くの人に力を貸してもらえるのだろうと思えてきたので、どうもチームワークが向いているのかもしれません。

そういった、持って生まれたり環境で形成されていく子供の「特徴」を「個性」であり「長所」だと受け止めることで、子供は伸び伸びと暮らせる家庭を愛するようになるのだと思います。親がもし「短所」だと受け止めて、無理に親の思い通りに矯正しようとしたり、子供の個性を否定してしまったら・・・子供はそんな窮屈な家庭を愛するでしょうか・・・?私のように「早く出て行きたい」「親と縁が切れたら幸せ」と考えてしまうことでしょう。

今は、私が「親もそのときは精一杯だったんだね」と考えて、親の全てを受け入れるという逆転の発想を努力したために、何も恨んでないし自分の人生を歩んでいます。ですが、本当につい最近まで呪縛にかかっていました。「母親にこんな人間にされた」から「育った家庭は最低の環境だった」まで思ってましたから★(^_^;)

でも私自身が「おかーさん、生んでくれてありがと♪今の私は生きてて幸せです」と伝えると、母親も「バカにはされまい!」と親として気張っていた長年の努力が実った喜びで力が抜けたのか、それからお互いにものすごく気楽に話せる仲になれました。

30年近く否定され続けてほとんど誉められた記憶がなかったけれど、母親は私の人生をとても期待していたあまりに言動が厳しくなったり、己のストレスのハケ口が無くて子供に当たるしかなかったりしたんだろうな~と想像したら、「私自身が親を受け入れれば、きっと親は私を受け入れないはずが無いよね」と思えました。

だから、私が「娘として女として負けたくないし!」といった妙なプライドを捨て、それまでの構えた態度を崩し、「おかーさーん」と抱きつけば、母親は腕を開いて「どーしたどーした」と受け入れてくれたのです。そして今まで聞いたこと無かった台詞を受け取れました。

「あなたは大丈夫よ、そのままで大丈夫!とても頑張ってるし、今のままのあなたを信じなさい」

そんな言葉を母親から聞いたことがありませんでしたので、感動して1時間くらい泣きました。(T_T)


私も母になって、「娘と張り合う」「負けたくない」という気持ちが湧くのも少しわかりますが・・・(^_^;)
自分の腹から出た娘と本気で女同士として張り合ってもしょうがないし、「乗り越えて見せろ」と言っても競争心を湧かせるほどの母親じゃなかったら逆にカッコ悪いよ~と思っているので、やっぱり自分が人生をこんなにカッコ良く生きてるでしょ~と見せてあげることが出来ること、そして子供をあるがままに受け入れてあげる心の余裕を持っていることが肝要なのではないかと気が付いたのです。

また、母にとって息子は「猿」「異星人」といった表現をたまに聞きます。「小さいなりにも性別の違う男が、何を考えてそうしているのかが全く不明だ」といった理由から母親が実の息子に「別の生き物」と思うらしいのです。でも、全てを受け入れることが出来るのであれば、「そーかそーか、今はそれがしたいのか~」「これがそんなに大好きなら気が済むまでやってたらいいさ」と言ってあげられると思います。

もちろん「なんでそーなるかなー?!」「信じられなーい!」「何やってるんだ・・・?それが楽しいの?」「何言ってるのか判らないってば~っ!」とイライラすることが多いと思います・・・私自身、bianとつい比べてしまって、学習能力の低さに愕然としたりしています★(=_=;) でもhikaruはそういう人間性を持って私達のところを選んで生まれてきてくれた魂なので、全てを受け入れて、彼の持つ才能を引き出してあげることが親の努めであると思えています。

大人が付き合っている相手(友人や親類など)を受け入れたいがために、極力相手の価値観の理解に勤めたり、相手の人間性を見極めようと努力するのと同じことを、小さな子供相手にすれば、お互いに大人になってきても、信頼している人間同士として付き合えるのだと思います。
もちろん相手は最初は幼いけれど、どんどん成長します。「こないだまでこんなんだったのに~」「あの頃が一番可愛かった・・・」などとノスタルジックな心境にフケっている暇があれば、今の子供が何を大切にしているのかを知る努力をし、その感性を受け入れてあげるだけの心の余裕を築くことが、ステキな親子関係を維持する秘訣だと、私は思います。

子供のあるがままの今を受け入れることが、親の一番の仕事・・・ですね。

2005年 6月 14日

hikaruはこういう人です・・・(笑)

投稿者 by namep at 00:08 / カテゴリ: / 72 コメント / 0 TrackBack

私達には2004年1月生まれの息子、hikaruがいます。長男なのですが、姉のbianに押され気味の毎日で、主張の少ない手の掛からない男に育ってきつつあります。

生まれたときからデカくて、図太い人でした。新生児の時にも「頭テレビ」で寝ていたし(私の実家は当時テレビの真下しか空いていなかったので、大半はそこで寝かされてました)、6時間寝てしまったり150cc近くも乳を飲んだりしてました(普通60cc飲めばイイほうなんだけど?汗)。 bianと比べると「違いの判らない男」で、床でもソファでもグーグーよく寝てくれ、湯冷ましだろうが麦茶だろうがゴクゴク飲んでくれました。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

そして今でも「違いの判らないまま」らしく・・・(苦笑)大人用の中辛のレトルトカレーを口を掻きむしりながら(=辛いから)「おいし!」と言ってバクバク食べ、ラーメンの醤油スープをゴクゴク飲んでしまったりしています・・・あ~!やば~い!(>_<)2人目だと甘いものも食べさせてしまうし、酸っぱくても彼は平気だし。どうやら味の濃いものや肉が好き(今のところ肉団子などの噛める範囲で)な様子で、食の好みはbianと正反対です。布オムツを浸透してしまったシッコがジャージャーで服が冷たくても平気で遊んでいるので、どうも色んな意味で「図太い」男みたいですね・・・(笑)

全ては姉のbianを見て、勝手に覚えて、真似して、失敗して、体得しています。私が教えていることは、お行儀が悪いことをやめさせること(bianもまだやるからな~)と、傷つけることをやめさせること(堅いものを投げたり人に痛い思いをさせたり)くらい・・・後はbianからの制裁や教育で全て賄われています。

よって、hikaruは、私よりbianが好きで信頼しているであろうことは、とても明らかです。(涙) 「おいで~」と私が呼んでこないけど、bianが呼ぶととっとこ走るし、私とbianが柱などで分断されると、後から歩いていたhikaruは迷うことなくbianの方に付いていきます。手を繋いで大人しく歩いてくれるのもbianとだけ★私とは「階段の上り下りで必要な時」くらいです・・・(T__T)

人見知りや場所見知りなどをほとんどしないので、非常に他人ウケが良い人です。他人に抱っこされて泣くこともほとんど無し。一時的に託児に預けても手を煩わせるほど泣いたりしません。いつもニコニコして大人しく1人で遊んでいたりbianを追い掛け回しているので、「いい子だね~」「手の掛からない人ね~」と言われっぱなしです。

私がもし「hikaruに対しての育児ポリシーは?」と聞かれたら、「ほったらかし!」と答えるでしょう!(笑)男はガサツに扱われても泣くようなことなく、雑草のように強く逞しく健やかに育つほうが美しいと私は思っています。hikaruは転んでも1人で起き上がってくるし、血が出てても泣かなかったりします。一応予定通りに強く逞しく無神経に(?)育ってくれています。

少し肌が弱かったのですが、なんとか克服しています。でも蚊に噛まれるといつまでも跡が消えないので、そういう肌質か体質なんでしょう・・・あまりその辺をデリケートに育てると「虫が怖~い」となりそうなので、ケアなどに過保護になり過ぎないように気をつけています。(^_^;)

というわけで、hikaruはVulにも私にもそっくり!とよく言われる、角刈りのオッサンくさい顔立ちで、誰にでも愛想が良い男なのです。

2005年 6月 13日

bianはこういう人です・・・(笑)

投稿者 by namep at 23:42 / カテゴリ: / 44 コメント / 0 TrackBack

私達には2001年10月生まれの娘、bianがいます。生まれたときから「違いの判る女」というフレーズで親しまれて育ってきただけあって、ボーッとしてたり愚鈍で困らせられたりしたことは一回もありません。その代わりにキリッとし過ぎてしたり鋭敏過ぎて、親が持て余していることはありますが☆(^_^;)

1歳半で言葉を器用に使いこなし、お箸を使い、ジグソーパズルを始めました。2歳で六甲おろしを歌い、オムツが取れて、ひらがなを読み始めました。ジブリの映画を見続けているため、台詞はもちろん話の流れから、登場人物の名前や人間関係などもどんどん把握していっている、一風変わった、ショートカットの一見男の子?な人です。

▼続きを見る⇔折りたたむ▲

普段何をしているかというと、お友達はみんな年少さんから幼稚園に行ってしまったので、私とhikaruと遊んで暮らしています。(笑) 朝から晩まで、よくまぁ飽きずに遊べるね~と感心する位に、走ったり座ったり飛んだり寝たりしながら、弟と楽しく遊んでいます。食べるしトイレもするのですが、基本的に遊んで全てを吸収しています。後は少し年下のお友達と遊んでおねーちゃんぶってるかな?(年上好きなのであまり遊ばないけど~>_<)

自分で考えて問題を自分で解決する力を養って欲しいので、私が手取り足取り教えたり、根気強く一緒に遊んだりするのは、新しいオモチャを買ってきたその日だけという感じです。コツを掴むのが早い人なので、後は勝手にバリエーションを増やして遊びを工夫したり、何か壊れたらセロハンテープで修理したりしています。

本が大好きで、よく「読んで~」と持ってきます。私は急用が無い限り読んであげているつもりです。記憶力がいいのですぐに覚えてしまい、ノンタンの赤ちゃん用ならhikaruに読んであげています。(^_^;) 主人公は怪獣でもダルマでもキツネでもネズミでもヒトデでも構わないし、汽車や飛行機でも好きです・・・世界の名作劇場みたいなのは少し不得意かな?(笑) お話が少々長くても一生懸命に聞いているし、展開を楽しんでくれています。

習い事は「めばえ教室」という週に1回50分の「知能教育」といったニュアンスの、「ほぼ遊び」に通っているだけです。教材が単純だけど面白いらしく、あとは弟に邪魔されない同年代だけの時間を楽しんでいる様子です。

好きなものはたくさん食べますが、嫌いなモノや警戒するような匂いを放つ&姿の美しく無いモノを拒みます。新しい食品に触れさせて「食べられる食品のレパートリーを増やすこと」が主眼に置かれていて、栄養のバランスとか満腹感とかは割りと存外かな・・・(汗) ハマるとそればかり食べて、飽きると急に食べなくなるようなタイプです。基本的に小食で、2歳くらいまで細くてちっちゃ~かったです。(今は標準レベル)

テレビはDVDかビデオしか見ない、というくらい、民放は見せていません。ドラえもんやクレヨンしんちゃんやちびまるこなどをたま~に見せてみますが、一時期ビデオに録り貯めしておいたアンパンマン以外は、やはりあんまり楽しまない様子です。NHKの教育番組は夕方に見せることがありますが、最近は1時間くらいです。あまりテレビに子守をさせていると喋るのが下手になった?!という経験があるので、2~3時間以内で禁止します。

bianはこういった暮らしで徐々に生活の知恵を身に付けています。